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シューマン(ロベルト)は1810年に生を受け、1856年に亡くなった。

同時代人として、メンデルスゾーン(1809-1847)、ショパン(1810-1849)、
リスト(1811-1886)、ワーグナー(1813-1883)と、綺羅星のように大作曲家が並んでいます。

有名な「クララとの恋」をようやく30歳(1840年)に成就し、めでたく祝福されて結婚。

それまでの曲は、ほぼ全部クララへの「恋歌」。

結婚後、41年に一気に4つの交響曲を、42年にピアノ協奏曲などを手がけ・・・
要するに、やっと普通の作曲家らしくなったのであります。

それにしても、1810年ー1849年頃というと、ヨーロッパは大変な時代でしたよ。

フランス革命・ナポレオン戦争・クリミア戦争と続き、アメリカ独立戦争が始まり、

東洋ではアヘン戦争・日本の幕末動乱・清朝崩壊・・・という大動乱期。

「列強」という言葉が生まれ、「産業革命」の真っ只中で人間の生き方・働き方が

大変革を遂げていく時代だったんです。

この真っ只中で、クララとの恋歌を綴っていたシューマンは、

やはりどこから見ても、「永遠の少年」だったといっていいんでしょう。

さて、交響曲第4番ニ短調作品120は、妻クララの22歳の誕生日1841年9月13日に、誕生日プレゼントとして彼女に贈られました。

喜びに満ち、人生に何の憂いも無く、ちょうどひばりのように空高く(人生の)春を謳っています。

この曲を、チェリビダッケ&MPO(ミュンヘンフィル)のゴールデンコンビで演奏したものが、幸いにも残っています。
東京、昭和女子大学 人見記念講堂での演奏です。1986年10月14日の貴重な録音です。

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