|
ゲヴァントハウス管弦楽団の次はライプツィヒ歌劇場で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を
観た。新演出上演であり劇場の50周年を祝うシーズンの開幕公演だ。
ヨッヘン・ビガンツォーリの演出は時代設定は現代になっていると思われる。第一幕、本来は教会
の場面だが緑を基調にした壁の集会所のような空間で市民が合唱しているところから始まる。本来
礼拝である集会が終わりダーヴィットがヴァルターにマイスタージンガーの何たるかを説く場面では
プロジェクターが用いられる。ヴァルターの歌の試験が始まると正方形のセルの集合でできている
緑の壁の、セル一枚ずつがひっくり返り「開始!」「迷いだ!」「これこそマイスターの歌」などの
メッセージや靴のイラスト、数字などが現れる。ここにヴァルターの歌への反感が込められているの
だろう。
第二幕はこれもまた不思議な空間で、7つほどの机が並べられ、そこでそれぞれ作業をしている
ひとがいる。ザックスはその中の一つの机で靴を作っている。ザックスとエヴァの二人の場面、
ここは非常に仲睦まじい二人の姿が描かれる。ヴァルターが現れる。彼は昼に彼に失格の判定を
したマイスタージンガーたちに捕えられ刺されてしまう。これはおそらく暗示であろう。恋人に
セレナーデを歌ったことをきっかけに勃発する街の乱闘はなく、パジャマ姿のマイスタージンガー
や住人が枕を持って踊るといった具合。
第三幕、乱闘で壁がくずれ鉄筋がむき出しになった空間でザックスが何足もの靴を抱えて呆然と
している。「迷いだ、迷いだ」と憂う彼はウォッカのボトルのようなものを離さない。眠りから
覚めて現れたヴァルターにコーヒーを飲ませているあいだにも、ボトルを離さない。ヴァルター
の素晴らしい歌が完成しその洗礼式の際にも。ザックスはアル中という設定のようだ。洗礼式を
始めるとき、ザックスはグイっとボトルからウォッカを飲み、堰を切ったように泣き出してしまう。
洗礼式が終わるとザックスを残して一同は歌合戦に向かい、家のセットは舞台脇に捌けてしまう。
一面に煙が立ちこめ、エヴァがそこに置いていってしまった靴を抱き締め「エヴァ!」と力の
限りに叫ぶ。エヴァが靴を置いていってしまったところに、ザックスはもはやエヴァの視線の中
にいなくなってしまったのだということが暗示されているのだろう。
ザックスは舞台の全面に倒れている。何者かに立たされ、ザックスはカラフルな旗やハーケン
クロイツの旗を巻き付けられさらしものにされる。ザックスは完全に魂が抜けてしまいどこか
別のところから眺めているようだ。舞台に「ハンス・ザックス著“我が生涯”出版」の看板と
机が現れ、ザックスのサイン会が始まる。サイン会が終わるとザックスは倒れ込んでしまい
いつの間にか歌合戦の舞台が設置される。ザックスは倒れたままだ。ザックスは民衆の合唱の
「目覚めよ!」の一言でまさに目を覚まし、ようやく我に帰る。エヴァを取られてしまった
ザックスは本当に辛い。自らヴァルターを引っ張り出したけれど、ヴァルターの握手に応える
ことができず、彼の歌にうなだれて聴き入っている。その辛さをこらえながら、ヴァルターに
マイスターたちを軽蔑しないでほしいと訴えるザックス。最後は満身創痍の状態で訴える
ザックス。しかし「だからドイツのマイスターを敬って下さい」「そうすれば気高い精神が
保たれるのです」との訴えは、民衆の嘲笑によって掻き消されてしまう。それでも必死で
訴えるザックス「神聖ローマ帝国が塵のように消え去っても、ドイツの崇高な芸術は残る
ことでしょう」と最後の一言を振り絞るとそこに倒れ込み、空虚に響く「ザックス万歳」の
声と共にタンカで運ばれてしまう。傍らには涙するベックメッサーが、その手を握りしめて
いる。民衆はニュルンベルクの街の白い模型を取り囲み、それを食べてしまう。
この演出は古き良きドイツをザックスその人に投影しているようだった。ザックスは自分の
決心にいまだ揺れていて、どうしたらいいのか彷徨っている。そのザックスが、アル中になって
いて、民衆に嘲笑されある意味で馬鹿にされてしまう。このような舞台にすることがいいのか
悪いのかというとやはり好みの問題でそれをやりたいのならもう少しやりようはあるだとうと
思ってしまうのだが、もしかすると古き良き価値観が軽んじられている現代社会を映し出すこと
で警鐘を鳴らしているということなのかなと思ったりもした。
今回この公演を選んだのはもちろんヴォルフガング・ブレンデルのハンス・ザックスを聴くため。
ブレンデルは今年カッセルでも新演出上演のマイスタージンガーでザックスを歌い、ピエロに
なっている。それに続く新演出上演でのザックスだが、まあ役作りも大変だっただろう。しかし
流石にこの役も17年になり変幻自在といったところだ。ますます深みを増した美声は豊に響き、
堂々とした歌唱を聴かせてくれた。この演出での複雑な様々な心理状態を演じ分けたところも
見事だった。
エヴァを歌ったのはアメリカの若手メーガン・ミラー。チャーミングなエヴァといった役作りで、
若々しい歌唱に好感が持てた。豊かな響きを持つスケールの大きな歌手という印象ではないが
丁寧な歌唱なのがとて良い。恋人ヴァルターはこの劇場のアンサンブル歌手であるステファン・
ヴィンケ。声は悪くないが発声を含め全体的に荒いという印象は否めない。高音などは力任せに
なってしまう傾向にあり、美しい歌唱には遠いものになってしまったのが残念だ。ビッグネームが
出て来たのはベックメッサー。ディートリヒ・ヘンシェルの端正な歌唱はこの誇り高い市の書記官
にはぴったりだ。誇り高く、しかし空回りして笑い者になってしまう滑稽さを巧みに演じていた。
このような上演だったが、ライプツィヒの聴衆には概ね好意を持って受け入れられていたようだ。
この不思議な演出にもブーはなく、カーテンコールはとてもにぎやかに長々と続いていた。
ライプツィヒ歌劇場
終演後のレセプションにて、ヴォルフガング・ブレンデルと。
たくさんの人に囲まれサインに応じるブレンデル。
<ライプツィヒ歌劇場 ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」>
ハンス・ザックス:ヴォルフガング・ブレンデル
ファイト・ポーグナー:ジェイムズ・メーレンホーフ
クンツ・フォーゲルゲザンク:マルティン・ペッツォルト
コンラート・ナハティガル:ユルゲン・クルト
ジクストゥス・ベックメッサー:ディートリヒ・ヘンシェル
フリッツ・コートナー:トゥオマス・プルシオ
バルタザール・ツォルン:ティモッシー・ファッロン
ウルリヒ・アイスリンガー:カイト・ボルト
アウグスティン・モーザー:トマッソ・ランダッツォ
ヘルマン・オルテル:トーマス・メーヴェス
ハンス・シュヴァルツ:ゾルタン・ナジ
ハンス・フォルツ:ミクロシュ・セベスティエン
ヴァルター・フォン・シュトルツィング:シュテファン・ヴィンケ
ダーヴィット:ダン・カールシュトレーム
エヴァ:メーガン・ミラー
マッダレーネ:カリン・ロヴェリウス
夜警:ローマン・アスタクホフ
合唱:ライプツィヒ歌劇場合唱団
管弦楽:ゲヴァントハウス管弦楽団
指揮:アレックス・コバー
演出:ヨッヘン・ビガンツォーリ
2010年10月9日 ライプツィヒ歌劇場
|
全体表示
[ リスト ]



