Marsのブログ

小さな会を精力的に聴く努力をしてまいります!!

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何の事だか分からないタイトルになんてしまいました。「三扇会」「二扇会」という会が、“まほろば”さん主催で開催されています。
「三扇会」は、講釈・落語・浪曲の三つの芸能が、同時の会の高座に上がる事をいい、「二扇会」は、講釈・落語・浪曲のいずれか2つが、
組合せで同時の会の高座に上がる事を云います。つまり、タイトルで言いたいのは、講釈・落語・浪曲の三つに共通の根多、
例えば『紺屋高尾』のような根多があります。同じ様に、講釈と落語、講釈と浪曲、落語と浪曲の組合せで共通の根多があります。

それぞれに共通の根多は在りますが、ストーリー/登場人物は同じ設定でも、それぞれの演出の色で、聴き手に与える印象がかなり変わります。
また、特に落語において云える事だと思うのですが、落語なのに講釈寄りな演出だったり、落語なのに浪曲に寄せた演出だったりする場合があります。
それだけ落語という演芸が、柔軟にできている事と、三百年という歴史の中で、柔軟に演じて来た歴史がそうさせているのだと思います。

まずは、講釈・落語・浪曲、それぞれの演出の色についてお話を進める事にします。とはいえ、大多数の御存知の皆さんには釈迦に説法なので、
そうくどくは書きませんが、落語の本質は“笑い”、講釈は“怒り”、そして浪曲は“泣き(哀愁)”たと言われます。
それぞれの本寸法は、“笑い”“怒り”“泣き”を表現する事。概ね、そこに重きを置いて演じられるという事に成ります。

先の『紺屋高尾』で言うと、過去10年の私のデータですが、講釈・落語・浪曲それぞれの回数、聴いた演者は下記になります。


【講釈】3回
・一龍斎貞橘×2
・宝井一凛

【落語】17回
・林家正雀
・柳家花緑×2
・三遊亭遊雀
・入船亭小辰
・立川志の輔
・立川談春×5
・立川志らく
・立川談笑
・立川生志
・三遊亭天どん×2
・三遊亭遊史郎

【浪曲】1回
・国本武春


元々、講釈の根多だったとも、いや浪曲が先だとも云われている『紺屋高尾』ですが、六代目圓生が落語で演じてから世間に広く知られました。
落語には、類似噺として、志ん生の『幾代餅』だったり、柳枝の『搗屋無間』が演じられていましが、圓生によって『紺屋高尾』が落語になりました。
圓生のは、実にどーも、講釈と浪曲のいいとこ取りで、落語としての完成度も高く、今の演者にもこの圓生の型で演じています。
私が聴いた中で顕著に、圓生の型に近いのは、正雀師匠の『紺屋高尾』です。幇間医者も「竹之内蘭石」先生ですしね。

また、落語の『紺屋高尾』で言うと、同じく講釈から移植した談志師匠の『紺屋高尾』が、圓生よりも現代に生き続けております。
圓生の『紺屋高尾』は、名人圓生がやるから貴賓が高尾太夫に加味されますが、ただの人では… それに比べると、談志師匠の『紺屋高尾』は、
決め科白が笑いに通じているので、真似するだけで、それなりに笑いが起きる工夫がなされております。そして幇間医者は「薮井竹庵」。
親方「久蔵!振られんなよぉ」 久蔵「何云ってんですか?親方!!いい天気ですよ」のやり取りや、年季が明けて紺屋を訪れた高尾が、
「久さん!元気」と、云う辺りは、立川談志らしい演出で、今も弟子は勿論、多くの咄家に受け継がれております。

一方、本家の講釈や浪曲はどうなのか?まず、講釈。演じ手は居なくはありません。私は貞橘先生で2回、一凛先生で1回聴いています。
講釈は、大看板の貞山、貞水、貞丈、二代目山陽、伯龍、馬琴、そして芦州といった面々がやらなかったのもあり、メジャーな根多ではありません。
貞橘先生のは、一龍斎らしくちょっと固いし、一凛さんのは、流石田辺一鶴の弟子だった、一鶴先生譲りのコミカルな感じはあるけど、
講釈らしい演出、例えば修羅場だったり道中付けだったりが入るわけではないので、地の多い落語っぽい講談になっているように感じました。

最後に、浪曲は『紺屋高尾』といえば初代篠田實ですね。私は二代目を存じておりますが、音源でしか聴いた事がありません。
また、私の記憶が正しければ、二代目は旧イイノホールでの公演後に楽屋で「頭が痛い!」と言って亡くなったと聞いた事があります。
そして、唯一、生で聴いた浪曲の『紺屋高尾』が国本武春先生で、しかもそれが私が聴いた最後の武春先生になりました。
神田京子さんの横浜にぎわい座での披露目、ゲストに口上にも上がり、披露したのが『紺屋高尾』でした。
曲師は、勿論、沢村豊子さんで、高尾の久蔵への思いを武春先生が、実に抒情的に歌い上げるのでした。

『紺屋高尾』は、落語だと立川談志の型が現代に一番受入られていて、好き嫌いは分かれますが、客席の中年女性を号泣させる、
立川談春の芸に、それは脈々と受け継がれているようです。45分くらいで演じていた頃は好きだった私ですが、
最近の60分オーバーの談春さんの『紺屋高尾』は、どうも耐えられません。

次に、講釈の『紺屋高尾』。滅んではいないのですが、今時の台本に変え、演出も現代に合わせて演じて欲しいですね。
落語や浪曲にない魅力を、どう表現するか?講釈師の腕の見せ所だと思うけど、手本がないのは辛いと思います。
最後に浪曲は、私は太福さんぐらいしか聴かないので… 太福さん、やらないだろうなぁ〜


つづく

台風24号来襲の日曜日の午後、14名の決死隊が落語協会の二階に集まりました。
既にこの時点では、SNSなどで、20時にJRは臨時運休を決めたというニュースが駆け巡り、
池袋と末廣は夜の部の寄席の中止を発表していましたが、浅草と鈴本はやる!と言う。

まぁ、鈴本は、真打の披露目の楽日だったので、17時半に口上をやって、19時10分には終演。
そのまま、お花や後ろ幕、新真打の木彫の表札など、末廣亭への引っ越しがあるのでねぇ。
楽日の新真打が、正蔵一門のたこ蔵さんだった事も、強行開催に影響したのかもしれませんねぇ。

この鈴本は、まだなんとなく分かるのですが、浅草はなぜ、そこまでして日曜日の夜席をやるのか?
文蔵師匠は、Twitterで「浅草は、爆弾が落ちても休演しないぞw」と呟いておりました。
槍が降ろうとというのならまだしも、爆弾というのは、云いえて妙でした。
そんな嵐が迫っている中開催された黒門亭【第一部】、こんな感じでした。



1.たらちね/小ごと
前座さんが演じる『たらちね』は、退屈な演目BEST3に入ると思うのですが、もう少し楽しそうに演じて欲しい。
私が知る限りでは、昇太さんが前座の昇八時代にやっていた『たらちね』は、面白かった記憶があります。



2.手水廻し/小太郎
江戸の咄家で聴くのは初めてか?設定も大坂のまんま、やや妖しい臭いのする関西弁で演じる小太郎さん。
江戸では“手水を廻す”とは言わないので、移植するのも難しいですよね。彼なりに楽しい『手水廻し』でしたが、
やっぱりこれは上方落語です。



3.夢の酒/甚語楼
マクラで、悪夢の話をする甚語楼師匠。まず、よくみる悪夢の第一位が、学生時代の教室の夢。
自分のクラスなのに、クラスメートの顔が見たこと無い連中ばかり、そのなかにポツンと置かれている甚語楼師匠。
しかし、自分の斜め後ろの生徒だけに見覚えがあった!! それが権太楼師匠、詰襟の権太楼師がジロりと睨む!!
二番の悪夢は、出番を待つ舞台袖、緊張して待っていると前座が来て、「根多出しされている『愛宕山』を30分たっぷりで」
と、云いに来るのだが、甚語楼師匠は『愛宕山』は持っていない。物凄く焦り、呼吸が変になって目が覚める。
あまりにこの夢を見るので、悪夢解消の為、『愛宕山』を覚えたそうです。覚えたけど掛ける機会がないと云っておられました。
そんな悪夢のマクラから『夢の酒』へ。この根多は、甚語楼師匠で三回目でした。お花の嫉妬と大旦那のとぼけた感じがいい。



4.岸柳島/錦平
寄席以外で見たのは、初めてかもしれません、錦平師匠。いい声だと毎回思います。ニンに合っている話でした。



5.田能久/源平
亡くなった扇橋師匠から習った噺だそうです。扇遊師匠、扇辰師匠とまったく同じで、握り飯の大きさまで一緒。

台風上陸の予報で、朝6時の時点で夜に首都圏を直撃間違いなしだった。それでも二人を見たさに行きました。
お江戸日本橋亭に着いたのは、9時20分。既に会場していて、50人くらい入っていました。ビックリ!!
そんな、命知らずの決したいが結構居た、朝練講談会、二扇会、こんな内容でした。


・清水次郎長傳「石松代参」 … 太福
・大岡政談「五福屋騒動」 … 貞寿



1.石松代参/太福

まず、この日の夜に、18時開演で自分の会が根津で開催予定だが、まだ、この時点では中止/決行を決めかねていると云う太福さん。
主催者とも話し合うが、どうしたらよいか?と、この日の朝練オーディエンスに中止/決行を挙手でアンケート調査したが…
大半の人は、関係ないので手を上げない。悩みが深まる太福さんでした。結局どうしたのか?1時間だけやったか?中止だよなぁ。
そう云って、この日は、二代目虎造先生の型ではなく、玉川一門が昔からやっている型での「石松代参」でした。

まず、虎造パターンだと金毘羅様への代参を次郎長から石松が、要請を受ける場面で一話。続けて代参を無事に済ませ、大坂から京へと、
三十石舟に乗っての「食いねぇ、食いねぇ、寿司食いねぇ」で一話と二話に分けて演じられるが、玉川一門の型だと一話に纏っている。
そして、何が違うって、三十石舟で、石松が話をする相手が江戸っ子ではないのです。甲州人なんですよね。
更に、金毘羅様から大坂までの道中が、“道中付け”で語られます。そして、甲州の親分衆と東海道の親分衆をそれぞれ7〜8人紹介する。
その中に、清水港を仕切っている次郎長は偉い!!と、甲州の旅人が褒めるのに、石松が嬉しくなり、側に呼んで話を始めます。

ただ、この甲州の親分の中に、黒駒勝蔵が入ってないんですよねぇ。石松と甲州の旅人の会話になると、虎造先生と同じで、
子分の名前は?と云うやり取りがあって、石松自身がなかなか出て来ないので、少しイライラして、最後に登場する。
とにかく強いと褒められるけど、馬鹿なのが玉に傷と言われてしまいます。



2.五福屋騒動/貞寿
『玉菊灯籠』の花魁玉菊が、どういう経緯で苦界に身を沈める事になったのか?その物語が「五福屋騒動」です。
江戸で骨董商を商う五福屋には、又蔵と言う若い店主と、その妹で今小町とあだ名される美人のお豊がありました。
若くして目利きで、商売上手な又蔵に店を任せっきり、半分隠居生活を送る又兵衛は、娘のお豊を早く良い相手に縁付けたい!と、考えていた。

そんなお豊が、ある日、日本橋を歩いていて、見ず知らずの老婆を、甲斐甲斐しく世話をする一人の若い男に出逢う。これが、油町の伊勢屋の倅、作之助だった。
作之助は、色は白く透き通るような肌で、お役者様のような美男子。今業平と呼ばれるくらいの男前でした。

一目惚れ

お豊は、たちまち作之助に懸想して、恋煩いで寝込んでしまう。心配する又兵衛に、蚊の鳴くような声で、「実は日本橋で…」と、伊勢屋の作之助に恋してしまったと、告白します。

あの伊勢屋かぁ!ならば、五福屋との釣り合いは申し分ない。早速、伊勢屋吉兵衛に、しかるべき使者を立てて、縁談を申し込もうと決心します。

そんな噂が、五福屋の中を駆け巡った時、一人だけ、この事を面白くないと言う奴が居た。誰あろう、この五福屋の通い番頭・弥八でした。
12の時から、口減らしで五福屋に奉公して、25年。やっと番頭にまでなったのに、又兵衛からは、「そろそろ、分家を!」と願い出たら、息子又蔵が、主人になったばかりだから、もう少し待てと言われ、
「お豊さんを嫁に!」と、言うと、のらりくらりはぐはかされて、結局、お豊は、伊勢屋に嫁に出されてしまう。このまま、指を咥えて見ているダケか?!

と、嫉妬に狂った弥八。物凄い悪巧みな妄想に耽ります、まるで、漫画家・中崎タツヤの「じみへん」に出てきそうな妄想野郎になりるのです。

居酒屋で酒を呑みながらエロ妄想に耽り、弥八は、作之助だと偽り、お豊の部屋に夜這いを掛けます。一回目は、弥八とバレずに夜這いは成功しますが、
弥八の想像を超えて、お豊の貞操が硬く、記念の品にと、普段着の片袖をもぎ取り帰ります。また、この弥八が中崎タツヤ作品の主人公みたいに、暗い闇のエロ妄想野郎で、
この千切れた片袖の匂いを嗅いで、お豊へのエロい妄想を爆発させるのです。そして、再び夜這いを掛けます。

二回目の夜這いで事件が起こります。あまりに積極的に弥八がお豊に迫り、激しい物音がして、父・又兵衛が起きて娘の部屋へ。
又兵衛と、弥八が格闘の末、弥八は腕を脇差しで刺されながらも、脇差しを奪い取り又兵衛を返り討ちにして、逃げ出すのですが!!

窓から逃げる際に行灯の油を蹴飛ばし、布団に油が沁んで、大火事になり、五福屋は全焼!向こう三軒両隣、17軒のお店が焼失する大惨事になりました。
その時は、南が月番、あの悪名高い松平壱岐守が、南町奉行だったので、伊勢屋作之助が捕まり拷問三昧!それでも白状しない、作之助。
結局、三年受牢され、拷問され続けて、半死状態だったが、奉行が、松平から大岡に代わり、大岡様が即座に、冤罪と見極め釈放されます。

そして、大岡様の探索で、弥八の悪事がバレ、弥八は殺人と放火で召し捕り!獄門火あぶりとなるのですが…
お豊は、自分の情け無さを恥じて、中卍屋に身を沈め、自ら苦界に落ちて三百両と言う銭を作り、半分を兄に五福屋再興を託し、
残る半分は、作之助への慰謝料として使ったそうです。そして、このお豊が、中卍屋で全盛と言われる花魁へと出世!後の玉菊となるのでした。

貞寿先生も、弥八を「変態」と呼んでいましたが、私も中崎タツヤ作品に出て来る変態をイメージしました。
女流講釈師には無理だと思いますが、是非、誰か男性の講釈師に、中崎タツヤ風な演出で、この『五福屋騒動』をやって欲しい。


4ヶ月前に季節外れの台風で中止になった南海先生の「会津の小鉄・連続読み」ですが、今回も台風が接近していた9/29に開催されました。
この会は、雨でしたが特に問題なく開催されましたが、翌日、昼に琴柳先生との二人会をやった南海先生、大坂に帰れたのだろうか?
そんな新々嵐を呼ぶと呼びたくなる南海先生の「会津の小鉄」、その第五話と第六話、こんな内容でした。



・蟹の吾左衛門 … いちか
・会津の小鉄「仙吉、京で会津の小鉄になる」 … 南海

お仲入り

・会津の小鉄「会津の小鉄と新撰組、近藤勇」 … 南海




1.蟹の吾左衛門/いちか
似たような忠臣者の噺を沢山聴いています。この吾左衛門は、信長の長男・信忠の家来でした。そして、本能寺の変で信忠が亡くなる時、
その首を介錯し、庭に埋めて隠して井戸に飛び込んだのですが… 井戸が枯れていて死ねず。卑怯者とそしりを受けたのですが…
太閤秀吉の朝鮮征伐で、敵陣に孤立した加藤清正の軍に、福島正則の命令を受けて、兵糧を届けて討ち死にして汚名を返上します。
なぜ、“蟹の”と呼ばれるのかは、謎のようですが、今でも鳥取に「吾左衛門鮓」という寿司屋があり、蟹の鮓があるようです。


2.仙吉、京で会津の小鉄になる/南海
いよいよ、仙吉が「会津の小鉄」を名乗る回です。物語の後半に差しかかってやっと主人公が会津の小鉄になるって、なかなか無い展開です。
水戸で男を上げて、父親の足跡を追って江戸へと入り、そこで江戸でも三本の指に数えられた侠客!!あの「新門辰五郎」に出逢い、
また、新撰組に組する前の近藤勇とも、浅草の喧嘩で出逢う仙吉が、いよいよ辰五郎の紹介状を持って、京都の大親分、口入稼業の元締・大垣屋を訪ねます。

大垣屋の説明から、南海先生らしい脱線が始まります。この大垣屋が現在の大沢商会(雑誌の裏で時計やバックの通販していた会社)の前身である事から始まり、
この大垣屋には、仙吉が訪ねて来た、まさに同じ頃、会津藩の重臣:秋月悌次郎と、「八重の桜」の山本八重の兄、山本覚馬が訪れていた。
この二人は、会津藩主・松平容保公が京都守護職に任じられた事を受けて、守護官邸と、会津藩士の住む寮の建設を依頼しに来ていた。

この話題から、南海先生の脱線が始まる。まず、この時期に薩摩・長州、土佐を中心に勤王の志士について話題が移り、時節柄、西郷隆盛の話題へ。
西南戦争後、朝仇と扱われ逆賊の汚名を着せられていた「西郷どん」。それが許されて旧薩摩藩の有志からの寄付で、銅像が建てられる事になる。
銅像を作るに際し、依頼されたのは、当時のNo.1の彫刻家だった高村光雲。そして、本来は馬上で、突撃!の指図を指差しする構図の銅像にする予定だったので、
馬を彫らせたら、当代一と言われた、後藤貞行に、高村が直々に依頼した。ほぼ、デザインも完成し、設置場所も皇居前になる予定だったが…

この時、くしくも、大津事件が起きてしまう。来日中のロシア・ロマノフ王朝の皇太子:ニコライを警察官の津田三蔵がサーベルで襲って重傷を負わせる。
その動機が、「西南戦争で戦死した西郷隆盛が実はロシアに逃げ延び、ニコライと共に帰って来るというデマがささやかれており、
西南戦争で勲章を授与されていた津田は、もし西郷が帰還すれば自分の勲章も剥奪されるのではないかと危惧していた」と供述したという説がある。
そんな事件の為に、西郷隆盛の銅像は、大幅にデザイン変更を余儀なくされる。そして、設置場所も皇居から、上野公演へと変更されたのである。
そして、一番貧乏くじだったのが、後藤貞行。軍馬を彫るはずが、犬を彫らされている。

この脱線で20分伸びて、更に保科正之公が明君だった話題へ。三代将軍家光の弟でありながら、信州高遠藩二万五千石の養子に出された正之公。
この正之公が、振袖火事の後始末で、将軍家光に意見して、決まり掛けていた江戸城の本丸再建を中止させた逸話を紹介しました。
この断線は、会津藩松平公が正之公に喩えられると、秋月悌次郎が大垣屋に力説した場面で起こりました。結局、25分脱線噺!!

最後は、この普請の人足集めを仙吉が、大垣屋に見込まれて引き受けて、会津藩の為に一肌脱いだことから、
その名を、「会津の小鉄」と改める事になりました。「会津の小鉄」が25分、脱線が25分、南海先生らしさ爆発でした。


3.会津の小鉄と新撰組、近藤勇/南海
この回は、新撰組好きにはたまらない。文久2年(1862年)、幕府は庄内藩郷士・清河八郎の献策を受け入れ、将軍・徳川家茂の上洛に際して、
将軍警護の名目で浪士を募集したところから物語が始まり、翌文久3年(1863年)2月、集まった200名余りの浪士たちは将軍上洛に先がけ「浪士組」となる。
ところが、京都に着くと、提案者である清河が、勤王勢力と通じ、浪士組を天皇配下の兵力にしようとする画策が発覚する。
結局、清河派は浪士組を抜けて、残ったのは京都守護職の松平容保に忠節を誓った三十数名だけとなる。
つまり、残った者は、近藤勇、土方歳三を中心とする試衛館派と、芹沢鴨を中心とする水戸派である。

ここから、松平容保の家来の末席に加えられた浪士組は、壬生に屯所を構えて、新撰組の前身「壬生浪士組」が結成される。
この壬生浪士組では、芹沢鴨が主導的な立場で、京の豪商を脅しては、ミカジメをせびっては、遊郭で色に狂う酒池肉林の非道を重ねた。
結果、京の商人からは、そっぽを向かれて、金策と称して、大坂にまでミカジメを求めて遠征するようになる始末だった。

一方、江戸で顔見知りで、松平公の繋がりもあり、近藤と仙吉は再会を喜んだ。同じ長曽祢虎徹を持つ者同士、仙吉こと小鉄は、
水戸で聞き及んだ、芹沢鴨の悪い噂を、近藤たちに知らせるのだが、そう簡単に、これを排除するのは難しく、結局、大坂で大きな事件が起きる。
それが、六月に起きた、大坂相撲との堂島橋でのいざこざで、相撲取三人を芹沢たち水戸派は殺害。奉行所まで乗り出す大事件になるが、
この事件を丸く収めたのが、会津の小鉄だという事で、講釈らしく、当時大坂を牛耳っていた親分衆五人組が登場し、
これを相手に、侠客・会津の小鉄が奮闘する。そして、水戸派が京都の生糸問屋大和屋庄兵衛に金策を謝絶されたことに腹を立て放火した事件をきっかけに、
近藤と土方は、水戸派を粛清し、隊の名前を、新撰組と改めて、京都の治安の為に、勤王派の志士と対峙する事に成るのである。


次回は、11月24日土曜日、会津の小鉄、大団円です。

四季の萬会 on 浅草見番

台風24号が来る前日でした。時折、強い雨が降りに成ってみたり止んだりしておりました。
見番へ向かう途中、浅草寺の境内を抜けて行くのですが、今年一番か?と思うくらい外国人が少なかったです。
それでも、修学旅行の学生さんが居たりして、人はそれなりに居たのですが、雨ん中商売していたテキ屋さんには、
辛い台風前の商いになっていたのでは?と思いました。そんな台風接近の浅草見番での「四季の萬会」こんな内容でした。



・四人癖 … まん坊
・ろくろっ首 … 萬橘
・代書屋 … 寿輔

お仲入り

・子別れ/下 … 萬橘





1.四人癖/まん坊
M'sの加藤さん不在だったので、お品書きがありませんでした。残念!あの達筆が見られないのはねぇ。
さて、『四人癖』。上方の咄家さんからたまに聴くけど、江戸の咄家でやるのは珍しいですよね。
東京では、圧倒的に『二人癖』=『のめる!』でやりますね。

2.ろくろっ首/萬橘
マクラの冒頭!いきなり、噺をし続けて行くのは大変だ!と言い出す萬橘師匠。哲学的な話かと思いました。すると、更に続けて、
「萬橘、あいつは、喋れなくなったよ!」って言われ、ある日突然、絶句するかもしれません。と、言うんです、萬橘さん。
コレを聴いていて、真っ先に、私は八代目文楽を思い出しました。「勉強し直して、参ります!」ですよ。現代にそんな咄家が居るのか!?と、思っていたので、居た!!と、叫びそうになりましたが、ニュアンスが違いました。

なぜ、最近、突然喋れなくなる事を覚悟したかと言うと、芸の道においては、咄家というフィルターを通すと、日常の些事が面白い噺にならないといけない。
それなのに、まず、萬橘師匠自身のセンサー、特に、耳がおかしいと言うんです。つまり、空耳が酷い!!、例えば…

とある町のファミレス・ジョナサンにて、昼食していたら、隣のカップルが、ありえないぐらいイチャイチャしていた。
昭和世代になら通じるか?「同伴喫茶に行きなさい!!」レベルの、イチャイチャだったらしい。そこで、男が、店員を呼ぶ『ボタン』を押して、彼女に言った言葉が、

without you

『女、変えて、また、イチャイチャしたいのか?』
『何だ!この男、訳がわからん!?、without youなのに、その女とまだ、イチャイチャしている?!』
『女も女た、without youと言われたのに、ニッコリ笑いかけて、ウン!と言いやがる』

暫くすると、そのカップルのテーブルに、ソフトクリームが二つ届く。「without you」ではなく、男は女に「デザート、食う?」と、言っていたのだった。

他にも、ある落語会で、袖で出番待ちしていたら、遅れて楽屋入りした兄弟子が、私服のまんま来て、「いくら入っている?」と、突然尋ねられた萬橘師匠。
勿論、兄弟子は人数を指して、いくらと言っているのだが、萬橘師匠は、反射的に金額?!と、感じて、何て守銭奴!と、思ってしまったらしい。

最後の例はもっと強烈で、新宿のハンバーガー屋にて、喫煙者の萬橘師匠は、喫煙者の階に行くのだが、そこに居た先約が、今時珍しい、見るからにヤクザだった。
スキンヘッドで、ダークパープルのサングラス、紫のシャツに、金ピカネックレスして、マンボズボンにサドルジューズ、勿論、靴底には減り留め金具を付けている。
そいつが、金ピカロレックスを見せてスマホで、誰かに電話を始めたのだが、開口一番の科白に、萬橘師匠!驚く。

「今晩は、関ジャニ∞です。今からそっちに行きたいんですが、いいですか?できたら、メシ食いながら、
例の件、今日決めたいんですよ?!そして、明日は、朝から兄貴と飲みに行きたいんですよ。構いませんか?」

関ジャニ∞が、凄く気になったが、変換できずにいる萬橘さん。楽屋の廊下で激しく雨漏りしていた、浅草見番よりは、長く咄家を続けたいと言っていました。

そんなマクラから、不思議な『ろくろっ首』をやりました。まず、与太郎ではなく、主人公は松公でした。
そして、叔父さんの「婿入りしないか?」に対して、松公は「討ち入りするのか?」と返す。すると、叔父さんが、「違う!婿養子だ」と言い返す。
更にコレに対しても、松公は「何ぃ?!、赤穂浪士」と返してくる言葉遊びは、萬橘師匠、オリジナルなのか?他では聞いた事がない。

でね、松公の兄貴は、既に嫁を貰っていて、独立している設定は、他の咄家で聴く『ろくろっ首』と同じだが、普通は兄貴が羨ましくって嫁をと叔父貴にお願いするパターンだが、
萬橘師匠の松公は、母親との二人暮らしが如何に楽しいかを叔父貴に説明した上で、この母親より楽しい生活が待っている家にしか婿へは行かないと言い出す。
すると、叔父さんは、ならろくろっ首の噂がある金持ちの家だから、お前の母親に勝るとも劣らない楽しい家だと、薦めるのである。

このフリが有って婿入りすると、なんと!お嬢様の首は、全く伸びたりしないのである。なんだ!単なる噂話だったのかぁ!?と、失望する松公は、叔父貴に苦情を言いに朝早く行くと、サゲになる。

女房の首が伸びない代わりに、おいらの首が、今か?今か?と、伸びちまった!!がサゲになります。猫に合図を邪魔されるやりとりは、あるけど、イマイチ笑えず。
お母さんとの暮らしが楽しいのは、エピソードが笑えて良い展開だけど、首が伸びないからのサゲは、やや弱いね。サゲを大胆に変えたからには、爆笑したいと思います。


3.代書屋/寿輔
毎度お馴染みの銀ギラ入りのピンクの着物でした。寄席の客を相手するようなギャグでマクラを振るも、萬橘ファンは引く!引く!引く!

『代書屋』本編でも、くすぐり入れる度に、客席がシラっとなる展開!!後半は、くすぐりを辞めて、ひたすら走り気味にサゲへ。


4.子別れ・下/萬橘
マクラで、4歳の娘さんの話題をフリ『子別れ』。娘さんのマクラも、楽しかったから少し話すと、娘さん、兎に角、テレビや保育園のお友達から影響を受け易いらしい。
今は、バレリーナに夢中。24時間、バレリーナとしての動作をする。棚の本を取る時は、爪先立ちになるのは、当たり前で、一番凄いのは、
と、高座に立ち上がり、座布団を退けて、尻っ端折りして、萬橘師匠自身が真似して見せたのが、トイレの電気を片足上げてバレリーナ風に点ける仕草!!
こればかりは、文章では無理だ!!そうそう、あと、最近、パブロンやバッファリンなど、薬のテレビCMを見て、薬は飲むとてきめんに元気が出る物だと知ったら、
萬橘さんと、娘さんは、ソファーでテレビの「吉本新喜劇」を見てい時、後ろのリビングで奥さんも、椅子に掛けて、これを一緒に見ていた。
暫くして、奥様が、お気に入りのギャグで、思いっきり大きな初めて聞くぐらいの爆笑を轟かせると、娘さんが後ろの母親に向かって、

「アッ!!薬、やってる?」

と、いきなり問い掛けたそうです。いいですね、薬、やってる?また、少し難しい格言とかも、娘さんのマイブーム。

お風呂で、「嘘つきは、泥棒の始まり」と言う格言を母親から習って、嘘を平気でつくと、終いには泥棒みたいな悪人になると、教えられた娘さん。
突然、母親に、「パパのは、悪ふざけで嘘じゃないから、泥棒さんにはならないの?」と、質問したらしい。


そんなマクラから、本編の『子別れ』へ。いきなり、熊五郎がご隠居さんの家に居て、番頭さんと茶室の普請に付いて打ち合わせしている場面から始まります。
そこから、今度は木口の材木を木場まで見に行く話になり、番頭さんと二人で歩いて木場へ。道中は、酒止めたんだって熊さん!と、熊さんの身の上話が展開され、息子・亀ちゃんと偶然再会する。

普通に、あまり臭くならない感じで、亀ちゃんもやや、こまっしゃくれた感じだが、可愛い少年に描かれる。ただ、向こう傷のくだりがなく、だから肩親は不憫だと言う演出がない。
また、萬橘さんの『子別れ』には、母親が頭を玄能で叩こうとする場面が無い。つまり、鎹でサゲない演出です。私は初めて聞くパターンでした。

悪くはないのですが、子は夫婦の鎹でサゲた方が、しっくり来ますよ。萬橘師匠のオリジナルなのか?


さて、次回は、12/1土曜日が、今年最後の「四季の萬会」です。今回は、台風の影響か?あの小学生の女の子が居なくて残念でした。お母さんと、二人、また来て欲しいです。

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