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時 ・ 昭和51年10月11日(月)PM 2:00
所 ・ 那覇市民会館大ホール
主催 ・ 琉球古武道保存振興会
後援 ・ 全沖縄空手道連盟
       琉球新報社

【平 信賢】
注) Wikipedia では没年月日は1970年(昭和45年)9月1日となっていて自宅は那覇市神原とあるが、上記プログラムでは9月3日木曜日で自宅は那覇市寄宮となっているため検証が必要かと思われる。

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時 ・ 昭和51年9月5日(日)午後2時
所 ・ 那覇市民会館大ホール
主催 全沖縄空手道連盟
後援 沖縄県体育協会 沖縄タイムス社

福地清幸範士は大正8年8月4日那覇市生まれ。昭和8年4月 中学生の時より沖縄剛柔流 比嘉世幸先生に師事。終戦後は剛柔流専武館道場を開設し、昭和43年5月 全沖縄剛柔会理事長、昭和44年12月 全沖縄剛柔会会長、昭和46年5月 全沖縄空手道連盟理事長(昭和48年5月再選)、昭和50年5月 全沖縄空手道連盟副会長を歴任し、昭和50年7月18日 満56歳で急逝。

(出演団体名)
剛柔流、中部少林流、小林流、松林流、少林寺流、松村少林流、上地流、琉球古武道保存振興会

(追悼演武友情特別出演)
1 セイサン         喜友名 朝有 教士 剛柔流尚武館
2 パッサイ(大)   宮平 勝哉 範士 沖縄小林流協会会長
(流派長演武)
1 アーラン     幸地 克秀 教士 中部少林流
2 鎌         赤嶺 栄亮 教士 琉球古武道保存振興会
3 パッサイ           新垣 盛起 教士 松村少林流
4 棒術 徳嶺ヌ棍   仲里 常延 教士 少林寺流
5 サンセーリュウ 上地 完英 範士 上地流
6 久留頓破          八木 明徳 範士 剛柔流
7 王冠        長嶺 将真 範士 松林流 

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昭和59年7月14日(土)〜15日(日)
主催 和道流空手道連盟
協賛 日本武道振興会・国際武道院・国際武道連盟

(内容) 
ー巻頭言ー 和道流流名の起源 和道流始祖 大塚博紀
大会次第
流祖 大塚博紀先生遺影
和道流 流祖 大塚博紀・略歴
神道揚心流柔術
空手道の概説(遺稿) 英語併記 和道流流祖 大塚博紀
祝辞
大会役員名簿
大会実行委員名簿
和道流空手道連盟役員名簿
和道流本支部名簿
和道流海外指導員名簿
武道の発祥(遺稿) 和道流流祖 大塚博紀
和道流高弟10名よる随想録
写真が語る和道流の歴史
大会競技規定
和道流年譜

A4サイズの大会プログラム形式であるが、参加選手のトーナメント表は別冊のため、これは記念誌といえるもので、内容は巻頭言で和道流流祖 大塚博紀の「和道流流名の起源」につづき、流祖の遺稿をはじめ上記のように、和道流について詳細に網羅されており保存版といえる。特に写真集は和道流の草創期から現在に至るまで37ぺージを割いて掲載されていて非常に貴重である。高弟の随想録も、単なる思い出話ではなく、今日の和道流の基礎を築いた苦労話が随所にあり、学生、社会人を経て高齢にいたるまで和道流にかけた情熱と熱意には頭が下がる。

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平成27年12月20日発行 [非売品]

「松濤會年譜」(57頁ー70頁)では、当ブログの中で紹介した船越義珍先生関係書籍の写真のうち、数枚がそのまま転載されています。

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「閑話休題」


ここ2、3日は東京五輪空手道競技の前哨戦であるプレミアリーグ上海大会を終えて帰国した空手女子形の元世界女王で糸東流に所属する清水希容選手が、決勝で相手選手と僅差のポイント差で敗れ、その敗因が審判から「呼吸音」で減点されたのが原因であったとのことで、来年の東京五輪出場を前に、この「呼吸音」の調整が課題であるとスポーツ各紙で報じられた。

空手の清水希容「私的にもショック」呼吸音が減点に-日刊スポーツ-6月10日

清水 空手PSから帰国、五輪へ秘策は“無音呼吸”習得-スポニチアネックス-6月11日

清水希容 女王返り咲きへ 呼吸音が難題に…高い音漏...-デイリースポーツ-6月11日

清水希容選手が決勝で演じた形が「チバナノクーサンクー(知花公相君)」である。審判も実際にこの形を長年鍛錬し経験したうえで、その形の中に包含される着眼点、留意点、呼吸法を把握して判定の材料にしたかは、はなはだ疑問であるが、そもそも糸東流が自流の形の中に喜屋武派(少林流、松林流、少林寺流)に属する「チャタンヤラクーサンクー(北谷屋良公相君)」などの形を登録して、あたかも、もともと存在する糸東流の形であるとしているのもよく分らない。
「北谷屋良公相君」については、 2015/12/8に当文庫のブログで紹介しています。
当文庫とコメントで意見交換している「北谷屋良公相君の問題|本部流のブログ」
https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12288564542.html 大変興味深い記事と経緯が掲載されていていますのでご参照下さい。)

世界大会ともなると選手を勝たせたい、優勝させたいという指導者の考えで、形競技にもその時期により流行があり、審判、選手、観客もその流行のなかで主観に流され、判定、採点を見失っているいることはないのか?

最近の傾向を見れば「アーナン」の形も、世界大会で優勝して脚光を浴びると、もともとは沖縄の劉衛流の形?なのに、他会派に所属する選手もこぞって「アーナン」をやり始め、「アーナン」を演武しなければ優勝どころか上位進出も無理があるような錯覚に陥っている。

今回、男子形では劉衛流の喜友名諒選手が「オーハンダイ」で優勝。伝え聞くところによると劉衛流では「アーナン」につづき、門外不出で一子相伝?であった「アーナンダイ」を初公開したとのことだが、「オーハンダイ」の間違いか?「アーナンダイ」と二つ存在するのか??形は見たところ「アーナン」と同じく、開手技が多く、蹴りも難易度が高い跳躍もなく下段の蹴りで纏められており、沖縄の古来の型から見ると異質に写り、演武者の技量にもよるが高得点を出しやすい印象を持った。

沖縄の三大流派(小林流・剛柔流・上地流)から見れば、こと形については劉衛流が最先端?の形で席捲し、形試合での得点争いでは他の流派の追従を許さないというのが現状と言っても過言ではない。

なぜそうなるのかというと、優勝する形は緻密さより見た目のメリハリを重視する傾向にあり(その証左に審判自身も自分の経験した得意形でないために、形の本質的な動きを見抜けず、どうしても表に現れる部分で主観的に評価される)、そのなかで判定が僅差である時には「呼吸音」なるものも判定に持ち出す。それであるならば「呼吸音」の判定基準とはいったいなんぞやと思うと、私もこれがまたよく分らないばかりでなく、審判員も明確な基準を持っていないと思う。

だから負けた選手も自覚するに値するミスもないのに、いつまでも疑問が残る。なにか晴れない気持ちになる。いつまでも納得がいかない。それだけ審判員の感情に左右されるということで、形競技での勝った負けたは「時の運」「試合に負けたが、勝負には勝った」と言っても負け惜しみに聞こえ、よもや「呼吸音」で判定が下るとは、なにかイチャモンをつけられているようで、なんともやるせない。

ただ、オリンピックへの空手の出場は東京大会のみで、次の2024年に開催されるフランス・パリ大会では競技候補から見送られたので(ヨーロッパでもフランスは空手の導入も古く、大人気で空手人口も多いが、、)いまのところ開催国の日本発祥の武道であるという理由から東京大会での参加が叶ったが、将来的には形・組手とも試合ルールの一貫性がないと、熾烈なメダル獲得を目指す各国の思惑が表面に出ることで、ルール上の解釈をめぐりトラブルが発生する懸念も十分抱えている。

空手は現在も流派会派が乱立する中で本土の四大流派を軸として、いちおう念願のオリンピック競技種目の参加を果たしたが、東京大会で正式参加種目とはいえ今後の継続的な参加を考えると大事な試金石となることは間違いない。

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