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人形町末廣、本牧亭、何処もそうでしたが、「最終回」と言うと満員になりますね。多分に例にもれず、この日も満員御礼でした。
23日だけ、どうしても浅草見番に、席取りで並ぶ必要があり、朝練講談会を休みましたが、この日は9時ちょうどくらいに行きました。
まだ、そんなに出足は早くなかったけど、100人近いファンの皆さんで満員でした。最終回、こんな内容でした。
・赤穂義士本傳「南部坂雪の別れ」 … 貞寿
・高野長英「牢破り」 … 貞橘
・三方ヶ原軍記「内藤三左衛門三十六段の物見」…貞橘
1.南部坂雪の別れ/貞寿
十中八、九、『大江戸聖夜』かと思っていたら、この会の後のスタジオフォーでの会で、『大江戸聖夜』は掛かったようです。
この日は、世間は「Christmas eve」ですが、演芸界では、国本武春の命日でした。既に亡くなって3年が過ぎています。
貞寿さんの「南部坂」は、武春のそれを参考に演出されていて、彼女の武春への思いを込めて、ラスト朝練に相応しい一席でした。
中身は、らくごカフェの独演会と同じですが、武春への思いの分、瑤泉院が凛と見えて、勿論最後は、貞心先生の演出で、
寺坂吉右衛門信行が、豊岡の石束家と広島の大学様に言上する前に、瑤泉院の元を訪れて「二度目の清書」風に大石以下浪士の活躍を報告します。
2.「牢破り」と「内藤の物見」/貞橘
冬のお噺という事で、火事に深く関係する『高野長英』の小伝馬町の牢屋から脱獄。史実だと言われています。
牢で一緒だった栄蔵という非人をそそのかして、牢屋の近くで火事を起こさせて、それに乗じて解き放ちとなったのをいいことに、
二度と小伝馬町へは戻らず逃亡します。勿論、死罪は覚悟の逃亡です。江戸を離れて埼玉の大間木に逃げたんですが、結局江戸に舞い戻ります。
顔を硫酸で焼いて人相を変えたとも言われる長英ですが、密告に合い多数の町方に取押さえられ、撲殺に近い最後だったといいます。
修羅場の無い『高野長英』では、不完全燃焼だったのか?貞橘先生、『三方ヶ原軍記』で、朝練らしく〆て終わりました。
主催者のまほろばさん、六年間、お疲れ様でした。
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「牢破り」は畦倉でしたか似たようなお話があり何だか?な気がしました。
2018/12/26(水) 午後 10:11
> ピ吉(pikichi)さん
奇妙院ですね。牢屋に火を付けて逃げるのは似ていますが、こちらは、長英が言葉巧みに、栄蔵に「ある寺に千両埋めてある!!」と、持ち掛けます。
2018/12/27(木) 午前 10:41 [ Mars_jj_boy ]