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ライプツィヒにいた10月9日という日は、ライプツィヒの市民にとって、ドイツ国民にとって、
それだけではなく世界にとって大きな意味を持つ日でした。
21年前の秋、まだ小学生だったころ、東欧での自由化を求めるデモの映像、ベルリンの壁が
崩壊する映像が連日テレビに映し出されていたのをよく覚えています。あのような光景が
繰り広げられた場所に、今、自分がいるということがとても不思議でした。
1980年代初頭からこの聖ニコライ教会で月曜日に行なわれる「平和の祈り」のあとに民主化を
求めるデモが行なわれていました。小さな規模で行なわれていたこのデモは東欧革命の波の中
次第に大きくなっていました。
1989年10月9日、この直前のゴルバチョフの来訪を受け緊張が高まっていました。この日の
デモはなんと7万人規模。天安門事件のような当局とデモ隊との衝突が起きてしまえばどちらに
とっても大きな痛手でした。当局は国際社会から非難される。一方で民主化を求める人民の側に
すれば、萎縮してしまいデモに参加する人が減り、民主化運動の波は一気に弱くなってしまいます。
このような状況の中、ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターであったクルト・マズアを
中心に俳優や神学者など6人の知識人がこの聖ニコライ教会で非暴力を訴えたのでした。これを
受けて大規模なデモは奇跡的に衝突がなく無血に終わったのです。
このデモの成功で民主化運動は一気に加速しました。10月18日には早くもホーネッカー首相が
失脚、11月9日にはついにベルリンの壁が崩壊します。この日の出来事が、ベルリンの壁崩壊
へと結びついたのです。
その原点となった歴史的な場所が、このニコライ教会です。
ニコライ教会
ニコライ教会の祭壇
教会内部
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2010年10月27日
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