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ランランRUN-足の向くまま気の向くままに♪
頸椎ヘルニアもほぼ完治。少しずつ負荷かけても大丈夫との診断いただきぼちぼちながらアップしていきたいです〜♪

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2015丹後ウルトラついでの西国巡り第2弾は松尾寺へ♪

9/21(月)天橋立ランの後は電車移動
京都丹後鉄道で天橋立から西舞鶴へ
JRに乗り換え小浜線で東舞鶴へ

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ホテルマーレたかたさんは朝食バイキングの会場から海が見える〜♪

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9/22(火)朝8:45東舞鶴駅前バス停発9:33松尾寺口着
丹後街道から案内に従って松尾寺への道を左に入る。
小浜線を横切り川を渡って道は大きく左へカーブ
直進する近道があったが
最近人が通った形跡なく鬱蒼としていてパス
そのまま車道を行く。

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時折車の参詣客に抜かれるが
散歩が日課のおじいさんや地元のランナーもおり
地元の人々にも身近なお寺さんなんだなあと感じながら
石段をのぼる

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風格のある仁王門をくぐり
石段を登りつめると
稀少な宝形造りの本堂に♪
稀少といえば馬頭観音を本尊とするのも西国唯一である。

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西国二十九番札所
松尾寺

そのかみは 
 いくよへぬらん
   たよりをば
ちとせもここに
  まつのおのてら




「若狭富士」とも呼ばれる秀麗な山容を見せるイメージ 14
青葉山は京都と福井の府県境に位置する。
しかし一方でかつては火焔を吐き出し
日本海へその噴流を注いでいた火山であり
早くから修験場として人々の魂を清めた場でもある。
この山を目にした唐僧威光上人が
中国の馬耳山を思い出し、
ここが霊地であると信じて
松の大樹の下で経を唱えると
馬頭観音が現れたという。
そこで和銅元年(708年)ここに庵を営み観音像を祀ったのが寺の興りという。
寺号は松の大樹にちなむもの。

イメージ 11本堂の右手奥に青葉山への登山口がある。
はじめしばらくは竹林の道が続き
その後針葉樹のの植林帯
鳥居のあるあたりから落葉樹の自然林へ
何か所か急峻な岩場がありロープがはられている

はしごのかけられた岩場もありイメージ 12
本格的な登山の様相
うわああまりにも軽装
しかもなかなか山頂にたどり着かない

腹も減ってきた。
なんせ水も500ペット1本
ちょっと奥ノ院までなんて気分で
食料ももたず安易に登ってしまった

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やがて青葉山大権現を祀った小さな祠の前に出ると頂上は近い。
青葉山西峰の山頂は南側が岩場の断崖絶壁
小浜線沿いの集落や田園風景が見渡せる。


一方、北側は松尾寺の奥之院と休憩所の背後に巨岩が立ちはだかり視界を遮っているかのように見えるが、




その上に登れば…




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眼下に広がる内浦湾!
突然の青い海に感動!!

ここから西峰より1m標高の高い東峰を目指したい気持ちもあったが
残念なら補給食なくエネルギー切れは危険なので来た道を戻ることに

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松尾寺まで戻り門前のたまやで遅昼
シェシェコシ女史は松尾そばでわたしはうどん
舞鶴へは松尾寺駅からJR小浜線で

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距離はたいしたことないもののかなりハードなコースでした。

夕方京都発の新幹線に間に合えばよいので
東舞鶴に舞い戻り観光をすることに♪

舞鶴といえば「岸壁の母」の引き揚げ船を思い浮かべる
引揚記念館というところがあると聞いたが…なんと改修工事中
残念〜と思いきや
赤レンガパークに所蔵品が展示されているという。
駅からそう遠くもないので立ち寄ってみることに

近道の北吸トンネルを抜けて
舞鶴市役所前で丹後街道にぶつかり
地下道を通って海際へ

赤レンガの倉庫群は明治34年(1901)の旧海軍舞鶴鎮守府の開庁にともない明治期から大正期にかけて建設された赤レンガの建造物のうち全部で12棟からなる北吸地区のもので、うち8棟が国の重要文化財に指定されている。

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パーク内の引揚記念館の展示物からは
●昭和20年第2次世界大戦が終結し旧満州や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されたこと
●これらの方々を速やかに日本に帰国させなければならなくなり“引き揚げ”が始まったこと
●舞鶴では主として旧満州や朝鮮半島、シベリアからの引揚者や復員兵を迎え入れる港となったこと
●舞鶴では昭和20年10月から昭和33年9月最終まで国内唯一13年にわたり約66万人もの引揚者・復員兵を迎え入れたこと
記憶にとどめ伝えていかなくてはならないことであると感じました。

ついでに赤レンガ博物館にも立ち寄り世界の煉瓦を見てきました。

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博物館の前庭からは海上自衛隊の艦船が停泊している港が見え
海軍ゆかりの地であることを実感

西国めぐりをしていると日本史のいろんな時代にタイムスリップした感覚を味わえるのがまたいい。
といっても今回は戦争をした日本という重たい現実から衝撃を受けたままの帰京となった。


2015年9月20日の歴際街道丹後ウルトラで60㎞を走ったついでに
日本海側の西国のお寺をまわる計画
ツアーは前後泊の3日目の朝までにして帰路はキャンセル

9/21(月)朝食ゆっくりでツアーのみなさん見送って周辺散策
宿の車で最寄りの小天橋まで送ってもらい京都丹後鉄道宮津線に乗ります。

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お世話になった民宿むらきたさん    こちら宿からすぐの日本海

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「しけばり」       小天橋駅        でこちらがホーム

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北近畿タンゴ鉄道→京都丹後鉄道に(2015.4〜) 天橋立駅

たしか小天橋10:16発=天橋立11:02着
駅から商店街を抜けていざ天橋立へ

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智恩寺の立派な山門を横目に回旋橋(小天橋)を渡ると…
全長3.6㎞ 幅約20〜170mの砂嘴でできた砂浜すなわち天橋立である

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日本三景の碑がありました。貸自転車が多数行き交う中丹後Tで歩いていると…
なあんと向こうから丹後Tで走ってくる方が…なんと昨日100㎞走ったと聞く
地元のランナーで天橋立が練習コースとか…す、すごい!

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与謝野寛・晶子ご夫婦の歌碑       橋立明神

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ところどころに案内の立札があり距離がわかります。…で、ここはなんと!

イメージ 8天橋立散策マップをもらってじっくりまわりたいものですが、半日ではちと厳しい

左の地図は拡大しても見られません
大きくしてみたい方は
こちらをクリック

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シルバーウイークとあって
ケーブルカーもリフトも
すごい混雑ぶり



もちろんわれわれはそのような文明の利器をつかわず脇の参道を登ります

リフト降りてさらにバスで7分のところももちろん歩きます(笑)

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西国二十九番札所
成合山成相寺

慶雲元年704年開山
五重塔や阿弥陀堂などを控えた
大寺院だったが
兵火や雷火にあって多くを焼失
本堂は江戸中期に再建された



今昔物語に…とある僧が修行中、深い雪に里人の足も途絶え食料も底をつき
空腹のあまり観音さまに「食べ物をお恵みください」と祈った僧は
堂の外に傷ついた鹿が倒れているのに気づく…肉食は仏の道に反するが
空腹に耐えきれず腿肉をそぎ取って鍋で煮て食べてしまう
やがて雪が融け心配した里人が堂を訪れると鍋の中には肉でなく
木屑のようなものが浮いているだけ
驚いた僧が本尊を見ると仏像の腿が欠けていることに気付く
自らの罪深さに一心に経を唱えると欠けた部分に木屑が収まり
仏像が元通りに「成り合った」ので「成合寺」さらに転じて「成相寺」
となったという

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なみのおと まつのひびきも なりあいの
 かぜふきわたす あまのはしだて


本尊は正観世音菩薩
そして
さらにのぼったパノラマ展望台から
おきまりの股のぞき♪

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往復約13㎞のリハビリ・ウオークとなりましたとさ。





書庫をつくってあるのに記事書けないまま時だけが過ぎ…
風化寸前の西国三十三か所を走る★★記事です。
思い出しだし…うわあ忘れてる〜w

を走った翌日の2015年3月28日の事
あまりに遠い過去で写真探したけどどこかへとんでった??(涙)
Faceの記事にかろうじて残っていた画像を並べて記憶をたどる…

姫路駅北口から神姫バス71番9:00発社行きに乗り
法華山一乗寺のバス停で下車

西国札所二十六番 法華山一乗寺 

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左に国宝の三重塔を見ながら
本堂への長〜い石段を上って
26番札所に手を合わせます。

 はるははな なつはたちばな あきはきく
  いつもたえなる のりのはなやま

開基は25番清水寺と同じ法道仙人
清水寺で
大化5年孝徳天皇の病気平癒祈願のために
宮中に招かれ、見事期待に応え、
勅願により一乗寺を建立したと伝えられる。

三重塔や聖徳太子画像は国宝
本堂、妙見堂、ご本尊の聖観音立像は重文に指定

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早々にお参りを済ませて
バス道を法華山口方面へ
旧参道から集落を抜け
再びバス道に合流さらに進むと法華山口
ここで近くにある酒蔵
富久錦さんに立ち寄りました。

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レストランも併設されており
新酒の試飲会も開催されており
かなりの人の出入りがある。
さすがこのあたりは酒どころ
ラン中にもかかわらず数種類試飲させてもらい
思わず数本自宅用と父の日用に宅配便で♪

ほろ酔いで酒ランもすぐに北条鉄道
の駅が見えてきた!

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古びた懐かしい感じの駅舎に入ると
あれれ?パンが並んでいる…
窓越しにみると中でパンを作っている
あれれ?どこかでみたような…
たしかテレビの鉄道番組で♪
女性の駅長さんはボランティア
列車到着ごとにホームで迎え
手を振って見送りしてくれる名物駅長

列車が来るまで待合室で
あんパンとコーヒーを
いただきました。


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北条鉄道で法華口より小野市の粟生(あお)駅まで
粟生からJR加古川線に乗り換え加古川を見ながら加古川駅へ
姫路にもどってもすでに姫路城は見てしまったし…
…で、山陽本線に乗り換えて明石まで足を延ばしてみることにしました。

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到着がお昼過ぎ
明石の名物をいただきます
鯛 たこ あなご
でどうだあ!!
って感じ

美味しゅうございました♪

腹ごしらえもでき市内散策へ

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まずは北口の明石公園へ
前日の姫路城見学の興奮
さめやらぬままの明石城
天守こそないが巽櫓と坤櫓は重要文化財、日本の100名城にも選ばれているとのこと

公園を後にして
明石といえば子午線イメージ 9
まずは日本標準時子午線上に立つ明石市立天文科学館へ♪
シゴセンジャーのポスターにおもわずにんまり(笑)
こちらで少しお勉強してから子午線のまちめぐり

天文館北側のトンボ標識
天文館玄関前の路上の子午線
国道2号子午線郵便局前の標識
子午線交番前の標識
中崎公園のモニュメントとトンボの標識
人丸駅のはみつけられず…あとで調べたらプラットホーム上だったか…

中崎公園から明石海峡大橋、淡路島をながめ
海峡を行き交う船を数えながら駅に戻る道

わすれちゃいけないここにきたら明石焼イメージ 11
美味しそうなお店が数々ありますが
今回は本家きむらやさんでいただきました。
ふわとろ玉子に大粒のタコしっかり
一人前二十個もぺろり

さらに駅前商店街散策

魚の棚商店街でいかなごのくぎ煮
おみやげに買って帰りました。


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本日約11㎞の西国めぐりRUN&Walk

イメージ 10で、翌最終日は朝から雨
駅周辺でおみやげ買って

お気に入りになった姫路えきそば
すすって帰途につきましたとさ

書いていて…姫路そばまた食べたい〜♪


2016春の結果

熊本地方の大震災でたくさんの方が被災されている中
不謹慎といわれるやもしれませんが

記憶でなく記録に残しておきたかったので過去の記録をすみません
今頃2016春の結果FB投稿記事のキリバリです…

1/1(祝)第41回東松山市元旦早朝マラソン・5kmの部 
22’38”
明けましておめでとうございます🎉😆🎊イメージ 1
東松山元旦早朝マラソン
5kmに参加してきました。
...
去年は走れなかったので2年振り
あれえ⁉
こんなに↑↓きつかったっけ?
22'38"はちとがっかりも
走れてる幸せに感謝して🎵
これから果てしない新年会に
向かいま〜す👊😆🎵
本年もよろしくお願いいたします✨

1/17(日)第35回フロストバイトロードレース・ハーフ 
DNS(インフルエンザ)イメージ 2
第35回フロストバイトRR
ランラン号は熱発のため無念の出走回避
お持ちの勝馬投票券は払戻となります


1/31(日)第64回勝田全国マラソン・フル 
3:53’17”(3:51’41”)
第64回勝田全国マラソン
朝はちと早い普通グリーンでイメージ 3
ストレスなし
レースはというと...
12月から右手のシビレがとれず
また頚椎の狭窄が…
先週はインフルAで流行の先端(笑)
と期待うすも富山Mより進化したい❤
キロ5巡航目論むも
20kmで失速
西原エイドでつかまらなかったけど
30km過ぎてからの
名物勝田どんぶり3杯は
おなかでなく脚がいっぱいいっぱい
最後は歩いた方が速い⁉イメージ 8
しばらくフルはいや…っていう
情けない行軍
結果3:53'17"(ネット3:51'41")
まあ病み上がりで富山より少しですが
詰められたので今回はよしとします
東京はも少しパフォーマンス
上げたいです

2/21(日)第50回青梅マラソン・30km 
DNF(20km1:39’24”)
2/21(日) 第50回記念青梅マラソン
20kmPRしてきました。イメージ 4
...
あれ?30kmでないの?
そうです。来週の東京Mに向けて
疲労残したくないので
(2010年は連闘で30走ってしまい失敗)
折り返して20kmすぎ
軍畑(いくさばた)の駅前交差点で
自重しました。
直前Qちゃんとハイタッチイメージ 7
「さあ、ここから ここから〜」
との励ましにイキたくなる気持ちを
抑えるのが大変でした。
25'45"(24'55)-24'32"-24'57"-24'10"
アップダウンもあり綺麗に揃いませんが
まずまずのトレができましたかね?
未だに破られない瀬古さんの
コースレコード突破で300万円❗
の賞金レース
優勝はトヨタ九州の押川選手
川内君は3位 レコードは破れず
賞金は持ち越しになるのかしらん?
狙ってみる?(笑)
週末に向け昨日からノンアルです❕

2/28(日)東京マラソン2016・フル 
3:54’45”(3:52’29”)
暑くてへろへろ
水摂りすぎでちゃぽんちゃぽんイメージ 5
脚は20で売り切れ
なんとかゴールできました
2/28 東京マラソン
写真が250枚も
次はいつ走れるかわからないので
大枚はたいてしまった😵💧
怒られそう(笑)
...
26'58"(24'42)-24'40"-25'23"-25'54"イメージ 6
-27'27"-29'47"-30'45"-30'26"-13'25"
計3:54'45"(3:52'29)
思いの外晴れ上がり
過信からの典型的つっこみバテも
応援の力を借りて苦しくも楽しい旅🎵
あ〜あ 終っちゃったなあ
皆様有り難うございました❗

3/20(日)2016板橋Cityマラソン・フル 
3:56’35”(3:55’54”)
3/20 今季最終フルの板橋Cityマラソンイメージ 9
走ってきました。
朝 会場に着くと曇天に風が強く寒〜い
いばらの道を想定していましたが
始まればお日様も顔をのぞかせ...
暑さと終盤の強風という
板橋らしいレースとなりました
25'38"-25'21"-26'33"-26'58"
-27'32"-29'43"-29'39"-31'37"-13'34"
計3:56'35"
今季全て前半突っ込み後半撃沈イメージ 10
どうせならも少し楽にサブ4できないか?
と前半からキロ5出てもいいやで
抑えたつもりも
それはそれで潰れるわけで…(笑)
折り返しコースなので
ヤフブロ時代からのラン友さんと
たくさんすれ違って刺激頂きました❗
赤羽での打上げでは
懐かしい仲間に会えて
楽しい時間が過ごせました🎵
さあてフルは少し忘れて
トレイルとウルトラのシーズンin❗


頸椎ヘルニアはほぼ影響なく年末のかさまハーフ以外
あとまさかのインフルエンザでDNSのフロストバイト以外は
体調気にせず走りきれました。

フルは秋の富山も含めて4戦ですべてサブ4達成ながら
3:50が壁となっていますネエ

まあ練習量からいえばそれでも力は出し切れたと思います。

余震続く中がんばっていらっしゃる方々に
いったいなにができるのか?模索の日々ですが
一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます




今年も行ってきました。
板橋七福神巡り
恒例となりました七福神巡り5年目
板橋は3度目(あとは浅草名所七福神と隅田川七福神)

だいたいご開帳は松の内が多くイメージ 13
元旦と2日は新年会だし
2日3日は箱根駅伝三昧だし
…で、決行は2016年1月4日
 
過去の自分のブログ読み返してみたら
所要6時間と書いてあり
そんなにかかるかなあ?と思いながらも
朝9時前に家を出る。

旧川越街道は北一商店街を通り抜け
上板橋で川越街道にでると
東新町1丁目の交差点から南下
城北高校の脇をすり抜ければ

安養院
イメージ 14イメージ 15











鎌倉幕府執権北条時頼によって創建されたと伝えられる真言宗寺院
弁財天がおわします。美貌・音楽芸術・財福…50の手習い太鼓が上達しますように♪

門をでてすぐの信号を渡り東に進みイメージ 19
東新町氷川神社の前を通って
大きな通り=環状七号線にでます。
北上して川越街道とぶつかる
板橋中央陸橋交差点の脇に…






長命寺
イメージ 17イメージ 18











過去帳開始が1652年であり江戸前期の創建と考えられる真言宗の寺院
江戸時代には近くの板橋天祖神社や東新町氷川神社の別当寺を務めていた
福禄寿がおわします。幸福と禄と長命…70でも走れてますように♪

環七を東に渡り一つ目の路地を南下イメージ 20
石神井川を学校橋で横切り
宮の下の商店街をさらに南下
五差路にぶつかり東進
ゆるやかな坂をのぼると
→西光寺の看板
案内に従い路地を右にすすむと
境内の南側に門がある

西光寺
イメージ 21イメージ 22江戸時代初期に創建された観音堂が始まりと伝わる真言宗の寺院

境内のしろかき地蔵は室町時代の作とされる区内最古の石地蔵
大谷口の代掻きを手伝った昔話
が伝えられている

布袋尊がおわします。
心の豊かさを示す神様
…細かいことにとらわれずおおらかな気持ちでいきましょう♪

西光寺の門をでてそのまま南下イメージ 23
都道420号に出たところで
歩車分離の歩道を軽快に走る♪
要町通りにでる一つ手前のナナメの道を
進み豊島高校の正門前を通って
坂を下ったあたりが区境
練馬区に入って坂を上り
旭丘中学の脇を抜けると…


能満寺
イメージ 1イメージ 2










僧源心(〜1653年)が創建したと伝えられている真言宗の寺院
寿老人がおわします。長寿のご利益…健康でピンピンコロリピンコロリ♪

板橋七福神のうちここだけ練馬区にあるのは
熊野町の彫刻師田中金太郎氏が七福神を制作しイメージ 3
各寺に寄進したのが昭和12年頃とされており
当時は板橋区であったため
(練馬区は昭和22年に板橋区の一部が分離)

来た道を戻ります。
千川に出てライフでトイレを拝借
脇の道を東進
豊南高校が見えてあれ?一本道が違う
一つ南の高松小学校の道をしばらく行くと…

西光院
イメージ 4イメージ 5










覚慧が開山となり創建したと伝えられる真言宗の寺院
過去帳の記載から江戸時代初期の創建と考えられている。
大黒天がおわします。打ち出の小槌は働く者には財宝を打ち出す
…いつまでも元気に働くことができますように♪

西光院の前の道をまっすぐ北上イメージ 8
川越街道を横切り
東武東上線を横切り
都税事務所にぶつかって
大山の商店街を右へ
板橋区役所から国道18号中山道を渡り
旧中山道へ



観明寺
イメージ 6イメージ 7










暦応元年(1338年)の創建と伝えられる真言宗豊山派の寺院
恵比寿天がおわします。財宝…まあ残してもしょうがないので多くは望みません

そのまま旧中山道を板橋方向へイメージ 9
丁度昼休みの時間でにぎわい始めた
仲宿の商店街を進みます。
ライフの先を右に曲がると…






文殊院
イメージ 10
イメージ 11










江戸時代前期、延命地蔵を祀るお堂を寺院としたと伝えられている真言宗寺院
本尊の文殊菩薩坐像は寛文年間(1661〜1673)の作と伝えられている
板橋宿本陣を勤めた飯田家の菩提寺
毘沙門天がおわします。武神…レースでの健闘を♪


イメージ 12


それぞれのお寺で御朱印頂き色紙もコンプリート♪
12時ちょい前に無事完走?(笑)
所要時間:3時間(参拝・散策・信号待ち・トイレ休憩含む)
走行距離:13km(安養院〜文殊院の七福神区間は約11km)

費用:専用色紙500円、御朱印200円×7、お賽銭


イメージ 16



イメージ 25ハッピーロード大山(商店街)の大阪王将でイメージ 24
昼食がてら軽く打ち上げ

も、意外に早く終わってしまったため物足りず
満腹腹ごなしも兼ねて家までウオーク
計9km
本日移動距離22kmとなりました。









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