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蕎麦っ食いの私が、今週は一食しか蕎麦を食べていませんでした。しかも、カップのインスタント。いかん!と思って食べたのが、半カレー蕎麦セット、竹輪天のトッピング。
何たる邪道蕎麦 江戸っ子ならセイロだろう!!と、今は亡き、二代目いじわる婆さんの志ん馬師匠に叱られそうな蕎麦を食べてしまった。 ちなみに、志ん馬師匠は、生粋の小倉生まれの玄海育ち!なのに、前座を連れて蕎麦屋に行き、好きなモン食え!と、言いながら前座が、セイロ・カケ蕎麦以外を注文すると怒る!! まぁ、セイロ蕎麦とカケ蕎麦は、落語の仕草の勉強にもなるからなぁ〜何て思いながら、わざと強めに蕎麦を啜る音をさせてみると、勿論ですが、落語の中で咄家が出す音とは違います。 そんな事を考えながら、落語の一番代表的な仕草。蕎麦を食べる仕草について、少し掘り下げて考えてみました。 まず、蕎麦。セイロ/ざる蕎麦と、汁の在るしっぽく/花巻蕎麦とは、自ずと仕草も、蕎麦を啜る音も違います。 先に、『時そば』に代表される汁在り蕎麦から考えてみましょう。蕎麦屋が、割り箸を器の上に乗せて渡しますよね、そしてそれを客が頂いて食べる。 たいがい、右手に扇子、左手は丼を持つ仕草でこれを頂いて箸を割る仕草になりますが、あまり、蕎麦が入った丼が熱くて、それなりの重さが在ります!って演技になる咄家は少ない。 これを熱く重い器で演じないと、発泡スチロールの蕎麦みたいに感じて、更に、まずは麺である蕎麦を食べる前にと、汁を啜っても熱さを演じて貰わないと、その蕎麦本当に美味いの?って思ってしまいます。 最近の若い咄家さんは、汁啜る音が出せたら満足しているみたいで、亡くなった昭和の名人のビデオを観ると、あぁーコレ!!これが本物!って思います。 次に、蕎麦を食べる仕草。実は、セイロのように手繰るんじゃなく食べる、丼を持った状態で箸を使う汁在り蕎麦の方が遥かに食べる仕草は高度な技術を要すると思います。 更に、『時そば』だと、まず、器を褒めておいてから、蕎麦が細い事を言葉にして、その腰の加減も食べながら食感を言葉にします。 これと間合いを綺麗に同期させて、器の素晴らしさと蕎麦の細さは目の演技を加えて補間します。 加えて蕎麦の食感は、最も大切な食べる音、噛む仕草などを加えて、観ている客がまさに、高座が跳ねたら、蕎麦屋に駆け込みたくなるような仕草が理想です。 でぇ、ねぇ。この仕草中、私は左の丼を持つ手と、箸として使う扇子を毎回凝視します。丼を持つ手は、まず、指の形。親指を丼の淵に掛け他の指は軽く開き器を支える仕草になるはず。 そして、上手い人は腕は殆ど動かず、箸の動きにシンクロして、手首を最大90°程度回す動きしかしません。 また、箸を使う扇子の方は、セイロじゃないから大きく上下させず適度に上下させて、息を吹いて啜る。この吹いて啜ると熱いんだなぁが伝わるし、より美味そうに感じます。 そして、これが最も大切かもしれませんが、扇子を箸らしく使う事。中には、実生活で箸使いが下手に違いないと思う食べ方の咄家も居ます。口に扇子を入れる角度や口の動きも大切な要素です。 蕎麦と竹輪は、口の中に入れる時、同じでは困る!! 一方、セイロ。こちらは更に箸の持ち方、角度の付け方で、美しく見えたり不細工だったりします。 そして、このセイロを食べる仕草では、手の美しさが演技の良し悪しに強く影響します。指が長く綺麗な手の咄家に有利だと思います。 また、こちらでは、左手は蕎麦猪口を持つ事になるから、当然、蕎麦を手繰る動きに合わせて、少し動かしながら食べなければなりません。 セイロ自身は、テーブルに置かれていて、それを箸で手繰りながら、江戸前に蕎麦先だけ少し、蕎麦ツユを付けて食べるんだから、箸のストロークは、汁の在る蕎麦より長いはず。 セイロを食べる仕草は、なんせリズムです。『そば清』とかでやる場合は特に、徐々に食べるペースを上げ行くから、啜る音と仕草を如何に加速させられるか!?矢来町とか今ビデオで観ても美しい! ちなみに、セイロで蕎麦を食べる仕草では、殆ど、蕎麦を噛まずに飲み込みます。 如何でしたでしょうか?そんな見方してるのかお前は!!と、殆どの場合、落語愛好家仲間や芸人に話すと引かれて、「マニア過ぎる!」「オタク!」と罵られるのですが、 性分でして、エンジニア気質というのか、野村克也風というのか、理屈/論理を確立したり、法則を見付けたがる性分なもんで、ご容赦下さい。 勿論、ご意見と、仕草の上手い咄家を教えて下さい。私は若くて上手いのは、当代小せん師匠、そして扇辰さんかな?勿論、ベテランの名人のそれは別格です。 |
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2018年11月09日
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