マルフジ

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物語と空間

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人生はチョコレートの箱、開けてみるみるまで中身は分からない」
このセリフを聞くとワクワクしてくる。
たまらなく好きな言葉である。

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そんなセリフからこの物語(1994/ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)は始まる。
知能が少し低い、主人公フォレストを愛情を持って接する4人の人物
その彼らをフォレストは義理堅く愛情で応えるヒューマンストーリーである。

その4人とは、体を張って彼に教育させたママ、いじめられるフォレストが「いくつになってもあの優しい言葉は一生忘れない」と声をかけた幼馴染みのジェニー、厳しい軍隊訓練のさなかフォレストに自分の夢を打ち明ける黒人のババ、そして事あるごとに彼を見守る戦争で上官だったダン中尉


印象的なのはバス停で隣に座った人に話かけているシーンで綺麗な身なりをしているのに、何故か履いている白いナイキのスニーカーだけがボロボロに傷んでいる。最初からそれが気になっていた。彼は途中のシーンで話す。(うるおぼえですが)「ママは靴でその人が分かる」この靴は彼が愛するジェニーからプレゼントしたものを肌身離さずずっと履き続けたことに後半ようやく納得する。

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その一途な主人公にジェニーは応えようやくハッピーエンドと思ったけど・・・
ネタバレするのでここまでとする。

主人公フォレストを演じたトム・ハンクスは、はまり役である。
しかし何か日本でもこの役に心当たりあると思い出すこと数分、思い出した!

これアホ役の天才、藤山寛美さんやと思った!

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 子供の頃、松竹新喜劇でアホ役を演じていた藤山寛美さんをよく見ていた。どちらも好きだが笑い倒す吉本新喜劇に対して藤山寛美さんのアホ役はアホになったりボケたりしても最後はアホの誠実さに泣かされ感動して終わる。これって、よう考えたらフォレスト・ガンプと同じ構図である。

どちらにしても薄汚れた心を洗ってもらえるような物語であることに間違いない。こんど藤山寛美さんが出ていた頃の松竹新喜劇を見てみようと思う。







 あるラジオ番組で、この短編集(2009/中島らも/集英社文庫)に収録されている「結婚しようよ」という物語について紹介していて興味があったので買ってきて読んだ。

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「結婚しようよ」や「ねたのよい-山口富士夫さまへ-」という物語は身近なミュージシャンが登場して臨場感ある生々しい物語であった。
しかし、これらは音楽が関係するストーリーなのだけれど「DECO-CHIN」というストーリーだけは完全フィクションであるが、めっちゃ面白かった!

 ある音楽ライターが嫌々バーターで音楽事務所が売り込んだバンドのコンサートを取材に行く。しかし彼の意に反し当日その下手なバンドに対して客が多かった。コンサートは予想通り退屈なもので引き揚げようとするが他の観客は残っている。そして、もうひと組のバンドが登場するとアナウンスがあり登場した幻の地下バンドの登場・・・そしてこの音楽ライターのとった行動とは・・・ネタバレすると面白くないのでここまでとする。
最初の友人である医者との会話が最後に効いてくる。

そんな中でこの短編集で一番の収穫は「ポケットの中のコイン」「ORANGE'S FACE」というより物語である。
これらは小説というよりレイモンド・カバーのように詩に近いストーリーでどちらもラスト5行(意図的?どちらも偶然5行である)が、
読ませる、響かせる、考えさせられる。

「ポケットの中のコイン」ラスト5行-
「あれから十六年たって、今、これを書いている。その時のコインは、今でもポケットのどこにある筈だ。ある筈だけれども今夜街に出て使ってしまうかも知れない。電話を遠い誰かにかけるか、あるいは何か小さなものを買うか、そんなことで使ってしまうかも知れない。どうでもいいことだ。巡り巡って、どこか夜の街角にたちつくしている少年のポケットに納まるだろう。そんな気がする。」

「ORANGE'S FACE」ラスト5行-
「これでこの話は終わりである。詳細はあえて書かない。ただ、筆者はこれを悲痛な話だと思わない。なぜなら、愛の至福の中にいる<オレ>を、朽ち果てていく日常の中にいる<オレ>は知らないからだ。彼女らはお互いの顔を知らない。「関係」のないところに悲劇はあり得ない。そんな意味でいえば、「伝記」というものはこの世に存在し得ないのかも知れない。

さすが舞台の脚本も手がけるからなのか見事なエンディングである。

この後に中島らも自伝「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」を読んだがこちらは痛快傑作!抱腹絶倒!ネタが尽きない(本当に凄い人!!)のでまた今度紹介したい。

 この映画(2001/韓国/クァク・ジェヨン監督)を観た感想は、やり過ぎ違うの?!と思った。

その理由は80年代のトレンディドラマを見て育った日本のジェネレーションにはドストライクなのですが、これでもか!これでもか!ラブストーリー定番のシーンをオムニバスのようにぶっ込んでくる。

エスカレーターでのすれ違い、地下鉄でのすれ違い、山で本音を話すが聞こえない、彼女の両親の反対、二人でタイムカプセル埋めた思い出場所、亡くなった元カレの記憶が消せない彼女など。

しかしそれをコメディタッチで表現しているところが
この作品最大の魅力!!

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しかし、こんなS綺麗な彼女がいたら私もどんな困難でも耐え抜くと思う。

このストーリーの続編を是非作ってもらいたい。
ハッピーエンドで結ばれたこのカップルが結婚してから後の話。
理不尽な嫁に耐え抜く(おしんのように)我慢強い夫のストーリーが観てみたい!!

その時シン・スンフンの名曲I believeの替え歌でI'm afraidを主題歌にして欲しい。

デリカテッセンを観て

 昨日オバマ大統領広島を訪問した。

これがきっかけになり、
"world without nuclear weapons"「核兵器の無い世界」
が来ればと切に願う!

偶然にも、このタイミングで核戦争後の未来の世界を舞台にした「デリカテッセン」(DELICATESSEN/1991/フランス/ジャン=ピエール・ジュネ監督&マルク・キャロ監督)なる映画を観た。
そういえば先日、読んだ「夏の扉」も核戦争後の未来小説だった。

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「デリカテッセン」は久々に奇妙で独特で面白い映画だった。
観てすぐにフランス映画で前に面白かった「アメリ」を思い出してたら、なんとアメリの監督はこの映画監督でもあるジャン=ピエール・ジュネ監督ではないか!

そう思えば納得するカ所がドンドン湧き出る。
ド近眼の娘自殺をしてもいつも失敗する婦人エスカルゴとカエルを部屋ごと水浸しで飼っている爺さん本当に地下に住んでる地下組織などコミカルに描かれているところはまったくアメリに共通する。

話はある肉屋があるアパート、核戦争後の食料難のご時世なのにこの肉屋の主人はどこからか肉を調達して彼一人だけ好景気である。肉屋の主人はこの宿のオーナーでもある。不可思議な事にこのアパートの住人が深夜、下の階(肉屋のある階)に行くと行方不明になる・・・

普通ならここでサスペンスかホラーの世界に入って緊張してくるが喜劇なので全然構えない。逆にとてもブラックジョークが効いていて面白い!

圧巻は肉屋の主人が女とのベット上での運動がベットのスプリングの振動になり、パイプの配管より各部屋に伝わり皆そのベット上の運動と同期(同じリズム)してチェロを演奏したり、自転車に空気を入れたり、機械で加工したり、ベット上の行為がMAXに近づく頃には皆ハイスピードになっている。


この作品の内容はネタバレすると面白くないのでここまでとします。
とにかくこの映画は面白い。

閑暇休題、冒頭のオバマ大統領が広島訪問の話に戻ります。
私もオバマ大統領のスピーチに感動した、日本では歴史的な事だとテレビでも第一報、新聞も一面なのでアメリカでもきっと、そうだろうとネット覗くとアメリカの世論はそうではない!

彼らのトップニュースは「トランプとサンダースが云々、NBAのキャバリアーズがどうたら、ジョニーデップの離婚がどうだの、ハルクホーホーガンが訴える」とかアトミックボム(原爆)よりアックスボンバー(ハルクホーガンの得意技)の方が大きく扱われている。
オバマ大統領、広島訪問の記事はかろうじて小さく扱われていることに少し残念だった。

あほらしくなったので、何となくスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)を観たくなった。


核兵器に対する痛切なパロディ映画である。





 最初、地味な本だと思っていたが,読むとドンドン引き込まれる。
たまたま家の軒先に落ちていたスズメ、彼は生まれながらに障害を持っていた。
自然の世界は厳しい。だから親に捨てられたのである。
彼は与えられた本来と違う環境の人生(鳥生か??)を歩む

そんな彼を世話すること12その主人公のスズメ(クラレンス)と著者の記録である。

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この本を読んで思うこと歳をとって、体にハンディが出てきたら(今も老眼やその他いろいろ症状は出てきているが・・笑い)その時また読み直そうと思った。

いかに動物が与えられた環境一生懸命生きるか、歳をとって体が不自由があればあったで自分自身で工夫しながら、生き抜くと言うより普通に生きているそれぐらい構えない自然に生きている。

それを彼らは努力とか言わない、老いも当たり前なのである。
(但し彼らもそれを自覚するまでに時間は要するが)

また興味深いのは著者のスズメの性格についての観察である。幼年期は目に見える範囲だった意識が、壮年期になって外界が気になるそして自己の自立心。そして老年期になるとまた幼年期のように目に見える範囲に意識が戻ること。

人の世界もそうかも知れない。

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ここから鳥つながりで話は飛びます。
と言うのも先日、ソウルに行った時、南大門の広場で初めてカササギを見た。

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カササギとは七夕の織姫、牽牛が1年に一回合うためにカササギが重なって橋になり合わせるという話があるのでとってもロマンチックな鳥だと思っていた。

大伴家持の歌でも表現されている。

かささぎの 渡せる橋に おく霜の
   白きを見れば 夜ぞ更けにける

何故こんなストーリーが生まれるかというと、カササギは一生つがい(夫婦)で行動することが由来らしい。
確かに南大門でも2羽いた。(写真は1羽だけど)

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何とクリスチャンな鳥だこと!
因みに韓国は今、仏教徒よりクリスチャンの方が多いとのことで納得。

しかしそんなクリスチャンで無い私でも、この鳥の鳴き声の悪いことにに幻滅した。本当に鳴き声が汚い!!

最初に見間違えたけどカラスの方が、はるかに鳴き声は良い!
これは意外だった。

閑暇休題、主人公のスズメのクラレンスは音楽家の著者の影響で高等なテクニックの歌が歌えたらしい。私の歌もカササギの鳴き声も環境変えればよくなるのか?
ここは五里霧中である。
オチがついたところでこれにて失礼!!








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