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Spinnaker's Music Clip board
皆さま、スピンは元気に過ごしております!

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 香港でご活躍のHANAさんが教えてくださったサイトです。ぜひご訪問を!

   ダウンロードが終わられたら、STARTを押してください。

 ア、できれば澄み切った音のするスピーカーにつながれておいて。

  皆様が晩秋のメランコリックな気分でしたら、詩がお好きでしたら、

   きっと気に入っていただけると存じます。

     もしも、聖書にお詳しかったら、愛することを大切になさっていたら・・・

   きっときっと、何度も訪れて頂けることでしょう。

   http://www.e-water.net/viewflash.php?flash=irishblessing_en


 最初に流れるのは、Irish Blessing という詩と素晴らしい音楽です。



 そして、Discover more beautiful Flashes というリンクを必ずクリックしてくださいね。

  そこにある「Love Letter」という詩と音楽と写真集。是非にご試聴ください。。

    David Lanz の 奏でる「Cristofori's Dream」という、静寂と思索に富み、溢れんばかりの
 
    愛をBGMにした あどけない子供のスナップ・・・出色のヒーリング・メッセージです。。

    ついうっかり目頭を熱くしてしまいました。
    
 スピン

 PS:David Lanz につきましては是非、

  「http://www.amazon.co.jp/Cristoforis-Dream-David-Lanz/dp/B00000I40A」で。

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 次の日も、窓辺に座ってタバコをくゆらしながら病院の空を眺めるだけしかないスピンでした。


 病院は住宅地が迫った山すそにあり、裏側の森の反対側にゴルフ場がある。

 自然が豊かなので鳥達が、始終、たくさん芸を見せてくれる。

 じっと眺めていて、いろいろな鳥が、それぞれの高度を保って飛んでいることに気がついた。

 
 スズメ達は地上10mくらいを家族で集団になって飛ぶ。

 ツバメたちはもう少し上を、これは猛烈な旋回をしながら飛び回る。

 野バトとヒヨドリが中空を。その上にカラス。上空を見上げるとトンビがゆっくりと旋回している。

 これまで入院したこともないので、鳥たちの飛行高度にきちんとルールのようなものがある

 らしいことに気がつかなかった。

 丁度、国際線のジェットがはるか上空を飛び、国内線ジェットがその下を、セスナとような

 軽飛行機がその下を、ヘリコプターが地上100mくらいを飛んでいるのによく似ている。



 窓辺にうっかりスズメが立ち寄ってくれた。人間がガラス窓の向こうに居ることに気がついて

 慌てて近くの電線に移動していった。

 スズメで思い出したが、この鳥は、体力がないのか飛び方が下手なのか、デブなのかがわからないが、

 継続飛行距離がすこぶる短い。

 観察していると餌場の田んぼから飛び立ち、100mあるかないかの民家にやっとたどり着く。

 民家にたどりついてぜいぜい言っているのが遠目にも良くわかる。


 この特徴を利用して小学生の時にスズメをよく捕まえていた。(焼鳥という知恵はなく単に面白かった)

 たぶん今でもワークするが、暇な人は試してみるといい。カスミ網などという卑怯な道具なぞは

 全く必要ない。

 
 まず縦横200m位の稲刈りが終わったばかりの田んぼに行く。この縦横200mであるところがミソ。

 20人くらいの悪童をさそい、連中に5mほどの竹ザサをもたせ、等間隔に並べてタンボを取り囲む。

 田んぼにスズメたちが落ち穂を食べに沢山舞い降りたら、「ワーッ」と大声を上げながら、竹ザサを

 左右に揺さぶり、ゆっくりと田んぼの中央に向かってゆっくりと歩く。

 スズメたちは最初の「ワーッ」で驚き飛び上がるが、四方を囲まれているので

 田んぼの上空をあっちこっちに飛び回る。

 竹ザサにも驚いているのでほとんど混乱状態で逃げ惑う。ただし、いかんせん「航続距離」がない。

 70mくらい飛び回ったところで、田んぼの真ん中に降りてしまう。そこで、もう一度「ワーッ」。


 スズメたちは大慌てで飛び上がるしかないが、今度は30mも飛ばないうちに地面に降りてしまう。
  ( 落ちるという表現のほうが正しいかも )。

 息をゼイゼイしながら大きく深呼吸をしているのがよくわかる。そして、最後の仕上げ。

 竹ザサを、少し激しく揺らし、歩速を早め、最後の「ワーッ」をやる。

 息も絶え絶えのスズメたちは、もう飛び上がる元気もなく、田んぼの真ん中でピョンコピョンコ、

 跳ねるだけしかできなくなってしまう。

 そうなったことろで、竹ザサを覆いかぶせると手づかみでゲットできる。


 そうやって、子供の頃よくスズメと遊んでいた。スズメは遊ばれているとは思っていなかったに違いない。

 それが証拠に、スピンは未だに雀のお宿にご招待を受けたことがない。小さいほうの箱をもらうことは

 とうに決めているのだが・・・・


 病院の窓辺で、ニヤニヤしながら思い出し笑いをしているスピンの姿は、さぞかし無気味であったろうと思う。


 (重要な注釈)捕まえられたスズメは、しばらく掌の上で撫でられ、息が整った処で空へ帰って行った。
 
 小学低学年の他愛ない遊びの道具にされただけ。子供は意外に残酷という意見には反論できぬ過去だ。

 今でも、機会があったらやってみたい。スピンの中にある残酷な一面なのだろう。


 2008年9月

病院にて 2 トンボ

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 入院先の地方ではお盆を過ぎることから赤トンボの群舞が始まる。

 それこそ数百を超えるトンボが、見事な飛翔を、赤く色づき始めた桜の林でくりひろげる。

 何もすることがない、リハビリ患者のスピンは、窓辺に座り込んで眺めている。

 それしかすることがないのだが、見飽きるということがない。


 このトンボ、実はウスバキトンボというのが正解名だそうだ。確かに赤くはない。

 お盆のころに里で群舞するので別名「精霊トンボ」とか「ボントンボ」という名もあるらしい。

 
 このトンボの乱舞を見ながらフト あることを考えた。

 トンボの幼生はヤゴというやつで水生昆虫である。しかもドブでは育たない。

 食料はメダカのような小魚や小さな沢ガニ、何もないときは仕方なくきれいなボウフラを捕まえる。

 ということは、この病院の近くにそのヤゴを大量に育むりっぱな清流があるということだ…!

 成虫のトンボの食料は羽虫類であるから、その幼生(つまり、ボウフラ類)もそこに居るはずで、

 清流ならではの沢ガニも川エビもタニシやシジミも沢山住んでいる筈である!


 そこまで思いついたスピンは病棟で寝ていてもじりじりしておちつかない。

 院長に特別許可を申請して病院の周辺の探索を始めてしまった。

   (二日目である。いい患者とは言い難い)

 
 そしたら、やっぱりあった、あった!

 病院はもともと長く精神病専門であったので、作業療法というリハビリをするのです。

 そのために病院のすぐそばに田んぼにでも畑にでもなってしまう農地を所有していて、

 その農地の周りをぐるりと巡る豊かな小川があったのです!

 クスノキやハゼ、蔓にまとわりつかれて疲労困憊している杉の木…そんな木々に覆われた

 静かで流れの穏やかな清流でした♪♪


 赤手ガニと遊んだり、糸トンボがツィーと産卵している風景を眺め、

 川底の石をかき混ぜて大粒のシジミが多数潜んでいることを確認したスピンは、

 もうニコニコ大満足で病院に帰っていったのでありました。

 もちろん、ザリガニ捕獲計画が頭の中でピシャリ出来上がりつつあったのは言うまでもありません。


 2008年9月 スピン

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 心が騒ぎ立ってしまって自制と分別を見失ってしまった病人には

 山あいの緑と自然に囲まれた静かな病院がよく似合う。

 大きな楠の大木を見上げているだけで不思議にざわめきが静まっていく。


 楠の緑は何十種類もある。春先に芽吹き、夏の陽に耐えられるほどに育った葉は

 深みをたたえて濃い。最近に芽吹いた幼い葉はピンクと朱色を淡く混ぜたような

 はかない色に揺れている。

 深い緑の大人の葉の色と、芽吹いたばかりの幼い葉の色の間に 形容できない数の緑がある。


 突風が西から吹付けてきた。大木はびくともしないが、幼い葉達は千切れそうになって耐えている。 

 ふと見れば、アゲハが飛んでいる。

 ああ、そうだった。楠にはあおすじアゲハの幼生が育つ。

 樟脳という言葉はまだ生きているのだろうかとふと思う。

 要するに「箪笥にゴン」のような防虫剤を作る原料だ。スピンの故郷 鹿児島の県の木だが、

 江戸時代には樟脳は薩摩藩の重要な産物であった。

 木そのものも巨木に育つ。台風にも強い。だから今でも鹿児島には楠が多く、あおすじアゲハが沢山いる。

 
 樟脳の原料になるくらいだから、楠にはほとんど虫がつかない。

 ただあおすじアゲハの幼生のみが、楠の葉で育つ。

 蓼を食う虫を変わっているというが、樟脳の原料を食らう幼生にも恐れ入る。

 
 そんな他愛のないことを考えながら第一日目が終わった。

 私の脳はすでに正常な判断の力と筋道から外れている、

 診察した医師のそんな言葉すらも、楠の巨木に吹き上げる風と一緒に空へ舞い上がっていった。



 2008年9月 スピン

 PS:更新停止中でありながらも非常に多くの方が訪れて頂いて感謝の言葉がありません。
 
   有難うございます。

   ところで、このシリーズ記事、なかなかリコメができません。併せてご理解をくださいませ。

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「映画:RAGTIME(ラグ・タイム)」は、たぶんスピンが過去見た映画の中でTOPにノミネートされるものだと思います。

手に入りにくいですが、日本のDVD業界が何故これを日本でリリースしないのか判らない!という理由で、

ご紹介します。


「ラグタイム」は1981年の作品です。 DVD化はかなり遅れようやく米国にて2004年に発売されました。

日本ではVHSが1980年代当時に発売されたようですが、DVDは未だ発売されていません。

http://www.amazon.com/gp/product/B0002WZTO8 にてGETできます.但し日本語字幕はありません。) 


RAGとは、ぼろ布のこと。

第1次世界大戦に突入する直前のニューヨーク、押し寄せる移民や黒人たち、白人既成勢力・・・様々な人達が、

まるでぼろ布をバケツに突っ込んでぐちゃぐちゃとかき回しているような「混乱」の時代(RAGTIME)のなか、

現在の世界の諸問題にも通ずる、哀歓溢れる人間模様を見事に描き出してくれた一級の名画です。



E・L・ドクトロウの同名小説に基づき、「ヘアー」のマイケル・ウェラーが脚本を執筆し、

監督は、あのミロス・フォアマン(アマデウス)。 製作 ディノ・デ・ラウレンティス

音楽はランディ・ニューマン(ヘアー)が、懐かしきラグタイムのメロディをとり入れて作曲しています。

キャストもとても素晴らしく、なかでも特に、警視総監役で特別出演したジェームズ・キャグニーが絶品!

ちなみに、キャグニーは往年のギャング映画の名優。この映画が最後でした。( )内は役柄です。

James Cagney ジェームズ・キャグニー(警視総監)
Howard E. Rollins ハワード・E・ロリンス(若き黒人ピアニスト:正義を求めてテロを起こす)
Mary Steenburgen メアリー・スティーンバージェン(花火会社社長夫人:女性解放の先達?)
James Olson ジェームズ・オルソン (花火会社社長:白人中流思想から抜けれない典型)
Brad Dourif ブラッド・ドゥーリフ (社長の実弟:黒人テロを支援)
Norman Mailer ノーマン・メイラー (ダンサーをモデルに裸体の彫像を制作した名士)
Elizabeth McGovern エリザベス・マクガヴァン(元ダンサー:少々おつむが弱い美女)
Mandy Patinkin マンディ・パティンキン (切り絵で生計を立てるユダヤ系芸術家:後、映画監督に)
Moses Gunn モーゼス・ガン(黒人社会から信望を集めていた牧師:急進的lテロの説得に失敗)
Kenneth McMillan ケネス・マクミラン(黒人蔑視の下級白人、消防士仲間のリーダー)
Pat O'Brien パット・オブライエン (Delmas)
Donald O'Connor ドナルド・オコナー(社交場でのレビュー歌手)



マジソン・スクエア・ガーデンの踊り子(エバリン)を奥さんにした鉄鋼富豪のどら息子。

奥さんの裸体像を劇場の天井に陳列されて名誉毀損と騒ぎ始め、沢山のゴシップに包まれている裸体像の

制作者、有名建築家を殺害。そこから始まる新興成金の名家の中での「くさいものには蓋」騒動。


郊外に瀟洒な家庭を持つまでになった中流の上クラスの家族。その庭先に生まれたばかりの黒人の赤ん坊が

捨てられたことから始まる大困惑。世間体を気にするご主人と純粋無垢な奥様との間に忍込むすれ違い。

この家に住み、ご主人の経営する花火会社で花火デザインに才能を発揮している奥様の弟がのめりこんでいくエバリンとの恋。


黒人居住区の専用バーでようやく仕事らしい仕事(バンドピアニスト)にありつく若い黒人。

この若く才能溢れる黒人が、夜の世界で得たお金で、当時最新のフォードの大衆車を買い求め、

それを乗りまわしているのを快く思わない、中流の下に位置する街の消防士たちとの「正義」に関わる争い。


移民船でニューヨークに到着して日が浅い中、ユダヤ人街で切り紙細工で何とか生計を立て始めた芸術家肌の男。


これらを横糸に、バンドマンと消防士たちのいさかいから発展する黒人テロ事件を縦糸にして、

それに巻き込まれて困り果てる前述の登場人物たちが織り成す人間模様を、1900年代初頭の、

ごった煮のようなニューヨークの情景を背景に、丹念に織り上げた作品です。


喧騒とぼろ布と埃だらけの街角・・・白人・黒人・ユダヤ・・・人種の坩堝化し始めた街のごった煮のなか、

現代のアメリカに引き継がれている、「黒人差別問題」「女性人権運動」「アメリカンドリーム」・・・

それらが、見事に織り込まれています。

そして、当時はやったラグタイム・ミュージックの切ない調べが全編を包み、今も昔も変わらない、

人々の営みを浮き彫りにしてくれるのです。



私たちの人生も「RAGTIME」のようなもの。

生きる場所を探して新天地に渡り、

生きている背景も思考も異なり、時には相容れない人達と、

好むと好まざるに関わらず、接し続けながら、

夢を追い、成功し、破綻し・・・、

時代に動かされながら、自分の道を歩もうと,うごめき続ける。


明日、何が起こるか予測もつかない、

最後の時がどのように訪れるか神のみぞ知る「ごった煮」のなか、

生きていくのです。



スピンは、この映画を20年ほど前に知り、録画していたVHSが擦り切れるほどに、こよなく愛しました。

なぜかしら、セザール・フランクのバイオリンソナタイ長調が、映画を見終わったとき

妙に似合うのです。

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