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あまりに早い死に、梨園は大騒ぎです。 さて、勘三郎がまだ、勘九郎だった時代に、私はある事件に遭遇しました。 それは、京都の全日空ホテルで起こりました。 私は、京都で泊まる時は、二条城に近い国際ホテルか、全日空ホテルです。 1994年の事、全日空ホテルのロビーで夕方、京都在住の友人と待合せしていたら、 ロビーが大勢の人で混雑していて、押し寄せるマスコミをホテルの従業員が、 実に迷惑そうに外に出るようにさばいている最中でした。 まだ、携帯電話というものがない時代で、70〜80人の群集でごったがえすロビー!! これは、友人に会えないかも?と諦めて、ホテルの外に出たら、 偶然、ロビーに入れず、ホテルの外でタバコを吸っている友人を発見。 「良かった、逢えた」と二人で、手を取り合い、居酒屋で旧交を温めました。 その時、 ロビーがマスコミでごった返した理由を、翌日知る事になるのです。 それは、宮沢りえの自殺未遂事件でした。 この原因が、勘九郎との不倫、痴情の縺れでは? そんな事が当時は囁かれましたね、事実は薮の中ですが… 勘三郎 癌の治療に専念していて、肺炎に掛かり転院したとニュースで聞いた時、 酸素吸入用の人工肺を付けていると聞いて、 「アレ?うちの父親に似ているぞ?」と思いました。やばいかも?と。 そしたら、もう訃報でしょう。あまりに早くて驚くばかりです。 さっき、薮さんのコメントへの返信にも書きましたが、
勘三郎のラストは、一昨年のACTシアターでの『文七元結』になりました。 長兵衛を演じて、妻のお兼が扇雀さん、角海老の女将は鶴松さんで、 長男の当時は勘太郎だった勘九郎が文七でした。 超満員で、すすり泣く声と、ラストのハッピーエンドで拍手が鳴り止まなかった。 息子二人は、まだまだ若いけど、父の芸を伝承して欲しいネ。 それにしても、早い。歌舞伎役者は90歳まで生きないと!! |
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そのとおりです。せめて親父さんくらいまでは。
2012/12/6(木) 午後 2:13 [ 珍太 ]
早過ぎて涙より、唖然呆然です。
2012/12/6(木) 午後 3:13 [ Mars_jj_boy ]
ずっと勘三郎さんの追悼番組をテレビで見てました。
噺家の世界と同じで、いい師匠でしたね。19歳年上の談志が惚れ込んだだけの事はあります。
2012/12/7(金) 午後 11:30
私より6つ歳上ですから、こんな言い方は、失礼に当たるかも?しれませんが、「料簡がいい役者」ですよね。
2012/12/7(金) 午後 11:39 [ Mars_jj_boy ]