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この文は、パニック障害に長く苦しみ闘って来た日々が終了したことのご報告と、その病を癒して下さった多くの方々への感謝の念をお伝えいたしたく書かせて頂いております。

 (少々、長文ですが、よろしければお読みくださいませ)


7月14日(先週の土曜日)は、まる20年に及ぶ「パニック障害」と戦う日々が「完全終結した状態」にあることをドクターから太鼓判を押して頂いた記念すべき日となりました。

終結を宣言された瞬間、何が起こったのか判らず呆然と致しましたが、病いとの闘いがようやく終結したのだと実感できた時、間違いなく解放されたのだと理解し、嗚呼ー、ようやく終わったのだと実感しました。 
 
思えば長い苦しい20年でありました。その病のため、閉所恐怖症になり、暗闇を恐れ、何時、発作が襲ってくるか全く判らない恐怖感に耐えながら、独りでいることを回避し、狭い部屋に入ることにためらう、得も言われぬ苦しい日々が始まりました。

勤めていた会社を中途で退職したのも、独りで始めた会社を途中放棄せざるを得なかった悔しい日々も、その病によるものでした。


それは、ちょうど20年前の7月14日、救急病院に担ぎ込まれた私を診察してくれたドクターから「貴方はパニック障害です」と宣告されたところから始まりました。 

パニック障害というのは精神障害の代表的なものです。が実の処「病い」ではありません。

始まりは、25年お世話になった会社で重責を与えられ、一日18時間の間中、脳をこき使い、ろくに食事もとらず、肉体疲労が限界に来ていた時、突然に訪れました。

極度のストレスと疲労が、血流障害と呼吸不全と三半規管の眩暈を引き起こし、どうにも制御できない手酷いパニック症状に見舞われたのです。

そしてその時、身体中を襲った死への強い恐怖が、脳内の「脳幹 (別名、爬虫類脳) 」と言われる部分に記憶されたのです。
その後、同様な心理的状況下に置かれたとき、本能をつかさどる脳幹が自己保全の為、体中の器官に防御指示を送り出すために引き起こされる自己防衛作用によって パニック状態を引き起こしてしまうというものです。

味わった恐怖が体の芯に記憶され、それを防御するためにいろいろな反応を引き起こすのです。

危機に対し、全脳をフル稼働させるため、脳幹は頭部に大量の血液を供給するよう自己防衛指令を発し、ために手足の血管は血液不足を引き起こし、心臓の動悸は狂ったエンジンのように激しくなり、それを支えるために肺に多量の酸素を吸いこもうとする、つまり過呼吸状態を引き起こすのです。  

首筋が異常に熱を持ち、手足は冷え切って思うように動かなくなり、心臓の動悸が激しくなり、過呼吸状態となり、三半規管は正しく周囲を認知できなくなり、バランスを失います。
その為に、世の中は暴れる蛇にでもなったようにうねり回り、助けを求める声も出せなくなります。
このルーチンが、ものの20秒ほどの間に完成します。手も足も出ず、時と場所に関係なく、その場で転がりまわるしかないのです。

このヒドイ状態に約5分のあいだ耐えると、嘘のように身体は正常に戻ります。
つまり、自分が出した防衛シグナルがマチガイであったことを脳幹が認識した時、ようやく発作は引いていくのです。「パブロフの犬」の様な現象です。

実際に経験した現象ですが、片側3車線道路の中央分離帯側のレーンで車を運転していて、信号で停止したその瞬間、内側に大きなトラックが並び、前後に大型バンが停止して、逃げ道が何処にもないことに気付いた途端、発作がスタートします。
ものの5秒で発作開始です。大きな幹線道路上です。逃げようがありません。

約5分間、車の窓を開け放ち、ネクタイや上着を脱ぎすて、声にならない声で、「助けて」と叫びながら、ただ耐えることしかできません。下手をすると命に拘わります。 


そういう理屈は理解できても、原始的な自己防衛本能をつかさどる脳幹という部分に植え付けられた記憶が引き起こすのですから、対処の仕様がありません。

身体的な異常や病気がある訳ではありません。心に消せないトラウマがある訳でもありません。
爬虫類脳に刻まれた恐怖の記憶があるだけなのです。
とは言え、脳幹は自律神経を管理しています。切り取る訳にもいきません。そういう訳で、神経細胞に刻まれた恐怖を消去する有効な方法は何処にもなく、ただ無事な処で生きるしか、できなくなっていくのです。
 

この病から逃れる為、出来ることは多くはありませんでした。

脳を疲れさせないこと、閉塞した空間には近づかないこと。飛行機も電車も、混雑も、一人ポッチもダメです。
空気が薄い処もダメ。焼き鳥屋の様な煙がもうもうとしているところもダメ。映画館もあきません。トンネルなどもっての外です。

ドクターが処方してくれる薬は、脳活動を低下させる安定剤と、理性を鋭くする活性剤と、深い眠りに誘導する催眠剤のみです。が、飲んでも飲んでも症状は悪化するばかりでした。理性が鋭く予知し始めるのです。

夏の暑い夕方、銀座の歩行者天国の人混みの真ん中で、ふと 「ここで起こったら誰に助けて貰えるかな」と考えた次の瞬間にパニックが起動したことがあります。
独りでもダメ、群衆の中に居てもダメになってしまうのです。

夜9時を回った頃、自宅から150mほどの自動販売機にタバコを買いに行った折、自宅が見えなくなる曲がり角で、足が一歩も動かなくなりました。
起こったら、助けを呼ぶわけにはいかない、この病を知られてしまう・・・そんな精神状態にドンドンと追い込まれて行きました。

まして、飛行機で出張し、窓がない部屋で煙草がもうもうとしている会議室で、討議に参加できる筈もありません。部屋に入った瞬間にはもう直ぐに逃げ出そうと腰を浮かせています。
そんな状態で、会議の連続の会社勤めなど不可能でした。 


出来たことは、好きな音楽の世界に逃げ込むこと、ブログやFBで挨拶を交わすこと。犬や猫と一緒に居て、独りであることを避けること、位でありました。

そんな状態の時、ネットの向こうに居る皆様から「コメント」や「いいね」を頂いたときに、どれだけ励まされ、癒されたことか判りません。


発病から20年近くたち、ようやく最近、出稼ぎ仕事でアパートに一人住まいし、渋滞の中を車で通勤し、ERP型基幹業務システムのマスター設計やワークフロー設計の仕事に没頭できるようになりました。

むせ返る様な熱暑の中、脳を酷使しても、脳幹は恐怖を感じなくなりました。
暗い夜道を通勤していても心臓は静かに動いてくれております。
アパートで単身生活をしていても、誰かが一緒に居てくれなくても発作の恐怖は感じなくなりました。

ドクターもその様子を聴き、症状に長期間 異常が見当たらないことから、「完治」状態と判断してくださったのだと思います。


こういう状態に戻ることができ、とても幸せに感じます。ご挨拶もできていない友達記事をお読み頂き、「いいね」をして下さった皆様方のご支援に心から感謝申し上げます。

これからは、時間を見つけながら、ご挨拶をさせて頂きたく訪ねてまいりたく存じます。

長文、お読み頂き有難うございました。変わらずご好誼のほど宜しくお願い申し上げる次第です。

スピン 拝

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