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Spinnaker's Music Clip board
皆さま、スピンは元気に過ごしております!

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熱暑の中、何をしていても、熱気が身体にまとわりつきます。

確か、昨年の夏は、最高気温(東京都下でも) 32度位だったような記憶

・・・そんな、あやふやな記憶などぶっ飛んでしまう 40度周辺の体験!!

いや、もう勘弁してください。

好きな音楽も、オーケストラ版はしばらく休憩。クラシカル・ギターが

奏でる バッハ名曲集などなら、身にまとわりつきません(笑)


Artist: Daniel Estrem (Strings Instruments)
Image: Painting by Nicolas Lancret (1742)

01 - Cello Suite N.01. Prelude
02 - Sleepers Awake, Wachet Auf. BWV 645
03 - Prelude 01(Book 01) well Tempered Clavier. BWV 846
04 - Allemande Partita N.01. BWV 825
05 - Menuet BWV Anhang 114-115
06 - Menuets BWV Anhang 116
07 - Jesu Joy of Man´s Desiring. Cantata BWV 147
08 - Siciliano From Flute Sonata N.02. BWV 1031
09 - Air on G String - Suite N.03. BWV 1068
10 - Suite in E-Flat Major BWV 819. Courante
11 - Arioso - Sinfonia From Cantata. BWV 156
12 - Cello Suite N.03. BWV 1009. Bouree 01 and 02
13 - Brandemburg Concerto N.03. BWV 1048. Allegro
14 - Suite 03 In C Major. Allemande
15 - Sheep May Safely Graze from Cantata BWV 208
16 - Ave Maria - Bach/Gounod
17 - Suite 01 in G Major. Prelude

すみません、訳すのも億劫で。スピンは熱暑の為、暑気あたりです(ふぇ〜〜)

この文は、パニック障害に長く苦しみ闘って来た日々が終了したことのご報告と、その病を癒して下さった多くの方々への感謝の念をお伝えいたしたく書かせて頂いております。

 (少々、長文ですが、よろしければお読みくださいませ)


7月14日(先週の土曜日)は、まる20年に及ぶ「パニック障害」と戦う日々が「完全終結した状態」にあることをドクターから太鼓判を押して頂いた記念すべき日となりました。

終結を宣言された瞬間、何が起こったのか判らず呆然と致しましたが、病いとの闘いがようやく終結したのだと実感できた時、間違いなく解放されたのだと理解し、嗚呼ー、ようやく終わったのだと実感しました。 
 
思えば長い苦しい20年でありました。その病のため、閉所恐怖症になり、暗闇を恐れ、何時、発作が襲ってくるか全く判らない恐怖感に耐えながら、独りでいることを回避し、狭い部屋に入ることにためらう、得も言われぬ苦しい日々が始まりました。

勤めていた会社を中途で退職したのも、独りで始めた会社を途中放棄せざるを得なかった悔しい日々も、その病によるものでした。


それは、ちょうど20年前の7月14日、救急病院に担ぎ込まれた私を診察してくれたドクターから「貴方はパニック障害です」と宣告されたところから始まりました。 

パニック障害というのは精神障害の代表的なものです。が実の処「病い」ではありません。

始まりは、25年お世話になった会社で重責を与えられ、一日18時間の間中、脳をこき使い、ろくに食事もとらず、肉体疲労が限界に来ていた時、突然に訪れました。

極度のストレスと疲労が、血流障害と呼吸不全と三半規管の眩暈を引き起こし、どうにも制御できない手酷いパニック症状に見舞われたのです。

そしてその時、身体中を襲った死への強い恐怖が、脳内の「脳幹 (別名、爬虫類脳) 」と言われる部分に記憶されたのです。
その後、同様な心理的状況下に置かれたとき、本能をつかさどる脳幹が自己保全の為、体中の器官に防御指示を送り出すために引き起こされる自己防衛作用によって パニック状態を引き起こしてしまうというものです。

味わった恐怖が体の芯に記憶され、それを防御するためにいろいろな反応を引き起こすのです。

危機に対し、全脳をフル稼働させるため、脳幹は頭部に大量の血液を供給するよう自己防衛指令を発し、ために手足の血管は血液不足を引き起こし、心臓の動悸は狂ったエンジンのように激しくなり、それを支えるために肺に多量の酸素を吸いこもうとする、つまり過呼吸状態を引き起こすのです。  

首筋が異常に熱を持ち、手足は冷え切って思うように動かなくなり、心臓の動悸が激しくなり、過呼吸状態となり、三半規管は正しく周囲を認知できなくなり、バランスを失います。
その為に、世の中は暴れる蛇にでもなったようにうねり回り、助けを求める声も出せなくなります。
このルーチンが、ものの20秒ほどの間に完成します。手も足も出ず、時と場所に関係なく、その場で転がりまわるしかないのです。

このヒドイ状態に約5分のあいだ耐えると、嘘のように身体は正常に戻ります。
つまり、自分が出した防衛シグナルがマチガイであったことを脳幹が認識した時、ようやく発作は引いていくのです。「パブロフの犬」の様な現象です。

実際に経験した現象ですが、片側3車線道路の中央分離帯側のレーンで車を運転していて、信号で停止したその瞬間、内側に大きなトラックが並び、前後に大型バンが停止して、逃げ道が何処にもないことに気付いた途端、発作がスタートします。
ものの5秒で発作開始です。大きな幹線道路上です。逃げようがありません。

約5分間、車の窓を開け放ち、ネクタイや上着を脱ぎすて、声にならない声で、「助けて」と叫びながら、ただ耐えることしかできません。下手をすると命に拘わります。 


そういう理屈は理解できても、原始的な自己防衛本能をつかさどる脳幹という部分に植え付けられた記憶が引き起こすのですから、対処の仕様がありません。

身体的な異常や病気がある訳ではありません。心に消せないトラウマがある訳でもありません。
爬虫類脳に刻まれた恐怖の記憶があるだけなのです。
とは言え、脳幹は自律神経を管理しています。切り取る訳にもいきません。そういう訳で、神経細胞に刻まれた恐怖を消去する有効な方法は何処にもなく、ただ無事な処で生きるしか、できなくなっていくのです。
 

この病から逃れる為、出来ることは多くはありませんでした。

脳を疲れさせないこと、閉塞した空間には近づかないこと。飛行機も電車も、混雑も、一人ポッチもダメです。
空気が薄い処もダメ。焼き鳥屋の様な煙がもうもうとしているところもダメ。映画館もあきません。トンネルなどもっての外です。

ドクターが処方してくれる薬は、脳活動を低下させる安定剤と、理性を鋭くする活性剤と、深い眠りに誘導する催眠剤のみです。が、飲んでも飲んでも症状は悪化するばかりでした。理性が鋭く予知し始めるのです。

夏の暑い夕方、銀座の歩行者天国の人混みの真ん中で、ふと 「ここで起こったら誰に助けて貰えるかな」と考えた次の瞬間にパニックが起動したことがあります。
独りでもダメ、群衆の中に居てもダメになってしまうのです。

夜9時を回った頃、自宅から150mほどの自動販売機にタバコを買いに行った折、自宅が見えなくなる曲がり角で、足が一歩も動かなくなりました。
起こったら、助けを呼ぶわけにはいかない、この病を知られてしまう・・・そんな精神状態にドンドンと追い込まれて行きました。

まして、飛行機で出張し、窓がない部屋で煙草がもうもうとしている会議室で、討議に参加できる筈もありません。部屋に入った瞬間にはもう直ぐに逃げ出そうと腰を浮かせています。
そんな状態で、会議の連続の会社勤めなど不可能でした。 


出来たことは、好きな音楽の世界に逃げ込むこと、ブログやFBで挨拶を交わすこと。犬や猫と一緒に居て、独りであることを避けること、位でありました。

そんな状態の時、ネットの向こうに居る皆様から「コメント」や「いいね」を頂いたときに、どれだけ励まされ、癒されたことか判りません。


発病から20年近くたち、ようやく最近、出稼ぎ仕事でアパートに一人住まいし、渋滞の中を車で通勤し、ERP型基幹業務システムのマスター設計やワークフロー設計の仕事に没頭できるようになりました。

むせ返る様な熱暑の中、脳を酷使しても、脳幹は恐怖を感じなくなりました。
暗い夜道を通勤していても心臓は静かに動いてくれております。
アパートで単身生活をしていても、誰かが一緒に居てくれなくても発作の恐怖は感じなくなりました。

ドクターもその様子を聴き、症状に長期間 異常が見当たらないことから、「完治」状態と判断してくださったのだと思います。


こういう状態に戻ることができ、とても幸せに感じます。ご挨拶もできていない友達記事をお読み頂き、「いいね」をして下さった皆様方のご支援に心から感謝申し上げます。

これからは、時間を見つけながら、ご挨拶をさせて頂きたく訪ねてまいりたく存じます。

長文、お読み頂き有難うございました。変わらずご好誼のほど宜しくお願い申し上げる次第です。

スピン 拝


Bergen Philharmonisch Orkest . Edward Gardner
Ann-Helen Moen [sopraan]
Opname:22 januari 2017, in Het Concertgebouw te Amsterdam.

ノルウェイのベルゲン交響楽団と、有名なソプラノ歌手アン-ヘレン・モーエンさんが、今年1月22日の

アムステルダム・コンセルトヘボウ・モーニングコンサートにて演奏した「ペールギュント組曲」を見つけました。



この曲は、亡き父の大好きな曲で、特に ソルベイグの唄というソプラノ・アリアをよく聴きいってました。

そういう影響は、息子たる私には重大にのしかかり、父の気に入る演奏でないとCDも買えず、

なので、これまで、ラジオやネットで聴くだけだった曲の一つでした。

でも、この演奏なら許してもらえそうです。モーエンさんのアリアは素晴らしい !!

北欧の伝説をもとにした曲と雰囲気を大切に演奏しているオーケストラの演奏も、さすがです。


旅に出て行ってしまった放蕩息子の帰宅を待つ母に訪れる朝、

その母の命が天に召されてしまう哀しみ、

母と共に息子の帰宅を待っていた恋人ソルベーグが語るように歌う子守歌・・・・


いやー、ノルウェイの国歌みたいなこの曲はやっぱり、北欧のオーケストラにはかないませんね。





Horowitz Rachmaninoff 3rd Concerto Mehta NYPO 1978


昨夜は、この曲を お二人の演奏で聴いて、そこで疲れて、布団の上に倒れこみました。

セルゲイ・ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番は、プロのピアニストにとっても至難の曲だそう

(私は弾かないので判りませんが)。

確かに、誰の演奏を見ても、ピアニストの運指をカメラが捉えらきれていません。

2オクターブ位の音階を、高速和音で弾かなければならない程、大きい手と高度なテクニックを

要求される曲です。 (そのせいか、近年、この曲を弾く人が余りいなくなったように感じるのです)


でも、きちんと弾かないと訳の判らない演奏になってしまいます。

きちんと弾くと、非常に明快な旋律が浮かび上がり、曲のメッセージが伝わるのです。

まり、然るべき方が弾かないと、この曲は理解できないのです。


最初の一人は、ウラジミール・ホロビッツさん(piano)、 (若い!)ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィル

1978年の演奏で、ホロビッツ氏は75歳。 とは、全く思えない、すざまじいテクニックです。

添付したURLで5分ほど見て頂ければ、上に書いたことがご理解いただけると思います。


ホロビッツ氏は若い時代にラフマニノフに見いだされ、アメリカに渡った後も、ラフマニノフ・チームとして、

この曲を弾いて来られた方です。文句のつけようがない、完成された演奏です。 

しかし1978年です。当然ながら、もう生きてはおられません。


それから半世紀になんなんとする2018年になっても、ラフマニノフをきちんと弾きこなして、

ラフマニノフのメッセージを伝えてくれるピアニストは出てきません。

(あ、勿論、私のアマチュア見解ですが・・) 

クラシック・ファンとしては残念無念なのです。


昨夜、同じロシア出身で、将来を嘱望されている若きピアニストの演奏と聴き較べてみました。

(名前は伏せます)

ダメです。

遠くホロビッツ氏に及びません。

コメンテータ多数も同様のレビューを書いておられた。


ホロビッツ氏を超えなくとも良いのです、せめて同レベルに並ぶ演奏家を探し出して、その演奏を

聴きに行きたいと、願うのです。 (その旅費を稼ぎたくて、鹿嶋くんだりで、システムコンサル業に

精を出してるのに。アー!!)

でも、叶えられない願い、かもしれません・・ネ。  まるでホロビッツさんについていけてないので。




先週の日曜日、2018年2月25日に、アムステルダム・コンセルトヘボウ・メインホールの、

Sunday Morning コンサートにて演奏された、ベートーベン バイオリン協奏曲です。

こんな実力派が居たのか!とビックリ、そして感激の演奏でした。


独奏者は、Isabelle Faust. ご存知でした? 実力者登場、って感じです。

1972年ドイツ生まれの46歳。5歳からバイオリンを弾き始め、

17歳にして  International Violin Competition Leopold Mozart,   第一位

18歳にして Premio Quadrivio Competition(Italy),第一位
 
21歳にして Paganini Competition in Genoa, Italy, 第一位 ・・・そして、

32歳にして  Berlin University of the Arts のバイオリン科の教授に就任。  ものすごい経歴の持ち主。


この方、演奏時に、足位置を全く変えません。上体は、無論、揺らしますが、下半身は、陸上選手のようにガチっと固定して弾きます。世のバイオリニストのお手本のような奏法を見せてくれます。

その音の明瞭にして、粒立ちのいい、まるで男性が弾いているかのような骨の太いこと!

メロディは完全に手の中に入っていて、長短強弱 自由自在に演奏、こういう人をこそ『ソリスト』と言うのだ!

第一楽章の終盤、ティンパニ奏者を従えて独走するカデンツァ(初めて聞く変奏です)の、マァ、見事な事。

そして、オーケストラが、可笑しいくらい緊張して伴奏していること!いやぁ、明らかに判りますヨ!

そうか、このソリストから指導された人もいるに違いない、と思うくらい、ビシッと演奏しているのです。

いや、感激しました。 こういうのがあるから、YouTubeサーフィンはやめられないのです。


ベートーベンの唯一のバイオリン協奏曲は、「高慢と偏見」のダーシー君が恋に悩んでいるかのように

聞こえる名曲で、このブログでも記事にさせて頂きました。が、その記事のソリストを変更しなくちゃなりません。


ついでに、アムステルダム・コンセルトヘボウ・メインホールの残響の加減の素晴らしさに感心してしまうのです。

楽章の間の観衆たちの騒めきの際の、ホールの反響と、演奏が始まった時の残響を聴き較べてみてください。


是非にも、来春、欧州に行き、ミュンヘンとアムステルダムを拠点に、若き演奏家たちの演奏会を

聴き歩こうという「決意」を新たにさせてくれた素晴らしい”発見”でした。

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