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菖蒲園さんのブログの「黄金餅」にインスパイアされて、作ってみました。
落語「黄金餅」には、主人公の金兵衛が、病で亡くなった西念坊主を、弔う為に、下谷山崎町から麻布絶口釜無村の木蓮寺まで運ぶ。 この所謂道中付けが、下記のような道順で語られる。志ん生師匠のものがそれですが、これを横浜の地名にしてみました。 道中は、横浜日ノ出町から三ツ沢の木蓮寺までです。 ◇志ん生の道順によると 下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、 そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっ直ぐに、筋違(すじかい)御門から大通り出まして、 神田須田町へ出て、新石町から鍋町、鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀(ほんしろがね)町へ出まして、石町へ出て、 本町、室町から、日本橋を渡りまして、通(とおり)四丁目へ出まして、中橋、南伝馬町、あれから京橋を渡りましてまっつぐに尾張町、 新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出まして、新(あたらし)橋の通りをまっすぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、西ノ久保から神谷町、 飯倉(いいくら)六丁目へ出て、坂を上がって飯倉片町、そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂を降りまして、十番へ出て、 大黒坂から一本松、麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺へ来た。みんな疲れたが、私もくたびれた。 ◆mars版横浜道中付け 横浜の日ノ出町を出まして、あれから野毛の長者に出て、長者橋から伊勢佐木町に出まして、 馬車道を羽衣町へ出て、そのころ、ハリス様とスミス様というお屋敷の前をまっ直ぐに、石川御門から大通り出まして、蓬菜町へ出て、 万代町から不老町、扇町へ出まして、亀の橋を目指して、寿町へ出まして、松影町に出て、吉浜町を過ぎると、亀の橋を渡りまして、 石川町二丁目へ出まして、元町を市場通りへと下りまして、そこから前田橋を渡りましてまっつぐに唐人部落へと出ます、この朱雀門を右に切れまして、 山下町から西洋異人居住区を左に見て、大江橋の通りをまっすぐに、桜木町へ出まして、横浜にぎわい座とは反対方向にある宝光寺を抜けまして、紅葉坂から伊勢山皇大神宮、抜けて横浜老松へ出て、 この坂を上がって伊勢町、そのころ、赤い靴団子という団子屋の前をまっすぐに、戸部の永坂を降りまして、 平沼橋へ出て、カモメ坂から一本松、三ツ沢の木蓮寺へ来た。みんな疲れたが、私もくたびれた。 最初は、宝光寺をゴールにと考えたんですが、短くて地名が足らないんです。だから三ツ沢まで道中を伸ばして、寺は木蓮寺のまんまです。 あと、この道中は実在しますが、横浜を知る人には、何て遠回りなんだ!となります。 日ノ出から三ツ沢に行くなら、真っすぐ桜木町方面に行って高島、戸部、平沼と抜けたら直ぐ着きます。 しかし、道中付けを志ん生のものくらい長くする為に、一旦、中華街の在る石川町・元町へと移動して、朱雀門から海側に下る。 そこから、東へと戻るコースになっております。 誰か、横浜にぎわい座で、黄金餅を掛ける際に、道中付け!やって欲しいです。 |
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地名を連ねて行く道中付けは講談の手法ですね。落語では黄金餅くらいでしかやってなかったと思います。
志ん生は早口が苦手なので、黄金餅の道中付けはゆっくりなんですが味があります。若い噺家はそれを勘違いしちゃって、早口でやり過ぎて味が無い道中付けになってると思います。聴いている客がちゃんと理解できるスピードで、間を置いてやる事がベストだと思います。何回もご通家から罵倒されないと味のある道中付けなんか出来ませんけどね(^ω^)
うん。Marsさんの発想は面白い。何も同じルートで道中付けをやる必要はないんですからね。談志は三種類の道中付けをやりました。最初はオリジナル。次は赤札堂とか鈴本を入れた当時の風景。最後は・・・入谷から首都高に乗って飯倉で降りる(^ω^)
2016/5/4(水) 午後 10:24
横浜は、大都会には珍しく町名が、古い盛り場・野毛や関内には沢山残っています。
だから、誰が作れよ横浜版「黄金餅」と思って久しいのですが、誰もやりませんね。
今、作って思ったのは、山手町からスタートしたら三ツ沢で真っすぐゴールできますね。
ただ、山手町は貧民窟ではありません。やっぱり石川町ですね、スタートになりそうな貧民窟は。
再度、自然な一本道を考えてみます。
あと、今回調べて得た収穫に、紅葉坂をかなり登った場所に「老松」って地名が横浜にもあります。
老松
志ん朝師匠の出囃子と奇しくも一緒です。中学校がそこにあります。横浜市立老松中学校!!
2016/5/5(木) 午前 0:29 [ Mars_jj_boy ]
大作記事、さぞやお疲れになったでしょう (^^)
志ん生は艷笑噺「鈴ふり」で関東浄土十八檀林を言い立ててますね。
まったく馴染みがなかったので、最初に聴いた時はチンプンカンプンでした。
「富久」でも入れられそうですが、やはり二番煎じになっちゃいますね。
山手の八百屋の娘と恋仲だったのは、ここだけの話です
(=^ェ^=)
2016/5/5(木) 午前 0:36
山手には美人がいるのかな?私の知り合いの美人歯科医も山手にお住まいです。勿論、落語仲間です。A先生!ヨイショしておきました。
さて、近年の道中付けで秀作なのは、田辺一鶴門下の鶴遊先生の「高野長英伝」の岩手県水沢から江戸の日本橋までを三分で語るやつだと思います。
この道中付けのリズムは、皆さん学ぶべきだと思います。
2016/5/5(木) 午前 1:21 [ Mars_jj_boy ]
鶴遊は一鶴師のいいところを受け継いでいますね。
2016/5/5(木) 午前 7:49 [ tin***** ]
はい、真打になり田辺に戻り益々、一鶴先生に似て来たと思います。
2016/5/5(木) 午前 8:29 [ Mars_jj_boy ]