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松方さんを私が銀幕で観たのは、幼稚園の頃、空前の忍者ブームの最中です。テレビでは、大瀬康一の「隠密剣士」がヒットしていて、
その手下役で牧冬吉の「霧の遁兵衛」が大変人気になり、牧さんは、この後、仮面の忍者「赤影」で、白影役になります。 この頃に、忍者役で出演した「月影忍法帖」が私が観た最初の作品でした。また、水戸黄門の映画で格さん役で出た作品も、同じ頃に観ていました。 そして、次に、松方さんを観たのは深作作品で、菅原文太・小林旭の脇で光った「仁義なき戦い」でした。 文太さんは10歳くらい松方さんより上、小林旭さんだって5歳くらい上だと思いますが、30そこそこで、負けない貫禄に驚きます。 松方弘樹といえば、永遠のライバルが、歌右衛門先生の息子・北大路欣也。同級生で同じ東映時代劇スターの二世。嫌なもんだと思いますよ、常に比較されて。 また、私生活では、二人の妻と一人の愛人に六人だったと思いますが子供があります。最後の映画スターと言われる所以かもしれません。 私は、特に役者として好きとか、嫌いはありませんが、時代劇を演じる時には、松方弘樹なりのこだわりが画面から見えて、興味深かったのを覚えています。 それは、相手役がどんなに、ヘナチョコアイドルであっても、相手役のペースに合わせることなく、本寸法の時代劇役者を貫いていました。 芝居としては、最低の結果に成っても貫く姿勢は、勝新太郎を思わせるガンコさですよね。先の北大路欣也さんなら、ポンコツと芝居のバランスを取る妥協をしますから。 あと、松方さんの訃報を聞いて談志師匠の言葉を思い出しました。御巣鷹で坂本九さんが亡くなって、17回忌くらいの頃に、 「中村八大、坂本九が先に逝って、永六輔が生き残るだろう?世間が、あぁ〜逆だったらと思う順になるんだ、人の生き死には。 永六輔が死んで、中村八大が生きていた方が、よっぽと日本の芸能史には、素晴らしい功績が残るんだろうが、 神様は、そうは問屋が卸さない!生きて欲しい方を殺す。まぁ、中村八大・永六輔ばかりじゃねぇよ、俺と志ん朝だってそうだ! 俺が死んで、志ん朝が長生きの方がいいさ。そうに決まっている。でも、神様はそれを許さねぇ。仕方ないねぇ、定めだから。」 松方さんの場合は、梅宮辰夫かな?そんな事を思い出す、談志師匠の言葉だった。 |

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時代劇が出来る役者が、またひとり逝ってしまいました。
父親の殺陣も大好きでした。
2017/1/28(土) 午後 2:10
近衛さんは、月形兵庫と花山大吉を観ていました。映画は悪役、仇役が多かったですね。
2017/1/28(土) 午後 5:23 [ Mars_jj_boy ]