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あしたのジョーを見て号泣。 伊勢谷友介の力石徹は、絶品でした。 香川照之のおっつぁんも超リアルでした。 山Pのジョーもそれなりにキレイでした。 ジョーと力石の試合中、号泣でした。 映画であんなに泣いたのは久しぶりです。 それほどまでに、完成度の高い実写版あしたのジョーでした。 とにかく、カッコイイ。ホレます。 男のロマンね。
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番外編4:雑記
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私は小さい頃から、「ぶり」という魚が大好きでした。 でも、昔から高級魚だったので、めったにお目にかかれませんでした。 だから、ブリが食卓にのる日は必ず母親が「今日はブリ。ひさしブーリ」と 同じギャグを毎回使っていたのが印象的です。 さて、相変わらず高級魚のブリですが、 昨今のニュースで、京都や北陸地方で、歴史的な大豊漁というニュースが流れました。 例年の数十倍の漁獲があったそうです。 漁師の人たちは、とても嬉しそうでした。 そして、そのニュースを聞いた私もとても嬉しかったです。 今年に限っては高級魚のブリが、大衆魚のお値段で食べられるんだろうなぁ〜と思ったからです。 ところが… そのニュースが入ってから数日たち、1週間たち、ほぼ毎日ブリの値段をチェックしているのですが、 待てど暮らせど、いっこうに価格に反映される気配がありません。 それどころか、売り場には養殖物が大勢を占め、天然物は九州産。 北陸産のブリが店頭に並んでいないのです。 たまに見つけると、一切れ400円〜500円の相変わらずの値段。 これはどういうことでしょうか?? 池上さんに質問したい気分です。 考えられるのは… (1)穫れすぎちゃったので、値崩れを防ぐために冷凍保存している。 (2)穫れすぎちゃったので、安くなりすぎて、売れば売るほど赤字になるので処分した。 (3)穫れすぎちゃったけど、流通の過程で誰かが暴利をむさぼっている。 (4)穫れすぎちゃったのは勘違いだった。。。 他に選択肢はありますか??私には理解できません。 どなたか、スッキリさせてくれる人はいませんか〜〜??
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☆普段の谷津干潟☆ ☆干潮時で緑鮮やかな谷津干潟♪☆ 「観光にピッタリ!」ではないし、 「絶景スポット」というのでもないけど、 私の生活圏内というか、通勤途中の好きな景色をご紹介します。 それは「谷津干潟」です。 20年ほど前は、ゴミが散乱し、水もよどんでいて、 一時は「習志野の恥」とまで言われていた干潟です。 それが、あるひとりの市民が始めた地道な清掃活動により、市民の輪が広がり、 ついにはラムサール条約 (正式には『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』) にも登録された場所です。 車で通勤したときに、時間に余裕があるとちょっと寄ります。 朝7時くらいに、冷たい風を受けながら、 羽を休めている鳥たちをみると心が和みます。 それに、おもしろいことに 毎朝同じ時間に見ても、景色が全く違うのです。 満潮の時は湖のように水が張っているし、干潮時は泥沼状態です。 そして、先日、初めて見た光景がこの写真の景色です。 干潟に広がった一面の緑。びっくりしました。 雨上がりで晴れ渡った青空と海藻の緑のコントラストが本当に美しかった。 水を見ると心が落ち着きます。特別な場所ではないけれど、 お気に入りのスポットです(´▽`)!! |
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基本的に私は好き嫌いがほとんどありません。 これは、幼少期における家庭教育の成果なのか、 『出されたものは残さず食べよ』という給食指導の賜物なのか、 はたまた、ただ食い意地が張ってるのかは不明です。 ただ、小さい頃から、食べ物に関して『まずい』とか『口に合わない』とか 手もつけないで残すとか、そういう行為に対しては厳しかったように思います。 それでももちろん、子どもの頃は、好きじゃないものはありました。 『納豆』(問答無用) 『セロリ』(他に類をみない強烈なフレーバー) 『味噌汁に浮いてるみじん切りにした生の白ネギ』(薬味に対する味覚の幼児性?) 『海鞘(ホヤ)』(あまり家庭では出てきませんが…) など。。。 しかし、食に対してどん欲だった私は、 それらをおいしそうに食べている人が存在する限り、 その味が理解できないことを「悔しい」と感じていたのです。 だから、ひとつひとつ、時には努力によって、時にはもののはずみで克服し、 現在ではすべて積極的に食べています。 たとえば… 納豆に関しては、小学校時代はほとんど食べませんでした。 あの臭いとネバネバは「おいしい」とは思えなかったのです。 しかし、周囲にはおいしそうに食べる人間がたくさんいたり、 「納豆大好き!!」と公言する友だちにも恵まれ、 いつしか私も「そのうち好きになる時が来る」と思っていました。 そして、ある日、その日がやってきたのです。 詳細は覚えていませんが、テレビ番組かCMかなにかで、 わらに包まれた昔ながらの水戸納豆をおいしそうに食べている人を見て、 突然、どうしても食べたくなったのです。 夜、ひとりで近所のスーパーまでわざわざ行って、 納豆を購入し、当時我が家の食べ方であった、おかか、生卵、刻みノリなどを入れて 熱いご飯と混ぜてかき込んだのです。 予想通りの味でしたが、病みつきになった瞬間でした。 セロリも、積極的に食べたいと思ったことはありませんでした。 でも、中学生くらいの時に、3つ下の妹が 「セロリってヨーロッパの味がするよね」という発言をしたのです。 その言葉に触発され、自然とそんな気がしてきて、 結局、セロリを食べるたびに『ヨーロッパの味』を楽しめるようになったのです。 ピーマンも、隣でカリカリいい音を立てて食べている友だちがいると、 自分もカリカリしたくなったり… そんな単純な動機であることもあります。 みそ汁のネギも、小さい頃は浮いたネギを歯で「漉して」飲んでいました(笑) でも、ある日、ネギがないお味噌汁が出た時に「何かさびしい」と思う自分がいたのです… そんな中で、あえて『一生克服できそうにない苦手な食べ物』を一つ選べといわれたら、 私は『イワシの頭』を挙げます。 私の父は大の魚好きで、イワシでも何でも頭から食べてしまいます。 私もそれに倣おうとしましたが、どうしてもダメでした。ししゃもやハタハタは大丈夫です。 サンマはトライしたことがありません。。。 『鰯の頭も信心から』という言葉がありますが、 本来の意味は「イワシの頭のようなつまらないものでも信心する人には尊く思われる。 物事をかたくなに信じる人を揶揄(やゆ)するときなどにもいう」 ということに世間ではなっているようですが、 私の中では 「鰯の頭のような強烈な味も、信心があればおいしく食べられる」 という意味だと勝手に解釈していました。。。 というわけで、今日のお題の答えは『鰯の頭』でした!!
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