Marsのブログ

小さな会を精力的に聴く努力をしてまいります!!

過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

真打昇進後、初の「夏丸谷中慕情」でした。20人、ほぼ満席のCafe。ワンドリンク付二千円の会です。今回は、ネタ出しネタ卸しが『鰍沢』でした。


・鰍沢
お仲入り
・置手紙



1.鰍沢

マクラの冒頭は、なぜか稀勢の里が一人横綱で初日から四連敗して休場となった話題へ。稀勢の里は、漸く八場所休場した後、先場所、10勝5敗でどうにか首の皮一枚繋がった横綱です。
今場所前、出稽古でやたら調子が良いと報道されて、本人も万全の状態で臨めると思っていたら、他の先輩横綱が突然、相次いで休場。すると、俄に稀勢の里には、一人横綱の重圧が掛かり始める。
従来、他の二人のモンゴル人横綱とは異なり、ナイーブで気が小さく、考えてしまう稀勢の里なだけに、そんな性格がマイナスに出ないで欲しいと思っていたら、ヤッパリ悪い方に作用して、初日からの四連敗!!休場となりました。

これを踏まえて、今日のネタ卸しは、稀勢の里シンドロームにならないように、客なんて糞食らえ!!ってな調子で『鰍沢』をお届けします!と、言う夏丸師匠。
稀勢の里は、鳴戸部屋に入門した時から、相撲一筋過ぎるのが、精神面の弱さに繋がっていると言う夏丸師匠。他に趣味も無く奥さん子供も居ないのが弱さに繋がっていると分析します。
また、中卒で青春を相撲に捧げて来た稀勢の里は、夏丸師匠自身にも通じると言う。女性というものに、良い思い出が無いと言う夏丸師匠。
ここから、少し自身の女性観を話して、落語家は、真打二つ目の節目を過ぎて、いきなり廃業してしまう人があり、歌丸一門/米丸一門の中にも廃業した人があります。
そして、廃業した先輩たちは、なぜか?宗教にのめり込み、そっちで一角の人物へと大成していると言う。そんな宗教から、日蓮上人と法華経のお話へ。

日蓮の母親は、ある日、お天道様を飲み込む夢を見て、日蓮を産んだと言われている。そして、日蓮が没した池上本門寺へ、関東の法華信者はお参りに行くが、
信心の強い信者は、池上だけに留まらず、身延山へとお詣りに行く。この身延山詣でにはルールと言うか、ルーティーンがあり、いきなり、身延へは行かないのだ。

そんな振りから、身延へ行くにも現在は、鉄道が発達しているから、簡単に行けると言うと、「鉄」な夏丸師匠なので、鉄道の話題へ少し脱線しました。つい最近、千葉モノレールの中でやる落語会に出た話題へ。
夏丸師匠は、車両の中での落語は、2回目。初回の江ノ電がトラウマになっていると言う。それは、実にガタンゴトンと五月蝿い(うるさい)走行音に悩まされつつも、何とか慣れて来た、その時だった!
車窓に広がる江ノ島の海に、客席は落語どころではなく喰い付いて、簡単の言葉を発しながら、殆どのお客さんは写メを撮り始める。落語なんて、放ったらかしで、江ノ島の海に興じる客たちのおかげで、夏丸さんの落語は散々な結果に終わるのでした。

そんな経験があるから、千葉モノレールでは、まず、車窓に注意を惹かれて落語が疎かにならない諸注意をキッチリ事前にして、始めたので、この二回目は、モノレールなだけに走行音も静かで、思い通りに演じられて満足したそうです。
そして特に、千葉モノレールの車内で聞く「JR東日本高崎線の車内アナウンス」が一番受けたと言って披露しました。ただ、「グリーン券を、車内でお買い求めになりますと、ホームにてあらかじめお買いの場合とは料金が異なりますので、ご注意下さい!」が抜けておりました。

江戸時代の身延詣では、基本的に二本の足で歩く以外に方法はない。ただ一つ身延からの帰り道、鰍沢から出る船に乗ると、東海道の岩渕まで川伝いに移動ができた。
しかし、この船は濁流を底を平らにした船で、川の流れに任せて下り途中岩や崖に出くわすと、竿で岩や崖を突いて目的地へと進んだ。
だからこの船は、乗るもバカ、乗らぬもバカと呼ばれ命の保証はないが、兎に角、早く着く事ダケがとりえの命賭けの交通手段だった。

また先に申した通り、身延詣でにはお詣りする手順がある。まず、あおやぎ宿の昌福寺にお参り、次に小室山妙法寺の毒消しの護符を頂き、最後に法論石から鰍沢へ出て身延山へと向かい願掛け参りをすると言う、そんな長い行程経て辿り着く道のりでした。

この振りをマクラで丁寧にしてから、雪の中を彷徨い歩く旅人が登場し、人家の灯りを見付けて九死に一生!と、その家に一夜の宿を願いでる。
その家には、女が一人で居る設定だが、夏丸師匠の演出は、意外とあっさり女は、旅人を泊めてしまう。最初「鰍沢への道は?」と、尋ねて来た旅人だったのに、いきなり、泊めて欲しい!と、言い出す展開なんだから、私としてはもう少し擦った揉んだして欲しい。

旅人は、家に通され焚き火に当たりながら女の顔を見てハッとします。抜ける様に白い肌で、やや険のある眼差しだが、美人で年も25,6才の年増である。
しかし、この女、玉に瑕と言うのか、顎に大きな突きキズがあり、これが何とも女に影を大きく落としていて、過去が偲ばれる。そんな事を考えながら、旅人が女の様子をぼんやり見続けていると、再び、ハッ!とする。

この女、見覚えがある!!熊蔵丸屋の月乃兎花魁だ!!

女に、恐る恐る確認する旅人、今度は月乃兎花魁が、心中の仕損ない、お熊となって心中の片割れとくらすお熊の方が、驚き後すざりしながら「お前さんは、何者だい!」と聞き返す。
そして、旅人が、実は熊蔵丸家には、三年前に一度行った事があって、その日の出来事を話すとお熊もそれをよく覚えていた。一気に二人の距離が近くなる。
この一宿の恩義にと、旅人が懐の胴巻から、二十五両の切餅を出して封を切り、中から二両抜いて半紙に包みお熊に渡す。お熊はこの時、旅人が胴巻ん中に百両持っいるのを見てしまう。
夏丸さんのこの部分の演出は、かなりわざとらしい。お熊の目撃した後の行動も、わざとっぽく臭い。自然に見付けられるようにして欲しい。

お熊は、旅人に体が暖まるからと、卵酒をあたえるが、旅人は殆ど下戸で2/3も残して次ぎの間で寝てしまう。亭主の寝酒を買いにでる、月乃兎花魁のお熊。
ここで、手違いが起きる。お熊は卵酒にシビレ薬を仕込み旅人に飲ませて百両奪う算段だったが、旅人が下戸で、即死する程、毒入り卵酒を飲まずに残してしまう。
また、お熊が、旅人が残した毒入り卵酒を、捨してしまっておけば、こんな事故には成らずに済んだのに、囲炉裏の脇に鍋ごと置きっぱなしで、旦那が飲む寝酒を補充しに外へ出てしまう。

お熊と入れ違いで家に帰って来た亭主は、何も知らず、お熊の飲み残しだとばかり思って鍋の温くなった毒入り卵酒を全部飲んでしまう。
間も無く、お熊が帰り、カンジキの紐が緩いから足を濡らさぬように玄関の戸を開けろと、亭主におねだりするが、亭主は囲炉裏の火から離れたくないと断る。
開けろ!いやだ!の押し問答をしているうちに、亭主が突然、苦しみ始めるのだが、夏丸さんの旦那は、毒が回るのが早過ぎ!言葉が完全に出なくなる程、のたうち回って苦しみ始めます。
私は、顔や手が既に青くなり、徐々に土気色へと変わりつつある亭主を見て、完全に諦めを付けて、旅人への逆恨みの復讐鬼と化したお熊なら、苦しむ旦那を「楽にしてやるよ!あんた」と、出刃庖丁で突き殺すと思うんです。

そして、まずは、その庖丁を使って旅人を、刺し殺しにかかるに違いないと思います。その後、逃げられて、初めて火縄銃を持ち出すなら分かる気がします。
あと、夏丸さんの『鰍沢』は、最後の筏で旅人が逃げる描写は、もう少しディテールが欲しいです。直ぐにバラけて、お材木になるの早過ぎ!早くサゲたいのは、分かるけど、もう一つ丁寧に押して欲しかったです。

それでも、70%はできておりました。


2.置手紙
新作落語なんで、ネタバレに注意して書くと、サラリーマン二人の先輩後輩が、偶には飲みに行こうって事になるのだが、後輩の方が新婚さんで、仕事が妻とすれ違いの時間になるので、
一旦、帰宅して、妻の置手紙を読んで、その手紙に返事を書いてから、飲みに行きたいと言い出します。

喬太郎師匠の新作にありそうな設定と骨格だが、シュールでカオス漂うよな展開ではなく、不思議な香りのするノスタルジーが夏丸さんらしい。途中、主人公が美川憲一の「柳ヶ瀬ブルース」歌う場面があったりもします。


さて、次回の夏丸谷中慕情は、三月に開催が予定されていて、また、何かネタ卸しをやってくれそうです。
今月13日、今年最後の「小満んの会」が開催された。今年、私は奇数月隔月開催されるこの会には、1・3・5と、今月11の4回参加しました。毎年、半分は参加できるのですが、パーフェクトは、なかなか達成していない。
お江戸日本橋亭でのこの会は、必ず、13日の夜に固定されているから、仕事も他のプライベートも極力入れない様にしているつもりだが、それでもパーフェクトとはいかないものである。

さて、そんな、今年ラストの「小満んの会」は、このような内容でした。


・牛ほめ…歌つを
・風呂敷…小満ん
・大仏餅…小満ん
お仲入り
・三井の大黒…小満ん


1.牛ほめ/歌つを
歌奴師匠の弟子だとか。ハキハキした良い声の前座さんですが、声が良過ぎて与太郎が馬鹿っぽくありません。喋る調子・速度と声質をもう少し変えられないと、流石に演じ分けになりません。
一月に前座へ昇格したばかりだからね。仕方ない面もありますが、長所を伸ばして大きいスケールの咄家に成って欲しいです。
そして、二つ目になったら、亭号を「磯野家」にして、初代磯野家歌つを!襲名して欲しいです。勿論、真打に成ったら、磯野家波平か、磯野家左三栄!!圓歌一門に「磯野家」を増やして欲しい。


2.風呂敷/小満ん
喉の調子が悪い小満ん師匠でした。それでも悪いなりに客が聴いていられるのが、ベテラン・燻し銀のなせる技だと思いました。マクラは夫婦の縁について。

合縁奇縁

夫婦の仲ほど不思議なものは無いと言う小満ん師匠。そして、本編へ。冒頭、兄いと呼ばれる長屋の知恵者の家に、亭主の留守に若衆を上げてしまい、帰りは遅くなる!と言った亭主が、
横浜から突然帰宅したので、慌ててその若衆を押し入れに隠した女房が、血相を変え知恵を借して欲しい「兄いさん!!兎に角、大変なんです!!」と現れる。

ここで、いきなり小満ん師匠らしいのは、慌てて来た女房が脱ぎ散らかした下駄を見て、自称知恵者の兄いが言う「一軒も離れ々々に脱ぎやがって、
片方は玄関の隅っこで、裏返しに成ってやがるじゃねぇかぁ!明日雨降ったら、お前のせいだぞ!!」と、言う辺りは師匠らしいギャグです。
助けを求めて来た女房は、大変!大変!と言う割には、あまりテンパってはいない。知恵者の兄いは、
「女三界さんがいに家なし」「貞女は両夫に見えず」「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」を知ってるか?!と、やるが的外れこの上ない蘊蓄を披露する。

一旦、助けを求めに来た長屋の女房を家に帰して繋ぐように指図して、自分の女房には、風呂敷を箪笥から出せ!と、命令する。
しかし、ここでも鉄火な旦那と江戸前な女房の口喧嘩が、テンポがよく、小満ん師匠独特の早口がたまりません。「尻見せるなぁ!」「風呂敷は畳んで渡せ!俺が被って外へ出て、電信柱に衝突して死んだら、情けなかろうに!!」

最後は、押し入れの新さんを助けて終わります。


3.大仏餅/小満ん
小満ん師匠の先の師匠である、八代目文楽・黒門亭が詰まり、勉強し直して参りますと、高座を降りて、そのまんま、引退したネタが、この『大仏餅』です。
ここ小満ん師匠は、まず、大仏と土産のお餅の噺を振ってから、本編へと入るんですが、秀吉が作らせた大仏と、秀吉の死後、家康が知恵伊豆と結託して、
慶長地震で崩壊焼失した秀吉の大仏を、豊臣家の財産を消耗させる目的で、二回も再建させていますが、その話も出して、大仏の講釈が続きます。

そして、大仏餅へ。本編は短い噺です。

ある冬の日。御徒町に店を構える、河内屋金兵衛の店先に襤褸をまとった幼子がやってきた。
「おとっつぁんが怪我をしました。血止めにするので、タバコの粉を少々ください」
その父親と言うのは目が不自由らしく、息子にすがり辛うじて立っている。
同情した金兵衛は、親子を店の奥に上げ、効能が確かな傷薬を渡してあげた。
「ところで、息子の歳は何歳かね?」
「六つです」
「そうかい…」
金兵衛にも息子がいるが、甘やかして育てたせいか、我侭な性格に育ってしまっている。
「さっきも、子供の『袴着の祝い』をしていたんだが、好き嫌いが多くて大変だったよ。そうだ、残り物で申し訳ないのだが…もらって行くかね?」
「有難うございます。では、ここに…」
そういって乞食が差し出してきたのは、何と『朝鮮鈔羅の水こぼし』という高級品。
「これを面桶の代わりに? 恐れ入ったな…」
「これは秘蔵品でございまして、零落しても売る気になれませんでした…」
その場で食事をすることになり、金兵衛の指示でお膳が運ばれてきた。
「八百膳ですか。私も以前は、よく食べていました…」
味付けに文句ばかりをいい、料理人を困らせた報いでこのザマです…と乞食は笑う。
「しかし…。零落しても、家宝だけは手放さないとは。貴方は真のお茶人だ。何処の門人だい?」
「川上宗治の門人でした」
「貴方の名前は?」
「大変いいにくいのですが…」
数刻の間。やがて、意を決した乞食が話し始める。
「私は、芝片門前に住まいおりました、神谷幸右衛門と申すものでございます」
「え!? あの神幸さん? お上のご用達をなさっていた…」  
変われば変わるものだ…と、金兵衛はしみじみと乞食の方を眺める。
「そうだ。神幸さんには敵わないが、私も茶道やっております。いかがでしょうか、お薄を立てますので、飲んでいただけませんか?」 「それは有難うございます。もう生涯、お薄なんぞは口にすることはあるまいと思っておりました。」
『お茶請けに』と奉公人を走らせ用意してもらった大仏餅を、息子の手から一つ取ってもらい、感涙に咽びながら一口…喉につかえた。
「つかえた? 大変だ…」
慌てた金兵衛が、幸右衛門の背中をドンと一突き。
「ウプッ…有難うござヒました…」
「お!? 貴方、目が開きましたよ!」
「本当だ。でも、代わりに鼻が…」
「無理もありませんよ。食べたのが大仏餅、仏様の御利益で、開眼しました!」

小満ん師匠のは、「目から鼻に抜ける」の下げではなく、分かりやすく工夫されている。また、鼻に抜ける下げだと、マクラで、大仏とこの鼻に抜ける因縁を、事前に説明しないと、現代人は知らない人が少なくない。

この説明して、下げたのでは、小満ん師匠の美学では、野暮なんでしょうなぁ。また、「お薄」も茶道を全く知らない人には?かなぁ。小満ん師匠は、説明せずにやりますが、なんとなくわかる。
お濃い茶と、お薄が茶道で立てる茶にはあります。『茶の湯』とかでも、使えよ!と、私は前々から思っていた。お薄とお臼を間違うボケや、濃い茶を鯉茶にしたら、楽しいボケなのにと、思います。


4.三井の大黒/小満ん
名人は、上手の坂をひと登り、名人、左甚五郎のお噂です。と、始める小満ん師匠。定番の文句だが、師匠が言うと格調高く聞こえるから不思議である。
まず、甚五郎が初老の観を見せる。なんだろう、境地に到達した余裕があるのだ。だから、全てに上からで、周囲をイライラさせてしまう。
特に、政五郎夫人との相性は、最悪で、ポンシューの甚五郎と、朝ご飯の鮭から喧嘩になって当然だ。政五郎の弟子に対しても、常に上から。

唯一、政五郎にだけは、対等の格づけをする甚五郎。そして、若いのに政五郎にも江戸っ子気質の貫目が十分ある。
意外とこの政五郎は、難しい。勘違いしてやるとチンピラ風になりがち。職人の棟梁でも、年嵩なら演じられるが、若いのは難しい。

小満ん師匠らしい芸で、年の締めくくりに相応しい三席でした。また、来年も私は小満ん師匠中心に観て行く所存です。来年も1月13日スタートです。
連雀亭から「やよい軒」の神田店へ。結構混んでいる中、やや遅めの昼食へ。鯖の塩焼定食を注文して待っていたら、
外国人の男女三人組が私の隣だった。女性二人と男性一人。なんと!定食を2つ注文して三人でシェア―して食べ始めた。
「やよい軒」はご飯のお代わりが自由だが、定食2つを三人でシェア―しても、お代わり自由なのか?と、思ったら、
中国人の店員は、この三人にはお代わり自由だと教えずにスルー。実に中国人らしい対応!!最初から問題の芽を摘むやり方。
これが日本人だと、どう説明するかで悩むよなぁ。喫茶店で3時間、時間調整してから日本橋亭へ。

スクイーズ ハジキーズの二人が、会を終えて帰るところでした。小田原の三三ファンにはお馴染みのお二人で、
「伝の会」でお馴染みの長唄の松永鉄九郎さんが師匠です。三三師匠のお父さん、見えたのかな?なんて思いながら開場を待つ。
すると5分もしないうちに、二人私の後のお馴染みさんが来て、どんどん列が伸びて、この会始まって以来かも?という大入り。
そんな、今年最後の「左龍・甚語楼の会」、こんな感じでした。
イメージ 1
















1.オープニングトーク
甚語楼師匠がなぜか?不機嫌。トークもはずまない。「貴方と飲みたい!」という副題は、なんだっけ?思い出せない私です。


2.のめる/市若
笑顔が素敵な市若さん。大きい体で、可愛い仕草です。フラも独特で落語家らしいと思います。私は好きです。


3.粗忽長屋/甚語楼
マクラでは愚痴たっぷりで、代演ではなく“つなぎ”での仕事の依頼を先輩や師匠から受ける事があるという甚語楼師匠。
珍しい繋ぎとしては、歌武蔵師匠から結婚披露宴の司会の繋ぎというのを依頼されて、冒頭の仲人の新郎新婦紹介から、
新郎の上司、友人代表のスピーチあたりまで繋いだ事があるそうです。
また、最も最近では、11/22の「北とぴあ」での、権太楼、白鳥、白酒三人会で、師匠権太楼さんが、大阪NHKでの、
NHK新人落語コンクールの審査員の仕事を終えて、「北とぴあ」のトリの高座に上がるまでを繋ぐという仕事。

この審査員の仕事の依頼は、1年も前に決まっていたのだから、「北とぴあ」の依頼が来た時点で断れば良かったのに、
権太楼師匠の思惑として、弟子のほたるさんか、さん光さんが、NHK新人落語コンクールの決勝に出る可能性がある。
いや、可能性が高い!!なので、コンクールの審査員は、師匠である権太楼さんはできなくなると勝手に判断したらしい。
そして、ほたるさんもさん光さんも予選敗退が決まり、甚語楼さんが師匠到着までの高座を繋ぐ事になったそうです。
勿論、「北とぴあ」側からはギャラは出ません。それでも、権太楼師匠が太っ腹で、師匠のギャラを折半してくれたらしい。
また後日、女将さんから「感謝しなさい!」の電話を貰ったとか。

そんなマクラから『粗忽長屋』へ。まず、八五郎のワクワクしながら「いきだおれ」に突進して行く感じな粗忽が、
甚語楼師匠らしくてたまらない。一方、八五郎にいきだおれだ!と言われた熊五郎の方は、とぼけた粗忽になる。
そこに普通の世話人さんが挟まれて、落語になる。実にオードドックスなのに大爆笑してしまう。素晴らしい!!


4.不動坊火焔/左龍
マクラでは、『粗忽長屋』を聴いて思い出した!と、云って。暮れの「さん喬・権太楼」をまだ新宿末廣ではなく池袋でやっていた時代。
さん喬師匠が、仲入り前に『粗忽長屋』をやって、客の空気と合わずに滑るとは言わないが、客席が妙な空気になって下りた後、
後から上がった権太楼師匠が、また、『粗忽長屋』をやり出して… 楽屋に居た、さん喬一門と権太楼一門の弟子がハラハラさせられた。
そんな話を振って、『不動坊火焔』へ。

冒頭の大家に吉兵衛が呼ばれ未亡人となったお滝さんとの縁談を薦められる場面、お滝さんと一緒になれると聞いて、
舞上がりながら吉兵衛が湯屋へ行く場面、湯屋で悪口を言われた鍛治屋の鉄つぁん、チンドン屋の万さん、漉返し屋の徳さん、
この三人がその悪口を湯屋で聞いた徳さんの家に集まり、不動坊の幽霊で吉兵衛を脅かす算段をする場面、
そして最後、この三バカトリオが屋根から、幽霊役の前座の咄家とともに、吉兵衛を幽霊で脅かす場面と、大きく4つの展開となるが、
どれも何かメリハリがない。特に三バカトリオの区別が曖昧で、具体的にトリオがイメージできないのが残念である。

常々思うのは、この三人組を、たとえば昭和なら「てんぷくトリオ」みたいな感じで演じてくれると実に楽しい。
現代なら誰だろう、「東京03」?「ロバート」?「我が家」? 「ネプチューン」?… 「ハナコ」!!


5.浮世床「本〜夢」/左龍
本は、白酒師匠のを聴いてしまうと、他の誰の本を聴いても面白く感じなくなった。また、夢は20代後半の年増の女性に色気が足りない。


6.火事息子/甚語楼
マクラでは、江戸時代の火消しの仕組みと、町火消し「イロハ48組」の解説から『火事息子』へ。
甚語楼師匠で『火事息子』は、聞いた事あったかなぁ〜と、考えていたら、お兼さんの雑巾掛けが出て思い出した!以前聞いている。
甚語楼師匠の落語は、ボケと突っ込みのキャラ分けが的確で、最初の親旦那、番頭、定吉の三人の役割で笑わせに来ます。
更に、後半も、親旦那、若旦那(臥煙)、母女将の三人でも、母親の女将のボケぶりが実に面白い。



次回、第二十一回 左龍・甚語楼の会は、来年三月二十九日(金)です。

この日は、朝練講談会の後、黒門亭にするか連雀亭かで物凄く迷った結果、三人揃って好きな若手が揃った連雀亭へ。
黒門亭も、ふう丈さんとぼたんさん、奇術の広和さんそして伯楽師匠の『芝濱』だったので、本当に迷いました。
そんな私好みの三人が揃った連雀亭、こんな内容でした。
イメージ 1















1.平林/小はぜ
実に年齢不詳な風貌の小はぜさんです。咄家としては理想的です。風貌という意味では、三三、小せんラインだと思います。
さて、二つ目・真打の『平林』、年に1回か2回くらい聴くように思います。過去10年を調べてみると、一琴、白酒、羽光、
こはる、そして鉄瓶の5人で聴いておりました。短いのを一席と思って、楽屋で軽くさらうとできてしまう根多なのか?
さて、小はぜさんの『平林』。「♪たいらばやしか、ヒラリンか?!」の節を付けて、飴売り風に歌うのが一般だが、
リズムが独特で、定吉が調子に乗って歩いている風に見えない。この歌がこの噺の肝なのに。。。残念!!


2.紀州/市楽
前説の緒注意を担当した市楽さん。そのノリで地噺の『紀州』を選択。私が年間10席前後聴いている咄家で、
おそらくBEST3に入る、当たりハズレの差の激しい咄家さんだと思います、市楽さん。この日は、ややハズレ。
地噺って“くすぐり”が当たらないと辛い。特に連雀亭の客層って微妙ですよね。ゲラでは決してないので。


3.壷算/遊京
まじめですね、遊京さん。また、彼の大間でゆったりした喋りに『壷算』という噺が合いません。
一所懸命の割に笑いにならないのが、本人もはがゆそうでした。どこかでもう一皮剥けて来ないと駄目ですね。


黒門亭だったかなぁ〜と、思いながら、この後の「キャタピラ寄席」は、この三人+三四楼さんだったのでPassしました。
記念すべき「朝練初」のはる乃さんでしたが、最初で最後になりました。はる乃さんは茨城県に確か住んでいて、
師匠の晴美先生の元へ通いで勉強していますよね。だから、朝練は無理だろうと思っていたら… 
朝4時半に起きて、最寄駅六時の電車で来たと云っておられました。そして、その甲斐在って素敵な俥読みが実現!!
別に打合せした訳でもなく、はる乃さんが次郎長傳の「吉良の仁吉」をやったのを受けて、自然にその続きを、
春陽先生が続けて読むという、まさに阿吽!!の芸。素晴らしいものを朝から見られて幸せでした。

朝練講談会が終わるというのを受けて、もう一つこの週末に聞いてビックリしたのが、世田谷区の成城と下北沢、
それぞれ成城ホールと北沢タウンホールでの落語会を企画運営していた「アクティオ」さんが、契約満期を機に、
世田谷区の落語会の運営から手を引いてしまうようです。数多くの人気企画を世田谷に根付かせ、十年近く、
成城ホール誕生から頑張っていて、世田谷だけでなく、多くの落語ファンに喜ばれていたのに。。。どうなるのか?
世田谷区が独自に運営するつもりなのか?「アクティオ」抜きでもできるという自信があるんですかねぇ〜
それとも、別のプロデューサーを連れて来るのか?もうすぐ、北沢もリニューアルするのに、少し心配です。

さて、神田春陽先生と国本はる乃さんの次郎長傳俥読み、こんな感じでした。


・次郎長傳俥“血煙!荒神山”「吉良の仁吉」 … はる乃(曲師:美舟)
・次郎長傳俥“血煙!荒神山”「荒神山の間違い」 … 春陽



1.吉良の仁吉/はる乃
伊勢の博徒である神戸長吉が、長吉の代貸と安濃徳(あのうとく)の身内が女の事で三角関係でもめていた。
これを利用して伊勢で一番大きな賭場が開かれる「荒神山」の縄張りを取り上げようと、丹波屋伝兵衛が安濃徳に入れ知恵する。
伝兵衛の悪だくみ通り、長吉から荒神山を安濃徳が取り上げて、慶応2年から自分が勧進元の賭場を開こうとする。

神戸長吉は、親から貰った縄張りを安濃徳に取られたままでは男が廃る、というので、兄弟分の吉良の仁吉に助成を願って出る。
しかし、長吉は仁吉の女房の事を、うっかり忘れている。この展開が少し変んなのは、三ヶ月前に結婚式に出た女房を忘れるって…
迷いながらも、こう切り出す「助成はできないにしても、俺の敵にはならないでくれ、安濃徳にも俺にも味方しない中立で居て欲しい」
しかし、仁吉は「俺とお前、そして御油の玉吉の三人は、劉備・関羽・張飛と同じ、三吉の義兄弟じゃないかぁ。」と言う。
その場で、女房で安濃徳の妹・お菊に「三下り半」を書いて離縁する。そして、仁吉は、長吉の味方をするのであった。

さて、はる乃さんの浪曲。3年くらい前だと思いますが、まだまだ初々しい時に一度聞いたきりでしたが、物凄く上達されておりました。
ただし、私が苦手な女流浪曲師のあの唸り声でね。節回しもどうも私は好きになれません。ただ、これぞ本寸法の浪曲だとは思います。
尚、衝立があったけど、若くて美しい曲師・美舟さんの姿が見える位置に座れて大満足でした。美舟さんが曲師の時は衝立禁止にして欲しいです。


2.荒神山の間違い/春陽
マクラは、木馬亭あるあるから入る春陽先生。高座でねずみが運動会するので有名ですが、浅草演芸ホールのように猫を飼わないんですよね。
更に、浪曲のホームなので、いちいち出番の先生の名前がマイクでコールされます。たとえ、講釈師のゲストであっても。
春陽先生は、あの男の野太い低い声で、出番紹介されて太鼓を打ち鳴らすコールでは、イマイチ高座へ上がる気持ちが乗って行かないらしい。
あのコールこそ、若い女流の浪曲師を使って、野球場のウグイス嬢のようにやれば、やるき万吉くんなのにと云っておられました。

更に春陽さんがデビュー当時、前座だった頃は、木馬亭の楽屋は本当に病人の集まりで、みんな鼻に管が付いていた(確かに!!)
そして、楽屋に入ると飲む薬の量を競うかのように、湯呑に山盛りの薬を入れて飲んでいた先生方。更に、ゆで卵がうず高く盛られていて、
若い春陽さんに、「孫みたいに可愛い!!」と、云って女流の先生が、食べろ!食べろ!と薦めるのでした。
喉に詰まらせながら食べた、苦い思い出が在るそうです。

また、今では“浪曲界のブリンス”と呼ばれている東家一太郎さん。彼が入門したばかりの思い出を語る春陽先生。
しみじみと、あんな野戦病院みたいな楽屋の浪曲界に、若い一太郎さんが前座見習い奉公していたのを見て、
こいつは、絶対に頭がおかしいと思ったそうです。そして、「唄が好きなの?」と聞くと「全く唄えません!!」と言うし、
惚れて入門した師匠の浴衣を真冬に来て木馬亭に現れるし。しかも、師匠のお下がりなのでツンツルテンのバカボン状態!!
このくらい“狂気”じゃないと、この世界に20そこそこで入門なんてできない!!と、思ったそうです。

そんな話題から、昔、三重県安濃町で「吉良の仁吉」をやってしくじった話をしてから「荒神山の間違い」へ。
慶応二年、仁吉の家に草鞋を脱いでいた次郎長二十八人衆のうちの二十一人が、仁吉に助成しろ!という次郎長の命を受けて荒神山に殴り込む。
向かえ討つ安濃徳側は丹波屋伝兵衛をはじめ、伊勢の博徒が集まり300人の総勢だった。と、講釈師は云うが、実際は60人前後だったようです。
そして、長吉&仁吉と次郎長連合軍が、喧嘩慣れした動きで、序盤、安濃徳の60人を蹴散らしますが、仁吉が孤立して闘っている所を見た、
安濃徳一家、一番の剣客、角井門之助が疲れのみえた仁吉に一騎打ちを挑んで、これを斬り殺します。
そこへすかさず、大政が槍で門之助の脇腹を突き、最後は小政が門之助の首を撥ねるのでした。壮絶な門之助の最期を見て、安濃徳一家は退散します。

ここまでが、「荒神山の間違い」で、更に荒神山の闘いは、第二幕が起こります。殴り込みで角井門之助を喪った安濃徳。
甲州の黒駒勝蔵へ助成を頼み、荒神山にあくまでも居座ろうとするが、ついに次郎長本人が、清水から助っ人500人を連れて、
二隻の大きな船で、吉良の港にやって来る。これに驚いた安濃徳は、和議を申込み、助命を条件に荒神山は長吉の元へと返される。
この第二回戦は、こぜりあいはあるが、天保水滸伝の利根河原/十一夜のような大激突は起こりません。


朝から素晴らしい俥読みが聞けて、木戸銭安かった!!もうあと、数回です、朝練講談会。本当に無くなるのは淋しいです。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
Mars_jj_boy
Mars_jj_boy
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事