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毎月巣鴨地蔵の縁日に合わせて開催されている、古今亭の一門が出演する、なかなか豪華な顔付の名物落語会です。
暫く無沙汰だったのですが、日曜日だったので参加してみました。本来なら駒治さんが参加する予定でしたが、 国立演芸場での真打披露と重なり、この日は代演として、菊志ん師匠が参加されて、こんな内容でした。 ・道灌…文菊 ・長短…左橋 ・二番煎じ…やまと お仲入り ・権助提灯…菊志ん ・お見立て…馬石 1.道灌/文菊 前日の土曜日は、愛知県知多半島にあるお寺さんでの落語会だったと話す文菊師匠。やや前日の打ち上げの酒が残っている感じで、声も枯れていました。 前回のその寺での落語会は、泊まりだったが、今回は「巣鴨の昼寄席」があるからと、住職に帰るんですか?!と、言われつつ日帰りした文菊さん。 何でもその泊まりになった回は、記憶を無くすくらいに飲んでしまい、カラオケに行ったと、今回言われたが、全く覚えていない。 また、カラオケで、女の子も一緒で、その子の唇を奪ったらしいのだが、それも全く覚えていないと言っておられました。でも、住職曰く「そんな事、気にしない!気にしない!」 お前は、一休さんか?! お坊さんからお墨付を貰った、と、文菊師匠は仰っておりました。更に、マクラは浅草演芸ホールで「圓菊七回忌追善興行」が行われていると言う宣伝へ。 仲入り後に、圓菊一門の弟子たちの座談会をやり、圓菊師匠の思い出を語るコーナーがあり、会場の客席に、「圓菊を知っている人?」と問い掛けると、三人しか手が上がらなかったらしい。 聞かなきゃ良かったと言っていました文菊師匠。三人しか知らない人の話を20分するのかぁ、と、思ったようです。文菊師匠の浅草の披露目の三日目に、圓菊師匠は亡くなっていますからね。 最後に落語心中の話を少しして、岡田将生くんのようなイケメン咄家は居ない!と、力説し、また、初めて寄席に来る若者が増えるのか?そんな話をして、『道灌』へ。 隠居も、八五郎にも、なんとなく品がある文菊師匠の『道灌』です。八五郎は、言葉使いは職人気質で荒いけど、品が御座います。 雰囲気全体が、柳家が演じる『道灌』とは、リズムが違いますね。柳家は落語らしいリズムを大切に、言葉は二の次ですが、どちらかと言うこと、言葉ありきで演じます。何とも新鮮に聞こえる『道灌』でした。 2.長短/左橋 出囃子が鞍馬でした。マクラでは、まず最初に駒治さんをいじる左橋師匠。四の日昼席は、五年以上前に今日だと決まっているんだから、 なぜ、国立演芸場の披露目を四日にするんだ?五人で調整できるんだから、別な日を選べば良いのにと、駒治さんの計画性の無さを指摘しておりました。 続けて、浅草の圓菊追善公演の出番が、林家ぺーさんの直後に出ている話へ。時間を守らないぺー先生。特別公演だから、番組が押していて、立て前座から15分の持ち時間ですが、12分でと言われて出るのに、18分とか平気で歌って降りて来る。 後の左橋師匠は、ぺー先生の歌「ルージュの伝言」を毎日3分聞かされている。すると、風呂で鼻歌を歌って、ビック!!としたそうです。そう!出た鼻歌が「ルージュの伝言」。 更に、テレビのドッキリ番組で、箱根・小涌園で溶ける海水パンツのドッキリに、左橋師匠とぺー先生が一緒に引っかかった話をされました。 水着が溶けて、泣いていたモデルさんに、ぺー先生が容赦なくカメラのシャッターを切っていたそうです。その頃から、空気読めないマイペースなんですね。 長めのマクラから『長短』へ。長さんの方が異常にスローモーな描写じゃなくて、私はこの方が好きです。短七は、チャキチャキの江戸っ子!十分くらいの尺で終わりました。 3,二番煎じ/やまと マクラの頭では、ジュリー弄りから入るやまと師匠。お客様が一人でも入ればやります宣言するやまと師匠の話を聞いていて、 下北沢で、千円一時間ライブをやっていた志の輔師匠のエピソードを思い出しました。まだ、二つ目に成り立てで、知名度も無くやっていた頃です。 強い雨で、小田急も井の頭線もかろうじて動いていた日、客が2名しか入っていないけど、幕を開けた志の輔師匠。 千円の入場料が、何となくすまなく思った志の輔師匠は、発売間もない「燗番娘」をスタッフに買いに行かせて、客席のお二人と志の輔さんの三人で、熱燗を飲みながらトークしたそうです。 寒い季節になると、火の用心の夜回りが来ると言う話題を振り、火の用心の番太郎も老齢化が進んでいる。 江戸時代の防火・消火の話に触れて、水で消すのではなく、火の進路にある家を壊して延焼を防いだから、長屋は壊し易く作られていた。 だから、『三方一両損』に登場するように、長屋は薄い壁で、隣で喧嘩が始まると、それはそれは、大変でした。 そんなマクラから、本編の『二番煎じ』へ。火の用心の番太郎、五人。月番さん、伊勢屋さん、黒川先生、宗助さん、辰っさんの五人、それぞれのキャラが立っていて良い。 猪鍋を食べながら熱燗をやる場面も美味しいそうでしたが、見廻り役人が来た時に、鍋の上に宗助さんが乗らないのと、月番さんが、言い訳に、あまり宗助さんを弄りませんでした。一回だけでした。 私は、あの月番が、これでもかと、宗助さんが!宗助さんが!と言う展開が好きです。 4.権助提灯/菊志ん 久しぶりに、スタジオフォーに来たと言う菊志ん師匠、ココは、三階に楽屋があり、高座が入口奥に、今は設けられていて、なぜか?奥まで進む通路の脇に衝立で、歩く演者を客席から見えなくするゾーンがある。 この途中、隠れる衝立ゾーンの意図がイマイチ分からないと突っ込む菊志ん師匠でしたが、これには、深い訳がありまして、昔は、高座が逆に入口の側に設けられていたんです。 だから、開場して客席にお客様が入ってから、三階の楽屋から下りてきて高座に上がる演者が見えないように、衝立で入口を客席から見えなくしていたんです。 その衝立がせっかくあるので、何となく高座への登り口に今尚配置しているんだと思います。因みに、高座の位置が変わったのは、消防からの指摘だと聞いています。 以前の配置だと、火災の時には、衝立を蹴破って逃げるような構造でしたからね。 さて、菊志ん師匠も、浅草に出演されていて、浅草のお客さんは、本当に落語を聴く気持ちの少ないお客が多いと言う話題から、少し前に団体客50人の予約の興行が最悪だったらしい。 通常は、70%がタダ券のお客様の浅草演芸ホールだから、万一、予約の団体が一階に座れないと問題なので、その日はタダ券が使えない日にしたらしい。 すると、大方の予想どおり、ほぼ団体客50人だけで、閑古鳥が鳴いている客席。また、落語なんて聴く気も少なく、絶えずザワザワしていた。 菊志ん師匠は、『お花半七』をやり始めて半七が霊岸島の叔父さんの家へ向かって行く、それをお花が追いかける場面で、半七が無言の仕草で、追い掛けて来るお花を、チラ見する処で、 一人の客が、大きなクシャミをすると、落語に関係なく、それが仲間に受けてしまう。更に、ザワザワが強くなりそうだったので、 クシャミを霊岸島の叔父さんがやったように上手く取り込んで話を続けたら、それはそれで、客席は、上手い事処理したと、拍手が返り中の一人に「ナイス!」とか言われて、やりにくい空気だったそうです。 そんなマクラから、『権助提灯』へ。権助、女将さん、お妾さんの個性が、旦那さんに向けられます。この噺は、権助は勿論ですが、女房と妾が、互いに気を使う程で始まる遠慮が、だんだん維持になって行く面白さだと思います。 『井戸の茶碗』の五十両を受け取らない場面に通じるものを感じます。更に、権助が混ぜ返して笑いが増す。菊志ん師匠、なかなか笑いが多く良かったです。 5.お見立て/馬石 トリは、馬石師匠でした、マクラは、水商、色街の話を軽く振って、本編タップリの『お見立て』。馬石師匠の声って、役者の梅雀さんに似て来ていると思いませんか? 喜瀬川、喜助、そして杢兵衛大尽。この三人の個性と、バランスが三等分な感じが、墓参りに行ってしまう事になる、流れに無駄がない。 全体で30分以上掛かったとは思えない、流れの良さがありました。最初、会話も展開も緩いんです。喜瀬川を呼べ!から病ですぐらいまでは。 それが、喜助が花魁は恋患いで、食事も喉を通らず死にました!と、お茶を涙にして、それなら墓参りだ!と、杢兵衛さんに山谷の寺に連れられる辺りまでは、スピード感が増して良い感じのサゲへ。 全体の昼席の流れも良いんですよ、道灌→長短→二番煎じ→権助提灯→お見立てという。古今亭の芸を本当に堪能しました。 この会は全て予約無しの当時。5回8000円の前売り券がお得です。期限有りませんから、土日・祝日しか行けない人も前売り券を是非。 |
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にぎわい座のアンケート用紙にあるリクエスト企画で、7月から9月のリクエスト上位の根多をお届けする「名作落語の夕べ」。
演目はリクエストできますが、演者は選べないのが、ちょっと毎度不満なのですが、好みの根多と演者が合致したので参加しました。
今回は、百九十四回目という事で、こんな根多が並びました。
1.狸札/金の助
芸術協会の金遊師匠のお弟子さんです。初めて見る前座さんでした。結構、堂々としていてハキハキしています。
子狸がもう少し可愛いと、更に、いいと思います。変な癖もないので、すくすく育って欲しいです。
2.つる/好の助
番組プロデューサーの布目さんも仰ってましたが、この会、仲入り前が短く、仲入り後がタップリのプログラムでした。
それにしても、『つる』が人気リクエストで上位に来るのは、第百九十四回も名作をやると、被らない根多選びの段階で、
上位に来てしまったのでしょうか?イマイチ理由が分かりません。誰か、リクエスト数を押し上げるような爆笑の『つる』をやったのか?
30年くらい昔ですが、枝雀さんの『つる』で大爆笑した記憶があります。枝雀寄席の収録だったように思うのですが…
3.味噌蔵/小さん
八王子の小さん師匠、4年ぶりくらいに聴きました。この師匠は平坦に演じます。良くも悪くものっぺりした芸です。
口調や声は、老けるに従って、目白の師匠に似て来るなぁとは思います。親子だからね。
それにしても、ケチの大旦那と番頭のやり取りくらい、もう少し面白くして欲しいと思いました。
奉公人が番頭さんに、ドガチャガしてもらうつもりの宴会は、この師匠のニンに無いので仕方ないと思うけど、
ケチ大旦那と番頭さんの妊娠した奥様を里帰りさせるまでのやり取りは、もう少し何とかならないのか?と思いました。
4.甲腐ぃ/小南
去年襲名されて小南治から三代小南になられた師匠の落語を、小南としての初が、この『甲腐ぃ』になりました。
二代目の印象が、まだまだ強いので、“小南”と聞くと、上方落語をおやりになるように思いますが、たしか埼玉の出身。
よく通る声で、独特の調子で語られるので、好みは分かれるかもしれません。さて、小南師匠の『甲腐ぃ』。
実に豆腐やさんの売り声が、通る声で素晴らしい。サゲが利くように分かり易く売り声を使います。
また、善吉とお花の縁談話に発展する前、善吉が仕事に慣れて3年の月日が流れた辺りで、長屋の奥さんが善吉贔屓になる部分がありますが、
ここで、自身の体験から、咄家も師匠に嵌るよにも、女将さんに嵌る方が重要だと脱線し、自身の夫婦生活なども踏まえて、
この部分を面白く解説する小南師匠でした。30分を少し切るくらいの尺で、テンポよくサゲまで行ったと思います。
5.らくだ/雲助
落合のおんぼ場まで行く雲助師匠の『らくだ』。45分タップリの尺で、毎度おなじみ、屑やの豹変がたまりません。
あと、雲助師匠の屑やさんは、菜漬けの樽にらくだの死骸を入れて担ぐ際に、コリャコリャ云いながら変なリズムで歌いながら運びます。
そして、何と言っても軽く、漫画のように演じるのが楽しいと思います。らくだに生前、虐められた思い出を恨み節で酔って語る場面も、
狸の革を売ってやると言われて、手付金を五十貫取られて、「何処に狸の革があるんですか?」と尋ねると、ここにあると示されるのが、
長屋の床下、細く長い穴があって、そこに生きた狸が巣を作っているから、自分でひっぱり出して持って帰れ!!と言われる。
結局、らくごに穴に突き落とされて、上げ板と畳で蓋されてしまう。「出してくれ!」と泣き叫ぶと、後金の五十貫を払えと言われる。
百貫取られて大損こいたと、らくだの兄貴分に愚痴はこぼすが、それだけで、ここを妙に触って人情噺にしたりはしない。
上方の六代目松鶴さんのような迫力は無いが、古今亭らしい『らくだ』だと思います。
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談幸師匠をたっぷり観るのは、かなり久しぶりでした。町屋に来たのも久しぶりで鉄板焼のお店でランチしてからムーブ町屋へ。
ちょうど開場する10分くらい前で既に3列行列ができていて、50人くらいのお客様が開場を待っている状態でした。
そんな町屋での立川談幸師匠の年に2回の独演会!! このような内容でした。
・たらちね … 談太
・新作「古事記」 … 談幸
・包丁 … 談幸
お仲入り
・文七元結 … 談幸
1.たらちね/談太
談幸師匠のお弟子さんです。芸協に移りお弟子さんも増えている談幸師匠。やっぱり違いますね立川流の前座さんとは。
おっとりしています。無理にでも爪痕残して帰ろう!みたいな料簡はありません。
2.新作「古事記」/談幸
古事記編纂1300年の記念事業の際に頼まれて、談幸師匠自身がお作りになった新作落語『古事記』。その時は現代風の語りだったものを、
今回は、根問い風に、八五郎がご隠居を訪ねて、『古事記』の色々を質問し、それにご隠居様が答えるという形式の落語でした。
講釈で、田辺銀冶さんが『古事記』をやっていますが、あれとはかなり違っていて、根問いの感じなんですね。
そうそう、同じ芸術協会では、竹千代さんも『古事記』をやるらしいけど、そちらは聴いた事がありません。
ノラやさんで、銀冶さんと竹千代さんで『古事記』の会をやっております。一度、行ってみたいのですが、なかなか日時が合いません。
3.包丁/談幸
談志師匠が、殿村経理部長の『包丁』を褒めたという噂が広まって、現役の中では、『包丁』といえば“トノさん”みたいな感じでしたが、
それでもちょうど、2000年前後に真打になった世代、現在55歳くらいの真打はこの『包丁』が流行ったので、音曲に自信のある咄家は、
この『包丁』をやりますね。私が過去10年で聞いた『包丁』を聴いた事のある咄家は、談春さん以外だと遊雀師匠と萬窓師匠のお二人です。
さて、談幸師匠の『包丁』。色男の久治と寅さんが出逢って、鰻屋でご馳走になり、女房を口説きに行くまでが、結構スマートで早い。
清元の師匠をしている久治の女房とのやりとりは、オードドックスで小唄「八重一重」で口説くパターンなのもそつなく演じる談幸師匠!!
ちなみに、久治の女房が寅んべーのブサイクぶりを表現するのに、豚が患ったようなと、声ではなく容姿をけなしたように聞こえました。
“トノさん”は鰤のアラと云います。ギトギト血生臭さいブサイクだと言いますね。殆どの方は、六代目圓生の通りだぼはぜと表現しますが。
4.文七元結/談幸
家元の型です。『包丁』の時にも少し感じたんですが、談幸師匠、華やかな芸になったように感じました。芸協に移って特にそう感じます。
この日、巾着袋とエコバックみたいなグッズを販売されていたんですが、持って来たグッズが仲入り前に売り切れて、
奥さんに家へ取りに戻るように命じましたと、欲しい人は終演まで待って下さいと、高座からお願いする姿が、しみったれて見えないんですよね。
全体として余裕を感じるんです。芸全体が。今なら、少しキザな事をやっても行っても、ニンに感じて、鼻に着くなんてことはないです。
さて、お久が長兵衛の女房の実の娘で演じるのは、珍しいと思います。殆ど後妻で継母の設定です。それ以外は、いい感じにほろっとさせます。
佐野槌の女将がいいですね。ここは矢来町の感じですけどね。この女将と鼈甲問屋の近江屋卯兵衛は結構重要な役だと思います。
この二人が、ニンに合って、きりっと演じ、華がある談幸師匠の『文七元結』、良かったです。
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いやはや、「忠臣蔵」と「軍記物」の人気の無さは驚くほどですね。一気にアクセス数が減り、誰もうんともすんとも言わなくなります。
かくして、今回の“任侠”、“ヤクザ”の噺はどうなんだろう?所謂、股旅物ですね。先に第一回で、ちょっと紹介した『清水次郎長傳』や、 『国定忠治』、「赤木の山も今宵限り!!」ですよ。落語家も、『小政の生立ち』を、喬太郎師匠や三三師匠はやってますね。 「清水港は鬼より怖い、大政・小政の声がする」「大きな喧嘩は大政で、小さな喧嘩は小政に限る!」みたいなフレーズも使います。 そして、何と言っても清水次郎長二十八人衆ですね。こんなメンバーが二十八人衆です。 清水次郎長 … 映画「次郎長三国志」では鶴田浩二!!カッコよ過ぎ。お蝶は佐久間良子だった。 大政(山本政五郎) … 槍の使い手として描かれていた。「次郎長三国志」では大木実が役どころ。 小政・・・・・・ … 剣術の腕は確かで、すばしっこい。「次郎長三国志」では里見浩太郎 森の石松・・・・ … 遠州森町の宿屋の倅、喧嘩っぱやいが情けにゃ弱い。「次郎長三国志」では長門裕之 増川の仙右衛門・ … 次郎長の縁戚、次郎長の力を借りて親の敵討ちをします。「次郎長三国志」では津川雅彦 大瀬の半五郎・・ … 大政、小政は別格として、それに続くNo.3。「次郎長三国志」では松方さんでした。 法印の大五郎・・ … 元は坊主で、ドモ安を嫌って次郎長一家となる。「次郎長三国志」では田中春男。 小松村の七五郎・ … 石松とは幼馴染み。講釈『お民の度胸』は都鳥から石松を匿います。 桶屋の鬼吉・・・ … 自分の棺桶を担いで「果たし状」を届けに行く変な奴、「次郎長三国志」では山城新伍。 大野の鶴吉・・・ … 後に一家を構える侠客となる、人望のある博徒。 相撲の常吉・・・ … 幕末に活躍した房州の力士:小柳がモデルか?相撲上がりの侠客です。 関東の綱五郎・・ … 大瀬の半五郎と別人説・同一人物説がある人物です。 寺津の勘三郎・・ … 勘三郎も後に寺津一家を立ち上げる侠客です。謎の多い人物で、荒神山の決闘で仁吉と共に活躍します。 追分の三五郎・・ … 都鳥一家との対決で大活躍。「次郎長三国志」では大村文武、後に品川隆二になります。 国定の金五郎・・ … 謎が多すぎてよくわかりません。 舞坂の冨五郎・・ … 舞坂に墓があるようです。次郎長とは親分子分ではなく、兄弟分だったようですね。 田中の敬次郎・・ … 謎が多すぎてよくわかりません。名前がありふれ過ぎ。 三保の松五郎・・ … やや石松とキャラが被る三枚目。「次郎長三国志」では佐藤晟也 四日市の敬太郎・ … 石松の仇討!都鳥に殴り込む場面で登場します。 問屋場の大熊・・ … 米問屋の養子で、大熊という博徒の妹と一緒になり一家を継いでいるようです。 清水の岡吉・・・ … 謎が多すぎてよくわかりません。 鳥羽の熊・・・・ … 三州吉良荘は幡豆の里の鳥羽の迎に「鳥羽の熊」という侠客がいたと、地元の歴史公園に碑があるらしいです。 辻の勝五郎・・・ … 富士山麓の開発事業に尽力した一人として地元では知られた存在みたいです。 伊達の五郎・・・ … 五郎八姫から取った名前なのか?謎です。 由比の松五郎・・ … この人も石松の仇討で名前が出ます。それ以上の事は謎。 吉良の勘蔵・・・ … 謎が多すぎてよくわかりません。 興津の清之助・・ … 興津に勢力を持つ博徒だったくらいしか分かりません。 吉良の仁吉・・・ … 義理堅く、女房を離縁してまで友情を貫いた。「血煙荒神山」 赤穂浪士は四十七士の名前を云うけど、講釈師が二十八人衆を言い立てているのを殆ど聞いた事がありません。 やっぱり、忠義の武士の名前は呼ぶのとは、ヤクザの場合は違うのでしょうか?褒められないのか? では、次郎長以外に、どのくらい有名な“親分”が日本には居て、講釈・落語・浪曲、芝居になっているか? 思いつく任侠の名前を上げて、その人となりを説明して行くことにしてみます。 ・幡随院長兵衛 ・新門辰五郎 ・相模屋政五郎 ・佐原喜三郎 ・黒駒勝蔵 ・国定忠治 ・大前田英五郎 ・笹川繁蔵 ・飯岡助五郎 ・会津小鉄 ・吉田磯吉 ・田代栄助 1.幡随院長兵衛 まずは、『芝居の喧嘩』で有名な幡随院長兵衛です。何と言っても侠客の中では次郎長に負けない知名度があると思います。 大名行列用の中元を大名に世話する口入家業をしていたので、大名を面白く思わない旗本衆ともめて、殺されてしまいます。 宿敵・水野十郎左衛門との奴同士の喧嘩は勿論、鳥取から江戸へ出て来た美男子の剣客・白井権八と初めて出会った、 鈴ヶ森での「お若けぇ〜の、お待ちなせぇ〜!」は、芝居や談志師匠の落語でも有名です。 2.新門辰五郎 幕末の江戸の元締の一人、浅草を縄張りに持つ、香具師で鳶の頭、町火消しの頭でもあり、また娘が十五代将軍徳川慶喜の妾だった。 そんな繋がりもあり、江戸城の無血開城に一役買って、勝海舟を助けたと言われている人物。新撰組など幕末の話には必ず登場する。 この人も、幕末の歴史好きだと知らない人は居ません。また、次郎長と同世代の侠客なので、二人が絡む場面をやる講釈師もありますね。 3.相模屋政五郎 この人も幕末、辰五郎と同じ時代に活躍した侠客です。商売は元は口入屋で、町火消しの頭をしていて土佐藩邸の火事を消して山内容堂公に気に入られる。 この相模屋政五郎も、幕末の噺には、頻繁に登場する有名な親分です。容堂公から名字帯刀を許されて、10人扶持で土佐藩に取り立てられ山内の姓を頂く。 そんな濃い関係から、容堂公が亡くなった時に自害しようとしたが、それをあの板垣退助から説得を受けて思い留まり、80歳まで長寿を全うした。 4.佐原喜三郎 三三師匠のライフワークの一つ、芝居でも有名な『嶋鵆沖白浪』、この主人公が佐原喜三郎です。千葉の佐原に行くとどのくらい英雄か分かります。 清水次郎長は全国区ですが、それと比べると知名度こそ劣りますが、地元の人気は負けておりません。なかなか大河ドラマとかには登場しないので、 知名度こそ低いけど、親分としては大したもんだと思います。 5.黒駒勝蔵 次郎長のライバルは数多居ますが、何といってもこの勝蔵です。昔から今も富士山を挟んで仲が悪い、静岡と山梨の縮図みたいなもんですね。 おそらく、信玄と義元の時代よりもっと前から犬猿の仲なんだろうと思います。次郎長と勝蔵は、荒神山の決闘で合間見えます。 次郎長傳は、講釈も浪曲も小説もお芝居も、次郎長側から描かれているので、勝蔵は仇役ですが、その実像、山梨ではいい親分と慕われていた。 6.国定忠治 「赤城の山も今宵限り、可愛い子分のお前ぇたちとも、離れ々々になる門出だぁ!」で有名な、国定忠治です。講釈やお芝居は美化していますが、 実際は、幕府に逆らって山にこもり、代官を斬り殺して逃げた凶状持ちですからね。最後は、磔獄門。そして胴も首も三日さらし者にされたそうです。 ただ、これを役所は何者か(多分、忠治の関係者)に盗まれていて、十三回忌が行われ、戒名まで付けて葬られるのです。忠治の地蔵まで作って。 地元では、義賊として人気はあったようです。 7.大前田英五郎 関東No.1の大親分です。侠客が出る物語に大前田英五郎が登場しない話はありません。それぐらいの大物です。大きな喧嘩の仲裁は最後はこの大前田英五郎が引き受けた。 そんな超横綱級の大親分、博徒の元締でした、大前田英五郎。昭和の横綱にいましたね、この大前田英五郎の名前をもじった横綱が。それくらいの大親分でした。 8/9.笹川繁蔵と飯岡助五郎 これは、二人セットで紹介した方が分かり易い。『天保水滸伝』の主役二人です。房州の覇権を掛けて戦って小さい組織の笹川繁蔵が最後は殺されますが、 笹川繁蔵には、平手造酒以下腕っこきの子分がそろっていて、十一屋という宿を根城に飯岡助五郎と五分以上に戦ったが、逃げた繁蔵が笹川に戻ったところを、 助五郎の子分に待ち伏せされて切り殺されます。是非、松之丞さんの『天保水滸伝』を聞いて下さい。 10.会津小鉄 今、まさに私は南海先生でこの会津小鉄の連続モノを聞いております。そちらの記事をヨロシク参照ください。 11.吉田磯吉 福岡県若松市では、非常に有名なヤクザの親分です。炭鉱や製鉄のカタギさんと上手く関係性を持って、裏の汚れ仕事を一切引き受けた人です。 近代ヤクザ組織の第一号で、他のヤクザ組織の手本になったといわれている人物です。次郎長や笹川繁蔵のようなヤクザから現代のヤクザへの脱皮のモデルとなった人物です。 12.田代栄助 この人は、秩父では有名なのか?私は高校の日本史の教科書で知りました。明治政府の富国強兵政策で増税に苦しむ農民を組織して独自の軍隊(政府は愚連隊扱い)、 この軍で、秩父の農村を開放した人なのです。ヤクザではありますが、まさに弱きを助け強きをくじいた任侠の人でした。 最後は山に篭って国定忠治のように抵抗しましたが、流石に、日本陸軍が本気で攻めてきたら、負けますよ。逮捕されて法廷で死刑になっています。 さて、このような任侠に比べると、今、裁判を受けている生コン組合のおっさんは何なの?本当に任侠も地に落ちたと思います。
田代栄助の爪の垢を煎じて飲ませる刑にしてやりたいと思います。 つづく
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このシリーズ、意外と続きましたね。さて、今回は戦記物を取り上げてみたいと思います。
落語で戦記物というと、『源平盛衰記』ではないでしょうか?古くは三平師匠がやっている映像を見た記憶があります。
そして、落語の方では、何と言っても、この『源平盛衰記』で真打披露のトリを取った、柳家小ゑん改め立川談志でしょう。
一方の芸術協会では、伸治の文治師匠、西武池袋線のラッキーおじさんとして女子中高生に人気だったあの師匠の十八番でした。
だから、当代文治師匠も引き継いで演じますし、立川流の真打もたいていやります、『源平盛衰記』。
【落語】4人9回
・桂文治 ×3
・立川志らく
・立川談春 ×2
・林家なな子
【講釈】9人13回
・一龍斎貞奈 ×2
・一龍斎貞鏡
・一龍斎貞寿
・神田伊織
・神田すず
・神田鯉栄
・神田松鯉 ×2
・神田松之丞 ×3
・田辺一乃
落語の『源平』は、殆どが義経が源氏軍の大将として活躍する噺がメインで、鵯越えから壇ノ浦までを地噺で演じられます。
一方、講釈は落語のそれよりピンポイントで演じられ、そして最も多いのが、『那須与一の扇の的』です。
また次に多いのが義経と弁慶の『五条橋』です。それ以外私の場合は、『敦盛の最期』と『巴御前』です。
講釈の戦記物は、必ず、修羅場の読みが入り、合戦の様子を講釈らしく伝えるのがお約束です。その修羅場のリズムの稽古は、
家康が信玄公に攻められて脱糞したので有名な『三方ヶ原軍記』。これも勿論、戦記物の代表で、講釈師だけでなく、
談志家元が存命の頃は、立川流の二つ目試験の中に、この『三方ヶ原軍記』の修羅場を読む試験がありました。
そして、立川こはるさんが、談春師匠に、公開でこの試験をやられて、公開稽古みたいに成った「かもめ亭」の高座を見た記憶があります。
さて、次に有名な軍記といえば、大河ドラマ「真田丸」の影響もあり『難波軍記』ですね。講釈の『難波軍記』は、豊臣贔屓の引き倒し!!
いまでもやっていると思いますが、大坂夏の陣の頃に、旭堂の講釈師が南凌先生を中心に集まって、「打倒・家康」の決起集会をやります。
ゲストに江戸の講釈師も呼んで、家康の弁護をさせてそれを大坂方が一斉に口撃するという、ディベートみたいな感じのイベントです。
結構、コアなファンが多くて、会場も一体になって盛り上がる企画です。太閤没後の混乱から、豊臣滅亡の合戦記です。
勿論、噺の中心に居るのは、真田幸村です。真田十勇士もちょびっと活躍します。講釈ではない『難波軍記』と読み比べると面白いです。
さて、軍記物の特徴は、時代時代に書かれた当家の歴史資料的な軍記(勿論、手前味噌な脚色はある)、平家物語のような物をベースに、
これを講釈師が、観て来たように編集/脚色して仕上げた物が、軍記物として講釈の世界に脈々と受け継がれております。
講釈は、元々台本を読んで聞かせる芸だったので、伝承し易いですよねぇ。
そして、時代によって言葉も違うし、戦い方も違うので、同じ軍記物と言っても、室町時代のそれと戦国時代も末期のそれでは大きく違います。
『仮名手本忠臣蔵』と『赤穂義士傳』くらい違います。先に紹介した『源平』と『難波戦記』でもよいので、是非、聴き比べて欲しいと思います。
つづく
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