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イラン・イラク戦争時の テヘランからの救出・・・・

当時、事実しかニュースにはなっていません(たいしたニュースにもなってません)

何故 日本は自国民を救出できなかったのか、他国は自国民を救出したのに・・
(自衛隊機の法的な問題と航空会社の組合の反対など)

何故 トルコが日本人を救出してくれたのか・・・・?

当時 その飛行機で救出された方が 去年 串本に故郷納税と云う形で納税?してくれました

でも、その方でさえトルコと串本の縁を知ったのは一昨年の事だと云います・・・

そんな事は関係なく トルコと串本の友好関係は長年にわたり続いています(*^_^*)

来年は 120年周年にてイベントが企画されてるようです^^

ぜひ 皆さんも串本に来たらトルコとの友好の大島へと(*^_^*)

参考にどうぞ  ↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AB%E5%8F%B7%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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    トルコで普通に教科書に書かれているとは驚きました。
    日本やほかの国でも他国を紹介する際に悪いことではなく良い記事も書いてくれるといいですね。
    そうすればその国民は他国の人を信じられるようになるでしょう。
    串本のように日本の良い国民性を紹介してほしいですね。(。・ω・)σ"凸ポッチ~ン

    たんぽぽ

    2009/12/17(木) 午前 2:00

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    オスマン帝国海軍予算は、1876年にアブデュルハミト2世が即位すると大幅に削減され、海軍の状態はさらに悪化した。

    アブデュルハミト2世は露土戦争に敗れた1878年から約20年の間、艦隊の主力艦を金角湾に係留して演習航海もさせずに放置させ、練度の低下を招いた。給与支払いの遅れが重なり、元から低い将兵の士気もますます低下した。

    海軍予算の削減に伴いイギリス企業はオスマン帝国海軍から次々と撤退、お雇い外国人も引き上げて3年後には数名を数えるだけとなった。
    そのため、艦船は主にトルコ人の技師や工員が維持する事となったが、艦の機関ボイラーは急速に機能が低下し、精密機械も次々と壊れて行った。壊れた部品は国内各地の工場にばらばらに修理に送られ、多くが戻って来なかった。

    1890年代にギリシャとの戦乱が押し迫った時にようやく、海軍の予算が割り振られて艦隊は演習行動する事が出来たが、その時には艦・人・兵器、すべてが『役立たずの艦隊』となっていた。
    1890年に日本への遠洋航海中に発生したエルトゥールル号遭難事件も、このようなオスマン帝国海軍の惨状が生んだ事故であった。

    [ 世界は仲良く ]

    2017/1/1(日) 午後 3:45

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