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物語と空間

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「野菊の墓」を読んで

 何を血迷ったか純愛小説を読んでしまった!
伊藤左千夫著(1906)

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 私がホラーの次に苦手なジャンルであるのに古本屋で本の厚みも薄いので買った。最近老眼で目が疲れ、厚さのある本は敬遠してしまい、その日のうちに読める本を選ぶ傾向にある(笑)

 そこでタイトルも知っていたこの物語を読んだ!

 読んだ感想を率直に述べると、約100年後の今日の日本ではこの物語のような男女、絶滅していると思う(笑)

 因みに「野菊の墓」って映画を検索すると松田聖子の初主演映画であった。おおよそ民子と対極のキャスティングにびっくりした〜!

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山口百恵主演映画もあるようだ。

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 それより木下恵介監督「野菊の如き君になりき」(1955)を見て見たい。

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 このタイトル私が好きなジョン・フォード監督「わが谷は緑なりき」(1941)と全く近い純愛ストーリーであるので納得する。

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「わが谷は緑なりき」についてはこちら


 木下恵介監督は「わが谷は緑なりき」を意識したのは納得出来る。

 物語の最高潮は二人で最後に出かけた棉狩りのシーン、ここに尽きる。

男女の恋心が芽生えた葛藤が何とも言えない描写である。

 この世界は苦手だけどたった七十数ページの超ど直球の純愛物語は、
そんな感情も、もう薄れたオッサンにも響く物語であった。



 NHK朝ドラ「半分青い」の漫画家の先生のオフィスが面白かった。

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 漫画家先生の机の上にはフランク・ロイド・ライト照明器具が2基もおいてある。
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 そして背景に移るオフィスの柱がH型鋼の柱になっているが、注目するのはその色使いとボルトである。外側が黒で中が赤、どことなく漆黒朱色漆喰茶碗を思い浮かべる

 確かに和の影響があるが、この柱のデザインはフランスの建築家ピエール・シャロー(1883〜1950)のガラスの家(ダルザス邸)である。

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出典:GA/ガラスの家:ダルザス邸/1988より

「半分青い」のセットは柱の上に穴空きH鋼の梁を入れているが天井まであの柱で通してもらいたかった。

 この住宅ガラスブロックを採用した先駆的な住宅である。
パリに行った時、フランス語も話せないのに(笑)飛び込みでこの住宅を尋ねたことがある。
残念ながら留守で門越しに中庭を隔てたガラスブロックを覗き込んだ記憶だけある。

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出典:GA/ガラスの家:ダルザス邸/1988より
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出典:GA/ガラスの家:ダルザス邸/1988より

 この住宅の完成度はとんでも無い密度である。
細部に至るまで神経が使われている。
今見ても新鮮であるが1920代の建築である。

このガラスのファサード(正面)当時は相当ぶっ飛んだデザインであったはずである。

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出典:GA/ガラスの家:ダルザス邸/1988より
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出典:GA/ガラスの家:ダルザス邸/1988より

 ピエール・シャローはこの住宅一発であるが、おおよそ100年後の現在でもその影響は計り知れない。このような建築を1つでも作りたいと今でも思っている。

 その思いを思い起こさせてもらった「半分青い」の制作スタッフの方に感謝である。

 いつもブログでお世話になっている蓮さんのブログで「夜のミッキー・マウス」(谷川俊太郎/新潮文庫/H18)という詩集紹介されていたので、私も読んで見た。
               ↓

タイトルからして興味が湧いた。
「夜」と明るく楽しそうな象徴である「ミッキー・マウス」をくっつける。
そのアイロニな表現にビビッときた。

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 冒頭に載る「夜のミッキー・マウス」より
「夜のミッキー・マウスは 昼間より難解だ ・・・」と始まる。
詩集なら読みやすいとお思って読んだけど、この冒頭のセリフがいうように自分には難解であった。

 舞台裏のミッキー・マウスの真実を誰がこんなに想像しただろうか?

 谷川俊太郎さんの作品を初めて読んだが、
「よげん」「ちじょう」神のように引たり、
「百三歳になったアトム」のように時空を超えたり、

凄いな〜と感心していると「無口」のように、
これは自分のことを書かれているのか?
と思わせるような現実の細かな表現をしたり、

その縦横無尽に表現されるところが、
読み手を裏切り難解であるように思う。
それが魅力的なのかも知れない。

最後に「無口」の最後の節より

「永遠も無限も人間の尺度に非ずと心得て、
恋人の心理を小数点三桁まで憶測するのが喜び
夜はゴーヤで安いワイン(デザートは多分バナナ)
風呂と布団にスキンシップの極意を極め
あとは日々の細部ビックバンに連なるものを探すだけ
 岐阜の知人から「獣の奏者」(上橋菜穂子著/講談社講談社文庫)面白かったとメールもらったので1巻だけ買っていたけど、読まずに家に放置していた。

 今回風邪ひいてこれでも読んで見るかと読んだらびっくり!
面白くて続きが読みたくて、風邪で寝込んでるくせに外出して本屋に行き2巻買って体がしんどいはずなのに深夜まで読んでいた(笑)

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 冒頭から主人公の母親の壮絶な死のシーンに引き込まれてしまう。
母親は娘を助けるために掟を破り秘術を使う。
母親は主人公の娘との今生の別れ際、この秘術のことは言うなと命じて犠牲になり亡くなっていく。

 もうここだけで完全に「この少女はこの先どうなるのだろう?」
とどんどん先を読んでみたい衝動に駆られていた。
 どうやら作者の秘術に完全にはまってしまった(笑)

 ネタバレするのでその後のストーリーは言わないが、主人公の彼女だけでなく彼女と関係する人々や獣のストーリーも布石として散りばめられエンディングに近ずくにつれその散りばめられたパズルが合わさってくるのが心地良い。

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 この物語、ファンタージー小説なのに匂いの描写が生々しく、それが五感を刺激するのかリアルに感じるところも不思議な物語である。

 また本当にこんな国あるように思えるがどの国か該当しない無国籍な世界も不思議で、その辺りアルフレート・クビーンの架空の都市を描いた物語「裏面」[こちらは怪奇小説でとっても読むのに疲れるけど・・・(笑)]を彷彿させられた。 
                                            ↓


 知らなかったけど帯を見ると、2015年の本屋大賞になっていたり、あとがき見るとNHKアニメ化もされていたようである。

とにかく久し振りに面白い物語なので3〜4巻も読もうと思う。
(一応、1〜2巻で完結している、3〜4巻はその後の話らしい)

 因みに昨日、オウム真理教地下鉄サリン事件から23年だったらしい、その当時、冒頭に登場した岐阜の知(恥?)人とイタリアでバックパッカーとして旅していたが、行く先々で「お前たちはオウム真理教か?」と尋ねられて迷惑した記憶がある。あの時は世界中サリンを撒いた教団のニュースが連日報道されていた。
 この物語、いつもウイットに富んだ「コリー・ファルコン・スコット」さんのブログで紹介されていたので気になって読んでみた。

 短編集なので読みやすくて面白くて一気に読んだ。

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 作者アラン・シリトー(Alan Silitoe1928〜2010/イギリス)を知らなかったけど、彼の視点は現実を直視し、主人公の突き放されたような結末に至った過程に焦点を当てる。
例えば街中で昼間から酔っ払っているオッサンでも彼がここに行き着く物語を掘り起こすように。

 そんな中でも本のタイトルになっている「長距離走者の孤独」(1959/新潮文庫/丸谷才一、河野一郎訳)は読み応えがあった。
人生を斜に見ているシニカルな少年の物語である。

前半は感化院(少年院)に入れらるまでのストーリーなのだが、反抗的で有りすぎてあまり共感できなかった、そんな彼はクロスカントリーの選手として感化院の院長から期待をかけられ、クロスカントリーの大会に出場してスタートする辺りから急に展開が面白くなってくる。

少年が走っている間に血まみれで亡くなった父のことなどが走馬灯のように思い出すシーンがある。その亡くなった父の死に人間の尊厳を垣間見た少年は偽善で満ち溢れた世の中に一石を投ずる行為を行う。
ネタバレするのでこれ以上は言わないけどラストは痛快であった。

 何となくサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」(1951)を彷彿する物語である。

 その他の作品も前者の作品に負けず劣らず、主人公を突き放したストーリーで少しかいつまんで紹介する。

 「土曜の午後」:自殺を試みる男とそれを見学する少年の話である。そこから少し抜粋する。
「・・・彼はポリ公やみんなに、はたしてそれが彼の命かどうかを証明して見せたからだ」

 「漁船の絵」:十数年たって逃げた妻があらわれた、しかし決して妻は夫の家に住まない、お金に困っていると献身的に妻に貢ぐ夫、その妻が交通事故で亡くなって見えてきた妻の二重生活は笑ってしまうしかないほど男の哀れさ(夫だけではない)が滲み出ていた。

アーネストおじさん」:自分が良かれと思った施しは周囲には悪意に見える。

「レイナー先生」」:教室の窓越しに見える店舗で働く女の子とそれを観察する先生の話。

 どれも秀逸で面白かった!

 因みにこの本のカバー池田満寿夫氏が手掛けているコラージュである。
主人公のクロスカントリー選手のような男が走る写真にユニオンジャック(これがないとアランって幸福論書いたフランスの先生か?と思った)と素晴らしいカバー表紙である。しかし、この裸の走る男の写真どこかで見た覚えがあるとうちの本棚を見回すと出所がわかった。

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 エドワード・マイブリッジ(1830−1904イギリスーアメリカ)の 「THE HUMAN FIGURE IN MOTION」という連続写真の本に登場すると同じ人物である。

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 この本、もう20数年むかし同僚だったアメリカ人のジム君と東京出張で神田神保町の古書街を寄り道したとき彼が「この本は良い本だから買っとけ!」と押しつけられた本である。

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 人間そのものである裸の男、女、子供の所作を機械的な背景のグリッドと連続写真という手法で撮られた所が魅力的な写真集である。
久しぶりにこの写真集も見直せて良かった。

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