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エモーショナルを棄てる

 自分の中の滞在能力や魂の本来の役割や、使命というものに気がつくためには、「我欲」を取り去ることもまたひとつの方法です。
 人は三秒で悟れる、という話をしてきました。我欲を棄てると「悟り」に近くなります。
 我欲とは、人より長生きしたいとか、病気をしたくない、金持ちになりたい、豪華な家に住みたい…というようなことです。

 そういう希望や志をもつこと自体は、決して悪いことではないでしょう。生きる意欲やる気にもなります。しかし、それにこだわったり縛られたりすると、違うものになつてきます。

 そして、もうひとつ捨てるべきものがあります。「エモーショナル」です。
 簡単に日本語に訳すと「感情的な」という意味なのですが、ここでは肯定的な感情(うれしい、楽しいなど)を意味するものではなく、否定的な感情を指します。たとえば、腹が立つとか、イライラする、頭に来た、嫉妬する…など、本来はバンドラの箱の中にあったであろう、人間があまりもたないほうがいいと思われる感情です。
 「『エモーショナル』を取り去りなさい」と言うと、必ずこう言う人がいます。
 「『エモーショナル』 でなかったら、人間的ではない。『エモーショナル』 であることが人間的魅力なのだ」と。
 こうした言い方は、どこかの文化人がテレビや雑誌などでよく使っていますから、どうもそういうものに引きずられているような気がします。
 人間は「エモーショナル」でないと、魅力がなくなるのでしょうか。それについて少し考えてみましょう。

 NASA(アメリカ航空宇宙局) の宇宙飛行士は、毎日二時間ずつの訓練を二年間行なうそうです。(延べ時間にすると、約千四百時間に及びます。)
 その訓練の大半は「トラブルをいかに解決するか」というものです。
 たとえば、エンジンが停止したとか、耐熱タイルがはがれ落ちた、アームが動かない…など、さまざまなトラブルを起こさせ、宇宙飛行士がそれを一つひとつ解決していくという訓練です。
 人間の精神というのは (よくできているというのか、できていないというのか、わかりませんが)、千時間を超えたあたりから、その人間の本質的な性格が出てくるといいます。どんなに我慢強い人でも、もともとが短気であるとか、すぐにイライラしたり、起こりっぽかったりする場合、千時間ぐらいまでは何とか我慢できるようですがそれ以上は無理なようです。
 そしてついに、千四百時間の訓練を達成する前に、何か「感情的な」言葉を叫んでしまうらしいのです。
 「こんちくしょう!」とか「何でこんな故障ばかり起こるんだ!」というような「感情的な」(エモーショナルな) 言葉です。そして、そう叫んだ瞬間に、訓練の指導官は「あなたはもう帰っていいですよ」と言うそうです。
 宇宙飛行士の侯補者というのはみんな、優秀な頭脳の持ち主ですから、技術や知識に大きな差はありません。最終的に重視するのは、訓練の過程において絶対に 「エモーショナル」にならない人物であるかどうか、ということだそうです。
 「エモーショナル」な部分をもっている人は、どんなにそれを自分の意志で押し込めようとしても、必ず出てしまうのだと。
 
 ですから、宇宙飛行士に選ばれた人というのは、「エモーショナル」を我慢して押し隠していられる人なのではなく、「エモーショナル」を感じない人、「エモーショナル」 でない人であるようです。
 では、今まで日本人で、宇宙飛行士に選ばれた人たちを考えてみます。毛利衛(も
うりまもる) さん、向井千秋 (むかいちあき)さん、それに君田光一(わかたこうい
さん、野口聴一(のぐちそういち)さん 星出彰彦(ほしであきひこ) さん・・・
 この人たち「エモーショナル」でない人たちが、魅力のない人なのかどうか。

 それをよく考えてみると、「『エモーショナル』でなければ、人間的に魅力がない」という論理は、非常に乱暴であり、なおかつ間違った論理である、ということに気がつきます。
 「エモーショナルである」 ことが、人間の魅力をつくつているのではないのです。
 「『エモーショナル』 であることが人間的魅力だ」という論理に参加してしまうことは、自分にとって大変楽なことです。しかし、その論理に同調しないで、自分自信の「エモーショナル」を克服するほうが、人間としての魂磨きになり、「楽に生きる」ことができるようになります。
 「エモーショナル」を克服することは、楽な生きかたをするために大変大事なことなのです。

 毎月1日は、「とらいあんぐる」の発行日でもある。

 今月は、「エモーショナルを棄てる」という話であった。

 この話にもあるように、私も「人間は感情の動物である」だから、感情を一緒に共感し会えることが、人間関係にとってもっとも重要なことであると考えていた。

 そういう人物が魅力的なのだと思わされていたのか、思っていたのかわからないが、そういうものだと捕らえていたのは事実である。

 しかし、この話を読んで、エモーショナルな部分をもっていなくとも、魅力的な人物になれるのだという考え方も理解できるようになった。

 むしろ、持っていないことのほうが魅力的であるということさえ理解できるようにもなった。

 ここでいうエモーショナルには、うれしい、楽しいなどを意味するものではなく、否定的な感情のことだと知って、余計に納得するようになった。

 カウンセリングの研修を受けたことがあったが、そのときも、感情で話を聞くのではなく、否定も肯定もしないという聴き方が良いとことであったと記憶している。

 タイムリーにトップとエモーショナル的な話をすることが今日あったが、人間が社会生活を送る上で、エモーショナルであることは必要ないということを、言葉は違えど実体験として思えるようになった。

 よりいっそう『魂磨き』ができるように心がけていきたいものである。


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