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さて本日は前回に引き続き司馬遼太郎先生の「功名が辻 第二巻」の
ご紹介です。
秀吉の直属の部下になった伊右エ門(山内一豊)ですが出世は足踏み状態です
そこになんと本能寺の変がおこります。光秀との戦いのさなか手柄をたてる
ため奮闘しますがこれが残念ながら空回り・・・・・・・・・
続く柴田勝家との跡目を決した賤ヶ岳の戦いでもあまり恩賞はいただけず
現在は3,500石の身分です。秀吉が関白になった後伊右エ門は四十を
目前にようやく2万石の知行地と長浜城を賜るところまできました。
千代の方も秀吉の妻、北政所に気に入られておりますので旦那が出世コースを
外れぬよう援護していきます。
自分の愛娘の死という大きな不幸が2人を襲った後、しばらく無かった合戦が
再び始まります。秀吉の北条氏討伐です。見事北条氏を倒し二百八十万石を
没収した秀吉はそのままその領地を家康に与えます。与えるといっては
聞こえが良いですが本音は家康を関東に押し込んでできるだけ大阪から離す
ための策略です。もし家康が兵を上げて京都、大阪に攻め込んでもその間には
二重、三重の壁が家康の進行を妨げるように仕向けてあります。その壁の
一つに伊右エ門が選ばれました。秀吉は伊右エ門に6万石の知行地と掛川城を
与えたのです。
さてとうとう豊臣政権の暗黒の時代がやってまいります。最大の不幸は秀吉に
子供がいないことです。仕方無しに甥の秀次に関白の地位を譲ります。しかし
この秀次はとんでもない愚か者でした。平気で人を殺し愛人を何人も囲い
まさに鬼畜同然の悪行を重ねます。タイミングの悪い事に秀吉の側室、淀殿に
子供が生まれます。後の秀頼です。後継者がいないために仕方なく関白の
地位を譲ったのに今では秀次の存在は邪魔以外の何物でもありません。
ついに秀次は秀吉に自害を命じられこの世を去ります。秀次は死んで当然の
人間です。しかしその妻や妾、その子供達には罪がありません。しかし秀吉は
なんとその妻妾、子供数十人を川原で公開処刑をするのです。あの殺さずの
秀吉が変貌と遂げました。これにより豊臣政権への不満が加速していきます。
それでは次回は第三巻にてお逢いしましょう・・・・・・・・・・
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