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カエルは変温動物。まわりの温度に合わせて生きている。

1度や2度、変化しただけでは気がつかない。

いつの間にか、ゆでガエルとなってしまう。

日本国憲法 前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(1946年11月3日公布)


第9条[戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認] 
① 日本国民は、正義と秩序(ちつじょ)を基調とする国際平和を誠実に希求(ききゅう)し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇(いかく)又は武力の行使は、国際紛争(こくさいふんそう)を解決する手段としては、永久にこれを放棄(ほうき)する。





② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


前回の選挙の際、憲法9条の解釈改憲をしますと明言していたら、どうなっていたであろうか?

日本国憲法をつくった際の日本人の意志は、こうなることを予想していたであろうか?

1950年の朝鮮戦争後、警察予備隊、保安隊、そして、現在の自衛隊へとの変遷を!

そして、集団的自衛権を容認することを!

突然、戦争は起こらない。綿密に計画されて行われる。それも、私たちの時間概念を超える長期にわたる計画のもとで。

突然、ゆでガエルはできない。少しずつ、少しずつ。

気がついたときには・・・



私は、日本国憲法が施行されたときの日本の先達の意志を、信じる。





転載元転載元: 鈴木俊一公式ブログ

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【「戦争は理不尽。日本は核を持たない覚悟が必要だ」と平和の尊さを訴える。】
 
改めて【原発】=【核】
反原発を!!

 
 
↑茨城新聞より転載します。【以下転載↓】
 
 
 

2011年8月7日(日)
http://ibarakinews.jp/image/listmark_red.gif父持ち帰った南京の花、平和願い種配り続ける 石岡の山口さん

平和への願いを込めて「紫金草」と名付けられた花の種を配り続ける人がいる。
医学博士で元大学教授の山口裕さん(87)=石岡市府中2丁目。
陸軍にいた父親の誠太郎さん(故人)が72年前、
中国で南京大虐殺後の廃虚に咲いていたのを持ち帰り、
鎮魂の花として育てた遺志を継いだ。
 
山口さんは大学生で太平洋戦争に学徒出陣し、広島県で被ばくした。
「戦争は理不尽。日本は核を持たない覚悟が必要だ」と平和の尊さを訴える。

紫金草はアブラナ科で別名「オオアラセイトウ」。花だいこんとも呼ばれ、春に薄い紫色の花が咲く。山口さんは誠太郎さんが亡くなった45年前から紫金草の普及を始めた。

誠太郎さんは東京大学出身の薬学博士だった。陸軍に所属していた1939年3月、中国を訪れ、白骨が散乱した南京大虐殺事件後の荒れた街に咲く小さな花を発見。悲惨な戦争を鎮める花にしようと考えた。

持ち帰った花を紫金草と名付けて自宅で栽培し、種を近所の住民に配った。山口さんは自身も戦争に参加した経験から父親の活動に共鳴。「春に平和を連想させてくれる花を増やしたい」と全国に種を送っている。

今も普及活動を続ける原動力は「戦争を繰り返してはいけない」との強い思いからだ。1945年3月、召集。広島県呉市の海軍学校で傷病兵を治療した。運ばれてきた負傷兵は重傷患者だけで2800人。血なまぐさい無残な姿と凄(せい)惨(さん)な現場は「地獄だった」。

同年8月6日。広島県に原爆が投下された。史上初めて人類に核兵器が使われた。翌日、治療薬を載せたトラックに乗り、見た光景は壮絶だった。家がつぶれて蒸し焼き状態になり、あちこちから煙が上がっていた。

人間の皮膚や髪の毛、骨と油が焼けるにおいが漂っていた。放射能が残る爆心地で二次被ばくした。原爆症には認定されていないが、貧血の症状に苦しむ。血小板や白血球数が少ないため、免疫不全で傷は化(か)膿(のう)しやすい。

原爆症患者は当時、差別や偏見があった。沈黙を守り、被爆者意識を出さないように生きてきた。「症状が悪化して死ぬかもしれないと思っていた」。だから今、戦争を肯定するようなニュースを聞くと平常心でいられなくなる。「そんなとき、心の中は憤怒の文字でいっぱいです」。

海軍学校で何度も空襲を受け、命の危険にさらされた。爆撃で気を失い、飛び込んだ水中で難を逃れた。爆風で骨折した箇所は完治しないまま。古傷は年中、痛む。「もう、いつ死ぬか分からない。若い人が私たちの活動に関心を持ってもらいたい。それが最後の課題」。憲法や基地問題など平和について再考する若い世代の奮起を期待する。

「日本は平和国家を誇りにしてほしい。平和への航路を示す指導者として、その姿勢を世界に示すべきだ」

【転載終わり】

転載元転載元: 模型飛機

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 先月、テレビでマイケルムーア監督が出演しているのをみて、この映画「キャピタリズム〜マネーは踊る〜」は、ぜひともみたいと思っていた。上映映画館も、上映回数も少なく、機会を得るのは大変だった。



 約25分ほど必要とするが、上記のビデオをご覧になれば、私の話などたわいもないことかもしれないが、感想を。

 まず、驚いたのが、アメリカのパイロットの年俸の話であった。日本円で200万円にもみたない人がほとんどだというのだ。

 「職業選択の自由」で、自分で好きでやっていることだから、収入が低くともなりたい人がたくさんいるからいいというのはどうなのかと思った。

 グッドウィルであったろうか。日本でも福祉を食い物にしていたところがあったが、福祉関係労働者の冷遇ぶりにも、おそらく、アメリカのパイロットの状況と同じようなものがあると思った。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fc/5a/maruimarui21/folder/1479069/img_1479069_61096387_0?20140124171544

 同じように、PAチャイルドケアという株式会社にも驚いた。いわゆる非行少年とは言えないようなこどもたちを裁判官と組んで、PAチャイルドケアという会社が運営する少年院に送り込んで巨額の利益を手にしていたのだ。

 映画では、少年少女の時間泥棒と揶揄っていた。しかし、それだけではないだろう。

 FRB(連邦準備制度理事会)にも触れられていた。しかし、その正体については触れられていなかった。

 ドルを発行しているのは、アメリカの中央銀行である米国連邦準備制度理事会(FRB)です。
 連邦準備制度理事会の理事は合衆国大統領によって任命されますが、理事会の実際の業務の管理は、理事と協議しつつ連邦諮問評議会が行います。連邦諮問評議会は、1914年に開かれた連邦準備制の組織委員会で選定された12の特権的都市の“金融地区”連邦準備銀行の役員によって選出されますが、連邦準備法に基づき一般には公表されていません。

 全米12の地区連邦準備銀行は、金利を設定し、公開市場操作を指揮することによって米国通貨の日々の供給と価格をコントロールすることができます。この12ある地区連邦準備銀行の中で、最大の銀行が“ニューヨーク連邦準備銀行”です。
アメリカの金融政策である金利や通貨の数量と価値、および債権の販売は、実質的にはニューヨーク連邦準備銀行が決定しています。

 1914年当初、ニューヨーク連邦準備銀行は20万3053株を発行し、ナショナル・シティ・バンクが最大の株数3万株を取得。ファースト・ナショナル・バンクが1万5000株を取得。チェース・ナショナル・バンクが6000株、マリーン・ナショナル・バンク・オブ・バッファローが6000株、ナショナル・バンク・オブ・コマースが2万1000株をそれぞれ取得しています。

さて、ニューヨーク連邦準備銀行の株を所有するこれらの銀行の株主は−

•ロスチャイルド銀行・ロンドン
•ロスチャイルド銀行・ベルリン
•ラザール・フレール・パリ
•イスラエル・モーゼス・シフ銀行・イタリア
•ウォーバーグ銀行・アムステルダム
•ウォーバーグ銀行・ハンブルク
•リーマン・ブラザーズ・ニューヨーク
•クーン・ローブ銀行・ニューヨーク
•ゴールドマン・サックス・ニューヨーク
•チェース・マンハッタン銀行・ニューヨーク
となっています。

 つまり、ニューヨーク連邦準備銀行は、欧米の銀行が株の100%を保有していて、米国政府は1株も保有していません。上記の中でチェース・マンハッタン銀行が米国のロックフェラー系ですが、他はすべてがロスチャイルド系の金融機関です。要するに、実質的にロスチャイルド一族が米国の中央銀行を支配しているということになります。

 ちなみに、現在のニューヨーク連邦準備銀行は、J・P・モルガン・チェースとシティ・バンクの二行だけで53%近くの株を所有しています。つまり、ロスチャイルド・モルガン・ロックフェラーという世界最強の財閥連合が相も変わらずFRBを支配しているということになります。

 21世紀初頭、ロスチャイルド家が中央銀行の所有権を持っていない国は、全世界でアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、スーダン、キューバ、リビアの七ヵ国だけでした。その後、アフガニスタンそしてイラクに対する米国の侵攻により、現在では残り僅か五ヵ国のみになっています。
http://www.anti-rothschild.net/main/04.htmlより

 やはり、ここに触れるのは危険なのであろうか。

 マイケルムーア監督は、民衆の「国民銀行」をつくろうと提唱してあった。それが精一杯の表現だったのか。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fc/5a/maruimarui21/folder/1479069/img_1479069_61096387_1?20140124171544
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fc/5a/maruimarui21/folder/1479069/img_1479069_61096387_2?20140124171544

 堤未果氏のコラムによれば、オバマ大統領が「アメリカは変わる。YES WE CAN」といっていたことに「本当にそうだろうか?」と表現してあった。

 映画では、オバマ大統領も、ゴールドマンサックスから巨額の献金を受けていたとあった。映画の言葉をかりれば、「富裕層」の方々は、誰が大統領でも関係ないのではないか。

 ラーメン屋の経営者は同じで、店の名前を変え、看板だけかえるのを見かけたことがある。もしかしたら、富裕層にとって大統領は、看板くらいにしか思っていないのではないか。

 民衆から見れば、大統領がかわれば、国がかわってよくなると思うのだが、その背後であやつっている人がいるなんて考えもしないことだろう。

 金か、女性か、死を。これらによって、権力者をコントロールしているのが富裕層たちのなんであろう。

 オザワ氏は、これに屈服しなかった。コイズミくんは、素直に従った。そんなことを考えて観ていた。

 

 映画の最後に、マイケルムーア監督は

「あなた達みんなの力が必要だ」

 といっていた。

資本主義経済という狂ったマネーゲームを止めるためには、真実を知る人々の数こそが力になる


 この映画を多くの方がご覧になることが、「真実」を知る第一歩になるであろう。

転載元転載元: 報恩感謝 ありがとうございます

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大日本帝国憲法のような名ばかりの臣民の権利なるものと同じようなことを、TPPには感じている。

自民党、安倍総理が言うとおりならば、TPPには「聖域」があることになる。

「臣民の権利」と同じように、「権利」を謳いながら、実は、「法律の範囲内」しか自由はないというように。

加盟国の関税撤廃を目的とするTPPにおいては、「聖域」が存在することは、矛盾を感じざるを得ない。

痛くない頭痛がありえないように、聖域のあるTPPも、どうも変でならない。



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あれから1年

 戦後○○年という言葉は死語になり、震災後○○年という言葉が、使われていくことでしょう。

 あの日、偶然にも、ガソリンを満タンにして戻り、新事業に携わっていた。その話をしていたところで、地震に遭った。

 今もなお、あの時間はよみがえってくる。



 これまでの地震とは、はるかに違うことを感じた私は、社内にいた方々が屋外に避難するように、声を張り上げたと記憶している。

 若い女性が、駐車場でうずくまっていたのを思い出す。

 幸いにも、茨城県中央部では、津波の被害もなく、建物も屋根の一部が壊れたり、ブロック塀や墓石が壊れたりしたくらいであった。

 けがなどをしている住民はいないかと、車で市内を走って声をかけた。幼なじみの母親は、

「一人で自宅にいられない」

と、道路をどこへ行くということなく歩いていた。

 家族とも連絡がとれず、カーラジオや、車のテレビ(アナログ)を見て、情報収集をしていた。

 自宅では、冷蔵庫の中身も飛び出していたのが、印象的であった。もちろん、本棚や食器類も飛び出していた。

 薄暗くなってきた頃、食料などを確保していた。

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              茨城県涸沼湖岸にて撮影


 

 茨城も被災県であったが、メディアでは、東北地方ばかりがとりあげられていた。

 視点に茨城は、あまりあたらなかったように感じている。

 そして、茨城は、福島原発の隣県である。

 その茨城県民の歌には、
http://www.pref.ibaraki.jp/profile/kenmin_song.html

今なお、その3番に、

「世紀をひらく 原子の火」

の文字がある。

 「生気を閉ざす、原子の火」

 正気でもいいかもしれない。

 21世紀に生きる子供達に希望ある未来をつくってあげたいと思うのだが。

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