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ドイツ・マイン河の畔で

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ドイツ・フランクフルトを流れるマイン河の畔に立ってみた。

遙かアルプスを流れ出て、ゲルマンの大地を潤してきたマイン河の豊かな水量が心地よい。

良く整備された河畔に人々は集い一時を過ごす光景は、自然と上手に生活する人々の知恵を感じさせてくれる。

そして、

高い尖塔のシルエットが、マインの流れの向こうからウェルコーメンと・・。

暫しお休みなされと。

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フランクフルトの街角のワインスタンドで白ワインを一杯・・。

たった一日だけの彼の地での時間に、せめて本場の白ワインを楽しみたいと駅前のワインスタンドに立ち寄ってみた。

沢山のワインが木箱に詰められ、どれにするかと尋ねられてもどれにして良いかためらう私に、それではとこの一杯をすすめられた。

名前は忘れたけれど、本場の白ワインはグーテンである。

そして、

大きなワイン樽のテーブルで、フランクフルトの市民と一緒に過ごした小さな時間が懐かしい。

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オランダの光

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オランダと言えばチューリップとか風車とか、運河とか・・・・・・。

いずれも勤勉なダッチの面目躍如といったところであろう。

そういえばダッチアカウント(割り勘)にもダッチが出てくる。

働き者でしっかりしている、というのがオランダ人のイメージかと思う。

だが、オランダの歴史は厳しいものであったらしい。

周辺の列強からの圧迫は当然のこと、

ライン川河口のデルタ地帯に生きてきた人々にとって、自然災害に打ち勝つため多くの努力をし改良を重ねて今の高付加価値社会を生み出したのである。

その基盤となった産業が漁業なのである。

デルタの河口に位置する利点と、沖合に広がるドッガーバンクという浅い海は海藻が茂り、プランクトンや小魚の発生が著しくヨーロッパを代表する大いなる漁場なのである。

日本も漁業で生計をたってて来た時期が長かった。

明治初期の輸出品の第一位は干し鰯で、小さな鰯を干したもので中国で肥料として消費されていたくらいだ。

自然に左右される漁業だが、努力改良により両国とも確かな国になることができた。

アムステルダムにあるゴッホ美術館で、明治初期ごろに生きたゴッホの描いたオランダの漁船の絵葉書を見つけた。

北海に面した砂浜の光を背景にしたダッチの漁船を見た時、いろいろ考えたのである。

130年前のダッチも命をかけて頑張っていたんだなと。

オランダの風景

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街角の花屋さんにチューリップの花が並んでいますね。

その光景を見ていたらこの絵はがきのことを思い出しました。

アムステルダムの本屋の片隅で出会った絵葉書です。

オランダの花の畑の風景であります。

日本でも、オランダでも、何処でも花の畑を上空から撮影した風景は意外と、同じなのかもしれません。

花の色は万国共通、上空からの模様も同じようなものでしょう。

何処だから、何時だからと言う思いは忘れ、この色合い模様を楽しめればと手に入れた絵葉書でした。

北海道富良野のファームを思い出します。

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一日だけの滞在だったフランクフルト。

見ることの出来たのはほんの一部だったと思う。 次回はシッカリと準備をして訪問したいと思う。

そして最後に、思い出深い写真を一枚見ていただきたい。

街中で見かけた風船売りの姿だ。

なぜかしらヨーロッパを垣間見た気がしたのだ。

ご覧頂いてありがとう。

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