丸いウォンバットの観察日記@

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最後のバラード 19

 午後8時半。梨花は留守だった。多分残業でもしてるんだろう。
俺はマンションの玄関前にある植え込みの縁に座り込み
梨花を待つ事にした。

 午後10時を過ぎても梨花は帰ってこなかった。
時折、マンションの住人がいぶかしそうな顔つきで俺を見ていく。
シャワーを浴びてすぐに出てきたので髪の毛がボサボサで
まとまりがなく、怪しさにさらに拍車をかけていた。

 11時過ぎ。もうそろそろ諦めて帰ろうとした時だった。
不意にマンションの正面に1台の黒いベンツが停まった。
 後部座席から流れるように降り立つ男。
神崎涼。
神崎に手を引かれ後に続く梨花。
距離にして10m。
路上から数段上がった玄関前の石畳に立ち尽くす俺。

 梨花の視線が神崎から玄関へと緩やかに移り、
そして止まった。
俺の目と梨花の瞳が相対する。
動作と共に表情をも静止させる梨花。
その表情は初夏の温かさが未だに残る周囲の空気を
瞬間的に氷点下まで下げてしまいそうな冷たさを秘めたものだった。

 彼女だけではない。
おそらく俺自身、彼女と同様の表情を浮かべているのだろう。
否、それとも怒り、失意、憎しみ、
いずれともとれない無機質な表情を保っているのだろうか?

 二人の凍えそうな視線の狭間で神崎は一人不敵な笑みを浮かべている。

「では梨花さん。よいご返事をお待ちしてますよ」

「・・・・・・ええ」

視線を俺から逸らし下を向く梨花。
俺はポケットに手を突っ込み、梨花に背を向けた。
背中に梨花が遠ざかっていく足音が伝わる。
心さえ遠ざかる足音が。
 
 俺はいったいどこへ向かっているのかも分らず。
否、何をしているのかさえも分らなくなっていた。
ただ街灯に映し出される自分の影を見つめながら何かを考えていた。

「土方君」

何者かが俺の肩を叩き、名を呼ぶ。
俺は無意識に立ち止まり後ろを振り返っていた。

「やあ、話は聞いたよ。デビューの話ダメになったんだって?
 残念だったね。楽しみにしていたのに」

後ろには先程まで梨花といっしょにいた神崎が
冷ややかな笑みを浮かべ心にもない言葉を口にしていた。
そして彼の背後には目つきの鋭い
運転手兼ボディーガードといった雰囲気の男が立っている。

「何の用ですか? 神崎さん」

「これで君も身の程を知っただろう。
 これに懲りてもう人の婚約者の周りをうろつかない事だな。
 この薄汚い野良犬が」

神崎は俺に顔を近付け、人を見下したように囁いた。

「どういう意味ですか?」

「君は本当にお馬鹿だね。じゃあ、分り易く説明してあげよう。
 梨花さんはもう君のものじゃないって事だ。
 それと神崎グループの力をもってすれば
 新人歌手のデビューを捻り潰す事くらい造作も無いって事だよ」

「野郎っ!てめえが裏で糸を引いていたのかっ!」

ごりっ!怒りで奥歯が軋んだ。
それと同時に俺は神崎の顔に殴りかかっていた。
その刹那、ボディーガードの左手が伸び、
殴りかかった俺の拳を掴んでいた。

「早合点しちゃ困るな。
 できるとは言ったが、やったとは一言も言ってないよ。
 君は低脳の上に野蛮なんだね。
 すぐに暴力に頼ろうとするなんて。
 そんなんじゃ怪我をしても知らないよ」

神崎はそう言い放つと指をパチンッと鳴らした。
神崎の合図を聞くとボディーガードの男は短いモーションで
俺の顔面を正確に殴りつけた。
豪快に後方へ倒れこむ俺。
一瞬、意識が飛ぶ。

「すまないね。私の運転手は少々乱暴でね」

「くそっ、てめえみたいなボンボンに
 俺の大切な夢や愛が握りつぶされてたまるかっ!」

俺は路上に倒れたまま神崎を睨みつけた。

「私の前で愛だの夢だの薄っぺらい言葉を口にするな」

神崎はそう叫ぶと俺の腹を二度、三度と蹴った。

「ふんっ。負け犬が」

吐き捨てるように呟くと神崎は俺の顔に唾を吐きかけ立ち去っていった。

「くそったれっ!」

身体中に痛みが伝わり、徐々に薄れていく意識の中で
俺が最後に口にした言葉であった。

最後のバラード 18

「恭祐、いないのかぁ? 恭祐!」

けたたましいノックの音と、対照的な低い声によって、
俺は現実の世界に急激に呼び戻された。
俺は朦朧とする頭を左右に振りながら、
長く閉ざされたままだった扉に緩慢な動作で歩み寄った。

「将」

俺は開かれた扉の向こうでニヒルな表情でたたずむ男の名前を呼んだ。

 沢口 将。大学時代のバンドのメンバーで、
バラード調の曲を作らせればかなりの腕を発揮した。

「上がるぞ。しっかし汚い部屋だなぁ。足の踏み場もねえじゃねえか!」

将は文句を言いながらずかずかと上がりこんできた。

「いったいどういう風の吹き回しだ?わざわざお前が訪ねてくるなんて。
 婚約者にでも逃げられたか?」

「おまえと一緒にするんじゃねぇ! 
 ドツボにはまって女に逃げられた哀れな男の顔を拝みにきただけさ」

将は遠慮なく憎まれ口を叩く。
しかし、それが嫌みに聞こえないのはヤツの長所だろう。

「しっかし、なさけねえなぁ。まるで負け犬だぜ。
 木島がお前の事すごく気にしてたよ。
 俺が事故にさえ遭わなければお前はこんなにはならなかっただろう。
 申し訳ないってね。
 梨花ちゃんだって可哀想だ」

「分ってる。自分が一番分ってるさ。痛いほどにね」

俺はそれ以上言葉にできなかった。

「お前にとって歌ってなんだよ?
 レコーディングだけが夢だったのか?
 メジャーになりたいだけだったのか?
 昔のお前は、いや、お前の歌には
 聴く人に伝えるメッセージが込められていたよ
 今のお前にはそれがあるのか?」

黙ってうつむく俺に次々と問いかける。
その一言一言が俺の心に深く突き刺さっていく。

「お前はいったい何のため、
 いや、誰のために歌っているんだ?」

とどめの一言が俺の心を撃ち抜く。

「とにかく俺はいつまでも梨花ちゃんのファンだからな!
 これ以上、彼女を泣かすようなマネをしたらただじゃおかねえぞ!」

散々人に説教した挙句、最後にそう言い残してヤツは帰っていった。
あいつなりの励ましだったのだろう。

 何のため、誰のため。

酔い覚ましの冷たいシャワーを浴び、
覚醒しはじめた俺の脳裏に将の言葉が蘇える。

夢のため? 愛のため? それとも自分自身のため?
・・・・・・分らない。

梨花。

彼女に会えば答えを見出せるかも知れない。
俺は急いで服を着て、梨花の住むマンションへと向かった。

最後のバラード 17

  3 逃避

「ねえ、恭祐さん。しっかりしてよ」

梨花は俺の部屋のカーテンを開けながら言った。
閉ざされていた部屋に眩しい太陽の光が流れ込む。
俺はベッドに寝転んだまま、煩わしそうに右手で瞳を覆う。

「昼間っからお酒飲んでちゃ身体に毒だよ。
 木島さんだってもうリハビリ始めているし、
 作曲の仕事を続けるって言ってるんだよ。
 ・・・・・・私、そんな恭祐さんの姿見るのってすごく辛いよ」

梨花は哀れみに満ちた目で俺を見つめている。

「だったら見なきゃいいだろっ!
 同情なのか? 俺は財閥の御曹司でもないただの無力な男だ。
 ・・・・・・俺の気持ちも分からないくせに。
 そんな目で俺を見るなっ!」

俺は怒鳴りながら梨花に枕を投げつけた。
しまった。
心の中でそう叫んだ。

 梨花は瞳に涙を浮かべている。
気丈な梨花が俺に初めて見せる悲しみの涙。
俺が見たいのはそんな表情じゃないよ。
・・・・・・ごめんよ。梨花。

しかし、言葉にはならなかった。

「そんな恭祐さんなんか・・・・・・だいっきらいっ!」

梨花はそう叫び部屋を飛び出していった。

「もう二度と俺に顔を見せんじゃねぇっ!」

売り言葉に買い言葉。
走り去る梨花の背中に思ってもいない言葉を投げかける。
本当は引き止めたかった。
アルコールのせいだろうか? 否、シラフでも同じ事を言っただろう。
損な性分である。

 一人残された部屋で寝転んだまま空を見上げる。
初夏の日差しは闇の中のどん底を這いずる俺の心には眩しすぎる。

「くそっ!」

自分に問い掛ける。
いつから歯車が狂い始めたのだろう。
もう戻らない。戻れない。
なにが夢だよ。なにが愛だよ。
これじゃあまるであの男の言った通りじゃないか。
俺は梨花を幸せにできない?
はんっ、その通りだよまったく。
偉そうな事いって愛する女ひとり幸せにできないなんて最低だよな。

 ネガティブな思考ばかりが頭の中を駆け巡る。

 駄目だ。堪えかねた俺はベッドの上に腰をかけ、
枕元に転がるウィスキーのボトルを手にした。
その瓶の中で揺れる琥珀色の液体をノドに流し込みさえすれば、
心の隙間をふさぎ、痛みを和らげてくれるだろう。
それは一時的なものであれ、今はそれに頼るしかなかった。

 アルコールは俺自身を俺の思考の混沌の渦へと巻き込んでいった。
善も悪も、希望も絶望も入り乱れた忌まわしき現実から近くて遠い所へと。


 梨花が俺の元を去ってから一月が過ぎた。
梨花の家に何度か電話を入れたが、いつも留守電になっており
俺はメッセージも残さずに切った。
録音された言葉ではとても本当の気持ちを伝えられそうになかったし、
また、自分自身なにを伝えたいのか分らなかった。

 失意と孤独、自分自身の精神的な脆さをひしひしと感じながら、
未だにアルコールの産みだす幻影の淵から逃れられずにいた。

最後のバラード 16

 翌日、午前中に警察の事情聴取を受けた俺は、
午後から木島の入院している病院へ見舞いに行った。
 病室にはすでに洋子さんと梨花が来ており、
意識を回復した木島と話をしていた。
俺は見舞いのCDラジカセと数枚のCDを木島に渡し、
挨拶もそこそこに梨花を屋上へと連れ出した。
 
 屋上に出て天を仰ぐと雲ひとつ無い空が青く広がっていた。

「木島の足。どうだった?」

鉄柵にもたれ、遠くの高層ビルを眺めながら梨花に聞く。

「うん。木島さん、今起きたばかりで足の事はまだ・・・・・・」

梨花は後ろからゆっくりと俺の隣に歩いてきた。

「梨花。ところで見合いの件はどうなってるんだ?
 神崎ってヤツがエトランゼまでやって来たよ」

俺は視線を遠くのビルから隣の梨花に移した。

「えっ、神崎さんが? 何でよ? 私はちゃんと断ったわよ」

「梨花の両親はそうじゃないみたいだけど」

それから俺は、この間の状況をかいつまんで説明した。

「もうっ、お父さんったら私が神崎さんと結婚したら、
 政界に進出できると思ってるんだから。
 それに、前から私が恭祐さんと付き合ってる事に反対だったのよ」

梨花は腹立たしそうに目の前の鉄柵をハイヒールで蹴っている。

 話を終えた俺と梨花は、木島の病室へと戻った。
病室では木島の足の診察が行なわれており、
一種異様な冷たい空気が立ち込めていた。

「馬鹿やろう! なんでだよっ、何で動かないんだよ」

木島は自らの足を叩きながら一人つぶやいた。
彼の枕元でうつむきすすり泣く洋子。

「残念ですが・・・・・・」

医師は首を横に振り、一言そう漏らし黙った。
静まりかえる室内。
誰もが沈黙を破ろうとはしなかった。
ただ恨めしそうに木島が自分の足を叩き続ける音だけが
空虚な空間に響いていた。

 俺は梨花を伴い廊下へと出た。
今の木島にどんな言葉をかければよいか分らない。
いや、なにもかける言葉はないだろう。俺たちには。
 廊下にはSレコードの木村ディレクターが花束を抱え立っていた。

「どうだ? 木島は」

木村ディレクターは悲哀となにものかが入り混じった複雑な表情で問い掛けた。
その問いに対し俺は無言のまま首を横に振る。

「そうか。・・・・・・君と二人だけで話がしたいんだが構わないか?」

「ええ。じゃあ近くの喫茶店にでもいきますか?」

 俺と木村ディレクターは梨花を残し、病院前の小さな喫茶店に入った。
店内は昼飯時を過ぎているためか、我々以外は二組しか客が入っていない。

 木村ディレクターは大学生アルバイト風のウェートレスに
コーヒーを2つ注文すると、ばつが悪そうにタバコを口にくわえた。

「実は、ちょっと言いにくい事なんだけどね。
 はっきり言ってさ・・・・・・
 レコーディングの件、あれ無かった事にしてくんない。
 今回の事故の事もあるしさ。
 それにスポンサーがね、君たちのデモテープ聞いてさぁ、
 イメージじゃないって言うんだよ。すまない。この通りだ」

木村ディレクターは低いテーブルにこすりつけるように
深々と頭を下げた。

「永仁のアルバムの曲に関しては買取りという形にさせてもらうから」

そう言って、テーブルの上に額面が100万円の小切手を置いた。

 俺は呆然とそれを眺めている。
木村ディレクターの喋っている意味は分るのだが、
頭が混乱して思考が働かない。

「冗談でしょ。木村さん」

かろうじて俺の口から零れ落ちた言葉はそれだけだった。

「じゃあ、木島君にもよろしくね。
 僕、ちょっといそいでいるから。お先に」

そう言いながら、レシートを手に逃げるように木村は立ち去った。

最後のバラード 15

 手術中。手術室の扉の上で赤くその文字が光っている。
薄暗い病院の廊下にある冷たい椅子に、俺と谷さん、
それと30分ほど前にやって来た木島の恋人の洋子さんがじっと座っている。
皆、重く口を閉ざし誰一人しゃべろうとしない。
ただ、静まりかえった廊下に洋子さんのすすり泣く声が
時折響くだけであった。

 どれくらいの沈黙の時がながれたのだろう。
ふっと、赤いランプが消え、手術室の扉が重く開いた。

「先生、木島の具合はどうなんですか?」

俺は手術室から出てきた執刀医に駆けよった。

「患者の命に別状はありません。ただ・・・・・・
 今のところはっきりとは申せませんが、
 腰の辺りの損傷が激しいので、今後歩行に支障をきたすおそれが」

執刀医は沈痛な面持ちで言った。

「じゃあ、彼はもう歩けないかも知れないんですか?」

「残念ながらその可能性が高いです」

医師の足元に崩れ落ち、泣きじゃくる洋子。
谷さんが彼女の肩を抱き慰める。

「先生、木島が歩けなくなった場合、
 治療法や回復の見込みなどないんですか?」

「ええ。私たちの技術。いえ、今の日本の医療技術では
 どうにもならないでしょう」

食い下がる俺に向かって医師はうつむいたまま答えた。

「では、外国ならどうです?」

「確かロサンゼルスに一人こういったケースの専門家がいたはずです。
 その医師ならもしかするとなんとかできるかも知れません。
 しかし、それも確実とは言えませんし、何千万という費用が必要です」

そう告げると医師は足早にその場を後にした。

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