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隔月らくごカフェで開催されている貞寿さんの勉強会です。テーマを設けて根多卸し1席みたいな感じです。
少し早いかな?と思いながら13時の開場に、12時30分少し前に「らくごカフェ」のある雑居ビルに到着。
まいどお馴染みのカレーレストラン「ボンディ」の行列を見ながらエレベータで5階へ。
流石にまだどなたもいらしゃらなくて一番、5分もしないうちに三々五々貞寿ファン・講釈ファンが集う。
10人くらい並んだところで、友惟ちゃんの「只今より開場します」が掛かりました。
そして今回は、このような演目になりました。
・笹野名槍傳「海賊退治」
・天明白波伝「八百蔵吉五郎」
お仲入り
・朝顔日記「蛍狩り」〜「大井川、川止」
1.海賊退治
まずは、前座噺からウォーミングアップ代わりにと「退治モノ」を一席。そういって思い出した!!
と、叫んだかと思うと、10年くらい前に両国亭でやっていた前座勉強会、ここで7人全てが『○○退治』。
海賊退治、狼退治、虎退治、狒々退治、なんてのは結構有名。まぁ、鬼退治みたいなのもありますね。
そんな中に、神田すずさんがやった『スッポン退治』というのが在ったそうです。
どんな噺なんだ!?、スッポンは退治するものではなく、鍋にするモンだろう?と云う貞寿先生。
そして、どんな噺だったか?全く記憶にないと云っておられました。私も、ちょっと聴いてみたい。
そんな軽いマクラから『海賊退治』へ。松鯉先生、阿久鯉先生で聴くのとはやや演出が違いますね。
特に貞寿先生がやると笑いが多い。笑いに走るという程ではありませんが、いい感じに場内が温まりました。
2.八百蔵吉五郎
マクラでは、W杯が始まったという話題。睡眠不足が続くと憂いつつ表情は嬉しそうな貞寿さん。
この日もスペインVSポルトガル戦を録画してあるけど、まだ見ていないと云っておられました。
私は生で観ましたが、あのクリスティアーノ・ロナウドのフリーキックは異次元と云うか反則ですよね。
外を巻いてカーブしながら落ちる軌道!!「芸術」と称されるのが分かる。
ロナウドは お手々のように 足使い
さて本編の『八百蔵吉五郎』。朝練で聴いたばかりなので、殆どその時と変わらぬ安定した彼女らしい一席。
ただ、物凄く気に成ったのが、「ノリ屋の婆」を「ノリ売りの婆」と呼びます。婆はノリは売りません。
だって、海苔屋ではなく、糊屋だから。木綿物や夜具に糊をつけてお足を貰います、この婆ぁ。
おそらく洗い張りなんかも受けるはずです。今で言うクリーニング屋さんですよね。
俺がガキの頃、家でシーツに糊付けてました。祖母と母と二人掛かりで、天気がいいとやっていた。
あのシワ伸ばしの動作が、幼い私には面白かった。そして、シーツが擦れる音が忘れられません。
3.朝顔日記
ついにやりました貞心先生の十八番中の十八番!!『朝顔日記』を。どんな風に演じるか?超興味がありました。
この噺は、究極のスレ違いラブストーリーと呼ばれておりますが、長い連続で所々半端ないダレ場がございます。
恋物語の発端は、一方の主人公・備前岡山の浪人宮城八十次郎と、もう一方の主人公・筑前黒田家浪人・矢部靱負の娘・深雪が、
蛍狩りの夜、京の宇治川で出逢う。貞心先生の出逢いの演出は、深雪の帽子を八十次郎が扇子で川に落ちる前に拾い上げて、
これを素手だと無礼になるからと、扇子に載せたまんまお返しします。このお礼にと深雪が乗っている屋形船に招かれる八十次郎。
この船上で、深雪の須磨琴の調べに魅せられた八十次郎は、白扇に矢立てから筆を取りサラサラと何やら書き残します。それが…
「露のひぬまの朝顔を」という催馬楽
この「蛍狩り」の場面は、文楽や芝居でもよく演じられている前半の山場ですが、ちゃんと講談で演じると、
八十次郎の生立ちから京都で塾を開くまでを1話、一方、深雪の父が福岡黒田家を浪人となるが、妻と娘は京都へ旅に出るまで1話。
ここもなかなかのダレ場でしてね。2話必要?!って感じの物語になります。
更に、二人の恋仲を知り幇間医者が金儲けの企みを始めたり、またその友人が深雪に岡惚れしての横恋慕などがあり、
福岡に帰った深雪は益々、会えない八十次郎の事を思うようになります。
そして、八十次郎の母が肥後熊本で危篤となり八十次郎は熊本へ。母の死に目には会えなかったが葬儀を済ませ、
京都に帰る途中、偶然福岡で深雪と再会する八十次郎。ここで、深雪は福岡と京都で離れ離れで暮らしていると、
この恋は一生叶わないと思い、深雪がどんどん積極的になり、「私を連れて逃げて下さい!!」と、八十次郎に掛け落ちを迫ります。
一方の八十次郎は、塾の事もあるし、勝手に深雪と逃げては、何より矢部家の両親への罪悪感がある。深雪が添えずんば死ぬというので、
渋々駆け落ちを了解して、いざ決行という日に不運が重なり船に深雪が乗り遅れて駆け落ち未遂に終わります。
一人大坂に着いた八十次郎、内心ホッとして、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
この駆け落ちまでのくだりも結構長くダレダレです。この後、後継ぎの無かった伯父熊沢了庵の死をきっかけに、
八十次郎はこの後継ぎに見込まれて、京都の塾は閉めて、備前岡山藩に熊沢了庵家督を継いで、岡山藩の重臣になります。
また、この件で名前が「宮城八十次郎」から「熊沢次郎左衛門了介」へと変わります。この事を深雪が知らないのが、
この物語を更に不幸にします。この後、備前岡山藩士、しかも重役となった八十次郎こと次郎左衛門の方は、
藩での出世物語へと展開が変わります。この時の藩主・池田光政公の乱行/辻斬りをして廻るというものなのですが、
これを次郎左衛門が上手く計略を使って光政公自身に反省を促させて、この後、名君と呼ばれるように改心させるのです。
この次郎左衛門の手腕が藩内でも評価されるようになり、外様の養子者と陰口を云っていた重臣も従うようになり始める。
一方、深雪には縁談が入る。その相手は岡山藩の熊沢次郎左衛門。深雪は「宮城八十次郎以外とは結婚致しません!!」
そう云い放って、福岡の家を飛び出してしまいます。京都の塾を訪ねれば、八十次郎様に会えるという思いで、
着の身着のまま飛び出した深雪でしたが、艱難辛苦を乗り越えてようやっと京都に着くのですが、既に塾は無く、
宮城八十次郎の行方は杳として知れません。かつての門人などを訪ねて必死で八十次郎の情報を収集する深雪。
結局、確かな情報は無いが、おそらく学問で世に出ようとしている八十次の事だからと、東へ下り江戸を目指します。
しかし、これまでの心労・苦労が祟ったのか?大津で倒れて、目が見えなくなってしまいます。
倒れた旅籠の主人・金田屋善右衛門という人が仏のような人で、救われた盲目になった深雪。
これまでの経緯を全部善右衛門に話すと、東へ下るにしても目を失った今、なかなかその宮城八十次郎という人だと、
お前さんの方から分かるすべはない。そこで、出逢いのきっかけになった催馬楽を三味線を弾きながら唄っては?
つまり、瞽女(ごぜ)の態で角付に立って、自分は「朝顔」と名乗り、東海道を旅すれば向こうがその存在に気付くはずだと云うのです。
これは妙案。そう思った深雪は、瞽女の朝顔と名乗って催馬楽を唄いながら、大津、草津に米原を抜ける辺りで朝顔瞽女の噂が立ち、
大垣、岐阜、木曽川、名古屋に掛かる頃には、各宿場でお座敷が掛かり過分な祝儀が切られるようになる。
そして、豊橋、岡崎、掛川、島田と大きな宿場に掛かると、宿屋や盛場・芝居小屋での余興だけでなく、
地元の有力者、代官、果ては参勤交代の陣屋からまでも座敷が掛かるように成った朝顔瞽女の深雪でした。
そんな中、大井川を渡って島田まで来た深雪。大評判の朝顔瞽女、連日3つ、4つと座敷が掛かる。
そこへ、江戸勤番の熊沢次郎左衛門、殿様からの過急の用で国元へと向かう途中。島田の陣屋で休息中に、
朝顔瞽女の噂を耳にする。そして、通された陣屋の座敷、そこに在った屏風に、「露のひぬまの朝顔を」
催馬楽の文句が書かれているのを発見する。もしやこれは私が白扇に書いたもの?朝顔瞽女は深雪どの?
そう推量した熊沢次郎左衛門。陣屋の主人に頼んで朝顔瞽女を呼んでのお座敷を設けてもうらう事に。
3年あまりの年月を経て三度再会の八十次郎と深雪。だがこの時、深雪がこの座敷の主賓が八十次郎とは知らない。
岡山藩の重臣としか知らないのです。そして、帰り際に相手が名乗るのですが、その名前は「熊沢次郎左衛門了介」。
深雪は『アッ!福岡で縁談を断り、家出の原因になったあの男だ!!』と驚くのでしたが、次郎左衛門こと八十次郎は、
この女性が深雪に間違いないと確信するのですが、何も告げずに深雪を帰してしまいます。
そして、この座敷を出る前に、さらさらと手紙を一本書いて陣屋の主人に渡します、「これを朝顔瞽女に読んで聞かせて下さい」と。
でねぇ、昔から変だと思う、深雪と八十次郎の行き分かれの大井川の場面なんですが、真夜中に陣屋の主に起こされて、
雨が降っているので明日になると川止です。今のうちにと言われて、深夜、八十次郎は川を渡り岡山へと向かいます。
ただ、この時代は暮れ六ツ過ぎると翌朝六ツになるまで、渡し場は誰も通れないはずですよね?大名は治外法権なのか?
とりあえず、深雪が手紙を陣屋の主人に読んでもらう前に、岡山に帰ってしまう次郎左衛門こと八十次郎!!
そして、あの有名な、“熊沢次郎左衛門こと宮城八十次郎”の文の結びに、深雪の身が震えて雨の中めくらなのに掛け出して、
「川を、川を、渡して下さい。」と濁流に入ろうとするのを、陣屋から追い掛けて来た若衆に止められる。
東への下りはここで中止して、一旦は、実家のある福岡に急いで帰る深雪。両親に家出をわびて、
とにかく目の治療だと両親が名医にみせると、薄紙を剥がすように完治して目が見えるようになる深雪。
そして、あの一旦お断りした「熊沢次郎左衛門様」との縁談を再度進めて下さいとお願いする。
何を今更と云う両親に、かくかくしかじかと説明すると、両親も事の次第を知り岡山藩に、
あらゆるつてを使って、「娘を熊沢次郎左衛門様へ」と求婚すると、やっとこの恋が叶い二人は夫婦になるのでした。
ってな感じの恋愛物語なので、真面目にやると十五〜二十話の連続モノの講釈なのです。
だから、貞心先生も弟子の貞寿さんも、簡単に深雪と八十次郎の生立ちを紹介し、まずは、「蛍狩り」だけたっぷり。
そして、かなり急ぎ足でスレ違いになる道中を五分くらいで説明してから「大井川、川止」もたっぷり。
更に、この続きもやる気なので、パッピーエンドになるのよと、大団円までを簡単に説明して終わるのです。
私の記憶が正しければ、松鯉先生が連続で演じられます。ただ、お薦めじゃないです。
是非、松鯉先生から、この『朝顔日記』を松之丞さんに伝承して欲しいですね。どうなるか?それは聴いてみたい。
次回、貞寿の会は八月十八日土曜日です。四谷怪談以外の怪談の予定です。
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2018年06月18日
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