丸いウォンバットの観察日記@

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最後のバラード 14

 エトランゼ最後のステージを無事終えた俺と木島は、
翌日、谷永仁にレコーディングの打ち合わせという
名目の宴会に誘われた。
顔ぶれは我々三人以外に、ディレクターの木村さんに、
谷さんのバックバンドのメンバーが2名の計6人の集まりだった。
 二次会のスナックを出た時、当初6人いたメンバーは
3人の少数精鋭部隊へと変移していた。

「よーし。次いくぞー。次」

谷さんは両手で俺と木島の肩を抱き夜の街をさまよう。

「谷さん。すみません。俺、この辺で・・・・・・」

木島がすまなさそうに口を開く。
ヤツは最近彼女と同棲しており、何か約束があるようだ。

「何だ? もうリタイアか? そんなことじゃ大物になれんぞ」

「谷さん。次はあそこの屋台に行きましょう。さあ、さあ」

俺は谷さんの腕をひっぱりながら木島に目配せする。

「それじゃあ。失礼します」

木島は深々と頭を下げてその場を立ち去った。

「お前らお互いにいい友達を持ったな。これからも二人でがんばれよ」

さっきまでへべれけだった谷さんが急に真顔になって俺に言う。

「ええ」

俺は静かに頷いた。

 俺たちが目の前の屋台に入ろうとした時だった。
不意に自動車のエンジンの爆音が夜の巷に響き渡った。

「バンッ!」

一瞬、何か重い物がぶかるような不吉な音を通りに残し
遠ざかるエンジン音。
俺はとっさに後ろを振り返る。
50m後方の交差点に横たわる一つの物体。
その物体が先ほどまで一緒にいた
木島であると理解するまでコンマ数秒かかった。

「きっ、きじまぁー!」

頭が理解した時にはそう叫び駆け出していた。
木島を跳ねた車はもう視界の外へと消えている。

「おい。しっかりしろ。
 木島。なんとか言え。この野郎っ!」

俺は血まみれの木島を抱きしめ絶叫していた。
周囲から騒ぎを聞きつけ野次馬が集まってきた。

「谷さん。救急車をっ。はやく」

谷永仁が近くの公衆電話へと走る。

「人の頭の上で騒ぐな恭祐。くそっ、身体中が痛みやがる」

下を見ると木島がうつろな目をしながら俺を見上げている。

「大丈夫か?」

「大丈夫な訳ないだろう。ちっ、せっかくの一張羅が台無しだ」

木島は血まみれのスーツを眺めながらつぶやいた。

 路上に倒れたまま、文句を言いつづける木島を救急車に積み込んだのは
それから10分後の事だった。

最後のバラード 13

「神崎さん。俺の返事はこうです」

そう言って、受け取った名刺を破り捨てた。

「世間知らずはあんたの方じゃないですか。
 誰もがあんたの周りの人間みたいに
 金や権力でどうにでもなると思ったら大間違いですよ。
 苦労しらずのボンボンには言っても無駄かも知れないけれど、
 夢を持っている人間や、
 本当に愛するって事を知っている人間は強いし、
 金や権力にはなびかないものですよ。
 梨花は俺が幸せにします。
 さあ、もうステージの準備とかがあるんでさっさと帰って頂けますか」

俺は立ち上がり、出口を指差しながらはっきりと言った。

「君の意見には三つの誤りがある。
 第一に、私は苦労しらずのボンボンではない。
 子供の頃、産みの母が死んでから、
 軍人上がりの祖父に厳しく帝王学を叩き込まれてきた。
 君たち凡人が食えもしない音楽や恋にうつつを抜かしている時にだ。
 第二に、君が思ってるほど人は強くはないって事だ。
 君の陳腐な想像力を凌駕するような権力の前では
 愛や夢などはひとたまりもないだろう。
 第三に、君では梨花さんを幸せにできないって事だ」

そう言い残し、神崎は出口へと向かった。

「神崎さん。あんた本当に人を愛した事や、愛された事ないんですか?」

俺は神崎の背中に向かって、愛という言葉を投げかけた。
一瞬、立ち止まる神崎。

「私は君みたいに、愛や夢なんてセリフを恥ずかしげもなく
 口にするヤツは大嫌いでね」

神崎は振り向きざまにそう言い、一瞬あらわになりかけた感情を抑えるように
右手で軽く髪をかきあげた。

「同感ですね。俺もあんたみたいなヤツは大嫌いですよ」

俺は一歩前に出て神崎を睨みつけた。
ヤツの方が背が高く、見上げる体勢になる。

「君はもう少し利口な男だと思ったんだがね。
 残念だよ。
 まあ、君みたいな愚か者相手にむきになってもしょうがない。
 私にとって、君のような男の存在はこのタバコと大差ないからね」

神崎は黒縁の眼鏡越しに冷たい視線を投げかけ、
手にしたタバコを床に投げ捨て踏みにじった。

「タバコも吸いすぎるとあんたの寿命を縮めますよ」

俺の言葉を聞き流すように神崎は部屋を立ち去った。

最後のバラード 12

 5月最後の水曜日。
エトランゼでの最後のステージを一時間後に控えた
俺のところに一人の男が尋ねてきた。

 男は神崎涼と名乗り、年齢は30歳を過ぎたくらいだろうか、
長身の身体にぴったりとあつらえたブランド物のスーツに身を包み、
細身のタバコを少しキザな仕草で吹かしている。
 その男は一見してロックよりはクラシック、
プロレタリアートよりブルジョアジー
という単語がマッチする雰囲気を持っており、
およそ水曜のエトランゼには似つかわしくない存在であった。

「私が土方ですが、なにか?」

俺は控え室の隅にあるパイプ椅子を勧めながら来訪の意を尋ねた。

「いや、梨花さんに貴方の事を伺っていたので
 ひと目あっておこうと思いましてね」

一瞬、その男はニヤッと挑戦的な目で笑った。

「梨花が? 失礼ですが貴方と梨花とはどういった関係なんです?」

「この間、梨花さんが見合いをしたその相手といえば分ってもらえますかな。
 まあ、今では婚約者といっても差し障りがないでしょうけど」

なにっ! そう思った瞬間、奥歯が音を立てて軋んだ。
俺は冷静さを必死に保ちながら相手を見た。

「梨花はお断りしたと言ってましたが。
 ・・・・・・何かの間違いじゃないですか?」

「そうですか。でも彼女の両親は違う意見のようですよ」

神崎は華奢な椅子を軋ませ足を組み、
右手で長めの髪をかきあげる。
そして、その姿勢のまま上目遣いで俺を睨んだ。

 俺は無言で手にしていたギターの弦を軽く弾いた。

「土方君。単刀直入に言おう。梨花さんから手を退いてくれないか
 承知の通り彼女は世間知らずのお嬢さんだ。
 君もいい年をした大人なんだから、彼女にとってどうする事が幸せか分るだろう。
 無論、ただとは言わない。
 充分な謝礼はさせてもらうし、
 君のデビューに関しても全面的にバックアップしようじゃないか
 どうだい。君も馬鹿じゃなければ、
 この話が悪い話じゃないって事くらいすぐに分るだろう?」

そう言いながら、神崎はポケットから名刺を取り出し俺に手渡した。
名刺には「神崎商事 代表取締役 神崎涼」と書かれていた。

「なるほど。若社長さんですか」

「君もカンザキ・グループの名前くらい知ってるだろう。
 その次期当主が君をバックアップする。
 これが単なるはったりじゃない事くらい子供でも分るだろう。
 君が首を縦に振るだけで梨花さんは幸せになれるし、
 君も成功を手にする事ができるんだよ」

神崎は冷ややかな目をして俺に返事を促した。

最後のバラード 11

「ところで梨花、ビールはあるか?」

「台所に行けばビールくらいあるけど、どうしたの?」

「じゃあ早く持ってこい。乾杯するぞ」

俺はビールを出すために受話器を持ったまま冷蔵庫に向かった。

「乾杯って、なにかいい事があったの? 
 分った。すぐ持ってくるからちょっと待ってて」

梨花は受話器越しに聞こえるくらいの足音をたてて台所へと向かった。

「お待たせ。持ってきたわよ。・・・・・・で、何に乾杯するの?」

「グッドニュースとバッドニュース。どっちから聞きたい?」

「じゃあ、悪い方から」

「エトランゼのステージ、今月いっぱいで他のバンドと代わる事になった」

俺はわざと暗い声で告げた。
一瞬、梨花が言葉につまり沈黙が訪れる。

「・・・・・・で、いいニュースは?」

俺以上に暗い声で梨花が聞く。

「来月からレコーディング。Sレコードからデビューが内定したよ」

俺は喜びに満ちあふれた声で梨花に告げる。
この事は誰よりも早く梨花に教えたかった。
俺にとって梨花は悲しみを半分にし、喜びを2倍にする。
そんなかけがえの無い存在となっている。
こうして喜びを梨花に告げた今、
心の底に改めて実感として湧いてきた。

「おめでとう。恭祐さん。本当におめでとう」

梨花の声がかすれている。

「泣くなよ梨花。おまえに涙は似あわないぞ」

「うれし涙よ。だって、本当にうれしいんだもん」

受話器の向こうで涙を流しながら微笑んでいる梨花の姿が目に浮かぶ。
つられて俺まで涙ぐんでしまった。

「梨花、じゃあ乾杯しようか」

「うん。それじゃあ私が明日帰る事と、恭祐さんのデビューを祝って。
 乾杯!」

「乾杯!」

そう言って、お互いに手にした缶ビールを受話器にあて口へと運んだ。

 その後、俺は今日ステージが終わってから、谷らと話合った内容。
谷のアルバムに載せる曲を木島と俺で2〜3曲作ることや、
デビュー曲をTVドラマのエンディングで使う予定だとかいう事を
夜遅くまで梨花に話した。

 この頃が、二人にとって最も幸せな時だったのかも知れない。
しかし、その時の俺はそんな事を知るよしも無かった。

最後のバラード 10

 開演1分前。俺たちはステージへ上がった。
俺は場内をゆっくりと見回す。
初めてのステージの時は半分も入っていなかった観客が
今では開演前から超満員となっている。
一歩一歩、明日へと向かっている。改めてそう実感した。

「木島。今日のステージが上手くいったら、
 俺がまずいうどんをおごってやるよ」

まずいうどんとは、近所にあるうどん屋のうどんで、
とにかく美味くない。
しかし俺たちは文句を言いながらも値段の安さに惹かれて
しょっちゅう食いに行っている。

「しけた野郎だな。おまえは」

木島はそう言ってやっと表情を緩めた。
これで大丈夫だろう。
 
 俺はいつもの様にカウントを始め、いつもの様に唄い始めた。
ただひたすら。心の底から湧きあがる何かを伝えるために。

 気がつけばいつも通りのステージが終了していた。

 拍手と歓声の渦巻く場内。
その真ん中で谷 永仁が俺達に向かってにこやかに親指を立てていた。

 
 不味いうどんで腹を満たした俺は、ギターを担ぎ一人アパートへ帰った。
部屋に入り照明のスイッチを入れる。
一瞬の明滅の後、蛍光灯が室内を照らしだす。
部屋の中は相変わらず雑誌や衣類が散らかっているが、
まあ一人暮らしの男にしたらましな方だろう。
俺はねぎらうようにギターを下ろし、壁際に立てかけた。

「トゥルルル・・・・・・」

不意に電話の呼び出し音が静まりかえった室内に響く。
俺はガラス張りの低いテーブルの前に座りながら受話器を取った。

「はい。土方です」

「もしもーし。恭祐さん。私。元気にしてますか?
 浮気とかしてないでしょうね?」

受話器の向こうで梨花が元気そうな声をあげる。
5日ほど逢ってないだけなのにすごく懐かしい。

「ああ。元気だよ。そっちはどうだ? 見合いとか?」

「へへ。やっぱり気になる? 安心して。ちゃんと断りました」

「そうか。で、こっちにはいつ帰ってくる?」

「ふふっ、早く帰って来て欲しい? 
 じゃあ明日かえってあげるから、空港まで迎えに来てくれる?」

梨花がわがままを言う時、特有の甘ったれた声を出す。

「いや、別にまだそっちに居たいのなら構わないけど、
 まあ、明日かえって来るってんだったら迎えにいってやってもいいよ」

「へへ。寂しかったくせに。
 けど、本当に明日迎えに来てくれるの?
 嬉しいな。恭祐さんに早く逢いたいし」

「土産!忘れるなよ」

梨花が変にしおらしい事を言うので少し戸惑ってしまった。


 

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