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物語と空間

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「魔術師」を読んで

 先日、ある芸人が「狐につままれたような」と言う言葉を使っていたが、この物語( The Magus/1965/ジョン・ファウルズ/小笠原豊樹訳/河出文庫)はまさに「狐につままれたような」という言葉が相応しい物語であった。

この物語は長編であり、最初の1部はギリシャの孤島に赴任した新人教師の主人公ニコラスの孤島での淡々とした暮らしが表現される。これが退屈退屈で、お経を読んでいるようであったが、ここに後半のドラマチックな展開の伏線が散りばめられていた。

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そんな彼が孤島で誰も付き合いがない、第二次世界大戦時にナチスドイツと関係があるやないやと島で評判になっている老人コンヒスとで合う。
この老人の所有する別荘地が広大で島の海に面する入江から半島までつづく。
そしてこの別荘地に出入りするある女リリーに恋をする。

主人公ニコラスにはアリスンという彼女が居るに居るが二人の関係もどちらも微妙な関係であった。リリーに熱をあげてしばらくしてアリスンがギリシャにやってくる。しかしニコラスはもはやアリスン以上に気になる女がいることを彼女に打ち明けて別れる。

そんなこともあり、二人は急接近する。
しかしそのリリーのおしとやかな性格が時折ワイルドに変貌する。それがおかしいと付き合っていくうちに明確に気がつく、リリーは双子の姉妹の姉が居たのである。彼女達が入れ替わり立ち替わりニコラスの前でリリーを演じていたのである。

「どうしてそんなひどい仕打ちをするのか」とニコラスがリリーに問い詰めると実は老人コンヒスが女優である彼女達を雇ってニコラスに近づくよう脚本まで書いて指示していたということをリリーがカミングアウトする。
「しかしあなたのことが好きなのは本当にである」と正直に打ち明けられる。

こういった寸劇がばれた老人コンヒスは諦めて、だましていた双子の姉やその他のメンバーを連れてアテネに戻る。ここで晴れて二人っきりになったニコラスとリーリーはようやく部屋でゴールインを向かえる寸前・・・大どんでん返しが起こる!!(コンヒスの企みは寸劇程度では無かった!)
第2~3部

ネタバレするのでここまでとしますが、
ここからが怒濤の展開が続いて一気に面白くなる。

 第二次大戦時のイタリア、ナチスドイツにおけるギリシャへの迫害の描写が真に迫る歴史観や、舞台がギリシャの孤島からアテネ、ロンドンと移りいくが追っ手が迫ると感じるサスペンス観、そして主人公ニコラス同様、読み手も現実と虚構が交錯して境界がわからんようになる。
だから話の先が見通せないのでドンドン読み進めてしまう。

 文中で主人公が[僕は「十二夜」の「マルヴォーリオ」だ]という台詞が登場する。そう主人公ニコラスは秩序が大事で真面目すぎていじめに遭う執事マルヴォーリオのようにたしかに見える。

それより、この本を読んでる途中あまりにも退屈だったのでシェイクスピアの「十二夜」を読んでいた、あまりにも偶然なタイミングで十二夜が登場してビックリした。これもこの物語が仕掛けたワナでは無いかと思った。

 実はこの本を面白いよ勧めてくれた先生がいる。
建築の大先生であるが博学で音楽や食、語学や文学、何でもこちらの質問以上に応えてくれる。

この先生は二年前に脳に血栓が詰まって入院してもう家族以外会えない。

彼が晩年、屋久島で自営のホテルを建てる計画をしていた。
私もお手伝いでよく屋久島の現場に同行したが先生の入院で計画は頓挫、中止となった。

その現場の敷地のロケーションがまったくこの魔術師に登場するロケーションと同じである。別荘の有る建物を下ると海の入江があり、その敷地は半島まで達する。
今頃読んでそれに気がついた。
本人はそれに気づいてもらおうと渡した本だったのかも知れない。

この本の通りなら「入院しているのも嘘だよ」とケロッと私の前にまた現れるかも知れない。この物語で登場するコンヒス老人のようにアイロニックな人物であるので有りえる話である。

閑暇休題、ずっと夏の間読んでたがようやく読み終えた。
もう秋だけど・・・
この物語のエンディングは秋で終わるので結果オーライとしよう!
しかし、とっても長〜い物語だった。

 また今読んでる長編小説が退屈になり、寄り道をする。
本屋のお薦めコーナーにこの本(恩田陸/2004/新潮文庫)があったので買って読んで見たら面白い!一気に読んでしまった。

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 腹違いの異母兄弟といっても、男と女、彼らはあえて接触を避けていた。
ところが高校が偶然同じになりしかも最終学年の3年のときにクラスメートになる。

自分達が異母兄弟なことは、お互い親友にも内緒、トップシークレットである。仲の良い周囲の友人達は何となく同じ匂いのする彼らが付き合っているか若しくは好きあっているのだろうと誤解をしていた。

そして3年最後の行事「歩行祭」がやってきた。
80キロを昼夜にわたってただひたすら歩く行事である。
この行事にダブルキャストの片割れ(女性の方)「貴子」秘かにある賭をした。

もう一方の片割れ「融」も彼女(貴子の事)を異常に意識していた。
この二人お互いに嫌われていると思っていた。
そういう意識も兄弟であるのか磁石のように以心伝心シンクロしている。

その微妙な関係がとても緊張感が有りこの物語を面白くしている。

 山あり谷ありの80キロの歩行祭、いろいろあったけど最後の10キロあたりで彼らの友人達はとうとう彼らを2人きりにする。
そこで貴子がある賭を実行する。

素直になった彼女と彼!ネタばれするのでここまでとするベイビー!
(このベイビー!のフレーズ読んでる人はその救世主が頭に蘇ると思う)


 因みにこの「歩行祭」って筆者の母校で実際に行われていた行事(80キロでなく70キロ走行だったようである)であるらしい。
これって男女共学の高校だからこういう爽やかなドラマが生まれる。
私がいた工業高校なんぞ男ばかり(一応共学だが学年で女子3人だけだった)で暑苦しくドラマが生まれないというか皆目無かった!

オチがついたのでこれにて失礼!

「十二夜」を読んで

 この夏に読破しようと思っている、ある長編小説が少し退屈で、退屈しのぎに古本屋で何気なく買ったこの本を読んだとき、その面白さに一晩で一気に読んでしまった!それほど解りやすくインパクトがあった。

 舞台はイリリアこれってイタリアの誤字なの?と思っていたが実際にイリリア国(illyrians)なる国があったようだ。その範囲はイタリア半島のアドリア海挟んで対岸、スロベニア、クロアチア、ボスニア、モンテネグロの旧ユーゴスラビア地域とアルバニアのバルカン半島北西部がイリリア国だったようである。
作者のシェイクスピアが活躍した1600年代にはその国が存在していたかどうかは?である。

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 イリリア国の公爵があるに恋をしていた。
しかしこの姫は亡くなった兄が忘れられず他の男と恋をする気にもなれない状況であった。

そこに現れたのが主人公の大嵐で舟が難破して双子の兄弟がちりぢりなったある名門家の娘、彼女が一目惚れした公爵の為に男装して彼(公爵)の使用人となり、かたくなに公爵の求婚を断る姫を説得に向かう。

しかし恋とはいたずらなもの、姫は説得にむかった彼(実は彼女)に恋をしてしまう。(ここで既に三角関係)

この恋を巡る話とそれを取り巻く彼らの従者達のいざこざ話がごちゃ混ぜになりハチャメチャで面白い。

しかしここまではまだ序の口、ここから面白さに拍車がかかる。

難破して亡くなったと思っていた双子の兄がこの国に訪れる。
双子の妹が男装している容姿は双子の兄とうり二つである。
その兄が揉めていた世界に理由も知らずフェードインしたものだから、ハチャメチャな話がドタバタ劇にかわる。

人の世の滑稽さを表現したこの物語は、
遠く離れた国でも、
400年以上たった今でも
普遍である。
だからとっても新鮮にこの物語が読めたのだろう。

この物語で伯爵に従者である道化ため口で話すシーンがある。
何で主人にため口なの?と思っていた。
調べて見ると彼らのような宮廷道化師(Jester)は格好は着ぐるみを着ていてペットと同様であるが、人を笑わしたりする為だけでなく主人に批判することも許されていた貴重な存在だったようである。
だから最後のシーンも道化師の歌で終わるのも納得する。
              ↓

ハッピーエンドで話は終わるが、ところで双子の兄を構って捕らえられた男前の船長アントニオは最後どうなったの??
唯一これだけが放置されていてどうも気になる。

それはともかく、この物語は面白い!

SWING!っていいですね!


本当にみな演奏しているスイングガールズは格好いい!! 

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うらやましい、音感のない先生役の竹中直人さんと同じ境遇ですが・・・・

ムーンライトセレナーデ

テイク・ア・A・トレイン

インザ・ムード

シング・シング・シング

昨年観た、映画「セッション」と同じように、のめりこむ!!!

LOVE

これ聞きながら♬♪書いてます!

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 いつも寝に映画にくるオヤジ、その寝ているオヤジにいたずらする悪ガキ達、赤ん坊に乳をやりながら映画を観る母親、ラブシーンをポルノ呼ばわりする神父、何回も居座って見続けとうとう係員に追い出されるもの、2階の特等席からバカにしたように下につばを吐きかけるもの(最後仕返しされるのが痛快)、何十回も見ているのでセリフを先に言うもの。

当時の映画館の活気のある光景がここに繰り広げられる。
まるでリビングルームのようである。

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 映画「ニューシネマパラダイス」(1988/イタリア/ジョゼッペ・トルナトーレ監督/デレクターズカット版)の主人公の少年トトはみんなを虜にする映画が飛び出る魔法の箱(つまり映写室)に興味があった。箱の中を覗くとその魔法の元である光に写し出すフィルムが映写機にかけられ廻っている。そしてカットされたフィルムが床に転がっている。
少年トトはその床に転がった魔法の一部をポケットに詰め込む

 私も若い頃、カメラをやっていたので(偉そうに言ってますが動画でなくスチルカメラ、白黒でしかも35ミリですけど・・)フィルム現像して乾かしている長いフィルムを「いいカット撮れているかな?」と主人公トトのようにワクワクしながら見ていた。

実像ではないフィルムにはそういう魔力があった。フィルムだけでは分からない、そのフィルムに光を当てないと一般の人には解らないフィルムだけの世界は楽しかった。特に白黒反転するネガフィルムはポジフィルムより何となく神聖に思えた。


 閑暇休題、主人公のトトは床に転がったフィルムをポケットに詰め込んで映画技師であるアルフレッドに叱られる。そしてあまりにもフィルムに執着するトトにアルフレッドが約束する。

(セリフはうる覚えです)
「ここにあるカットしたフィルムを全てお前にやる。だからもうここにはくるな!しかしそのフィルムは俺が預かっておいてやる」

「おじさん、じゃそのフィルムはいったい何時僕にもらえるのさ!」
と文句を言いながら素直にトトは家に戻る。

四十数年後、ラストシーン(デレクターズカット版の)でその約束が実行される。
亡くなったアルフレットはトトへ自分の肩身としてあるフィルムを残した。
映画技師ならではの彼が残したそのフィルムの内容とは・・・

この最後のシーンに笑って泣かされた!

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