マルフジ

マルフジ建築研究所のブログです。SALVE !訪問頂きまして有り難うございます。

物語と空間

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 ツタヤに「君の名は」(まだ観ていないので)がレンタルされたと聞くので行って見ると全て貸し出し中であった。

 そのまま帰るのももったいので映画エリアをうろつく。
するとおっさんが滅多に足を踏み入れないラブストーリーのコーナー(こことホラーだけは苦手)でジュリア・ロバーツこっちを見て微笑んでいた

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 それがきっかけでこの映画を(ノティングヒルの恋人/1999/イギリス/ロジャー・ミッシェル監督)を借りて観た。

 もしも私の家にジュリア・ロバーツが尋ねて来たら?
そして彼女が私の家の風呂に入っていたら?
同じ地球上にいるのだから可能性はゼロではない。

 誰でも女優や男優が自分の彼女や彼氏になればという願望は夢見るものである。そんな大きな勘違いを一瞬でも夢見させてくれる物語である。

 小さな町(ノティングヒル)にある一介の本屋の主人が大女優と恋に落ちる、何度か二人は破局して最後に彼女が彼の店に行って告白するシーンがある。
このシーンの主人公アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)は最高に健気で美しい!

あんな顔で言われたら世界中の男は誰でもイチコロだと思う

 ラストシーンは「ローマの休日」のオマージュなのかアン王女(オードリー・ヘップバーン)と新聞記者(グレゴリー・ペック)と同じく記者会見のシーンである。しかも背景まで立派なシャンデリアが吊されて(こちらはホテルだけど)同じようにしてある。


 大女優アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)に記者に化けた本屋の主人ウイリアム・タッカー(ヒュー・グラント)が記者会見で逆告白する。



こういう終わり方もいいものである。

 そう言えば同じイギリスの本屋がつながりで「チャーリング・クロス街84番地」という映画を何故か思い出した。円熟したラブストーリーで初老の私にはこちらの方が共感するストーリーである。
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 舞台は誰もが開放的になるハワイ(行ったこと無いけど、笑)、そのハワイで次から次へ女性を取っ替え引っ替えしていた、すけこまし男がある女性に恋をしてしまう物語(2004/アメリカ/ピーター・シーガル監督)である。

 彼女と出会った初日に翌日のデートを約束、彼女の方もまんざらでは内様子。
 約束通り翌朝二人が出会ったカフェに男が向かうと約束通り彼女がいた。昨日のノリで彼が話しかけると、何とその彼女は彼を不審者扱い、顔見知りの店員を呼んで彼を追い出してしまった!

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 今まで女性に百戦錬磨だった彼には思いもよらない仕打ち!
彼にはどういうことだか理解出来ない!
彼女をよく知る店のママが彼を外に連れ出し、彼女の理不尽な行動のわけを聞いてようやく納得する。

 彼女は数年前ある事故で脳に障害を持ち、事故以前の記憶はあるがそれ以後の記憶1日寝ると消去され事故当日にリセットされるという症状であった。
つまり前日にあった出来事の記憶はまったく無い

 冗談のような話だけど、私も同じような経験がある。
私の先生であったある先生が脳血栓で脳に障害を持ち、体は何処も異常宇が無いのだが、まるっきり記憶喪失になったと聞いた。

 その先生のお見舞いに行き、私の顔を見ると覚えているようにニコニコしだしたのでホッとしたら「あ〜○○君」とまったく知らない人の名前を呼ばれ、これは冗談なのか?正気で言っているのか?戸惑った。

 その先生がまったく私の記憶が無いのなら見知らぬはずの私に使う言葉は他人行儀になるはずなのに(かなりナイーブで神経質な先生だったので他人には年下でも丁寧語、知り合いにだけ大阪弁と使い分けていたので)親しく話しかけてくれるので私を認識しているようにも見えるけど名前を認識していない。うる覚えですが安部公房「壁」という物語がたしか名前が無くなる話でまさにその状態?こちらが逆に半信半疑な状態で頭がおかしくなってくる。

 そして彼の話す会話もまるで漫才のネタのようにツッコミ入れたくなるように話が突然変わる。もちろんわざとボケっているわけないのでこっちが突っ込んでもスルーされる。

 流暢に話すのだけど「そのタオル一匹とってください!」と数字の単位まで冗談では?と思わせる。しかしこれって小さい子供ならよくある事である。

 その先生と数時間、夕食も一緒にいたけど、何処までが正気で何処までおかしいのか?それをずっと確認しようと試みたがタイムオーバー結局解らず撃沈して帰った記憶がある。

 その先生は家族の計らいで施設にあずけられたけど現在も進展は無い様である。

 閑暇休題、映画の話に戻します。
そういう本当にありうる奇妙な出来事を逆手にとったら素晴らしいストーリーになるもんだと感動した。(一説には実話とも言われてる)

 だって今まで百戦錬磨のすけこまし野郎何度もあの手この手を使って彼女を振り向かせるそれがコメディタッチで面白い、何度も前向きにアタックする彼の姿勢に敬遠していた彼女の家族も次第に認め、彼女に「彼はおまえの彼氏だ」と認めさせ彼に協力していく。しかしいろいろトラブルが発生して彼は諦めて旅に出る。旅に出た当日、彼女がよく歌っていた歌を唱ったとたん!彼女が彼を全て忘れていたわけではないある事象に気づく・・・その後はネタバレするのでここまでとするけど感動した。

 あと医師役でどっかで見た顔だとおもったらダン・エイクロイドだった。
(基本コメディなので少しは笑わすのかと思ったら一切お笑い無しの誠実な医師役)

 エンディングにポリスじゃなくレゲエでUB40[Every Breath You Take](見つめていたい)が流れて来た時は、この物語にふさわしい選曲に思わず「上手い!」と思った。

 そしてエンディングロールの最後も同じくレゲエで[True]が流れる。
この物語に登場する家族すべて[true]「正しい」と言う言葉が相応しいと思った。

 久々に感動した物語だった。


 へそ曲がりな性格か私は村上春樹だけは今まで避けて通った。
何故なら人気があるから。

 たまたま古本屋で上下セットで売ってたので買った。
それを移動が長い栃木の現場に向かう途中に読んだ。
新幹線でうるさいおばさん軍団(私もうるさいオッサンだが)が途中から乗ってきて私の近くの座席を占領した。話し声がうるさくて気を落ちつかせようとヘッドフォンしてスマホでビル・エバンスのワルツ・フォー・デビィのアルバムを聞きながらこの本を読んだ。すると何とこの物語の中に今聞いているワルツ・フォー・デビィが登場してくるでは無いか!これも縁だと余計に読み進めてしまった。

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 感想は主人公の年代はとっくに過ぎ「レイコ」さんとも一回り以上違う親父の私は視点が違い「緑」のような娘を持つことが理想だと思った。

素直にもっと早くこの本読んどけばと思った。

 この「もっと早くこの本読んどけば」という感情はサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」読んで以来であった。しかもこの物語も彼は訳している。

 因みに「グレートギャッピー」私はそんなに好きでない)以外、私の好きな本に彼は全て関わっている。
自称「フィリプ・マーロゥー」の私が大好きなレイモンド・チャンドラー、先に出たサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」カポーティの「ティファニーで朝食を」はたまたレイモンド・カヴァー「大聖堂」まで琴線に触れる。
そんな奴の本を読むとろくなことはないと思っていた。

 でも悔しいけど読んで面白かった!
「ライ麦畑」のように青年期の悶々とした感情、青春の1段1段を駆け上がる様子、そして天真爛漫な「緑」と受け手の「ワタナベ君」の関係は「ティファニーで」「ホリー」と「僕」の関係のように思った。

 そしてこの言葉
「私たちは不完全な世界に住んでいる不完全な人間なのです」

 ラストシーンも自分の居場所さえ不完全であることを痛感した物語であった。

 次はこの物語に登場した私が読んで無いものを是非読みたいと思った。
「ケンタウルス」「ロードジム」「性的人間」「魔の山」「八月の光」
など

 因みに「ノルウェイの森」に登場する、毎朝国旗掲揚する主人公が住む寮は今話題の加計学園お上と戦っている前川前文部事務次官お爺さんが作った寮がモデルであるらしい。
それもこの本を読もうと思ったきっかけの一つだった。

「石の血脈」を読んで

 以前、五木寛之「風の王国」という小説を読んで大変面白かったことを、岐阜の痴人に話した。(この本も彼に紹介された本だが)それは古代ロマンと現代の結びつけが本当に有りえるように思えたからだ。そのことを熱く語ると、それが面白いなら「石の血脈」(半村 良 著/1971)も面白いよ!と紹介されて買っていたが分厚いので読む気になれず、3~5年ずうっと枕元の書庫に放置していた。

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 それが少し読んで見ると、今忙しいにもかかわらず一気に引き込まれて読んでしまった。シューリマンが発見したトロイの壺、その壺の中に隠されたオリハルコンは永遠のメッセージだったのか?のっけから引き込まれてしまった。

 引き込まれたきっかけはには伏線があって、この本を読む前に梅原猛「水底の歌」という柿本人麿流罪説のストーリーを読んでいた。学生時代彼の「隠された十字架」を読んで感動してその舞台となった法隆寺、飛鳥、そしてヒール役、藤原鎌足が祭神となる談山神社を散策したものであるが「水底の歌」についての説は強引過ぎるのと、ねっちこくそれらを扱った歴史家を否定するので、あまり好きになれなかった(「隠された十字架」もかなり強引な説だけど)。

 この場合の「強引」とは歴史の立証に無理があるということで、エンターテーメント(物語)として、これを扱うとめちゃくちゃ面白いだろうなと思った。読んでいないけどやはり、この本を元にした小説が存在するようである。

 閑暇休題、そんな伏線によりエンターテーメントに徹した「石の血脈」を読むと素直に面白く痛快であった。

 主人公が建築家だったことも町の建築屋である私には興味をもった一因である。記号として建築を読み解くシーンはもの足りないが思わず読ませられた。

 途中エロ小説かというカ所もあるけどマンディアルグ読んでると、この程度は可愛いものである。

 あと痛感したのは昭和の人間としてケントのタバコが登場したり、電話や写真の描写が思わず昭和にフィールドバックしたようで楽しかった。

ネタバレするので言わないけど最後の大どんでん返しは痛快である。

「峠」を読んで

 連休前に忙し過ぎたのか風邪をひいてしまい連休前半は家で養生していた。

 退屈なので以前途中まで読んで、ほったらかしにしていた「峠」(1966/司馬遼太郎著/新潮文庫)を読んだ。

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 今回は一気に読んだ。前半は主人公、河井継之助陽明学を根本に行動する破綻な生活や京都でのアバンチュールスイスのように永世中立国を目指す為の軍備などとても面白く読ましてもらったが、官軍との交渉決裂から開戦〜敗戦の下りがあまりにもあっけないストリー展開が残念であった。

 そう言えば今まで読んだ司馬遼太郎の主人公は坂本龍馬、吉田松陰と高杉晋作、大村益次郎、秋山好古、秋山真之兄弟彼らは全て不慮の死もあるけれど歴史的には英雄であった。

 やはり敗戦の将を表現するのは難しいのか?と思う。
それなら前半に登場した同じ陽明学の雄大塩平八郎の乱後半からラップさせた方がより感動的だったのでは?または会津の柴五郎の幼少期をラップさせれば反官軍の精神連関になって面白かったように思った。

 しかし河井継之助の危機管理は平和ボケしている私達には必要な気がする。

 例えば今話題の北朝鮮問題、私が北朝鮮の工作員なら間違いなく日本にミサイル攻撃しないで沢山ある原発を狙う。
そういう意味で私は原発反対派である。

 閑暇休題、「峠」の後書き読んで納得したが当初作者の司馬遼太郎は短編で河井継之助を描いたものがあり、その物語は彼を英雄扱いしないで間違った戦をした無能な将として書かれたものらしい。

 同じ人間をまったく違ったベクトルで描いたこちらの物語も読んでみたいと思う。

 因みに今ついでに「菜の花の沖」を読書中。







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