La vita e bella

前のことを、たらり・たらりと書いています。ニューイヤー・コンサートのことすら書いていなかったこの怠慢さ…。

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飯守泰次郎、壊れる。





そのくらい、ノっていた、飯守泰次郎。このコンサートでは「2人のシュトラウス」と題して
ヨハン・シュトラウス2世とリヒャルト・シュトラウスの名作を取り上げられた。金管の音に
ウィーンの甘さはないけれど、踊るような飯守泰次郎の指揮に応え、ほろ酔いのような微妙な
ニュアンスはなかなかのもの。





各曲のあいだに飯守泰次郎によるトークがあり、様々な楽曲の構造、作曲家や曲にまつわる
エピソードを語ってくれる。マエストロの大真面目な面と、飾らない気さくな人柄がにじみ
出るような楽しいトークを聴かせてくれた。





前半5曲目の「雷鳴と稲妻」では稲妻を表すシンバルと雷鳴を表すバスドラムとティンパニ
を個別に紹介、シンバルで稲妻が光り、雷が鳴る。ベートーヴェンも同じようなことを(田園
で)やっているんですよとの説明。ただし、ベートーヴェンは雷鳴が先になってしまい「こっち
が正しいです」。





飯守泰次郎が「壊れた」のはこの曲。中間部に入ると指揮をしながら天井をキョロキョロ。
なるほど、雨が降ってきたのだな。すると頭を押さえたり肩をすくめたり両手で両腕や体の雨
を拭ったり、燕尾服の襟の部分を頭に被せてみたり。客席からは笑いが起きる。さらにさらに、
指揮台からピョンと飛び降り、まさか、譜面台(暗譜なのに置かれていたのでなおさら)の下に
隠れて「雨宿り」か!?と思いきやなんと譜面台の足下から緑の折り畳み傘!客席は大爆笑。





そのまま折り畳み傘を開き、それで指揮。ハエタタキで「くまんばちの飛行」を指揮したひとは
いたけれど、こっちは傘。伸ばした最後の音を豪快に切ったところで傘は見事に「おちょこ」に。
完全に、役者になった飯守泰次郎。ひときわ大きな拍手を受けたのだった。





後半は大真面目にリヒャルト・シュトラウスの「ティル」と「7つのヴェールの踊り」。これは
悪戯なティルの軽さと悪さ、サロメの官能的な世界をたっぷりと聴かせてくれた。マエストロ飯守
の「多才ぶり」が発揮された楽しいコンサートだった。







<東京フィルハーモニー交響楽団 第46回午後のコンサート「2人のシュトラウス」>


ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
             皇帝円舞曲
             アンネン・ポルカ
             ピッツィカート・ポルカ
             ポルカ「雷鳴と稲妻」
             ワルツ「美しく青きドナウ」
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
             歌劇「サロメ」から「7つのヴェールの踊り」



管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団



指揮:飯守泰次郎





2010年10月31日 東京オペラシティ
「アーノンクール最後の来日」となった今回のツアー、「ロ短調ミサ」と「天地創造」をそれぞれ
二公演ずつ行なうあたりに主催者の意気込みが感じられたが意外や意外、台風で予定していた外出を
控えた人が多かったにしても入りが悪かったのが残念でならない。そこのところ「高く設定し過ぎ
てるんじゃないですかね」という声も聞こえたがきっと前日・金曜日の公演はもっといい入りだった
のだろう(と思いたい)。





ピリオド奏法で演奏しつつ、その中でこの曲のドラマを再現しようという意図が非常にハッキリと
解る演奏だった。しっかりと誇張されたアクセント、各部のクライマックスにおける盛り上げ方、
この作品をオラトリオの枠に留めずドラマ性が感じられる生命力に溢れた演奏だった。





このような演奏に見事に適ったソリストたち。たっぷりと感情を込めてドラマを歌い上げる一方
決して乱雑にならず丁寧な歌唱フォルムを崩すことがない。ソプラノのレシュマン、テノールの
シャーデ、バリトンのベッシュいずれもその美声を豊かに響かせてくれた。





そしてもう一人(?)の功労者は何と言ってもアーノルト・シェーンベルク合唱団。恐ろしいほどに
透きとおって濁りのない美しい声が溶け合い、それはもう聴いていて鳥肌が立つほどで、カーテン
コールでひときわ大きな拍手とブラーヴォが向けられたのも納得。





本当に、貴重な素晴らしい音楽体験だった。





<ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス日本公演>


ハイドン:オラトリオ「天地創造」Hob.XXI:2



ソプラノ:ドロテア・レシュマン
テノール:ミヒャエル・シャーデ
バリトン:フローリアン・ベッシュ



合唱:アーノルト・シェーンベルク合唱団

合唱指揮:エルヴィン・オルトナー



管弦楽:ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス



指揮:ニコラウス・アーノンクール





2010年10月30日 サントリーホール
バッハの他にも、ライプツィヒゆかりの重要な作曲家がいます。





まずメンデルスゾーン、作曲家としてだけでなく指揮者、教育者としてもライプツィヒに多大な
貢献をした音楽家です。1835年、26歳にしてゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者となり、その
8年後には自ら資金集めに尽力してライプツィヒ音楽院を設立し院長に就任。ライプツィヒに
居を構え1847年、38歳の若さで亡くなります。



イメージ 1
非常に立派なメンデルスゾーンの家



イメージ 2
メンデルスゾーンが住んだことを示すレリーフ



イメージ 3
メンデルスゾーンが作曲活動に勤しんだ部屋





そのメンデルスゾーンによってライプツィヒ音楽院の教授として招かれたのがシューマンです。
シューマンと妻クララが1840年から1844年まで住んだ家があります。この時期には「リーダー
クライス」、交響曲第1番「春」、歌曲集「女の愛と生涯」、ピアノ協奏曲、ピアノ五重奏など
素晴らしい名曲が作曲されています。



イメージ 4
シューマンとクララが住んだ家



イメージ 5
同じく、二人が住んでいたことを示すレリーフ





ライプツィヒと言えばヴァーグナーも当地に生まれ当地の大学に学びましたが、作曲家として
名を馳せたのがライプツィヒ時代でなかったためかライプツィヒにはメンデルスゾーンや
シューマンのような記念の博物館はありませんでした。やはりバイエルンなのでしょう。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるゲヴァントハウス管弦楽団の特別演奏会がありました。
ブロムシュテットは1998年から2005年までゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター
(首席指揮者)を務め、現在は名誉指揮者として客演しています。両者の関係は非常に密で、
9月の末からこの演奏会まで6公演を指揮、直後にはイタリア、ルクセンブルク、フランス、
ドイツ国内の5都市を巡る演奏旅行も行なっています。





ホテルからゲヴァントハウスまでは歩いて7分ほど。当日券を求めチケット売り場に行くと
とても良い席ですが34ユーロ(!)で買えました。もちろん、定価です。



イメージ 1
ゲヴァントハウスの外観



ゲヴァントハウスは建設されてからまだ30年というコンサートホールです。ロビーにはこの建物
の模型があり、ホール部分はくり抜かれて精巧に出来た客席を見ることができます。



イメージ 2
ゲヴァントハウスの模型


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精巧にできた客席内部



客席内に入ってみると、写真や映像で見るよりもずっとこぢんまり一体感がありました。舞台
にはところ狭しと椅子や譜面台、楽器が並んでいます。



イメージ 4
ゲヴァントハウスの舞台


イメージ 5
舞台を近くから。





そして、34ユーロという日本では考えられない値段だったチケットはなんと…



イメージ 6




こんな視界の平土間一列目の真ん中。日本公演をこんな席で聴いたら3万円近いでしょう。





前半はヒンデミットの交響詩「画家マティス」。ずっしりと重く、厚い響きに圧倒されつつも、
木管の柔らかさが素晴らしい。非常に真面目な演奏だけれど、だからこそ木管(特にオーボエ)の
温かい音や伸びやかな弦が際立った。





後半はブルックナーの交響曲第4番。分厚い低弦の音が大波のように押し寄せる。弦はチェロの
響きがとても綺麗に揃っていて心地よく、ヴァイオリンも情熱的なコンサートマスターに
引っ張られ鳴りが素晴らしい。そして脳天をぶち抜かれるようなピンとした緊張感のある金管。
いくぶん早めのテンポという印象だったけれどしっかりと重量級のオーケストラを引っ張る推進力
が素晴らしい。





終演後はロビーでブロムシュテットのサイン会。発売になったばかりの同じブルックナーの
交響曲第5番を持っている人が多かった。この日の4番も録音されていていずれ同じように
CD化されるはずとのことだった。



イメージ 7
サイン会をするブロムシュテット







<ゲヴァントハウス管弦楽団特別演奏会>


ヒンデミット:交響詩「画家マティス」
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」



管弦楽:ゲヴァントハウス管弦楽団


指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット





2010年10月8日 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス

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前回の記事に書いたように10月9日は旧東ドイツの体制を崩壊に導いた大規模な民主化運動の
記念日として、ライプツィヒでは重要な記念日となっています。





当日は市内のあちこちで記念の集会が開かれます。当時7万人と言われる群衆で埋められた
アウグストゥス広場では大きなロウソク集会が開かれ、二台の巨大なスクリーンに当時の映像
が投影されたりしていました。





写真は大きく「89」の文字が掲げられたゲヴァントハウス、中部ドイツ放送のビル、そして
アウグストゥス広場の写真です。広場を挟んで向こうに見えるのは、今年50周年を迎えた
ライプツィヒ歌劇場です。



イメージ 1
大きく「89」の文字が掲げられたゲヴァントハウス



イメージ 2
窓の灯りで「89」の文字を書いた中部ドイツ放送のビル



イメージ 3
集会の準備が進むアウグストゥス広場。広場の向こうはライプツィヒ歌劇場。



イメージ 4
記念集会のポスター。1989年のデモの際に父親に肩車を
されて参加する少女の写真が。聖ニコライ教会にて。

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