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隠れた「いい名跡」
落語会
[ bun***** ]
2019/3/1(金) 午前 2:26
前の記事に失礼します。ぶんです。
圓童……少し調べてみましたら、圓生師匠が9歳から16歳の頃に名乗っていたお名前のようで。噺家を志すものとして、是非いただきたいお名前ですが、なにぶん私はもう21でどこぞに入門するアテもないもんで、中々「縁遠」い気がします……
くだらないですね、はい(苦笑)。
確か好楽さんのお孫さんが笑点の企画で、好楽さんと叔父の王楽さんと三人で落語をされていたそうで。このお孫さんがそのまま楽屋入りするなら、圓童もあるかもしれませんね。それか好童とか?……道路みてぇな名前ですな。
前座名とは少し違うかもしれませんが、同じ一門では、六代目の円楽さんが名乗っていた楽太郎とか、どうなるか気になりますね。息子さんにでも譲るんでしょうか。落語よりアニメ声優されてる方みたいですが。圓生師匠がつけた名前だそうですし、誰かが継けばいいのにと思う私でした。楽松だって鳳楽さんのお弟子さんが名乗っている訳ですから
「道中付け」について考える
落語会
[ Mars_jj_boy ]
2019/2/28(木) 午後 10:20
「道中付け」について考える
落語会
道中付けはなんと云っても講談ですね。
かまぼこ屋じゃないけど、張り扇(バナナの叩き売り同様に自分で作る)をパンパン叩きながら、リズムよく語るのは講談のひとつの聞かせどころでもありますね。講談の場合は丈夫な和紙で作るのですが、すぐにボロボロになっちゃうので、幾つも作り置きしているようです。
それと講談の聞かせどころは、合戦の時の旗印や鎧兜などの陣容を次々に語って行くところですね。歌笑の純情詩集や痴楽のつづり方狂室と同じように、日本流のラップですね(^∇^)
談志は黄金餅の道中付けを三つ連続でやりました。最初は、上野の山下を出ましてと云うオリジナル。二番目は右に鈴本演芸場、左に赤札堂。上野広小路の松坂屋を過ぎましてと云う戦後の風景。最後は首都高の入谷ランプから入って、中央環状線を右回りに行って麻布飯倉出口から出たと云う、短い首都高バージョン(^ω^)
[ Mars_jj_boy ]
2019/2/26(火) 午後 0:18
[ pat*ri*o_8 ]
2019/2/26(火) 午前 8:08
「道中付け」について考える
落語会
[ Mars_jj_boy ]
2019/2/24(日) 午後 0:29
「道中付け」について考える
落語会
[ フムフム麦 ]
2019/2/24(日) 午後 0:06
[ Mars_jj_boy ]
2019/2/23(土) 午前 10:11





