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つたないブログを読んで下さっている皆様、申し訳ありません。

ベートーベンに入る前に、これを書いておかねば、という一曲を思い出したので予定を変更します。

ピアノ協奏曲第23番・バイオリン協奏曲集とモーツアルトを紹介してきました。

本日のジャケットは、もう一度カール・ベームに登場してもらわなければなりません。


カール・ベーム&ウィーン・フィルによるモーツァルト交響曲40番・41番は、ベームの亡くなる6年前

1975年に収録されたものです。

彼らのモーツアルト演奏の集大成というべき大変に密度の高い演奏です。


第40番は一見すると、優雅で華やかな曲ですが、その中にこもる情熱の濃さ、半音階の転調を繰り返し

ながら盛り上がっていく緊張感。 焦燥感をにじませるドラマティックな音楽で、ベートーベンの第5交響曲を

彷彿とさせてくれます。

第41番の有名な第4楽章の、複雑で緻密で大掛かりなフーガと高揚感はベートーベンの第7交響曲に

つながっていくものでしょう。


この二つの交響曲は、人間モーツァルトが「神の楽器」であることに抗い、現世の不条理に抗議し

人類の和平を希って書かれたものと思っています。

かなりの高齢のベームが、そこいらの若い指揮者など問題にならない程、激しく強烈にタクトを振っています。

時々、かすかですが譜面台にあたる音がする程で、込める思いの強さをひしひしと感じない訳にいきません。


さて、この2曲が収録された4年後、つまりベームの亡くなる2年前に収録され、上2曲のCDの最後に

カップリングされている小品が表題の「フリーメイソンのための葬送音楽」。

約7分の短い音楽ですが、私には人間モーツアルトの肉声での慟哭が聴こえて来るように思えます。

心を許し信頼した友の死に接し、あられもなく泣き喚き、遺骸にすがりつくモーツァルトその人を

見ることができるのです。


この曲に「神」はもう登場しません。

第1バイオリンがモーツアルトの悲嘆を奏で、フルートやオーボエの管が周囲の人たちの死を悼む声を、

そしてチェロやバスが、悲嘆にくれるモーツァルトを引きとめます。


カール・ベームが愛してやまなかったモーツァルトの、しかも名コンビ ウィーン・フィルとの

殆ど最後の収録に、この曲を選んだ意味を深く考えざるをえません。

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