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いよいよ、大団円を迎える「会津の小鉄」です。気のせいか?来場者、前回、前々回より減っていません?!不思議。
さて、幕末から明治を駆け抜けた侠客“会津の小鉄”、その生涯を語る長いお噺の大団円!こんな内容でした。
・安政三組盃「間抜けな泥棒」 … いちか
・会津の小鉄「小鉄、鳥羽・伏見の戦いで儀を見せる」 … 南海
お仲入り
・会津の小鉄「会津の小鉄、明治に死す」 … 南海
1.間抜けな泥棒/いちか
『安政三組盃』の第三話ですね。第一話の「羽子板小町」を五回くらいいちかさんで聴いていますが、
第二話は飛ばして、いきなり、第三話になりました。滑稽な内容ですが、この三話はダレ場でです。
一話目は、羽子板のモデルにもなる津乃國屋の娘、お染が父親の材木問屋としての商売の都合もあり、
出羽の国、佐竹様に御殿奉公に上がり、お手が付き側室となります。しかし、酒の上のトラブルで、
お染は座敷牢に閉じ込められる。ここまでが第一話です。そして第二話は、座敷牢からお染を救い出す男。
これが元津乃國屋で奉公していた小僧の繁蔵。この繁蔵、あまりに賢くて商家にま向かぬと暇を出される。
それを上野の宮様が拾って、今では、側用人・杉田大蔵となっていた。この大蔵がお染めを佐竹家から救い出し、
ゆくゆくは、夫婦になろうと密かに約束を取り交わすというところまでが、第二話になります。
この第一話・二話は、三人の主人公の三角関係を描く物語の内、主要人物の二人が紹介される重要なお噺。
これに対して、第三話は、三人目の主人公を紹介する前振りにもならない展開の為の前振りです。
佐竹の座敷牢から救い出されたお染は、津乃國屋の寮で母親と婆やの三人で暮らしていた。
そこに間抜けな泥棒が三人押し入るのですが、三人纏めて間抜けなのである。分かり易く表現すると、
落語の『転宅』に登場するイタチ小僧の弟子のモグラ小僧が三匹揃ったような間抜けぶり。
お染に「この三人の中に、好きな人が居るの?!」と、告白されたのを信じて、のこのこ寮に戻った所を、
婆やが駆け込んだ番所から来た役人に、一網打尽にされて寄せ場送りにされてしまいます。
ここまでが第三話で、第四話では、この間抜けな三人組の親分、お猿子嘉吉(オサルコ カキチ)という二つ名の悪党、
これが子分の仕返しにと、津乃國屋の寮に現れて、なんと!お染の母親を殺して逃げてしまいます。
更に第五話は、仇討ちの展開となり、このお猿子嘉吉を、お染が「母の仇!」と、討ってみせる。
そして、なぜか?ここが松林伯円先生ならでわの演出ですが、お染は、なかなか杉田大蔵が嫁に貰ってくれないので、
流石に、女郎にはなりませんが、芸者としてお座敷に上がり、物凄く有名な“仇討ちの芸者”として、
色街で絶大な人気と成り有名になります。更に、第六話以降、この噂を聞いた大蔵がお染に会いに行きます。
六話目以降は、大蔵とお染の心理描写が増えて、恋の行き違いなども起こり、芸者に成ったお染に岡惚れする、
与力の鈴木藤吉郎が登場し、恋の行方は三角関係へと発展します。そして、お染は藤吉郎に攫われて…
7〜8年前に、神田京子先生が、この『安政三組盃』を連続で掛けられたのを三話くらい聴いたけど、
どうも松林伯円先生の本を読むのとイメージが違っていて、全部は聴きませんでした。
いちかさんが、二つ目になり、『安政三組盃』を連続でやられたら、是非、全部聞いてみたいです。
2.小鉄、鳥羽・伏見の戦いで儀を見せる/南海
前回は、関西に戻った仙吉が、京都で守護職に就いた会津藩松平様の京都治安維持に協力し、
“会津の小鉄”という通り名を貰い、新撰組の近藤勇と親交を深めたというところまででしたが、
いよいよ、幕府が尊皇派によって、倒幕の具体的な行動が起こり始める。それが長州藩による禁門の変(蛤御門の変)。
これは、長州藩が京都守護職の松平容保らの排除を目指して挙兵した事件で、当然、会津の小鉄は松平容保の味方をする。
ただし、討たれて死んだら皆仏だと、小鉄は子分に命じて、長州の侍の亡き骸も寺に葬るのであった。
そんな小鉄の心は長州側には伝わる事も無く、勤王派から小鉄は命を狙われる。そして京都はあまりに物騒なので、
小鉄は近しい身の周りの世話をする子分だけを連れて、大坂へと身を隠します。しかし、刺客が二人放たれて、
これに深手の傷を負わされる小鉄。左の手の中指・薬指・小指の三本を飛ばされ、右足の腿を刺されてしまいます。
間一髪で、近藤勇の新撰組が助けに来てくれて、何とか命ばかりは助かる小鉄。
この日も沢山脱線しました。まず、冒頭で恩師・信多純一先生が亡くなった話から始まり、
山崎丞と近藤勇を引き合わせてたのが小鉄、池田屋事件で山崎丞暗躍する。
更に、明石屋万吉こと、小林佐兵衛とも小鉄は深い関係にあり、敵なのに長州の残党を、
小林佐兵衛と、侠客・高津の水乙の尽力で、川口の港から長州へと逃がしてやる小鉄。
そうそう、桂小五郎が池田屋の後、京都の田舎に逃げて、逃げた先々に女が居た話や、
その女たちを束ねていたのが、あの葛籠に小五郎を隠したという幾松/後の木戸松子さんですね。
私は、料亭「幾松」に行って、小五郎が隠れた葛籠を実際に見た事があります。
更に、鳥羽・伏見の戦いでは、足軽や後方支援の人足を幕府軍の為に小鉄は手配しますが、
その人足を河内の旗本屋敷から調達します。しかし、人足を確保する為に旗本博打の胴元と諍いを起こし、
この胴元の子分を殺してしまい、小鉄は牢にぶち込まれて拷問を受けますが、松平容保が大坂奉行に手を廻し、
小鉄は命だけは助かり解放されるのでした。ここまでが、第七話です。
3.会津の小鉄、明治に死す/南海
大坂の牢屋から出た小鉄ですが、酷い拷問を受けて起き上がる体力が戻りません。静養中に大政奉還、新政府設立の噂を聴く。
相変わらずの脱線で、大坂城から幕府が逃げた時に、榎本武揚・土方歳三らによって、幕府の埋蔵金:二十万両が持ち出される。
近藤は、江戸に入り奮戦するが、千葉流山で農民一揆を先導し新政府に抵抗したが新政府軍に鎮圧されて捕まってしまいます。
この新政府軍に京都で見知った者が居て、武士になってからは大久保と名乗っていた近藤でしたが、新撰組隊長の近藤勇とバレて、
即刻斬首、その首が三条河原に晒しものにされる。そして、ここも講釈らしく、小鉄がこの近藤の首を盗んで葬ります。
近藤の死の後、今度は新政府が会津を攻めると知って、自ら悪い足を引き摺って会津へ。残念ながら白虎隊が散った7日後に到着します。
多くの放置された会津藩士の亡き骸を、天寧寺へと葬ったのは、この講釈では会津の小鉄という事になっており、
そして、あの盗んだ近藤勇の首を天寧寺に葬ったのも、会津の小鉄だと言っております。
小鉄の最期は、京都に戻り、今出川に大きな邸宅を持って、ここに幾つもの小屋を建てて、そこで御開帳!博打の盆を開きます。
しかし、これを新政府が放っておくはずもなく、捕まるのだが、同じ頃!と云って脱線したのが藤田伝三郎の贋札事件です。
所謂、偽札の使用で捕まった藤田組の藤田伝三郎も、同じ頃に大阪で“ブタ箱”に入っているが、この人は大金持ちで、
刑務所にも賄賂を使って、特別食・特別待遇で刑期を勤めたので、返って太って出所したが、小鉄は毒を盛られて半死で出所。
この件で、布団が上がらない体となり、明治18年の三月に亡くなっております。
享年52歳、小林佐兵衛をはじめ1万3,000余人の会葬者が集まったそうです。
いやはや、南海先生の脱線のおかげで、知らない幕末の有名人を沢山知りました。
名前だけでも、ネット検索してみると、その人物が出てきて、実在だ!!と驚く始末です。
いやはや、四回八話から沢山新しい事を知った。さて、南海先生、次回は何を読んで下さるのか?今から楽しみです。
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2018年11月26日
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