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過去に、一度だけ道中付けに関する記事を書いております。2016.05で、落語『黄金餅』の道中付け。
◇黄金餅の道中付けを考える
この時は、思い付きで横浜の道中付けを作ってみたりしたのですが、やっぱり「道中付け」と言えば講釈です。
落語で、この『黄金餅』以外に、私がパッと思い付いた道中付けは、『御神酒徳利』の大坂から江戸へと、
番頭の善六さんが帰る道中に、この道中付けがありますね。
京出ては、またも大津や草津に石部、あいの土山雨となり、鈴鹿を越えれば亀山宿、
ひいふうみっつ四日市、いつか桑名に舟こいで、赤坂御油は昼の月、
仲も吉田や白須賀新居、願いを掛川金谷の宿、びんのほつれの島田も過ぎて、
ここは名高き沼津の里、富士見しろさけ名物を、ひつとつめせめせかごにめせ、
箱根を越えれば小田原。大磯おり保土ヶ谷超えて、神奈川宿。新羽屋稲荷の霊験新かに、
川崎からの渡し舟。六郷土手から品川へ、やって来ました日本橋は馬喰町、おっかぁ!帰ったぜぇ。
七五調の科白を、独特の節回しで語るのが、この「道中付け」で、講釈師はその流派の、その師匠からの独自のリズムと節回しを受け継ぎ語ります。
ただ、一龍斎や神田は、まずやらないように思います。「道中付け」と言えば田辺か?宝井か?東海道や、中山道。時には奥の細道までも、「道中付け」で語ります。 現役だと、やっぱり、鶴遊先生と凌鶴先生でしょうか?師匠である一鶴先生の芸、「道中付け」を、一鶴リズムでやって下さいます。 一鶴先生と言えば、「東京五輪の入場行進」。これで人気に火が付いて、広くテレビ・ラジオ、そして映画に出るようになりました。 また、この「東京五輪入場行進」は、道中付けの手法を使っていて、田辺の講釈らしい調子で、一鶴先生の弟子たちに広く受け継がれおります。 道中付けには全く関係ない余談ですが、平井の圓蔵師匠が、前座時代の松之丞さんに初めて会った時に言ったそうですよ、 「お前は、何で講釈師なんかになった?落語家になれば、名人になれたかもしれんのに。だから、お前はあの前座より、出世の可能性が無い!! なぜなら、お前はどんなに売れたとしても、一鶴どまりだ!講釈師のMAXは一鶴だからなぁ!!」と。 さて、道中付けに話を戻します。 吉良を討った大石ら四十七士たちは、その後どのような行動をとったのでしょうか。吉良邸討ち入り後の彼らの足跡を追ってみましょう。 吉良を討った四十七士たちは当初決められていた通り、主君であった内匠頭の墓所がある泉岳寺に引き上げます。 当時、吉良邸は両国にありました。現在は公園と石碑が残るのみですが、この両国から泉岳寺までの道のりは、実に、道中付けにぴったりというか、道中付けの為にあるが如き、三里半の道のりです。 その道中付けの前に!所謂、講釈で言う「修羅場(ひらば)」の部分があります。パン!パン!会稽山に越王が、恥辱をそそぐ大石の、山と川との合言葉、末代めでたき武人の亀鑑!! 四十七士の名前を読み上げながら、討ち入って吉良の首を討ち取るまでの、経緯を、パンパンやりながら、名調子で聞かせる修羅場です。 表門の大石内蔵助隊と、裏門の大石主税隊が、同時に攻め込み、同時進行で、その活躍が読み上げられる。忠臣蔵のクライマックス中のクライマックス!! この後にですよ、吉良邸から泉岳寺までの道のりを、道中付けにすると、先の修羅場からの流れで、盛り上がること間違い無しなんですが、 多分、覚えるのが大変なのか?それとも、体力的にしんどいからか?まず、誰もやりません。四十七士の名前を読み上げるだけで、五分近い修羅場ですから無理も無い。 そこに、この二分弱ぐらいの道中付けが入れば、鬼に金棒のような義士伝になると思うのは私ダケなんでしょうやぁ!! 両国は、本所松坂町の吉良邸後に、四十七士の大行進。
内蔵助を先頭に、一糸乱れぬ隊列なして、主君が眠る泉岳寺、サクサク、サクサク進みゆく、
回向院の門前通り、あれに見ゆるは一之橋、
大川からの風受けて、ゆらゆら揺れる槍先には、吊るして運ぶ吉良の首、
浪士一行は一之橋を渡り切る!!、そこに見えるは御船蔵。
次に浪士を迎えしは、別名を元番所の橋と呼ばれてた!萬年橋。今じゃ立派な鉄のお橋に御座います。 萬年橋から清洲橋、清洲橋から永代橋。沿道集まる野次馬を、掻き分け掻き分け、浪士が通る。拍手喝采!雨あられ、リバーサイドを進みます!! 橋を過ぎにしキラキラと。川面に見ゆる日輪の。返す光は眩しくて、浪士は上野介思い出し、「憎くき吉良メ!吉良メ!」と口に出る。 永代過ぎて八丁堀。奉行所大戸はまだ閉じて、鉄砲洲稲荷がお出迎え。 そこに見えにしは、かつて主君がおわします、そう!浅野邸。思わず足が止まる隊列を、「前へ!前へ!」と叫ぶ声。
声の主は誰あらむ、老僕・堀部弥兵衛その人だ!弥兵衛の声で浪士たち、本願寺前に差し掛かる。 本願寺を後にして、夜泣き屋台が店仕舞い、そんな新橋越えて、日比谷神社と芝大門。芝大門から札の辻。三田に来ました御田八幡!! 高輪大木戸くぐり抜け、やって来ました泉岳寺。主君の墓前に、召し出されしは、憎くき憎くき吉良の首!! バカボン!!じゃなくて、おそまつ!! |
落語会
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今年一月三日に馬るこ師匠との会で『親子酒』を聴いて以来の宮治さん。
毎回、後輩の前座さんにタップリ時間を与えての前方をやらせる。この会で初めて見て、
現在も連雀亭やその他の会で観ている音助さん、鷹治さんなんて二つ目さんが居ます。
そして、そんな前方が、今回は遊之介のお弟子さんで女流の「遊七」さんでした。
さて、そんな宮治さんのにぎわい座・のげシャーレでの会!こんな内容でした。
1.オープニングトーク
水前寺清子の「365歩のマーチ」に乗って、演歌歌手のような金銀の刺繍入りの派手な着物で登場の宮治さん。
「なぜ、今日はこの衣装で、水前寺さんなのか?分かりますか?!」と、客席に向かって問いかける宮治さん。
派手な着物は、俳優養成所時代に、役作りで浅草伝法院通りの吊るしで買った衣装だと言う。物持ちがイイ!!
さて、水前寺清子の理由は、二女の保育園年長さんが、上野動物園に卒園遠足で行って“チータ”がお気に入りに。
そんなチータとチータを掛けた趣向ですと言うのだが…。娘は水前寺さんなんて知らないだろうに…
その後は、中野zeroの独演会。あそこは、小ホールと言っても五百のキャパなので、と、集客アピールに終始します。
国立の三百、本多劇場の四百はクリアーしている宮治さん、次は中野zeroの五百に挑戦です。
映画館での落語会があり、2年前の落語会スタートで呼ばれて、久しぶりに裏が返ったと喜んだ宮治さん。
映画「マスカレードホテル」と、映画「七人の会議」が上映されていたそうです。
その映画館に向かう途中、電車の中では、東野圭吾原作の方の小説「マスカレードホテル」を読みながらの移動。
映画館の最寄り駅に着く直前に読み終わっていたので、落語会の後、映画「マスカレードホテル」を見ようと決めて、
上映開始時間をチェックする宮治さん。すると、15時30分。落語会も15時30分に終わる予定。。。間に合わない。
気を取り直して、それならば、映画「七人の会議」はと、見てやれば、15時35分、これも厳しい。
確かに、映画の冒頭は10分程度のCMタイムだけど… そこまでして着物を速攻で着替えてまで見るのはと、諦める。
そして、そんな事前確認をしたマクラを映画館で振って、洒落でですよ。「マスカレードホテルの犯人を云います!!」
と、客席に向かって叫んでいたら、イオンモールの関係者が「止めて下さい!犯人は言わないで下さい!!」と、
青い顔して飛び込んで来たそうです。洒落の分からないイオン。流石、岡田克也の実家だ!と思いました。
更に、宮治さんがトリ根多の『片棒』で、三男の鉄三郎が登場したくらいの所で、一番前に居た女性三人組。
このうちの一人の御婦人がソワソワし出し、周囲に「ごめんなさい」のポーズを取りながら席を立とうとする。
まっすぐ後ろに行って、帰るなら我慢もするのだが、最前列の通路を通り、宮治さんの前を通って出ようとした。
宮治さん、トイレかな?と思いながら、弄ってやろうと、呼びかける「鉄三郎!ソワソワして何処へ行く、雪隠?憚りか?」
と、云うとその女性から思いもよらない答えが返って来た。「違います、『マスカレードホテル』を観に行きます。」
宮治さんの落語で、この女性の返しが一番受けたんだそうです。
(最初、宮治さん、怒りと興奮のあまり『片棒』を『七段目』と言ってました)
2.道具や/遊七
たぶん40代の女性前座さんです。遊かりさんよりは年上、風子さんと変わらないくらいの年齢だと思います。
旦那さんとお子さんが居て、前座になられたと、宮治さんが言っておりました。旦那さんが働いていて、
お子さんは小学生らしいので、そんな状態でお母さんが、前座になるなんて… 余程理解ある家庭なんでしょうね。
さて、落語の方ですが、与太郎も客もそれぞれ個性を見せて演じ分けていましたが、最後の訛りが強く、
短刀をみせろという頑固そうな老人は、何か変んな感じでした。そんなに酷くはないのですが…
3.風呂敷/宮治
当然の儀式で、まずは、遊七さんを弄る。先に申し上げた旦那様と小学生の子供が居ての楽屋入り。芸協内でも波紋が…
相変わらず、宮治節は健在で、最初は遊七さんだったのが、同じ女流でやや先輩の芸協のあるお方を全力で弄り始める宮治さん。
ここに書くと波紋が広がるので、書きません。そんな毒も宮治さんらしさだと思います。一之輔師匠とかぶりそうで被らない。
何だろう、ある意味、一之輔師匠よりきつい毒を吐いても、宮治さんだと許されるような所がありますよね。
さて、本編の『風呂敷』。私は、このよこはま宮治展でネタ卸しを2014年に聞いていました。
5年間の熟成を経て、かなり落語へと進化していました。前回はコントっぽくてドタバタ感が強かった。
それでも志ん生のくすぐりをまんま入れていましたが、今回は「女三界」「李下に冠」「瓜田に靴」の三本でした。
そして、前回どうしたか覚えていませんが、風呂敷を持って自宅を出る兄貴!風呂敷を自分で探して持って出ますし、
女房がこれに絡むような展開は一切はりません。また、サゲを変えていました。ブラックジョークなサゲに。
兄貴分に風呂敷を掛けられる酔っ払った熊五郎、新さんが押し入れに隠れていたのを、実は知っている設定。
最後に、ベロベロだった熊公が、素になって、「兄いのおかげで、新公を殺さずに済んだぜぇ」と啖呵を切るサゲです。
宮治さんのヘラヘラした顔が、一瞬、真顔になり、低く鋭い声で下半身から響くように言う科白がたまりません。
4.宿屋の仇討/宮治
これまた2014年に聞いていました。ただし、宮治さんの会ではなく、三三師匠のにぎわい座の会のゲストで。
この日は、結構押していて、超早口でまくし立てる宮治さん。神奈川の宿が「武蔵屋」で、小田原の夜先の五月蠅い宿は「相模屋」。
そして川越藩士は「石坂大右衛門」でした。前回は何だったか?記録が残っておりません。
この日はちょっと時間を気にして急ぎ過ぎでしたね。もう少し、ゆっくり余裕を持ってやれる時に観たかったです。
5.夢八/宮治
枝雀さんのYOUTUBEの動画を見て、落語家になろうと思った宮治さん。それだけに外せない根多なんでしょうね『夢八』。
登場人物は、大家の甚兵衛さん、夢八こと八五郎、長屋の女性・お綱さん、そして化け猫に乗り移られた首吊男の四人。
初手は、甚兵衛さんと八公の会話から始まり、八公が夢に悩まされて仕事どころではないと愚痴をこぼします。
また、この夢の内容がいいですよね。夢の中で夢を見て、無限に夢がループする。だから起きる時は大変だと言う。
このロシアのマトリョーシカ人形みたいな夢の話が、枝雀さんは、実に夢の世界が見えるようなホンワカした語りでした。
それと比べると、やっぱり目先の笑いになりがちですが、宮治さんは意外と、このホンワカの感じになっておりました。
そして、半分騙されて大家の甚兵衛さんに、弐円と弁当付きで「一晩、釣り(吊り)の番」を頼まれる八五郎です。
この後、弁当作りと警察の立会を任されていた、“吊り”の隣に住むお綱さんが、半狂乱になり甚兵衛さんに苦情を云う。
このお綱さんの苦情は、ストレートな笑いの場面です。宮治さんは、井戸端会議の仲間の長屋の女性陣が、
「首吊が出た!」と、知ると蜘蛛の子を散らしたように長屋を離れて、実家や友人の家に逃げ出してしまいます。
完全に、独りぼっちにされたお綱さんの愚痴が、甚兵衛さんに向けて爆発します。
最後に、薪ザッポを持たされて、“吊り”の現場に案内される八公。上方では薪ザッポとは言わず“割り木”です。
この響きの違い、何とも、この噺を江戸で、小南師匠のように上方弁ではなく演じる人の『夢八』はちょっと違和感を覚えます。
ここで、眠気醒ましに伊勢音頭を唄うのが、普通で、サゲもそれに掛けて、伊勢参りに行く夢を見ている!!になりますが、
宮治さんは、一捻りしていて、伊勢音頭ではなく、東京音頭でやり、伊勢参りではなく、神宮に野球を観にいっている!!です。
そうそう、小南師匠からの人はそうなのか?握り飯だけで、煮しめが出ない『夢八』でした、宮治さんのは。
あと、化け猫が登場してからは、結構、あっさりサゲに向かいます。私はこのパターンの方が好き。
宮治さんの『夢八』。二十分ちょうどくらいで、コンパクトで面白かったです。
さて、次回、よこはま宮治展は、八月二十六日(月)です。
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昨年、玉川太福さんの会に来て以来のア・クールジョアです。石神シェフの美味しい料理と銀冶さんの講談のコラボです。
夕方5時スタートで、フランス料理の打上が18時半には始まるので、それまでの時間を町屋と荒川車庫で調整しました。
町屋は、浜作さんでもんじゃ&鉄板焼をしてすごし、荒川車庫では行ってみたかった「アッシュカフェ」でお茶しました。
私の友人は、「アッシュカフェ」でチーズケーキとか食べるもんだから、石神シェフのデザートが完食できないという事態に…
「アッシュカフェ」
このように、廃工場だったスペースを利用して、フロントエンジンのトラックがキッチンになっています。
私たちが訪問した日は、子供のお料理教室が開催されていて、一般客は二階席でお茶していました。
お菓子作りの教室や、お料理教室が開かれていて、結構、活気があるカフェでした。
また、尖鋭的なこんなアート作品も展示と販売がなされているようなのですが、こちらは私の趣味にはちょっと…
なかなかいい値段するんですよね。この舌出している野球のボールが三万四千円!!
ザクロみたいなバスケットボールは、十九万円!!一番気味が悪い口が九万円!!という値段設定でした。
そんなアッシュカフェから徒歩1分も掛からない位置にあるア・クールジョアでの
石神シェフの素敵な料理と、銀冶さんの素敵な講談のコラボした会、こんな内容でした。
・青龍刀権次より「三悪党の出逢い」
・新作講談「横浜メリー」
1.三悪党の出逢い
この日は、My釈台持参の銀冶さん。一鶴一門らしい『鶴』と書かれた赤い釈台でした。
今日のア・クールジョアにちなんだ短い道中付けを、田辺らしい口調で語り始める銀冶さん。
この日の20名のお客様は、全員1回は講釈を聴いた事があるお客様ばかりだったので、
最初の説明が全く必要なくて、すぐに本題へと入りました。
『青龍刀権次』から爆裂お玉が登場する場面です。色男の吉次が酔い醒ましに寝ている部屋へ、
芸者のなりでお玉が現れ、寝ている吉次のポケットから金時計をスリ取って逃げようとする。
ところが、吉次は起きていて、二人の間で悶着が始まる。更に揉めている二人の間を割って現れるのが、
青龍刀権次で、この三人の出逢いの場面となります。
ここから鷲津伯爵家に、お玉を行方不明の娘だと偽って潜り込ませて、
鷲津家の莫大な財産を狙おうと企む、権次一味の悪巧みが始まる発端なのですが、
お玉は、さながら峰不二子のような存在で、吉次が次元、青龍刀権次はルパン三世のような存在です。
2.横浜メリー
2017年の根多卸しから毎年聴いている銀冶さんの「横浜メリー」。どんどん、メリー自身が耽美になって行きます。
セピア色した映像が見えるような銀冶さん独特の調子で、メリーがUS上級将校のパワーと出逢い愛を育みます。
そしてやがて二人に別れが訪れますが、それでもメリーは29歳のまま40年の歳月が流れ、横浜福富町に生き続けるのです。
実に、横浜の匂い漂う講釈です。皆さんも、是非、銀冶さんの「横浜メリー」をどうぞ。
3.石神シェフのお料理
オードブル、スープ、鶏のメイン、そして苺のムースのデザートでした。大満足
次回は、6月30日・日曜日、昼の部と夜の部で桂宮治独演会です。
P.S.
大変酔い気分で帰路に着いたのですが、荒川線で荒川車庫前から町屋へと向かう途中。
熊野前、200mくらいの信号で、酔っ払った感じの男性が赤信号で横断し電車に敷かれました。
連れの男性と二人組だったのですが、敷かれた男性はピクリとも動けない状態でした。
この敷いた電車に乗っていたのなら、まだ、諦めが付くのですが、私は反対方向の電車に乗っていたのに、
路面電車は動かなくなり、動く見込みは分かりませんと車掌さん兼運転手が言うので、電車を降りました。
そこから熊野前の舎人ライナーの駅へ移動して、生れて初めて舎人ライナーに乗り西日暮里へ。
西日暮里から千代田線に乗り、家路に着いたのですが、あの男性の安否は?????
翌日のニュースも調べたけど、荒川線人身事故で20時40分頃止まるしか確認できず。
p.s.のp.s. https://sp.fnn.jp/posts/00412272CX ご愁傷様です。私より若い方だとは思いませんでした。重ね重ね、ご愁傷様です。 |
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今回は『愛宕山』。菖蒲園さんの記事にかなりインスパイアされて、そうだ!春だ!愛宕山!と、思い付きました。
半分ぐらいは、2月から4月に掛かっていますが、必ずしも「蓮華、タンポポの花盛り!!」とは関係ない季節でした。
と、申しますのも、この噺は、めでたい節目に掛かる噺のようで、披露目やホールの杮落しなどで聴いています。
では、まずは、私が過去十年、誰の『愛宕山』を聴いたか?調べてみたました。16人の演者で19回でした。
2009年 5人5回
立川生志 02
春風亭小朝 02
林家たい平 09
柳家花緑 10
桂吉弥 12
2010年 3人3回
立川談春 03
古今亭菊之丞 05
立川志らく 06
2011年 1人1回
春風亭昇太 11
2012年
なし
2013年 2人2回
柳家小満ん 04
三笑亭夢花 06
2014年 3人3回
桂吉坊 04
三遊亭兼好 04
三遊亭王楽 11
2015年 1人1回
春風亭正太郎 04
2016年 1人1回
春風亭正太郎 04
2017年 3人3回
春風亭正太郎 03
柳家小満ん 05
柳家甚語楼 10
2018年
なし
面白いのは、かなり体力を使うネタなので、同じ演者で1年に二回なかなか聴けない噺みたいですね。
また、この噺に限った、もしかすると私独自の感覚なのかもしれませんが、大きい会場の方が似合います。
最低でも500人くらいの箱で聴いた方が、迫力が伝わる気がします。勿論、その会場に耐えるだけの技量も必要です。
この事は、2010年3月、談春さんが、新宿厚生年金会館取り壊しfinal公演で詳しく説明されて、神護寺でかわらけ投げをやる談春師の映像が、スライドショーで紹介されました。 一方、江戸でかわらけ投げと言えば、講釈の『祐天吉松』にも登場する花見の名所・飛鳥山が有名です。ただ、勿論現在は有りません。 江戸時代は、ヤクザがみかじめを取って、幼いガキたちが、かわらけを売り歩いた様子が、『祐天吉松』には登場します。 さて、話を落語『愛宕山』に話を戻します。この噺は、志ん朝師匠が演じる様を談志師匠が観て、嫉妬を滲ませながら、 自身のニンには無く、志ん朝がやるに相応しいネタだと言わせたように、底抜けに陽で、笑いに貪欲。そして粋でなければ、この噺になりません。 つまり、旦那が一八を虐めていると、客が感じてはならないのです。そう言う点においては、志ん朝師匠のはベストマッチ!完璧でした。 さて、この噺の前半の見せ所は、レンゲ・タンポポの花盛りの田圃路を、芸者・幇間を連れたお大尽の行列が、愛宕山を目指します。 上方では、まずこの道中でハメモノが入り実に賑やかに始まりますが、江戸の咄家は、殆どこの部分は演じません。実にもったいない。 誰か、保津峡から嵯峨野の峠を越えて、愛宕山の登山口までの道中付けを作って語るような咄家は現れないものか?そんな事を思う導入部です。 次に、愛宕山登山口に到着すると、昨夜の元気と能書きは何処へ?と、思うぐらいに、幇間の一八は愛宕山を登るテンションが無い。 無理矢理旦那の脅しに負けてシンガリから登る一八。そんな一八がお目付役の繁蔵のススメで、景気付けに唄うのが、上方は「梅にも春』。 これは、鈴鹿の峠超えの人足は、馬・駕籠だけでなく、一対一の尻を押す人足まで居て、この唄で景気を付けて峠を越えたと言う。 対して、江戸の落語『愛宕山』は、コチャエを唄いますよね。志ん朝師匠も、もちろんこの唄です。 別に、コチャエに拘る必要は無いと私は思います。疲れが紛れる楽しい歌なら、何でも良いが、工夫を聴かせる現代の咄家は居ない。 後半は、かわらけの代わりにお大尽が投げた小判を、一八が拾いに谷底へと茶屋の傘を落下傘にして決死隊で飛び降りる。 また、この噺は谷底から一八が戻って来る手段もマンガチックで、自身の着物を裂いて縄を捻り、それを竹に引っかかって、西洋の武器・青天の霹靂みたいなぁ!!やり方で一八は生還します。 ここでの笑いが頂点ににならないと、この噺をやる甲斐がありません。できている咄家は、意外と少ないと思います。 そんな落語『愛宕山』。私は、二つ目だったか、真打になっていたか?忘れましたが、小朝さんの『愛宕山』を観て、志ん朝に負けない!!と、確信したのを覚えています。 ところが、この2009年の五反田もですが、2008年に久しぶりに、小朝師匠の『愛宕山』を中野で聴いています。 期待し過ぎたか?20年以上前だし、また、この日が特別、出来が悪かったのか?と、思いつつ、カス!糞のような、小朝の『愛宕山』を聞きました。 で、明けて2009年ですよ、五反田でもう一度聞く機会があったんですが、まーあー酷かった。笑いが来ない事に、何の躊躇もなく、淡々と進行するんですよね。 そんな事を踏まえて、まず、古今亭菊之丞師匠から。基本ニンではなく、線の細い師匠が、笑いに貪欲になると、ろくな出来になりません。 あと、あえて呼び捨てにしますが、披露目とは言え王楽ごときが、やりますか?!ニンにあるとか、無いとか、言う以前の問題で、やりました?!って歴史欲しさ? これは、本当に聴かされた側の迷惑を考えて欲しかった。黒門町みたいな『愛宕山』を、お前さんには期待しないけど、やるからには、何んか?爪痕だけでも残せ!と思いました。 当時、坊ちゃん5をやって何年か経つから、どんな『愛宕山』をやるのか?見てやろうと、なまじ思ったから、裏切りが半端なくてね、ガッかりしました。 そんな暗い悲観ばっかり言っても始まらないからですが、最近、聴いている正太郎さんの『愛宕山』は、可能性を感じます。 まだまだ、荒削りですが、笑いを取る意気込みと、志ん朝師匠の『愛宕山』と、数少ない同じ方向性を感じます。 最後に、上方落語の『愛宕山』は、江戸の志ん朝に負けないくらい吉朝さんの『愛宕山』は、楽しく痛快で、無双でした。 弟子の吉弥、吉坊でも聴いてはおりますが、あの吉朝の底抜けに楽しく粋で、カッコイイ『愛宕山』には、まだ遠いと感じました。 |
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『百年目』に続いて、やはり春の噺を紹介しようと思いました。しかも、『長屋の花見』『花見の仇討』以外を。
そして、春に掛かる噺を探っていると、『おせつ徳三郎』に巡り逢いました。ちょっと、マイナーな噺ですけどね。
私は好きな噺です。じゃぁ、どのくらい聴いているのか?調べてびっくりしました。年に1回平均なんです。
10年で11回ですよ。しかも、演者の数は7人。わん丈さんがやるのは知っていますが、若い二つ目があんまりやらない根多。
2009 2人3回
柳家喬太郎
立川志らく×2
2010 2人2回
立川志の輔(花見小僧のみ)
柳家喬太郎(刀屋のみ)
2011
なし
2012
なし
2013 1人1回
柳家小満ん(花見小僧のみ)
2014 1人1回
柳家喬太郎
2015 1人1回
立川志らく
2016 1人1回
柳家三三(花見小僧のみ)
2017 1人1回
五街道雲助
2018 1人1回
隅田川馬石
この噺は、幕末に売れた初代春風亭柳枝の作で、人情噺として仲間に広まります。
明治の速記が非常に多く残っている作品で、それからも、柳枝の活躍、そしてこの噺の人気が伺える。
構成として前半は、定吉(or長松)に、主人が娘(おせつ)と徳三郎の関係を聞き出そうとする『花見小僧』。
そして、二人の関係を親旦那が知って、徳三郎には暇が出され、叔父の家に居候となった徳三郎。
そんな徳三郎の耳に、おせつが婿を取るという話が飛び込み、怒りに任せた徳三郎が、思慮を喪い刀屋へと掛け込む。
おせつと婿を殺して、自分も死んでやる!!そんな思いの徳三郎だが、刀屋のおやじに諭されて、斬り殺すのはお思い留まる。
そんな刀屋に、若衆を連れた香具師の親分がやって来る。そして、婚礼の当日、おせつが突然逃げ出したと聞く。
いてもたっても居られない徳三郎は、おせつを求めてお店の方へと、刀屋を走り去る。偶然、二人は再会するのだが…
サゲは、『鰍沢』と同じで、手に手を取った二人は、この世で添われずば、あの世でと、材木問屋に近い橋から、
川へと二人して飛び込むのだが、お材木の筏が下に在って助かるのでした。この後半が所謂、『刀屋』。
この『おせつ徳三郎』は、『花見小僧』の部分を、あの「鼻の円遊」が『墨田の馴初め』に改作して、
くすぐりをふんだんに入れて、楽屋オチも含めた爆笑ネタにしたのだが、この円遊の流れの皆さんは、
この噺をあまりやっていると、聴いた事が私はありません。
私が聴いた中だと、間違いなく、その「鼻の円遊」テイストで『花見小僧』をやるのは志らくさんです。
志らく師匠の『花見小僧』は、実に傑作です。定吉を攻める親旦那の、灸を持っての「足だせ!」の科白がマゾヒスティック!!
定吉のノラリくらりと誤魔化す語りも、志らく師匠ならでわで、ふんだんにクスグリも入ります。
親旦那に「なぜ、お前は見てなかったんだ?徳とおせつを!!」と、怒鳴られての言い訳がいちいち、楽屋オチのくすぐり。
定吉が、「婆やが、言うんです。“庭に毛氈敷いて、こん平師匠が『芝濱』やってるよ!!”」とか、
「船着場の小川で、川柳川柳師匠と鈴々舎馬風師匠がシンクロナイズドスイミングしてるよ!!」とか、言います。
また、灸で脅して訊く側だった親旦那が、徐々に定吉に主導権を奪われて、長命寺の桜餅のくだりあたりで完全に逆転する。
この本来の古典的な笑いのパターンは生かしつつ、志らく師匠独自の笑いを絶妙にブッ込んでくれます。
この『花見小僧』の部分は、親旦那が娘を思う親心がポイントで、その娘を思うあまりに行き過ぎて定吉を問い詰める。
ここが如何に落語的に表現できるか?なんだと思います。親バカちゃんりんの部分を、定吉が逆手に取って、
先に申したような、長命寺の桜餅の部分になるのだと思います。
だから、やっぱり娘を持つ咄家で、娘愛の強い咄家さんは、上手い気がします。先代馬生、志らくはまさにそうです。
一方、後半の『刀屋』。柏木の圓生は、この『刀屋』だけやっていた。たぶん志ん生もですね。また、目白の師匠も通しでもやるが、殆どの場合『刀屋』だけだった。
その流れで馬面の圓楽さんも、志ん朝師匠も、同じく『刀屋』だけをやっていました。
ところが、最近は、『花見小僧』だけって咄家と、上下に分けて演じるが通しで聞かせる咄家が増えていると思います。
さて『おせつ徳三郎』の後半の『刀屋』。ポイントは、刀屋のオヤジのキャラクターです。
徳三郎に対して、主従の一線を超えたお前が悪い!と、かなり凛とした態度で意見するキャラクターと、
老獪な好々爺で、徳三郎の気持ちを懐柔するような会話で、心を開かせて思い留まらせるキャラクターがあると思います。
どちらが正しいはないとおもいますが、どちらを選ぶか?は演者の個性だと思います。
凛とした方が刀屋という職業にもしっくりは来るし、昔の演者はこのタイプが多かったように思いますが、
最近の刀屋は、好々爺も半分くらい居るようにも思いますね。
尚、志らく師匠は『刀屋』のラストを、映画「卒業」のように変えて演じます。
ラストシーンは花嫁衣装のおせつの手を取って、徳三郎が渡し船に乗せるシーンで終わり、
二人に笑顔はなく、キャサリン・ロスとダスティン・ホフマンのように、海原の夕日に向かって船は進んで行く。
「お材木で助かる」よりは、ドラマっチックな最後が用意されております。 |



