|
この季節にぴったりな“雪”という噺をピックアップしてみたら、ちょっと意外な噺も引っかかり、
今が旬の「雪の噺」をという事で、特集してみました。自身が聴いた事のある噺のデータの中から、
無作為に“雪”を検索ワードにして、タイトルの中に“雪”の字が入った噺を抽出してみる。
すると、確かに天から降る“雪”が登場する噺も数多くあるのだが、中には固有名詞の“雪”だったりします。
【古典落語の“雪”】
・開帳の雪隠
むらし家今松、古今亭志ん弥、林家正雀、柳家三三の四人で聴いている。
これは全く季節感の無い雪で、しかも、「雪隠」。江戸時代の公衆トイレが舞台の落とし噺、短くて意外と演者が多い。
・双蝶々「雪の子別れ」
林家正雀、柳家喬太郎、蜃気楼龍玉の三人で聴いていました。そのあらすじは…
三遊亭圓朝作と言われている作品、主人公長吉の生立ち 「小雀長吉」、父長兵衛と継母お光に育てられるが、狡賢く性根が曲がっている長吉。
ボテ振りの八百屋のオヤジが長兵衛が留守がちなのをいいことに、母親にはナメ切った態度で、賽銭泥棒や行商人の売物を盗んだりと悪事を覚える。
ある日、母親が思い余って叱ったのを逆恨みして、長兵衛に継母から「継子いじめを受けている」と嘘の告げ口をするが、大家の意見で、
お光は我が子のように長吉を育ているのに、長吉は性根が腐ったようなガキに育ってしまっていると、長兵衛は気付き、長吉を奉公に出す決意をする。
奉公中に出された長吉。うわべは真面目に働くふりをしているが、裏では悪い仲間とつるんで相変わらず盗みを働いている。
これを番頭の権九郎に知られて、掛取の銭、二百両を主人の寝間から盗めと命じられる。その銭を一旦は盗んでみるものの、
このまま、おめおめ番頭に取られるのは惜しいと、番頭を殺して、遠くに逃げる覚悟を決めるのだが、呟いた独り事を同僚の定吉に見られる。
切羽詰まった長吉は、その定吉に、口止め料だと首から下げる掛け型のお守を買ってやると騙して、手拭で寸法を測るふりをして絞め殺します「定吉殺し」
ここは、六代目圓生の絞め殺す仕草が有名ですね。圓丈師匠が、師匠直伝!とやったのを見たのと、多くの若手はこの殺し方しますね。
そうそう、村井長庵の『雨夜の裏田圃』で、松之丞さんが、出刃でお登勢を殺すのではなく、手拭で圓生風に絞め殺します。
龍玉さんの定吉を絞め殺す仕草は、迫力満点!!ピカイチです。この後、番頭の権九郎も、二百両を渡しと呼びだして匕首で刺し殺します「権九郎殺し」
この部分を雲助師匠は、芝居仕立てでやりますね。龍玉さんとリレーでやった時に、雲助師匠の芝居口調の「権九郎殺し」を観ました。
悪事を重ねた長期は、結局、奉公は続かずに、上州から奥州へと渡り歩いて、二百両を元手に一家を構えて親分と呼ばれる存在に。
関八州を盗みと博打で流れ歩き、表向きは福島で「魚屋」の看板を出していますが、魚なんて売り買いする訳も無く、凶状持ちのお尋ね者に。
一方、長兵衛夫婦は倅の悪事を知り、世間に顔向けが出来ないと逃げるように湯島大根畠の長屋を引き払って流転の日々を送る。
本所馬場町の裏長屋に越したころ、遂に長兵衛は腰が立たない病になってしまった。
内職だけでは病人を養っていけず、お光は内緒で袖乞いをして一文二文の銭を稼ぎ、なんとか食い繋いでいる。
浅草の観音様に全快祈願のお百度を踏むからと偽り、夜、隅田川縁の多田薬師石置き場で、袖を引く物乞いをしていた。
北風強くみぞれ混じりの中、たまたま奥州石巻から江戸の様子を伺いに出てきた長吉の袖を引き、二人はひさびさの対面を果す。
長吉は子供の時分、お光さんあんたに辛く当たったのも親父を取られたように思ったからで、今では申し訳無いと思っている。 と告げる。
長吉はお光に連れられ、腰の立たない父を見舞う。五十両の金を渡し元気で暮らすように言うが、長兵衛は悪事から手を洗えと言葉を重ねたが、
最後は長吉をゆるし、涙ながらに今生の別れを告げる。 奥州では百人からの子分がいて自分だけ足を洗う事は出来ないと言う。
追われる身である事を察した長兵衛はもらい物の羽織を渡し、江戸から無事出られるようにと願った。
雪の降る中、後ろ髪を引かれる思いで長屋を去った長吉は、吾妻橋を渡るところでついに追手に取り囲まれ、御用となる「雪の子別れ」
正雀師匠の稲荷町譲りの芝居仕立ての「雪の子別れ」は、是非、一度みておくと良いと思います。私はにぎわい座でみました。
国立で前座さんが雪を降らすのをドジふんで、正雀師匠が雪崩にあったみたいになったそうですが、私の時はプロが降らせたので良かったです。
この雪とか、桜吹雪とかいう舞台の演出は、本当にプロがやると、前座のやっつけ仕事とは違って実に、趣があります。
・雪とん
柳家小満ん、五街道雲助、入船亭扇辰のお三方で私は聴いていました。
志ん生の『雪とん』、圓生の『お祭佐七』と言われますが、全然、別の噺だと私は思います。
船宿に昔世話になった、田舎から出てきたお大尽の若旦那を泊めていた。なん日か江戸見物などしていたが、あるひ病で床に付いた。
船宿の女将が聞き出すとそれは”恋患い”だという。恋のお相手は本町二丁目の今小町、糸屋の娘”お糸”である。
名代の男嫌いの娘だから諦めろといったが聞き入れず「杯の一つでも酌み交わし、その杯を土産に持って帰りたい!!」という。
女将はお糸の女中に話をし、小判掴ませ、やり手婆にした。人の命には替えられないので・・・、と言う事で明日の晩、
四つ刻に“トントン”と合図させるので、裏木戸を開ける手はずが整った。
その晩大雪になっていた。江戸に不慣れな若旦那、何処が糸屋の裏木戸なのか?分からない。“トントン”しながら雪の中を彷徨う。
そのころ、年の頃二十五・六で役者に負けない色男が、吉原に遊びに行く所であった。
雪の為、足駄に雪が挟まり黒塀に近づいて、その溜まった雪を“トントン”と落とした。
これを合図だと思った女中に強引に連れ込まれてしまった。あまりにもいい男だったのでお糸さんも、ブルブルっと震えて男を泊めるた。
朝、彼は木戸から送り出された。一晩中雪の中を彷徨い歩いた若旦那、たまたまその様子を目撃してしまった。
後を付けていくと宿泊している船宿の女将と話をしていた。女将に聞くと、そしつはお祭佐七と言って、
江戸評判の男前で、奴が歩いていると街中の女が、糊やの婆から赤子まで、取り巻いてお祭のようだと言うので、お祭佐七と呼ばれているのだ。
「何ぃ!!お祭りだって、それでダシにされた」、がサゲ。
小満ん師匠と扇辰師匠は、入念にお糸と佐七の床での色っぽい描写が展開されます。それに対して雲助師匠は佐七がなんともかっこいい!!
若い扇辰師匠がやると、色っぽい場面が、ちょっと生々しく感じてしまいます。
・雪の瀬川
柳家小満ん、柳家さん喬のお二人で聴いていて、小満ん師匠は『松葉屋瀬川』で掛けてらっしゃいます。
下総古河の下総屋の若旦那の善次郎はたいそうな堅物で、暇があれば本ばかり読んでいる読書家です。
心配した大旦那の父親が少しは遊びでも覚えるようにと、日本橋横山町の店に預けた。
相変わらず部屋に閉じこもって本ばかり読んでいる善次郎を、番頭の久兵衛はなんとか浅草見物に連れ出す。
善次郎には見るもの聞くものが物珍しくてびっくりすると思いきや、書物から仕入れた知識とはいえ、
善次郎はいろんなことを知っていて久兵衛に話して聞かせる。
善次郎 「茅町は昔は茅葺の屋根が多かったが、人も増え火災の危険もあるので瓦葺の屋根に取り替えた。
昔を忘れないようにと町名だけは茅町を残した。瓦町は昔は屋根瓦を焼いていた。
人家も増えて火災の危険もあるので、今戸の方へ移転した。ここも町名はもとのまま残した。
閻魔堂の閻魔さまの首は仏師清左衛門の作で普段は複製品がつけられているが、
盆と正月に本物の首をつける。蔵前は昔は奥州街道桜の森といって寂しいところだった」なんて、
嘘か本当かはさておき、へたな講釈師、噺家よりもよっぽど面白くて、どっちが案内しているのか分からないほどだ。
蔵前八幡、黒船町、諏訪町、駒形堂、風雷神の雷門、仲見世を抜けて行く。善次郎の博覧強記ぶりはさらに続く、
善次郎 「伝法院前の石灯籠は浅野内匠頭が奉納したもので、もとは淡島堂のところにあった権現様にあった。
権現さまが紅葉山に移る時に、浅野家はお取り潰しになっていて引き取り手がないのでここに移されたんだ」と、
その蘊蓄は、まだまだ続く。
久兵衛は茶店で一休みしようというが、善次郎は茶代がもったいないから裏の接待の茶で我慢しろと言う倹約家ぶりだ。
久兵衛はここから吉原の仲之町の桜見物に行こうと誘うが、
善次郎 「あたしが『中へ行こう!』と言っても、『そのような所へは行ってはいけません!』
そう言って、止めるのが番頭!お前の役目だろ。お前みたいな番頭は店に置いとけないから暇を出す」と、
一喝される有り様だ。吉原で善次郎を遊ばせようなんてのは至難の芸というべきで、久兵衛のなせる技ではない。
手水に立った善次郎を待ちながら久兵衛がぼやいていると、向島からの帰りという両国に住む幇間の崋山が通り掛かる。
久兵衛が善次郎の堅物ぶりに手を焼いていると愚痴を溢すと、
崋山 「そういうことならあたしにおまかせなさい。”餅は餅屋でゲしょう”」と言う、
これは渡りに船で久兵衛は崋山に善次郎の遊び指南をに頼む。
崋山はもとは両国の薬問屋のせがれで、遊びが過ぎて勘当され、”幇間上げての末の幇間”という身の上なのだ。
幇間には似つかない風格、品格もあるので儒者という触れ込みで善次郎に会い来て、
花を活けながら学問の話などをしながら、色街の遊びの話などは一切せず、善次郎の信頼を得て行く。
しばらく経って頃、崋山は向両国の花の会に誘う。それからあちこちの花の会に行くうちに、
次は吉原の花の会と言って、柳橋から舟で山谷堀に入って、ついに善次郎は吉原の大門をくぐった。
崋山の手筈どおりに揚屋町の幇間の五蝶の家で花の会があることにして、
花を活けに来た松葉屋の「瀬川」という当代随一と呼び声の高い花魁に引き会わせる。
善次郎は瀬川を一目見て薬が強過ぎてしまい、すっかりのぼせ上ってしまう。
薬が利いて瀬川に夢中になった善次郎は、三か月の間に八百両という金をつぎ込んでしまい、勘当の身になってしまう。
江戸に縁者も友達もいない善次郎は行くところもなく、永代橋で身を投げてしまおうかと思っているところへ、
もと下総屋で働いていて今は屑屋の忠蔵に出会って、麻布谷町の忠蔵の家の世話になる。
だがそれでも、瀬川のことが忘れられずに忠蔵に瀬川への手紙を持たせて五蝶の家に届けさす。
瀬川は善次郎は死んでしまったとの噂を吹き込まれて、悲しさのあまり床についたままでいる。
善次郎からの手紙を見た瀬川は大喜びで、五蝶に雨の夜に吉原を抜けて善次郎の元に行くとの手紙を託す。
瀬川からの手紙を見た善次郎、それからというもの雨の日が待ちどおしくてしょうがないが、なかなか降って来ない。
やっと十二日目に降り出した雨は夜には雪に変わった。
夜中に一丁の駕籠が忠蔵の家の前にぴたりと止って中から現れたのは大小を差した侍姿だが、
合羽を取ると燃え立つような緋縮緬の長襦袢、頭巾を取るとなんとこれが、水もしたたる雪も溶けるいい女の瀬川だ。
二階から転がり落ちて来た善次郎と瀬川は手を取り合って久々の対面に泣いた。
二人の真情にほだされた忠蔵は横山町の店に番頭の久兵衛を訪ね、これまでのいきさつを話す。
すぐに久兵衛は古河の大旦那に善次郎と瀬川のことを知らせる。
心労で床に臥せっていた父親の大旦那は善次郎の勘当を解き、大金を送って松葉屋から瀬川を身請けさせ、
晴れて瀬川は善次郎と夫婦となった。
実に『明烏』から『たちきり』風の展開になって、最後はハッピーエンドという『雪の瀬川』。
さん喬師匠のは、小満ん師匠の二倍くらいの長さに感じる一席でねぇ。
山下達郎の「クリスマスイブ」は、この『雪の瀬川』のパクリだと、私は今でも確信しております。
なかなか、生で聴く機会はないと思いますが、六代目圓生の音源が残っているので、是非、聴いてみて下さい。
雑俳・雪てん
柳家小満ん、立川こはるのお二人で、『雑俳』を最後の「雪てん」まで聴いています。
熊さんがご隠居に“初雪”をお題に、「天に成りますか?」というやつですね。
サゲは、大イタチの句を熊さんが詠んで、イタチ=貂(テン)と天を掛けるという、ちょっと難しいおちです。
40代の談志師匠の十八番でした『雪てん』。立川流のお家芸ですね。
・橋場の雪
この噺は、柳家三三師匠でしか私は聞いておりません。『夢の酒』はよく聴く噺ですが、なぜか?『橋場の雪』はマイナーです。
冬の寒い昼下がり、ある商家の若旦那の徳三郎が炬燵でうたた寝をしていると、こっそりと幇間の一八が入って来る。
幇間の一八 「今日は向島の植半で吉原の瀬川と逢うお約束だったじゃありませんか」
すっかり忘れいた徳三郎は一八に瀬川花魁を引き留めておくように言い、女房のお花に気づかれないように家を出る。
瀬川のことを思っていてうっかり吾妻橋を渡りそこねて、橋場の渡しから舟で向島へ渡ろうとするが、
ちょうど渡し舟が出てしまった。仕方なく土手で待っていると曇り空から白い物が落ちて来たと思ったら、
たちまち本降りの雪になってしまった。雪は豊年の貢ぎと言うが、こんなに降らなくても、と、恨めしそうに空を見る徳三郎。
傘は持って来ず、下は草履履きで寒くてどうしたものかと困っていると、誰かが渋蛇の目の傘を差しかけてくれた。
見ると三十でこぼこの粋な年増女で、お湯の帰りのようだ。礼を言うと、
橋場の女 「急な雪でさぞかしお困りでございましょう。失礼ですが実はあなた様は三年前に死に別れた亭主に生き写しでございます、
是非、家へ来て雪の降り止むまでお茶など差し上げたいと存じます」と、徳三郎を誘う。
徳三郎が向島へ行くか、この色っぽい女の家に行くか迷っているところへ渡し舟が戻って来た。
ここは瀬川との約束優先と向島へ渡って、植半に行くが一八は来てなく、瀬川も吉原に帰ってしまったという。
帰ろうとするが早じまいしたのか船頭がいない。
吾妻橋まで歩くしかないかと思っていると、小僧の定吉が傘と雪駄を持って立っている。
定吉は親父が深川の船頭で、こんな渡し舟なら朝飯前でも漕げると言い、二人は対岸へ向かう。
定吉は若旦那が漕ぐと同じところをグルグル回ってしまうとか、こうもり傘が石垣の間に挟まってしまう!
なんて減らず口をたたきながらも、実に上手に漕いで行く。
定吉は目ざとく二階から手を振っている女を見つける。定吉に舟を向こう岸に戻して帰るように言い、
漕ぎ賃と口止め料、三円ふんだくられたが、徳三郎は喜んで女の家に迎い入れられた。
お茶のはずがお酒となって、雪は止むどころか激しくなって、”やらずの雪”になっちまった。
話もはずんで徳三郎すっかり飲み過ぎて酔ってしまう。隣の部屋に敷いてある布団に入ろうとすると床の間の短冊が目に入った。
何が書いてあるのかと見ると、「恋はせで身をのみこがす蛍こそ」、なるほど上手く詠むものだと感心して布団に入る。
すると唐紙がすーっと開いて、緋縮緬の長襦袢姿の女が横から入ってきて、
「あなたぁ、あなたぁ・・・」、・・・「あなた、あなた!」とお花に揺り起こされた。
徳三郎が天狗にさらわれるのは御免と、今見た夢の話をするとお花の目尻はキリキリと上がり、
ついには大声で泣く出す始末だ。
店にも届く夫婦喧嘩に呆れた大旦那が来て、お花の話を聞いて、そりゃぁお前が悪いに決まっとると徳三郎を責める。
可哀想なのは定吉で、
大旦那 「おい、なぜお前は余計なことをしたんだ、舟なんか漕ぎやがって」と、ぽかぽかとぶたれる始末。
やっとみんな夢の話と分かると、大旦那は”夫婦喧嘩は犬も食わない”とはよく言ったもんだと呆れて退散。
どっと疲れが出た徳三郎は定吉に肩を叩かせる。叩き賃と大旦那にぶたれ賃をせびる定吉に、
徳三郎 「さっき三円やったばかりだろ」と、知らばっくれか本気なのか、定吉にはとんと納得が行かない。
そのうちに定吉は肩を叩きながら居眠りを始めた。
すると何を思ったのか一緒に炬燵に入っていたお花が大旦那を呼びに行く。
お花 「若旦那がまた橋場の女のところへ行きます」
大旦那 「えっ、やっぱりそうか、夢にしちゃぁはっきりしてし過ぎていると思ってたんだ。もう勘弁しませよ」と、
すごい剣幕で座敷に来ると徳三郎は炬燵に入っている。
大旦那 「なんだ、定吉に肩叩かせているじゃないか」
お花 「いいえ、定吉がまた舟を漕いでいます」
この噺も、花魁は“瀬川”なんですが、花魁自身は登場せず、色っぽい年増の“橋場の女”が登場します。
こちらの『橋場の雪』は、明らかに冬の噺ですが、『夢の酒』は夕立での雨宿りが舞台だから夏なんでしょうね。
季節も真逆の二席ですが、私は、『橋場の雪』の方が好きです。
あとは、生で聴いてはいないけど知っている雪の噺は『山の雪』『雪の子守唄』『半分雪』ですかね。
もっと他にもあるような気がします。是非、教えて下さい。
【新作落語の“雪”】
・灼熱雪国商店街…三遊亭白鳥
・雪国たちきり …三遊亭白鳥
・ハワイの雪…柳家喬太郎、柳家三三
・除夜の雪…立川談春
この四席を新作の“雪”は聞いております。長くなったので、簡単に感想だけ書きますね。
『灼熱雪国商店街』は、地方の商店街がシャッター通りになって寂れる事を憂いた白鳥師匠らしい作品。
白鳥さんの地元・越後高田の商店街が、近所の上越市にできたショッピングモールのおかげて寂れてしまう。
そんな悲哀を噺の舞台にして、白鳥ワールドの日本海テーストがさく裂します。
『雪国たちきり』は、白鳥師匠の『たちきり線香』の改作です。舞台を越後にしただけで、
かなり大真面目な古典テーストの白鳥らくご。長く寄席サイズではないのでめったに聴けない作品です。
『ハワイの雪』説明するまでもなく、柳家喬太郎作の喬太郎エレジー満載の新作です。
老人の淡い初恋、ハワイに降る雪、不滅の名作だと思います。三三師匠も最近はたまにやります。
『除夜の雪』、桂米朝作の新作で、最近は色んな方がやっています。怪談のような冬の噺です。
個人的には、ツクけど、『除夜の雪』を掛けた後は、『堪忍袋』で中和して欲しいです。
あと、聴いた事はないのですが、古今亭駒治さんの『最後の雪』というのがあるそうで、これも聴いてみたい作品です。
【講釈の“雪”】
赤穂義士外傳 天野屋利兵衛「雪江の茶入れ」… 神田松鯉
赤穂義士銘々傳「間十次郎 向島、雪の別れ」 … 旭堂南青
赤穂義士本傳「南部坂雪の別れ」 … 一龍斎貞寿他
慶安太平記 「正雪の生い立ち」 … 神田松之丞
慶安太平記 「忠弥・正雪の立合い」 … 神田松之丞
慶安太平記 「正雪の最期」 … 神田松之丞
水戸黄門記 「松雪庵元起登場」 … 神田鯉栄
これは、抽出されたのでオマケです。忠臣蔵は討入が雪なので、“雪の別れ”を二席聴いていますが、
これ以外は、固有名詞ばかりで、恐縮です。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2019年01月24日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



