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本当は、この会の前に、新潮社さんの土曜日早朝落語会、小痴楽さんの独演会に行くつもりでしたが、朝、目が覚めたら10時で…
シャワー浴びて、即、電車に飛び乗り、らくごカフェの在る神保町へ。12時半に着いて、ボンディが相変わらず長蛇の列を作っているのを見て、日本人のカレー好きを再認識しました。 そして、今日は、貞寿先生が『玉菊灯篭』をやります!!と、宣言している会で、しかも、10月26日・金曜日が本場。三味線・音曲も入れて、夜の上野広小路亭でやる予定です。 その練習みたいな会ですが、広小路亭より、らくごカフェなら、更に狭い空間で聴けるし、披露目でやり、横浜と四ツ谷で掛けて、そろそろ、完成か?!と、思い広小路ではなく、こちらにしました。 『玉菊灯篭』は、貞寿さんの師匠である貞心先生が、平成12年の芸術祭で、優秀賞を受賞された作品であり、貞寿さんは、二つ目になって間もない頃に、袖でこの噺を聴いて、 「いつか、この『玉菊灯篭』を高座で出来るような講釈師に成りたい!!」そう心に誓った作品であり、真打が決まった3年前、師匠に昇進を報告すると、 貞心先生の方から、お前も真打になるんだったら、この噺を覚えなさい!と、『玉菊灯篭』の稽古を付けて下さったそうです。 そんな『玉菊灯篭』。吉原の自慢の三つに、「にわか」「夜桜」、そして「灯篭」があると言ってそれぞれを説明します。 そこから、お盆に角町中万字屋が玉菊の不憫な最期を履かなんで、菊の灯篭を飾ったら、他の店にも広まりいつしか、吉原の名物に。 更に、この玉菊花魁になる五福屋のお豊の物語を、大岡政談・五福屋騒動という演題で、幕末から明治に活躍した邑井一が演じていたものを、 貞寿先生自身が、『玉菊灯篭』の為に、速記から起こして、復活させた、『五福屋騒動』も、今回の『玉菊灯篭』の中に、五分くらい入っておりました。 貞寿先生の『玉菊灯篭』は、大工弥吉の母親の、玉菊に対する嫌悪と、意地悪の加減がいいと思います。やり過ぎると、何か後味が悪いし、足らないと、玉菊の自害に説得力が無くなる。 そこらの塩梅が、ちょうどよい加減になりました。最初の頃は、物足りなく感じた部分が、無くなりました。 そして最後に、玉菊の墓が、浅草・永見寺にある事を伝えて終わります。 尚、10月26日に、永谷の上野広小路亭で、貞寿先生の『五福屋騒動』と『玉菊灯篭』を連続で掛ける会があります。 こちらは、『玉菊灯篭』に、吉原らしい音曲が入る、ハメモノ入りの講談です。曲は「京鹿子娘道成寺」「五色の糸」「供奴」、そして「助六」の四曲です。 |
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2018年10月21日
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