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剽窃フォトグラフ.5

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■上の写真、丸田祥三 「迷彩」 1992年発表 (※モノクロで2回、Wトーンで1回発表)

■下の写真、小林伸一郎 「廃墟をゆく」 2003年発表

いずれも足尾銅山にある同じ電力施設の遺構を撮った作品です。
撮影は私が1989年、
K氏が1996年、とのことです。
ちなみにこの建物の正面は、この反対側の方です。
今でこそ手前まで駐車場となり、眼に着き易くなっていますが、15年くらい前までは
手前には葦の原があり、普通に建物裏が眼に入ってくる状況ではありませんでした。

□これは剽窃に当たるのではないか、またそういったご自覚は、ございましたでしょうか、
といった原告側の問い掛けに対し、

K被告は、
(盗まれたと見られる原告の元の作品と、自作とを比べられた上で)
以下のように、反論されております。
『同じ被写体でも誰が撮るかで写真は大きく変化します』(K被告による陳述書、4月15日、原文のママ)
原告側はもう唖然とするばかりでした…


それから、十八年前、私が開催した写真展(この写真も展示しました)を、K氏が訪れ、
情報等いろいろとメモって行かれたのでは、といった疑惑もあったため、
(私の写真集の大半を事前チェックされていたのでは、という疑点と一緒に)
その件に関しても、お伺いしてみたところ、

K氏からは、『プロの写真家であれば全ての写真展に行き、全ての写真集に目を通している
はずだ、などという原告の主張は荒唐無稽である』(原文のママ)といったご返答が寄せられ
ました。

(※もちろん原告はそんな伺い方しておりませんし)そのように、露骨に論点をすり替え
られること自体、後ろ暗いところがあるからに相違ない、という気が致しますが…



□また、K氏は、他の陳述書面において、
『丸田氏は、廃墟の撮影を商業・職業写真と位置付けていますが、私にとって20年以上全国
の廃墟を撮り続けるのは自己表現でもあり、私自身の感性の向上を求めるライフワークでもあ
ります。丸田氏と私では、写真表現及び廃墟に対する考え方自体がまったく異なるのです』
といった抗弁もされておりました。

…では、
その考え方のまったく異なる私の作品から、解説文を誤記ごと引き写されたり、
被告ご自身が<感性の向上を求めている>と仰るなら、
なぜ私の後から、すべて似たようなアングルで撮って廻られるのか?
といった旨の反論をさせて頂きました。


K氏は(8月28日付けの陳述書)で、
また前言を翻し、こう仰っておられました。
『一冊の写真集のうち、三分の一が先行作品と同じなら問題でしょうが、わずか数枚で
訴えられたのは心外です』

私たち原告側は、
「いいえ、プロの場合、纏めて発表されたその総体に占める割合などではなく、
本来なら、一点であっても問題にされる場合がございます」
「それに原告は長らく慇懃に話し合いを求めていたにも関わらず、(K被告が)それを
無視されてきたわけで、そういった事情からやむなく提訴に踏み切ったものですが」
「あと複数の剽窃作を目立たぬよう分散して世に出すのは、よくある手法ですが」
といった反論を再度させて頂きましたが…

K氏はその後、ずっと沈黙を守っておられます――。

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