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今回は、思う所があり『中村仲蔵』を取り上げます。私が好きで追いかけた演者に共通するのが、
なぜか、この『中村仲蔵』を十八番にしていて、直近10年のデータで言うと、毎年1回は聴いている。
落語/講釈/そして浪曲で、どのくらい聴いているのか?
【落語】6人で14回
・柳家小満ん × 2
・五街道雲助 × 2
・一朝師匠
・柳家さん喬
・柳家花緑 × 2
・立川志の輔 × 4
・立川志らく × 3
【講釈】4人で8回
・一龍斎貞心
・宝井琴調
・一龍斎貞寿 × 2
・神田松之丞 × 4
【浪曲】1人で1回
・玉川太福
まず、落語の『中村仲蔵』。この噺を稲荷町と柏木がやっていた時代は、あんまり他の人はやらなかったんだと思います。
そして、この二大巨頭がお亡くなりになると、まぁ、「お前がやるのか?!」みたいな有象無象も含めて、やるようになります。
親の七光を持たない者が、芸の力だけで出世して、妬み嫉みの妨害を撥ね除けて、自分の道を貫いて行く噺ですからねぇ。
芸人なら誰もが憧れるというか、目標にしたくなる存在です、初代中村仲蔵!!
でねぇ、私が聴いた十一人の中で、血筋は花緑師匠だけなんですよね。花緑師匠の最初の『仲蔵』、これを聴いたのがね、
なんと!!「朝日いつかは名人会」でした。この『中村仲蔵』をやったんですよ、「いつかは名人会」で。
しかも、抜擢で真打になった、朝太(志ん陽)、菊六(文菊)の目の前でよ。
凄いでしょう。抜擢真打内定者二人の前で、血筋が、「いつかは名人会」で『中村仲蔵』をやるって、どんな神経なんだろう?
この時は、呆れるというより、やっぱり花緑師匠は、神経の構造が我々凡人とは違うと再認識しました。普通はできません。
さて、落語の『中村仲蔵』。殆どの演者はサゲを用意して演じます。講釈師だった志ん生師匠と、小満ん師匠はサゲなく演じますが、
明らかに少数派で、殆ど何らかのサゲを用意して演じます。そこで、一番多いサゲは?これがねぇ、稲荷町の正蔵師匠のサゲなんです。
稲荷町のサゲは、師匠傳九郎から仲蔵が煙草入れを貰うというのが振り(仕込み)になっていて、師匠に褒められた事を、
急いで帰って家で待っている女房お吉に話します。すると、お吉が「さっきまで、しくじったってベソかいていたお前さんが、
今度は掌返すように、大喜びするなんて、何か煙に巻かれたような気分だよ!」と、云うと、仲蔵が返して言う、
「煙に巻かれる?通りで、煙草入れなんて貰ったからだ!」。どうかと思うサゲですが、これがメジャーです。
まぁ、一朝師匠は稲荷町のサゲなのは納得しますが、ビックリしたのが五代目圓楽/星の王子様の圓楽師匠は、
柏木の師匠/六代目圓生のサゲではなく、稲荷町のサゲを採用しているんですよね。音源で2つしか聴いてないので、
六代目が亡くなった後、そうしているのか?分からないけど、なかなかのチャレンジャーです、五代目圓楽。
また、古今亭/金原亭も、馬生、志ん朝の兄弟は、稲荷町のサゲで、雲助師匠は少し違います。煙草入れは貰うけど、
傳九郎の家で、祝いの宴が模様されて、そこへ酒/肴、肴として仕出しの弁当が届くのですが、それを見て傳九郎が言うんです。
「そりゃいけねぇ、定九郎は変わったんだ、弁当はもう要らなねぇ」と。これがサゲです。
一方、柳家/柳派です。こちらは、林家や三遊亭のサゲを気にしないで独自なサゲを工夫しています。
先にサゲが無いと、小満ん師匠の『中村仲蔵』を言いましたが、確かにサゲではないのですが、
冒頭の役者の階級の説明で、小満師匠は、各階級のギャラについても触れておいて、
「七両の稲荷町から千両の名題にまで出世した、名優・中村仲蔵のお噺でした」で、終わります。
あとは、名人会で名人の噺をした花緑師匠、仲蔵が上方へ逃げずに済んだと知り、女房のお吉は安堵して、こう言います。
「お前さんが無事に江戸で役者を続けられるって聞いて、安心したら、急にお腹が空いたよぉ〜」
すると、これを受けて仲蔵が「お腹が空いた?俺はまだ、この家じゃ、弁当幕だ!」と云うのがサゲ。
雲助師匠のサゲにやや近いけど、独自のサゲですね。
更に、さん喬師匠のが、これまた不思議なサゲで、仲蔵が願掛けをするのが柳嶋の妙見様ではなく、お稲荷さんなんです。
この仕込みをしておいて、女房のお吉が、「上方に行くと云ったり、行くのは止めた、なぜなら師匠に褒められたと、
今度は急に喜びだして… もう私は狐に抓ままれた様だよ。」と云うと、仲蔵が「狐に抓ままれた!通りで!!
お稲荷さんの御利益だから。」と、返してサゲます。また、さん喬師匠は、仲蔵が四代目團十郎に見込みがある!!
と、認められるキッカケを、当時の稲荷町の役者は、貸衣装だったから、みんな衣装を粗末に扱う奴ばかりだった。
ところが、仲蔵は汚さないように注意し、シワにならないように綺麗いに畳んで毎回仕舞っていた。
これを見て、團十郎が、仲蔵の芸に対する思い、お客様に少しでも良く見られようとする芸人としての料簡。
これに惚れて、「俺の所で修行してみないか?」と、傳九郎に仁義を切って、仲蔵を引き上げる場面があります。
最後に、三遊亭の柏木の師匠、六代目圓生は、師匠から貰うご褒美が、煙草入れではなく刀になります。
そして、サゲは仲蔵が傳九郎に「死んで仏になるつもりでした!」と云うと、
傳九郎が「お前を仏にできるか!お前は、役者の神様になるんだから」で、サゲです。
このサゲを受け継いでいるのが、なんと!立川志の輔師匠です。しかも、本編のエピソードも六代目の通りにやります。
志の輔師匠は、毎年、赤坂ACTシアターを1週間くらい使って、仮名手本忠臣蔵のレビューを1時間半くらいやって、
その後、仲入りを取って、『中村仲蔵』を、これまた、一時間半くらいやります。木戸銭もいい値段取ります。
この志の輔版『中村仲蔵』は、渋谷Parco公演が根多卸して、このACTシアターで育った作品です。
そうそう、一度だけ本多劇場でも3日連続、『中村仲蔵』だけを1日三公演するという、志の輔師匠らしい会もありました。
尚、志らく師匠の『中村仲蔵』は、2009年2回と2010年1回聴いているのですが、全然、思い出せません。
落語版『中村仲蔵』の最後に、私が生で観た7人での私の好みを言うと、一番は雲助師匠、
二番は甲乙付けがたく小満ん師匠と一朝師匠です。三千五百円とかせめて四千円で観られるなら志の輔師匠のも捨てがたいのだが、
六千円以上払って観るか?と言われると、観ませんねぇ。完全に、毎回同じ演出ですから。
好きな、この三人の咄家に共通するのは、地のナレーションと、会話のギャップの良さですね、特に地の語りの耳触りが、この噺の場合、特に重要です。 次に講釈の『中村仲蔵』です。まず、貞心先生。『玉菊灯籠』『石川一夢』などと並んで貞心先生の十八番の一つ『中村仲蔵』。
私は、貞山先生との二人会で、これを聴きました。マクラでは義士の話を振ってましたね。四つの大名家預りの話でしたね。
松平、水野、毛利、そして細川。ここで、貞心先生から聞いたんですよ、現在のイタリア大使館が松平家跡で、
イタリア大使の秘書兼通訳の女性が、なんと!義士の子孫であると。(ただし、松平家の預りの方ではない。)
そんなマクラから、義士の噺は続き、四十八番目の義士、萱野三平の逸話を紹介して、本編へと入りました。
平井村の聖天様に子宝祈願に来ていた、長唄の師匠が、渡し船頭との会話から、生れて間も無い赤子を貰い子します。
これが仲蔵となる子で、最初は長唄を仕込まれるが、才能がないと見切って、子役として役者デビュー。
思春期は、一旦、役者を止めて他の道を模索しますが、結局、十九の年に再度、傳九郎の弟子と成り大部屋:稲荷町に。
“中通り”に昇進して科白を忘れるエピソードから、相中、名題と昇進するが、演出家の金井三笑に嫌われてしまう、仲蔵。
三笑の演出に従わなかった事が理由のようで、いじめを受けるようになる。そして五月興行通し狂言の「忠臣蔵」で、
与えられた役が「斧定九郎 一役」。あとは御存知、妙見様の御利益か?新しい定九郎の型を生み出して師匠傳九郎に褒められる。
貞心先生は、「青は藍より出でて藍より青し」のフレーズで、傳九郎が仲蔵を褒めて〆となります。
尚、貞寿先生は、師匠が生きているうちはいじらないと、云って、師匠の台本通り演じています。そしてめったに掛けないみたいです。
一方、琴調先生は、これとはかなり違っていて、私は小岩の今松師匠の会のゲストで聴いたのですが、
マクラも義士や芝居とは、一切関係のない、クリスティアーノ・ロナウドの話で、彼がなぜ刺青しないか?を説明するんです。
そんな噺から、『中村仲蔵』へ。しかも、冒頭、いきなり小屋から使者が来て、次の芝居の役は「斧定九郎 一役」。
こちらは、名題になって初めての役なのに、金井三笑の奴!と、悔しがる展開。そして、琴調先生のは、
雨の蕎麦屋と、五段目の芝居の場面が、かなりタップリ語られます。貞心先生の方は、五段目の芝居はそれなりに長いけど、
雨の蕎麦屋は、そこまでタップリはやりません。そして、琴調先生の方が、断然柔らかい演出です。
そして、最後の決め科白も違いますね、琴調先生の方は「虎は死して皮を残し、役者は死して型を残す」でした。
講釈師は、「青は藍より出でて藍より青し」や「虎は死して皮を残し、役者は死して型を残す」なんて格言で〆るけど、
落語家は、妙見様の全てが御利益で、この日に雨が降ったのも、そこに蕎麦屋が在ったのも、たまたま貧乏侍が現れたのも、
その侍が色白でやせ形だったのも、婆が貸した駄菓子屋の置傘が破れてかぶれだったのも、みんなみんな妙見様の御利益!!
と、云う落語らしいフレーズを、多くの咄家が最後にやって笑いを取ります。私は、この妙見様の御利益で毎度思うのですが…
誰か『仲蔵』の後日談をこの御利益で作らないのか?と、このフレーズを聴くと思います。この場面が全部逆だったりすると、
例えば、妙見様の御利益を漏れ聴いた金井三笑が、仲蔵の真似をして、21日の裸足参りで、仲蔵に対抗できる勝るとも劣らない、
そんな斧定九郎の演出の“工夫”を妙見様に祈願する。すると満願の日に、凄い定九郎が現れる!!
満願の日は、カンカン照りで熱中症になりそうな日和で、一流料亭に喉を潤したくなり、三笑が入ってたら、
そこへ、見るからに金持ち、正絹の真っ白な金糸銀糸で龍の刺繍入りの絽の着流し、帯は博多の角帯で手には細身の鉄扇を持っている。
更に、腰物は刀ではなく、三連発のリボルバーの拳銃を帯差し、三千石取り旗本のドラ息子なのだ!!
でっぷりと肥った、頭はつるつるでよく髷が結えるなぁ〜と感心するような男が、もう一方の手には洒落た舶来の日傘を差している。
「これ!!長崎のバテレンから貰ったんだ!」と、自慢しながら入って来る。 これだ!!と叫んで三笑はこの旗本を真似て定九郎に。
この定九郎が評判になり、モデルになった旗本が大そう喜んで、芝居の切符を買い占めてくれた。おかげで芝居も大当たり。
しかし、このお大尽の旗本が日ごろの不摂生が祟り亡くなってしまう。肝心なおダンが三笑に居なくなると、
小屋への客足はぱったりと止まり、この型の定九郎はすたれて、今では幻の型となりました。
「おごれる人も久しからず、 ただ春の夜の夢のごとし。」という格言の一席にする。
つまり、「こぶとり爺さん」や「金の斧と銀の斧」と、ストラクチャーは同じで、二番煎じで大火傷するパターンはどうでしょうか?
さてさて、最後に真打ではないけど、松之丞さんの『中村仲蔵』です。これは落語とも講釈とも違う彼独自の『中村仲蔵』です。
琴調先生に習ったんですかねぇ。誰のが元なんだろう?原形を留めないくらいに変わっていると思われます。
ですが、入りのマクラは普通です。役者の階級が六階級だった話をして、その説明から入ります。そして、いきなり、
四代目團十郎が「仲蔵を名題にする!」と、座頭以下、小屋の関係者に宣言する場面から始まります。
ここから、妙見様へのお参りが満願になる、雨の蕎麦屋を迎えるまで、延々、仲蔵の金井三笑への恨み節が展開されます。
更に、妙見様から蕎麦屋の場面、実際の五段目の場面、しくじった!!と、早とちりして上方へと逃げようとする。
ここまでの展開も、極端に地を押さえて、一人称で仲蔵の心理描写が続きます。しかも、あの松之丞流のグイグイで持って行きます。
やり方は、物凄く斬新で、最初聴くと圧倒されて、客席に居て心の中で『ヨッ!栄屋、御趣向!日本一!』と叫びたくなる。
ただ、二度、三度、短いスパンで聴くと、結構、辛いのも事実。最低半年、私は三年に一回くらいでいいと思います。
松之丞さんの特質すべき点は、この心理描写を、決めて台本通りではないのに、早い事。しかも加速するような速さです。
普通、人情噺などで、アドリブに近い語りをすると、「あぁ〜」や「えぇ〜」が入り、大間になるものなのですが、
そいう事がありません。喩がどうかとも思いますが、雰囲気は、古館伊知郎アナウンサーの実況のようです。
そう言えば、松之丞さんも古館ですね。この芸は、古館のお家芸なのか?好みは分かれると思いますが、一見の価値はあります。
(ただ、松之丞さんが根多出しで『中村仲蔵』の公演は、なかなかチケット取れないかもしれませんが…)
最後に、浪曲の『中村仲蔵』です。師匠福太郎先生譲りのものを太福さんでつい最近聴きました。
落語、講釈との一番の違いは、勿論、節が入るのですが、この『中村仲蔵』は、繋ぎの場面を上手く節にして、
節で助走を付けて、地や会話の語りに繋げていて、その入れ替わりが、目まぐるしく盛り上がる展開でした。
そして、太福さんのは、上方に逃げようと決心すると、女房・お吉も付いて行く、道行スタイルです。家には置き手紙がしてある。
品川まで行って葦簀張りの床屋で、仲蔵の定九郎を絶賛する親方と出会います。そこから引き返すと、
置き手紙を読んだ四代目團十郎からの迎えの駕籠が来て、市村座へと引き返し、仲蔵は五段目の定九郎を勤め、めでたし!めでたし!
ちょうど30分くらいの尺ですが、アッと言う間に一番感じる『中村仲蔵』ですね。
つづく
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2018年10月25日
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