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元は、新内節の「明烏夢泡雪」で、この馴初めを、そっくり吉原を舞台にし、落語にしたものであるという。
そんな話を聞いたので、「明烏夢泡雪」を聴いてみると、いきなり、遊女“浦里”が悶えているような、艶っぽい場面が展開される。
春雨の 眠ればそよと起こされて 乱れそめにし浦里は
どうした縁でかのひとに 逢うた初手から可愛さが
身にしみじみとほれぬいて こらえ情なきなつかしさ
人目の関の夜着のうち あけてくやしき鬢の髪
なで上げ、なで上げ…。
それというのも、深い馴染みとなって通い続ける時次郎が、
親や義理ある相手の金をすっかり入れ揚げて、
死ぬより外にないという仕儀になっているからです。
落語『明烏』では、本当に二人が出逢う“初回”の場面しかやらないので、
その後、浦里と時次郎がどうなったか?なんて噺は、本当に誰も演じていないのか?!
これは本当にもったいないですよね。『宮戸川』だって、殆どが『お花半七』しか演じられませんが、
四人に一人ぐらいは、二人が夫婦になって、夢でお花が殺されるまで演じられます。それならば…
『明烏』も、裏を返して“なじみ”になって行く。更に燃え上がるような恋の末に、時次郎は日向屋を勘当になるのです。
勿論、発端は、源兵衛&多助に連れられて吉原へ、時次郎が初めて足を踏み入れる『明烏』。これが第一話です。
やがて、時次郎、店の金は勿論、親戚や出入の職人にまで借金し、
遂には、街場の座頭からまで借金を作り、やがて時次郎は勘当される。
男涙をハラリと流し、「いつまでこうしていたとても、限りもなきふたりが仲…
そなたも共にと言いたいが、いとしいそなたを手にかけて、どうなるものぞ
男・時次郎は独りで死ぬ覚悟。それを知った浦里は…
ふたり手を取り諸共と、なぜに言うてはくださんせぬ。
わたしを殺さぬお前の心、嬉しいようでわしゃ厭じゃ。
あなた、無しでは生きられませぬぅ!!
と、「男の肩にくいついて、身を、ふるわして泣きいたる」ということになります。
この「嬉しいようでわしゃ厭じゃ!!」という直截な言葉が耳に残ります。
ここまでで、第二話完です。
心中覚悟の二人ですが、イザとなると踏ん切りが付かず、仰せを重ねて今日も二階。
一文無しの時次郎を、身銭を切って座敷に上げる浦里だった。
その二階でひそかに居続けしている客と遊女の声は下に漏れ、
遣手婆ぁのお兼に勘付かれてしまいます。
「この子(禿)どもは灯をみると眠るかい?」と、
声、はしたなく禿のみどりを罵りながら二階に上がってきたお兼は、
「浦里さん、ちょっとお目にかかりましょ」と声を掛け、
隠そうとする浦里に「いまのくぜつの科白も、時次郎さんに極まった!
旦那が呼ばんす、さぁ、ござんりゃんせ!ござんりゃんせ!」と浦里の手を取って引き立てると、
隣座敷に居た亭主が浦里を連れて行きます。後に残った時次郎は大勢の若衆に囲まれて、
「蹴るやら、踏むやら、むしるやら」さんざんの目に遭って、店の外に放り出されてしまいます。
「どうでも口ではきかぬ奴」と、怒りを表わす廓の亭主は
罪も報いも後の世も、白髪頭のこめかみも、張り切るばかりのやら腹立ち、引き立ててこそ!!
と、浦里のたぶさをつかんでひきずり降ろします。
生木を裂くように引き離された二人。さて!どうなる!!どうなる!!って場面、ここで第三話の終了です。
ここからが新内では、有名な「雪責め」です。
内には亭主が浦里を、庭の古木にくくり付け、折ふしふりくる雪ふぶき
箒おっ取り、打つ音に、禿のみどりが取り付いて…
「もうし旦那さん、もう御堪忍なされませ」と云うのを、共にしばり折檻します。
浦里が「みどりになんの咎あって、あの子は許してくださんせ」と言えば、亭主は不憫に思いながらも、
「コリャやい浦里、客をせくこと客のため、女郎大切、身代が大事
あの客/日向屋の若旦那も いまだ若き人、あまり繁々通われては…」
と、分別心からの気遣いを語ります。
どうやら悪い人ではなさそうです。「思い直して奉公せよ」、
「思い切れ、思い切る心なら、いまでも縄を許してくれん」と、廓の主人。
牛太郎どもに気を付けて見張るように言いつけて奥に入ります。
講釈のやり口で、細かい切れ場になりますが、ここまでが第四話です。
雪の描写と責められる浦里と禿のみどり、責め地獄を会話で進めて客席を魅了する。一番の見場!!第四話となります。
亭主が去ったあと、浦里とみどりが雪の降る庭に残されます。
「エエお情けあるお言葉なれど、こればっかりはどうも忘られぬ。お許しなされてくださんせ」、と
すいた男にわしゃ命でも、なんの惜しかろぞ露の身の
浦里 「コレみどり、さぞそなたは悲しかろ。… 悪い女郎に使われて思わぬ苦しみ堪忍しや…」
みどり「いえいえ、わたしは寒うはござんせぬが、次ろさんはあのように、
若い衆にたたかれさんしたが、お前はくやしうござんしょう」というやり取りのうちに、
この世の名残りにいま一度、時次郎にあいたい顔が見たいとしゃくりあげます。
狂気の如く心も乱れ、涙の雨に雪とけて、前後正体なかりけり、という浄瑠璃が哀れです。
時次郎は、かねて用意の匕首を、口にくわえて身を固め、忍び忍んで屋根伝い
伝えてたわむ松が枝も、今宵ひと夜のかけ橋と…(若旦那が鼠小僧のように変身するのは御愛嬌です。)
時次郎は覚悟を決めて庭に降り、「コレコレ浦里、ここで死ぬるも易けれど逃るるだけは落ちて見ん」と、
連れて行こうとすると、みどりも共にと取りすがるのを「オオ、心得たり」とみどりを小脇に引きかかえて、
松の小枝を手掛かりに、忍び返しを引き外して梯子に使って、ようよう三人塀の上に出る!!
浦里は胸をすえ。死ぬると覚悟きわめし身の上、何かいとわんサァいっしょと
手を取り組んで一足飛び
いよいよ大団円です。
げに、もっともとうなずきて、互に目を閉じひと思い、ひらりと飛ぶかと見し夢は
さめてあとなく明烏、…後の噂や残るらん。堀口大學の詩のような世界が広がり物語は終わります。
なぁんだ!と思う人はいないでしょうが、「明烏夢泡雪」という表題に込められた趣向を噛みしめます。
「明烏夢泡雪」全五話。二人は死んだのか?謎のまんま終わるのがいいですね。
つづく
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落語では四代麗々亭柳橋(斉藤亀吉)の速記『明烏雪夜話(あけがらすゆきよのはなし)』でしか知りません。
あまりにも現行の『明烏』が有名だから、時代を江戸に直し演るのは厳しいのかなぁ。
2019/2/8(金) 午前 0:45
> 立花家蛇足さん
浄瑠璃・新内のなかでは、ストーリーは最高によくできているし、芝居や他流の清元、常磐津にもなるぐらい轟く『明烏』。
この後、書きますが、後正夢と言う道行の続編も有りますからね。『お富與三郎』と同じくらい、やられてても良さそうですが、やられません。
咄家が東西で千人、東京だけで七百人をこえようとしていますから、誰かやって欲しいと願うばかりです。
2019/2/8(金) 午前 5:17 [ Mars_jj_boy ]
宮戸川や船徳の後編はあまり落語的ではないので、やらない方がいいんでしょうね。文楽の弟子だった小満んさんならわざと、師匠がやらなかった部分をやりそうな気もしますが(^ω^)
2019/2/8(金) 午後 4:15
> 藪井竹庵さん
小満ん師匠、雲助師匠は、続きやるの好きですね。小満ん師匠は、『鰍沢』も後日譚やります。
2019/2/8(金) 午後 4:51 [ Mars_jj_boy ]
近松的心中物は「落語の会」の席にかけても、もう「儲からない」
でしょうね。蛇足さんのおっしゃる通り、落語としての明烏が定着してしまっていますから、その後は無理でしょう。
明烏に関しては馬生(美濃部清)下げにおける表情を見て、私の何回
か高座で接した黒門町の明烏は消えました。
宮戸川はサゲの一つのパターンが鼠穴とかぶるので、やりにくいでしょうね。
これは小言幸兵衛と鰍沢の関係についても言えます。
小言幸兵衛に関する花火屋の存在感がうすっれた昨今の落語ファンにとっては、小言幸兵衛のこういうサゲはウケないでしょうね。
「お嬢さん、水を呑まなければ死ねません」と言われてお花が川の水を手ですくって「徳やお飲み」と改作した(誰だか忘れました)のは面白い。
2019/2/10(日) 午前 0:00
> 憲坊法師さん
あまりに沢山の落語家が、初午の頃にやるから、そろそろ独自な新内の世界を描く人が現れてもと、思いました。
2019/2/10(日) 午前 7:53 [ Mars_jj_boy ]