丸いウォンバットの観察日記@

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最後のバラード 24

 時は流れ、季節は移り変わる。
北の国に寒波が押し寄せ、雪が舞い始めた。
これより先、この港町は雪に覆われた寂しく、厳しい季節を迎える。
 俺はライフのステージにも慣れ、それに伴い閉店間際の客も増えていった。
特に、いつも最後に唄われる無名のバラードが好評で、
誰が名づけたのか、客たちの間では
「シンデレラへのラヴソング」と呼ばれていた。
多分に、午前0時の閉店に合わせて唄われるからだろう。

 ある日、俺の元に沢口から一通の手紙が届いた。
将は今年の秋に結婚し幸福な生活を営んでいる。
俺はあいつにだけは今の居場所を教えていた。

 手紙の内容はロサンゼルスに渡って足の治療を受けている
木島についての事であり、
治療の経過が良好で少し歩けるようになったことと、
年内には退院し帰国できるのではないかという事が
将らしい簡潔な文体で書かれていた。

 木島、帰ってくるのか。
俺は心の中でそう呟き手紙を上着の内ポケットにしまった。
大切ななにかを胸の中にしまいこむ様に。

 その日の午後、俺は気晴らしのため散歩に出かける事にした。
雪のちらつく街のメインストリートを歩いていた時、
とある一枚のポスターが俺の視界に入った。

 全国ポピュラーソングフェスティバル地区予選。参加者募集。
白黒、二色で刷られたポスターの上段にはそう書かれていた。
ポピュラーソングフェスティバル、通称ポスフェと呼ばれる
民放ラジオ主催のコンテストで、
歴史は浅いが入賞者からは多数の実力派アーティストを世に送り出している。

 コンテストか。俺の心の内側で、俺自身、
いや、俺の歌をもう一度試してみたいという野心が
ふつふつと湧きあがるのが分った。
俺はライフに帰り、さっそくデモテープを作ると、
申し込み書と共に事務局に郵送した。

 二週間後、俺は地区予選出場のため、電車で1時間ほど揺られ、
予選会場のある街へと向かった。
 最近、俺とマミは心許せる友人のような関係となっており、
お互いに店やステージの事で相談しあっていた。
しかし、俺は今回コンテストに出場する事については
マミには話していなかった。
なぜかといえば、話す機会を逸してしまったのと、
俺の心のどこかにためらいや引け目を感じていたからだろう。

 俺は昼過ぎに会場となるコンサートホールに着いた。
午後1時の予選開始を前にして会場内は独特の張りつめた空気に包まれている。

最後のバラード 23

「梨花」

無意識のうちに忘れられなぬ人の名を口にしていた。

「梨花って恋人の名前?」

いつからだろう、背後にマミが寂しげな表情で立っていた。
否、俺が存在を忘れていただけで、ずっと後ろをついて来ていたのだろう。

「むかしのね。そう、今はむかしの・・・・・・」

「どんな人だったの?ドロシーみたいな女の子かな?」

ドロシーは「虹の彼方に」が使われたオズの魔法使いのヒロインの名前である。

「忘れたよ。けど彼女がドロシーみたいだったかどうかはともかく、
 多分、俺自身は臆病なライオンだったんじゃないかな」

俺の口元に自嘲的な笑みが浮かび、そして消えた。

「ねぇ、このオルゴール私に買ってくれない? 今日の記念に」

マミは思いついたようにオルゴールをねだった。

「ああ、いろんなのがあるから好きなのを選んだらいいよ。
 その代わりあまり高くないやつをね」

「ううん。これがいいの。これじゃないと嫌なの」

普段はしっかりと店を切り盛りしているマミが別人のようにわがままを言う。
俺は仕方が無いといった表情でレジへと向かった。
まだ鳴り止まぬオルゴールを手に。

 二人はオルゴール堂を出て、運河沿いの路を並んで歩いた。
二人とも、長い間なにとはなしに沈黙を保っている。
夕闇に浮かぶ街灯の明かりがゆっくりと流れる水面に写り、
ちらちらとゆれている。

「ねえ。明日のステージ上手くできそう? 自信の程はどうなの?」

マミが沈黙を破り俺に問いかける。

「自信か・・・・・・。正直言ってないね。
 ステージの上にたった時、ふと考えるんだ。
 俺はいったい何のために唄っているんだろうって」

不意にマミが立ち止まり俺のシャツを後ろから掴んだ。

「・・・・・・信号、赤よ」

いつの間にか運河を横切る橋との交差点に差し掛かっていた。

「いい方法があるわ。
 私が客席の一番前で聴いているから、
 明日のステージは私のために唄ってくれない?
 観客が私ひとりだと思えば気が楽でしょ」

マミは俺のシャツを掴んだまま、そう囁いた。

「たった一人の観客か」

今日の観光といい、今のセリフといいマミには随分と励まされたようだ。

「さあ、帰ろうか」

マミの気持ちに応えねば、心の中でそう誓いながら俺たちは帰路についた。


 ライフでのステージ二日目。
約束通りマミは客席の最前列に座っている。
 俺はステージ上からゆっくりと場内を見回し、最後にマミを見て唄い始めた。
場内の様子は一昨日と同じだった。
しかし、今日はたった一人でも俺の歌を聞いてくれる人がいる。
そう思うだけで随分と楽な気分で唄う事ができた。

 俺の歌が変わると客席の様子も変わっていった。
徐々にだが反応が生まれ、広がっていく。
その反応は俺を、そして俺の歌をポジティブな方向へと導いていった。

 一時間が瞬く間に過ぎ、最後の曲となった。
最後の曲は、そう、梨花のための無名のバラード。
梨花との思い出。彼女の愛くるしい表情が心に浮かび上がる。

 俺は唄い終えた。安堵感から眼を閉じる。拍手の音が聞こえてきた。
その音は少しづつ大きくなっている。
俺は息を吸い込み、ゆっくりと眼を開いた。

 店内には数えるくらいしか客はいなかった。
しかし、その一人一人が立ち上がり、精一杯の拍手を俺に贈ってくれている。

 俺は深々と頭を下げ、ライトの消えたステージを下りた。

最後のバラード 22

 翌日、マミは休日を利用して街を案内してくれた。
レンガ造りの建物が数多く残る古い街並は
俺に新鮮な感動を与え傷ついた心に癒しを与えてくれる。

「次はガラス館に行きましょうか?
 その後はオルゴール堂に行けばいいわね。
 オルゴールとか嫌い?」

マミは自分の生まれ育った街並を一つ一つ丁寧に案内してくれる。

 こんな時、梨花だったら嬉しそうに俺の腕を引っ張り
駆けるようにあちこち連れまわすだろう。
無邪気に微笑みながら。

 俺たちは予定通りガラス館に行き、時間をかけて館内を見て回った。
そこは色とりどりのガラスの食器やアクセサリーが所せましと展示され、
またガラス細工の実演も行なわれていた。

 その後、遅い昼食を済ませ、街外れにあるオルゴール堂へとついた時には
もう日が暮れようとしていた。

「ここがオルゴール堂よ。そうは見えないでしょう。
 けど中はすごく面白いわよ」

その建物は昔の巨大な倉庫をそのまま利用しているのだろう。
明治風の「モダン」という言葉がよく似合う造りをしており、
扉を開けると建物自体が作動し、美しいメロディーを奏で始める。
そんな錯覚を見る者に与えている。

 俺は静かに扉を開けた。

 その瞬間、俺は外界から隔離された別世界へと引きずり込まれた。
視界いっぱいに広がる数多のオルゴール。
それらを淡い光で包み込む数十の電灯。
いくつものメロディーがこの限られた世界に鳴り響いている。

それらの音は別々の曲であるが、不思議と全体的に調和し、
一つのメロディーとしてまとまっていた。
そう、それはまるで数多の人々が集まり、
それぞれが個性的な音や光を放っている都会の風景にもどことなく似ている。

 俺は夢遊病者のごとく、その中をさまよった。
一歩足を踏み出すごとに異なるメロディーが耳に飛び込んでくる。

 どのくらいさまよい歩いただろう。
数分間、数時間、いや、数十秒だったかも知れない。
不意に耳から脳裏に伝わった一つのメロディーが俺の足を止めた。
俺は耳を澄まし、その曲を奏でるオルゴールを探した。

 目の前のテーブルに並べられた何百というオルゴールの中から、
俺はたった一つのオルゴールを手にとった。

 それは小さな、ネコの絵が描かれた木箱のオルゴールで、
裏に曲名が「虹のかなたに」と書かれている。

 俺はゆっくりとゼンマイのネジを巻いた。
懐かしいメロディーが蘇える。
この曲は去年のクリスマス、梨花と再会した時に小さな公園で二人が踊った曲。
梨花が口ずさんでいた曲だった。

最後のバラード 21

 その夜から俺はマミの店で働くことになった。
ライブハウス「ライフ」それがマミの店の名前である。
店内はエトランゼと比べると随分とせまく、
また客層もまちまちであった。

 俺の仕事は普段はウェイターで、
毎日客足の途絶えた閉店1時間だけステージに上がり
ライブをする事になった。

 午後11時、俺はウェイターの仕事を終え、ステージに上がった。
客席に人影はまばらで残っている客も泥酔しているか、
自分たちの話に夢中になっていて、
誰も俺の歌を聞くつもりはないようだった。

 お前は一人なんだ。梨花も木島も今はいない。
お前一人でやるしかないんだ。
自分自身にそう言い聞かし、俺はギターを奏で始めた。

 俺は唄った。
大学時代や、エトランゼで培ってきたテクニックを駆使して、
ただひたすら。

なんの反応もない客席。
曲が終わるたびに思い出したように起こる拍手。
酷いときにはそれさえもなかった。

 やがて俺は一時間のステージを終えた。
それは俺にとって恐ろしく長い一時間であった。
生まれて初めてステージの上で
自分の存在意義について問われたような気がした。

「お疲れさま」

ステージを下りた俺にマミがオレンジジュースを持ってきてくれた。
表情は心なしか沈んでいて、
無理に笑おうとしているのがありありと分った。

「すまない。最低のステージを見せちまったな」

俺はオレンジジュースを受け取ると、うつむいて頭を掻いた。

「大丈夫。そのうち慣れるよ。けど、無理はしないでね。
 ・・・・・・なんて言うか、そうもっと自然に。
 今朝唄ってたみたいにさ。悩まないで」

「自然にか・・・・・・」

俺は一人つぶやき、手にしたジュースを口にした。

最後のバラード 20

 俺は独りだった。
 
 木島は足の治療のため、先週、専門医のいるロサンゼルスへと渡った。
数千万円という治療費を故郷の両親が負担してくれたらしい。

 梨花はその後、マンションを引き払い実家へと帰ってしまった。
噂では神崎との婚約が正式に決まり、来春の式に向けて
花嫁修業をしているとの事である。

 俺は一人、この街を出ることにした。
行くあてなどない。
ただ自分自身が生まれ変わり、再出発できるところならどこでも良かった。
負け犬。その通りかも知れない。

 気がつけば俺は北へ向かうフェリーの甲板にいた。
捨てきれぬ夢と梨花への未練をギターと想いを書きとめた作詞帳に代えて。

 フェリーに乗って二日目の早朝。
俺は明治の面影を残す北の港町へと降り立った。
未だ夜の明けきらぬその街は北国特有の凛とした空気に包まれていた。

 俺はあてもなく歩き始めた。ギターとバッグを担いで。

 二十分くらい歩いただろうか。
俺は小高い丘の上にある神社にたどり着いた。
木々の狭間から急に視界が開け、
眼下にさっきまで歩いていた街並と
夜明けに伴い青さを増した海が広がっていた。

 俺は勾配の急な階段に腰を下ろしギターを奏でた。
アコースティックギターの音色が澄んだ空気に優しく包まれていく。

 俺は未だ無名の梨花へのバラードを唄い始める。
この曲はいつの日か梨花にプロポーズする時に聞かせようと
密かに作っていた曲であり、彼女との思い出や俺の想いが込められている。
しかし、この曲に未来は含まれていなかった。

 俺は唄った。
青く輝く海に向かって。
懐かしい雰囲気を持つこの街に向かって。

「パチパチパチ・・・・・・」

俺が唄い終わった時、不意に背後から拍手の音が聞こえた。

「きみ、上手だね」

振り返るとそこには一人の女性が朝日を浴びながら立っていた。
年齢は30歳前後だろうか?
大きな瞳が印象的な髪の長い人である。

「きみはこの辺の人じゃないわね。旅行?」

彼女は少しハスキーな声で
俺に問いかけながら隣の階段に座った。

「いや、流れ者さ。夜逃げしてきたんだ。
 お姉さんは地元の人?」

俺はギターを傍らに置き、冗談交じりで答えた。

「ええ、犬の散歩中。・・・・・・パトラッシュ。おいで」

彼女は振り返り犬の名を呼ぶ。
その優しい声に呼応して境内の端から
一匹の白い雑種犬がシッポを振りながら駆けて来た。
彼女はじゃれてくるパトラッシュを慣れた手つきで撫でている。

「パトラッシュって・・・・・・まさかお姉さんの名前はネロじゃないよね」

「ネロは男の子でしょ。・・・・・・私はマミっていうの。
 で、きみの名前は?」

「俺は恭祐。土方恭祐」

「ふーん。いい名前ね。
 ・・・・・・ところで流れ者の恭祐さんはこれからどこに流れていくの?」

マミは俺の顔を覗き込みながら聞いた。
俺は水平線の辺りに視線を漂わせながらしばらく考えた。

「あてはない。どこか気に入った街を見つけて落ち着くつもりでいるけど」

「この街はどう?気に入った?
 良かったらうちの店で働いてみない?
 私、駅前でライブハウスをやってるの。
 この間、一人従業員が辞めて人手が足りてないのよ。
 もっともライブハウスと言ったって
 酔っ払い相手の飲み屋に毛が生えた程度の店だけどね。
 衣食住、ステージ、美人のオーナー付き。
 その代わり給料は激安っ!」

マミは俺をじっと見つめている。
俺はゆっくりと視線をマミに移した。

「悪く無いね。気に入ったよこの街」

「じゃあ、話は決まりね」

マミは右手を差し出し握手を求めた。
俺はそれに応え、同様に右手を差し出し強く握る。

 この時から止まっていた俺の人生の時計が再び動き始めた。

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