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ホテルからアンコールワットへ向かう道
バスで何度も通った通り沿いに…
読めますか?(拡大してみてね♪)
「こうべゆめ小学校」
ここは日本の援助で建てられた学校です。
かつて(日本の平安〜鎌倉時代)
繁栄を極めたアンコール王朝も
15世紀以降はシャムに…
17世紀以降はベトナムに…
攻められ弱体化し
苦難の時代が始まりました。
フランス支配下を経て
独立したシアヌーク政権であったが
1970年以降の内戦やポル・ポト時代などを経て
カンボジアの社会経済インフラは壊滅状態に
1980年代東側諸国の経済的人的支援は規模が小さく
89年以降東欧諸国の動乱やソ連の崩壊で援助は停止
1991年に国連の関与が決まってから
西側諸国の援助が本格的に開始されました。
日本はカンボジアへの最大の援助国といえ
経済協力や技術協力、わが国初のPKO派遣等
カンボジアの復興から開発まできめ細かな支援を実施してきており
国民からも高い評価を得、親日家も多い
さてさてカンボジアの子どもたちの生活ですが…
「ひろし」こと現地ガイドVさんによると…
学校は日本と同じ6・3・3制
小学校も義務教育ではなく就学率は8割強
上は白、下は紺色の制服があるが
家計が厳しいところは私服で通っている子もいる。
そういえばマラソンの際に一列になって
応援してくれた小中学生は
みな制服を着ていました。
と思ったけど
コース脇の民家の前では
制服ではない就学年齢の子どもたちも…
子どもは多ければ多いほど
家計を助けると考えられ
一家庭少なくとも4人〜10人ぐらい。
聞けば年々就学率は高くなってきているものの
教室も教師も不足していて
午前・午後の二部制になっていること
入学しても学費が払えず中途退学が多いこと
教員不足はその給料が安いということ
シェムリアップで一家5人が生活するには
少なくとも月300ドル必要なところ
教員の給料は50ドル程度と少なく副業をしなければならない。
といった問題があるといいます。
マラソンゴール後いただいた缶飲料を飲み干し
空き缶の捨て場所を探していたがみつからないので
ひろしさんにどうしたものか?と尋ねたら
「集めている子どもにあげましょう。」という答えが返ってきました。
そういえばコースのエイドにも日本の大会では必ずといってある
コップやペットボトルを回収する場所や袋をもった係員がいませんでした。
そう、近くの子どもが袋を持って拾い集めている姿があったのです。
なんて素敵な子どもたちなんだ。小さいうちからボランティア活動をして…
などと思っていた自分に衝撃が走りました。
缶やペットボトルはお金になるからです。
毎日集積所を訪れゴミの中からお金になるものを集めて売り
家族のために働いている小さな子どもたちが
まだまだたくさんいる厳しい現状があるのです。
遺跡の周りで「絵葉書キレイネ♪10枚1ドル安いヨ!」
観光客によって日本語も英語も…使い分け
必死に家計の助けになろうと働いている
子どもたちの真剣さ…
不自由なくわがまま言い放題の
昨今の日本の子どもたちと
比較しても仕方ないのだけれど
心が締め付けられる思いがしました。
先日のワールドカップアジア2次予選
日本×カンボジア戦では
アナウンサーがカンボジア代表の思いを代弁して
「カンボジアの子どもたちに夢を!」
と何度も叫んでいました。
0−3と負けはしたものの
日本代表の再三再四の攻撃を阻んだ
カンボジア代表の決死の守りに
たくさんの子どもたちが未来の夢を見られたならいいなあ…
と思いながら観戦していました。
シェムリアップも中心部はインフラ整備が進んでいますが
すこしはずれると電気も水道もなく
井戸を掘れる家はまだいいが
そうでない家は川の水を飲食に使っており
医療機関も町に出ないとなく
また、医者にかかるお金もなく…
小さくして病気で命を落とすことも…
保険の制度もなく大人でも病院に行けず…
平均寿命は55歳位と聞きます。
うわあ、自分もカンボジアだったら寿命だあ。
これからの人生
おまけのつもりで
生かしていただいていることに感謝しながら
一日一日有意義に過ごしていければいいなあと思います。 |
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