|
みなさん、Happy New Year ! いつの間にか2015年も終わってしまって、新たな2016年がやって来てしまいました。 振り返ってみると、俺にとっての2015年という年は、いろんな意味でターニングポイントと言える年だったし、いろいろな状況が動き出した年だったとも言えますね。 にもかかわらず今年掲載した記事を見てみると、ホントに今年のコトを書いた記事ってフクロウカフェに行った時のコトぐらいだったりするね(笑) Forest of Owl >> 少し記事にするのをためらってたのがその理由なんだけど、ホントにいろんなコトがあった年だったんだよ・・・ そんな2015年に引き続いて、またまた激動の年になりそうな2016年を迎えるにあたって、今後詳しくお話し出来るであろう2015年のコトに軽く触れておきましょう。 わずか1週間にも満たない滞在だったんだけど、もちろん俺も仕事ムリヤリ休んで(笑)四六時中一緒にいるコトが出来たんだよ〜〜〜 考えてみれば、この頃からいろんなコトが急展開して、俺や天使ちゃんが望む方向に物事が進みだしたような気がするなあ・・・ まだまだおぼろげではあったんだけど、見えなかった先行きの霧が晴れて来たっていうか。 この時はそれよりも、ただただ一緒にいれるのが嬉しかっただけなんだけど(笑) 滞在してたのは天使ちゃんの希望もあって、ご覧のANA Intercontinental TOKYO 六本木も近いし、渋谷に出るのも便利だからって理由もあったんだけど、深夜便で羽田に着く天使ちゃんが早く休めるようにっていうのもあったんだよ。 ふぐちりやもつ鍋、寿司はもちろんのコト、居酒屋も行ったし(笑) そりゃあ食べるだけじゃなくて(笑)観光もいたしましたとも〜〜〜 写真のように浅草とかね! まあ、浅草でもうなぎ食べて甘味処であんみつ食べたりしたんだけどさ(笑) ホントはもっと時間があればディズニーに行ったりしたかったんだよなあ・・・ まあ六本木のクラブで遊んだからいいかあ??? 天使ちゃんの帰国時は成田発だったので、当然のコトながらAirportまで送って行ったんだけど、名残惜しかったよなあ・・・ その2ヶ月後の4月には、既に恒例となったNAB Showへの出張でLas Vegasへ! これまで何十回と飛行機には乗ってるけど、今回はトランジットするSan Franciscoへの出発便で人生初の出来事に遭遇! なんと!機材トラブルで飛行機が飛ばなかったんだよ〜〜〜@@ 夕方成田発だったから、もちろん代替え便があるハズもなく、俺は深夜近くになってようやく成田市内のホテルを確保出来たのでよかったけど、自分でホテル手配出来なかった外国人の方など、ターミナルで一晩過ごした方も多かったような・・・ 当然、UNITEDに経費は支払ってもらうコトで決着したかに見えたんですが、翌日アサインされた便がシカゴ行き・・・ 乗り継ぎの時間を含めたら、ほぼ24時間の移動となってしまい、予定よりも1日半遅れの到着となってしまったのでした・・・ Las Vegasでリザーヴしてたホテルへのコンタクト含め、ホントに消耗しちゃいましたよ(笑) でも、Las Vegasでは天使ちゃんが待っててくれてたんだよね(笑) Las Vegasには仕事で来てるワケだから(笑)寝る暇がないくらい仕事する=遊んでる時間がないってコトであって、かえって寂しい想いもさせちゃったかもしれないけど、仕事の済んだ最終日は楽しかったあ〜〜〜 こ〜〜〜んなリムジンに乗って移動するなんてのも、いかにもLas Vegasだし(笑)おなじくLas Vegas出張だった前の会社の同僚とも合流して、食事に行ったり出来たんだよ。 その後はクラブいくか!ってコトになったんだけど、木曜日はLas Vegasにあるたいていのクラブが休業なんだってね。 なんとか営業してるトコ見つけたんだけど、’80〜’90年代ロックやヒップホップを中心に流してる不思議なクラブでしたあ〜〜〜@@ でもノリのいいアメリカ人がわんさかいて楽しかったよ〜〜〜年齢層は高かったけど(笑) その他にも貴重な体験として、射撃をするコトが出来ました! たまたまホテルにあったパンフレットを見つけて行ってみた!ってコトなんだけど、こういうコトって実際に体験してみないと分からないんだなあって思っちゃうよね。 マシンガン含めたいくつかのGUNを試せるってコースをチョイスしたんだけど、想像以上の反動とともにバシバシHuman Targetに当たっていくのがカ・イ・カ・ンだったし(笑)また撃ってみたいなあ〜〜〜って思ちゃった! でも同行したスタッフは、いい経験だったって言うのは俺と意見が一致したものの、こういう危険なものはあってはいけないって思ったらしい(笑) まあ、そんなこんなひっくるめてアメリカなんだろうなあ。 ともかく、短い予定がさらに短くなってしまったLas Vegasは、やや消化不良気味になってしまったのでした・・・ っていうのが理由だともいえないんだけど(笑)NABの2ヶ月半後、4th of Julyを挟んだ6月後半からは、完全プライベートでSan Franciscoへ行ってきましたあ〜〜〜 もちろん天使ちゃんと一緒にね(笑) 大好きな街であるとともに、天使ちゃんと一緒に一番楽しんでみたかった街。 それが思いもかけずに実現してしまったのは素直に嬉しかったし、ターニングポイントになった2015年を象徴するようなコトだったとも思うんだよ。 もちろん、いろいろなコトが動き出したにしても、まだまだ乗り越えなければいけない障壁が山のようにあるのは変わりないんだけど。 でも少なくとも、大きな夢というか目標を実現出来る確信が得られたってコトなんだよ。 それにしてもSan Franciscoは物価が高くてまいっちゃったよなあ〜〜〜@@ ココは世界一ホテル代が高い街っていわれてるし(笑)Los Angeles辺りで割と豪華なホテルに泊まれる料金でも、San Franciscoだとモーテルになっちゃったりして(笑) 二人で一生懸命探したご覧のホテルは、や〜〜〜っと納得出来る色んなバランスの取れたしゃれたプチホテルで、気持ちよく過ごせたのが救いだったよ。 滞在中は対岸のバークレーに行ってみたり、Cal TrainでSan Jose方面の知人を訪ねたり。 ああ!ストアはやってなかったけどクパティーノにあるAppleにも行ってみたよ! ホントに行ってみただけだったけどさ(笑) Height Ashburyで古着見たりレコード物色したり・・・ 天使ちゃんと一緒にそれが出来たのは、そりゃあ最高だったけど、なによりもそこらのスーパーのデリでディナー調達して、ワイン買って、一緒の部屋でゆっくり過ごす。 それがホントに最高だったよねえ・・・ なんの不安もなくてさ(笑) あともう少しだからね・・・ Thank You!
|
Forever My Love
-
詳細
全1ページ
[1]
|
David Bowieに関しては過去に記事にしたコトがあるので、覚えていただいている方もいるかもしれませんね。 Suffragette City >> Low >> その時にも書いてますが、David Bowieという人はその時々、時代によってイメージやサウンドをガラッと変えて来たので、彼の名を聞いて思い浮かべるイメージは人によって違っているとも言えるでしょう。 トップの写真は、俺がイメージする彼、そのものなんですが。 そのDavidが、ちょうど1週間前の1/10、なんの前触れもなくこの世を去ってしまいました・・・ 昨年末にはMotorheadのレミーも亡くなってしまっているし、そんな時代になってしまったのかなあ・・・ 過去の記事でも触れていますが、David Bowieは知名度の割に、セールス面ではそれほど大きな成功を収めたとは言えないようです。 それでも影響力のあるアーティスト、というアンケートをミュージシャンに行うと必ずその名が挙がるんですね。 ただ、彼の名を挙げるミュージシャンたちの中でも、彼に対するイメージは同じものではないのかもしれません。 上の写真はHunky Doryの頃のDavidですが、イメージが全く違うよね。 サウンドはもちろんのコト、どうしてDavidが自身のイメージをコロコロ変えていったのか??? それは、彼がアクターだったからなのかもしれません。 異星からやって来たロックスターをコンセプトとしたZiggyの頃は、まさにそのZiggyを「演じて」いたとも言えるし、音楽だけでなく、歌舞伎やパントマイムの要素をステージに持ち込んでいたんだから、まさにアクターだったと言えるでしょう。 もしかしたら、Davidの名前を聞いてZiggyの頃をイメージとして思い浮かべる人も多いかもなあ。 そんなイメージの振れ幅に呼応するように、サウンドの方の振れ幅も大きかったと思うんだよね。 Davidが自分のコトをアクターだと認識していたんだったら、演目に応じてキャラクターを変えるのは当たり前のコトだし、音楽だって変わってくるのは当たり前だからさ。 だからなんだろうけど、俺にとって彼の音楽はいつだってよそよそしいものだったんだよ。 傍観者としてのDavidが、主役を演じてるような違和感というか・・・ それは俺がガキだったりとか、日本では動いているDavidを見る機会が少なかったからとか、理由はいろいろあるかもしれないけど、なによりも彼の音楽から熱いものを感じるコトが出来なかったってコトなんだよ。 そりゃあSuffragette Cityは名曲だと思うし、異様な曲構成になってるStarmanだって、セオリー通りの曲作りから名曲は生まれないって思わせてくれるさ。 でも、それらの名曲がロックンロールの形態を持っているにもかかわらず、俺にはロックを感じるコトが出来なかったんだね。 よくある話だけど、急に名声や富を得ることになったロックスターが、自分を見失って破滅へといたってしまう。 Davidが自分はアクターだって認識していたかどうかはともかく、そういうコトから距離を置くために、彼は「架空のキャラクターを演じる」コトに徹していたんだと思えるんだよ。 Davidがベルリンに行くまでは・・・ そんな中でのブライアン・イーノとの出会い、ベルリンという土地を含め、初めてDavidが自分の中から沸き出してくるものを夢中で形にしたのが「Low」というアルバムだったんじゃないかな。 このアルバムから聴こえて来るサウンドは、一見クールであっさりしたものにもかかわらず、Davidの想いが込められた「冷たい緊張感」が満ち溢れているんだよ。 人によってはZiggyよりもよそよそしいサウンドに聴こえるかもしれないけど、俺にとってはDavidにロックを感じた初めてのアルバムだったと言えるんだなあ・・・ 今回ご紹介したビデオは、Lowに続くベルリン2作目となる「HEROES」リリース後に行われたワールドツアー、日本公演の様子ですが、ステージに立つDavidが楽しそうにしてるように見えませんか??? この時のDavidは、何も考えずに自分の表現したい物を形にしていた、それが楽しくて仕方なかったんだって思えるんだよねえ・・・ ’80年代、アメリカに再び渡ったDavidは、スティーヴィー・レイヴォーンを相棒に「Let’s Dance」で大きな成功を収めるんですが、ココが彼の転機だったのかも・・・ ラビリンスや戦場のメリークリスマスなど、実際の映画出演なども増えていった彼は、ベルリン時代と打って変わって、まさにアクターとして自分を捉え直してしまったんじゃないかな。 俺にとってのDavid Bowieとは、Lowを起点にしたベルリン3部作と、その集大成とも言える「Stage」に集約されてしまっているんだけど。 でも、俺以外の人にとって、David Bowieは全く違う時期の人なのかもしれないね。 アクターのように、カメレオンのように、人々にとって様々なイメージを抱かせた希有なアーティスト。 しかも、それぞれに大きな影響力を持つコトの出来た独自の存在。 David Bowie R.I.P. Thank You!
|
全1ページ
[1]







