| 話せば長くなるなあ |
| 兄が亡くなって、兄嫁には母の老後を押し付けられないと、神戸の介護付き有料老人ホーム「エレガーノ」への入居手続きをしました。 |
| 30年も住み慣れた横浜の家から離れるのを嫌がっていた母ですが、 |
| でも、横浜の家は足の便が悪くて、車を運転できなくなった母には、とても不便だったので、説き伏せたのでした。 |
| 兄が亡くなる数時間前に「あの人のことだけが気掛かりなんだよね」そう、言い遺しましたから、母のことは私が面倒を見ようと思ったので。 |
| 去年の9月末に入居手続きを済ませ、11月以降、いつでも入居出来る様にしたのですが、 |
| 母としては今年の春先位にと思っていたのです。 |
| でも、たまたま行った皮膚科&泌尿器科で、夜中に何度もお小水で起きることを診てもらった母に腎臓癌が見つかりました。 |
| ドクターには、横浜の病院にするか、神戸の病院にするかを決めるように求められ、 |
| 神戸の施設に受け入れてもらえるかを確認した後、OKということで、神戸の病院に決めました。 |
| 11月半ばに、母には神戸の施設の提携病院での検査を受けさせ、その診断は、 |
| 腎臓癌には基本的に手術しかないこと、抗がん剤は不適、免疫療法は辛いだけで10〜20%の人にしか効果がないとのこと。 |
| 母の場合、どうしても手術をということになれば、相当気合を入れなければならない手術になるそうで、 |
| 80才という年齢、3年ほど前から老人性欝で、精神力が低下していることを考慮して、手術はしない方針を決断しました。 |
| でもね…母自身に判断をさせないで、母の命に関わる決断を私がするって、果たしてどうなのだろうか?と迷いもありました。 |
| 手術の道を選んでも選ばなくても、どちらの道を選んでも、後悔は残ることは間違いない。 |
| だったら、精神的、肉体的に負担がない道を選ぶべきではないか?と思いながら、でも、迷うのです。 |
| 母が神戸の施設に入居して3週間後、環境の変化についていけなかったのか、発熱しました。 |
| 3日目、腹痛を訴え、レントゲンの結果、腸閉塞の疑いが出て、急遽、検査入院。 |
| CTスキャンの結果、腸閉塞はしていないものの、腸が動いていないとの事でしたが、翌日には腸は動き出しました。 |
| でも、炎症反応が収まっておらず、発熱も収まらず、退院は出来ません。 |
| 入院2日目の夜中、母が一時的錯乱に陥りました。 |
| 「エレガーノに帰るの」と同じ病室の患者さん達を起こしまわって、大騒ぎしたそうです。 |
| 翌日行った時には、母は抗束帯をされて、目は虚ろになっていました。 |
| 暮れの30日のことです。 |
| ドクターによると、高齢者は大抵、環境の変化に付いていけなくて、一時的錯乱に陥るけれど、数日すると慣れてきますよ、とのことで、 |
| 実際、母も2日辺りから意識がはっきりしてきましたが、 |
| でもね、私が付き添ってあげられていない時間帯の間に進行しかけていた認知症が進んでいくし、ベッドに寝たきりの状態で、見ている間に足腰が衰え、食事の量も激減、体力が低下していきます。 |
| しきりにエレガーノに帰りたがる母。 |
| 腸が動き出しているのに、何故退院できないかと苛立ちますが、 |
| 炎症反応が収まらず、発熱は続きます。 |
| 抗生剤点滴と解熱剤投与で熱が下がると、「ほらね、たいしたことないのよ、明日には退院できると思うの」と言う母に、 |
| 「お薬で熱が下がっているだけなの。お薬なしで熱が下がらないと退院できないのよ」と何度も言って聞かせないと、納得しません。 |
| 2日、もう一度CTスキャンをしていただいた所、 |
| 今度は、膀胱に1ℓ近くの尿が溜まっていることが判明。 |
| 腸は動き出したものの、尿を排泄する力が衰えていて、雑菌が増殖して炎症・発熱している可能性があるとのこと。 |
| 4日に泌尿器科の先生が出勤してこられるので、診ていただきます。 |
| 母の入院は年末年始の、私が休みの時でしたので、この間に退院できればと願っていましたが、 |
| 明日4日は仕事初め、5、6日は土日で、そばに居てあげられるけれど、月曜日以降は、付いていてあげられません。 |
| 毎日そばについてあげていたのに、日に日に身体能力が衰えていく母。少しずつ、意識が弱くなっていく母。 |
| 母の腎臓癌の手術をしないことを決断したことに迷っていましたが、 |
| 手術をしない入院でも、これだけ衰えていく母を見ていると、 |
| やはり、手術をしない決断をして、間違っていなかったと思えます。 |
| ただ、来週の月曜日以降、私が行ってあげられなくなったら、母はどうなるのだろうか? |
| 叔母は、「入院したら老人は本当に衰えるの。認知症になってしまうのは仕方がないの、諦めなさい」と言います。 |
| 手術しないことを決断したのは、いずれ入院せざるを得なくなるまで、できるだけ長く、普通の生活を送らせてあげたかったのに、 |
| でも、癌のせいではなく、腸が動かなくなった、それだけのことが発端で、母は普通の生活に戻れないかもしれない。 |
| 仕方のないことかも知れないけれど、 |
| 神戸に連れて来なければ良かった? |
| そんな、思いに囚われます。 |
| 何が本当に良かったのかなんて、誰にも分からないことだけれど、 |
| 母の最期を左右せざるを得ないっていうのは、 |
| 本当に重い… |