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【「戦争は理不尽。日本は核を持たない覚悟が必要だ」と平和の尊さを訴える。】
改めて【原発】=【核】
反原発を!!
↑茨城新聞より転載します。【以下転載↓】
平和への願いを込めて「紫金草」と名付けられた花の種を配り続ける人がいる。
医学博士で元大学教授の山口裕さん(87)=石岡市府中2丁目。
陸軍にいた父親の誠太郎さん(故人)が72年前、
中国で南京大虐殺後の廃虚に咲いていたのを持ち帰り、
鎮魂の花として育てた遺志を継いだ。
山口さんは大学生で太平洋戦争に学徒出陣し、広島県で被ばくした。
「戦争は理不尽。日本は核を持たない覚悟が必要だ」と平和の尊さを訴える。
紫金草はアブラナ科で別名「オオアラセイトウ」。花だいこんとも呼ばれ、春に薄い紫色の花が咲く。山口さんは誠太郎さんが亡くなった45年前から紫金草の普及を始めた。 誠太郎さんは東京大学出身の薬学博士だった。陸軍に所属していた1939年3月、中国を訪れ、白骨が散乱した南京大虐殺事件後の荒れた街に咲く小さな花を発見。悲惨な戦争を鎮める花にしようと考えた。 持ち帰った花を紫金草と名付けて自宅で栽培し、種を近所の住民に配った。山口さんは自身も戦争に参加した経験から父親の活動に共鳴。「春に平和を連想させてくれる花を増やしたい」と全国に種を送っている。 今も普及活動を続ける原動力は「戦争を繰り返してはいけない」との強い思いからだ。1945年3月、召集。広島県呉市の海軍学校で傷病兵を治療した。運ばれてきた負傷兵は重傷患者だけで2800人。血なまぐさい無残な姿と凄(せい)惨(さん)な現場は「地獄だった」。 同年8月6日。広島県に原爆が投下された。史上初めて人類に核兵器が使われた。翌日、治療薬を載せたトラックに乗り、見た光景は壮絶だった。家がつぶれて蒸し焼き状態になり、あちこちから煙が上がっていた。 人間の皮膚や髪の毛、骨と油が焼けるにおいが漂っていた。放射能が残る爆心地で二次被ばくした。原爆症には認定されていないが、貧血の症状に苦しむ。血小板や白血球数が少ないため、免疫不全で傷は化(か)膿(のう)しやすい。 原爆症患者は当時、差別や偏見があった。沈黙を守り、被爆者意識を出さないように生きてきた。「症状が悪化して死ぬかもしれないと思っていた」。だから今、戦争を肯定するようなニュースを聞くと平常心でいられなくなる。「そんなとき、心の中は憤怒の文字でいっぱいです」。 海軍学校で何度も空襲を受け、命の危険にさらされた。爆撃で気を失い、飛び込んだ水中で難を逃れた。爆風で骨折した箇所は完治しないまま。古傷は年中、痛む。「もう、いつ死ぬか分からない。若い人が私たちの活動に関心を持ってもらいたい。それが最後の課題」。憲法や基地問題など平和について再考する若い世代の奮起を期待する。 「日本は平和国家を誇りにしてほしい。平和への航路を示す指導者として、その姿勢を世界に示すべきだ」 【転載終わり】
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