Marsのブログ

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秀樹逝く

昨日心不全で亡くなられたそうです、西条秀樹さん。63歳だったとか。
私が生秀樹さんを最後に観たのは、2015年4月の恵比寿ガーデンルームでの第45回YEBISU亭。
楽しい話を聞かせて頂きました。あらためてご冥福をお祈りします。


◇第45回YEBISU亭


五代目小さんと命日が重なりました。これで、私は一生忘れないと思います。
以前は、落語家が講釈(浪曲)を元に落語にするという作業が、比較的当たり前に行われた。
その代表が立川談志ではないでしょうか?木村重松の『慶安太平記』『青龍刀権次』だったり、
六代目神田伯龍の『小猿七之助』『妲己のお百』だったりを落語に直して演じております。
ただ、談志師匠のこれらの作品には、“落ち”が付いていたりせずに原作と同じように終わります。
そうそう、談志師匠はわざわざ、『紺屋高尾』を源流の講釈(浪曲)から取り入れてますよね。
談志師匠の『紺屋高尾』は、圓生のと聴き比べると面白いですよね。高尾が可愛い女で描きます。

同じように志ん生が講釈師だった時代があるから古今亭・金原亭に受け継がれている『お富與三郎』。
元々、圓朝作品の続きものは必ずしも三遊亭ではなくても、『名人長二』『業平文治』などは、
古今亭・金原亭がというか、雲助一門に受け継がれて演じてこられています。
また、三代目桂三木助が浪曲師の広沢菊春に『加賀の千代』と交換したといわれている『ねずみ』。
三木助は『竹の水仙』『三井の大黒』と三作品を得意根多とし、弟子の扇遊、扇辰へと受け継がれております。
このように、講釈根多を講釈師や浪曲師から落語にするという作業は、過去からよく行われていて、
現在も、喬太郎師匠と愛山先生、三三師匠と琴柳先生のように受け継がれ続いております。

一方、この逆、講釈(浪曲)師が落語を講釈に変えるパターンはこれまでは、そんなに多くありませんでした。
私が体験した限りで言うと、一龍斎貞心先生の『中村仲蔵』『淀五郎』。そして神田松鯉先生の『乳房榎』『牡丹灯籠』。
松鯉先生と同門の愛山先生も『牡丹灯籠』はやりますね。喬太郎師匠との俥読みで聴いた経験アリです。
以前はそんなに多くなかったのが、近年、講釈師が落語の根多を結構演じています。


2012年 松山鏡/武春
2013年 なし
2014年 鉄砲のお熊/きらり(現・鯉栄)
    真景累ヶ淵「宗悦殺し」/南湖
    真景累ヶ淵「宗悦殺し」/松之丞
    中村仲蔵/松之丞
    牡丹灯籠「お札はがし」/愛山
    淀五郎/松之丞
    淀五郎/貞寿
2015  真景累ヶ淵「宗悦殺し」/松之丞
    任侠流山動物園/瑞姫
    淀五郎/松之丞
    中村仲蔵/松之丞
    中村仲蔵/貞寿
2016  淀五郎/松之丞
    中村仲蔵/松之丞
    鉄砲のお熊/鯉栄(きらり)
    淀五郎/貞寿
2017  真景累ヶ淵「宗悦殺し」/松之丞
    任侠流山動物園/鯉栄
    淀五郎/松之丞
    任侠流山動物園/太福
    乳房榎「落合の蛍狩り」/松之丞
    鉄砲のお熊/鯉栄
    中村仲蔵/琴調
    武助馬/貞山
    中村仲蔵/貞寿
    牡丹灯籠「関口屋」/あおい
    雨のベルサイユ/鯉栄
    星野屋/蘭


これ以外にも、講釈師と落語家がよく相互で演じられる演目は、どれも釈根多で『徂徠豆腐』『柳田格之進』『浜野矩随』。
近年、講釈師が『芝濱』『文七元結』を演じるケースもあるようですが、私は聞いた事がありません。


さて、色んな演目が講釈を落語に、そして落語を講釈にと変えられるのですが、同じ話芸ですがやはり芸の趣が違います。
まず、講釈を落語にする場合です。これは比較的に上手くできると思います。地を止めて会話にすれば基本的に落語になります。
ただし、甚五郎の旅物語のようなものなら、それだけで良いのですが、作品によっては“修羅場”や“道中付け”が入ります。
怪談でもそうですね、何がしかの講釈らしい科白廻しや、情景描写が入ります。これをどう落語で処理するか?腕の見せ所です。
三代目三木助がそうだったように、三三師匠は、講釈の風味を残して義士傳の『安兵衛の道場破り』を落語にしています。
一方、喬太郎師匠の場合は、愛山先生の原型が跡形も無くなるような落語化というより、喬太郎ワールドにしてしまいます。
一番よく分かるのは、清水次郎長外傳「小政の生立ち」。これを三三師匠も喬太郎師匠もやりますが、聴き比べると実に面白い。
12〜3歳の小政のキャラクターの違いにビックリします。三代目神田伯山が生きていたら見せて感想を聞いてみたいです。

逆に、落語を講釈にする場合。かなり難しいのは『粗忽長屋』のような根多です。場面転換なくキャラクター勝負で落ちが利く根多。
これを講釈にしましょうとやっても、張り扇の音が虚しい展開になってしまいます。キャラクターは落語のまま成立させて、
その科白を工夫するしかないと思います。基本、七五調で韻を踏む。短気でそそっかしい粗忽者、気長な粗忽者それぞれの、
科白と講釈らしく聞こえるように細工して、あくまで笑いが生まれる展開を維持しないと、『粗忽長屋』じゃないからね。
「行き倒れ」を見に行く場面、股ぐらを潜って進む短気粗忽を道中付けにして語るような事が必要になります。
神田鯉栄先生が、喬太郎作『諜報員メアリー』を講釈にして演じられていたのを見て、そんな事を思いました。

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