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お気に入りの青い帽子をなくしたぼくは なくしたものが、必ずあるというあるあるのはらを目指して、家を出た。 途中、ひとりぼっちだから、友達を探したいというヘビ チクタク動かなくなって時計じゃなくなったから、自分を探したいという目覚まし時計 誕生日がないから、生まれてこなかったんだと泣いていたウサギ の3人といっしょにたくさんの山を越え、林をぬけた。 あるあるのはらは広くって、リンゴの匂いの風が吹いていた。 そこで、みんなはそれぞれ意外な形で 探していたものを見つけることになる。 「あるあるのはらにゃなんでもござる♪なんでもござらんものはない♪ アララット、アルルット、ロンロンロン♪」 この絵本を子供たちに読んで以来 何かなくなると 「あるあるのはらにあるんじゃないの〜」 と言いながら探しましたっけ。 私はけっこう探し物を見つけるのが得意なんです。 査察官よろしくエアコンの室外機の裏とか、おもちゃ箱の中とか書類の間とか。 マア、その前になくさなきゃいいんですから、自慢にはなりませんけど(-"-) 4月に結婚した娘が、お婿さんと泊まりに来るので部屋を片付けていました。 この部屋はもともと和室だったのですが、雰囲気が合わないとその上にカーペットを敷いて 襖もロールカーテンにしたり、イメージチェンジされてました。 でもお掃除してたら、急にこの際畳を替えてすっきりさせようと思い立ちました。 それから、汗だくでいろんなものを動かし、カーペットをはがしました。 特に壁側のベッドを動かしたところ・・・・・そこはまさしく「あるあるのはら!!」 いい年をしてしかも娘なのに、もう〜(`´) 残念ながら現金は出てこなかったけど、スリッパとか靴下とか。 掃除機で届かない所から、いろいろ出てきましたよ〜 「ぼく」の青い帽子は、あるあるのはらの木の枝にひっかかっていました。 青というところが、あの「青い鳥」を連想させます。 もしかして、私達も木の葉にかくれて帽子が見えていないだけなのかな? さて、みなさんがなくしてしまって、今探してしているものはなんですか? |
本
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猫さんの推薦図書、村上春樹の「海辺のカフカ」を読んでいたら、 娘が今映画公開中の湊かなえ「告白」を借りてきたので、ついでに読んでみました。 「海辺のカフカ」は、たしかに村上作品の中では読みやすい方かもしれません。 昔読んだ「ノルウェイの森」の主人公の孤独だけど、 人との関わりで再生していく所につながる感じがしました。 観念的なところは難しかったけど、嫌いじゃないです。 猫と話せるナカタさん、人生の意味、価値観を問いかけますね(^0_0^) 「告白」に関しては・・・読まなきゃよかった↓ これは同じミステリーでも、宮部みゆきみたいに読後に少しでも光明を求める私の感想なんですけど。 目をそむけたいものを、見せられたような過酷な内容でした。 それだけ筆力が優れているのかもしれないけど。 特に犯人の少年の母親の気持ち、他人事とは思えなかったから。 映画化した監督の話が巻末にあって、 この作品の表面的、言葉だけを信用するな それに含まれた嘘を感じ取れみたいなことが書いてありました。 レトリック的読み方は、苦手です。 どちらの話も親子(母親と息子)の関係が根幹にあると思う。 もうひとつ同世代の少年を描いているところは、共通なのだが 同じ孤独な少年を描いていても、「カフカ」には心の中にカラスという一人の少年が常に寄り添っている。 例え、現実には居なくてもその存在が、彼を支えているのはまちがいない。 (題名忘れましたが、心の中にもう一人の少年が存在する作品、他にもあったような気がします) それが自立への道しるべになり、孤独でも折れない心を作ったのではないか。 また同世代を書いているのに、村上作品の少年は相当成熟しているが 「告白」の方が、現実の15歳前後に近い感じがする。 男性作家は自分の少年時代、女性作家からは母の目線で息子として 登場人物をとらえていると思うのは、私の独断的偏見? 関係ない2冊でしたが、意外と対比する読み方もありだったかも。。。 人の誘いに乗っかって、手を延ばしてみるのも面白い本に出会えますね。 猫さん、ご紹介ありがとうございました^^ |
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「この中に動物が隠れています。どこにいるでしょうか」みたいな絵本ありましたよね。 昔、普通に読んでいたこの本のあちこちに、年を重ねた今、 そうだったのかと思う箇所が、隠れていた動物が現れるように見えてきたんです。 原題は「小さな王子」 サン・テグジュベリが戦争で飢えと苦しみで弱っている親友レオン・ウェルトを慰めようと 捧げるため書いた大人のための童話。 この本が、聖書の次に世界中で読まれている本だともいわれているのは、 たくさんの人が自分にとってのバラや、キツネ、それから王子さまや「ぼく」をあてはめて 心を慰めたからでしょうね。 絵本好きな私、人にあげようと買ったのに結局自分用になりそうです。 一回では、紹介しきれないので、書庫を作ってみました。 王子さまの星はとても小さくてあるのは、小さな火山が3つと、バラの花が1本。 気まぐれで、わがままなバラは(トラの爪にはかなわないと言っているが) 4つのトゲを持っていて、なにより自分の美しいのが自慢。 王子さまは、バラの思いつきで要求される言葉に 振り回されるのに疲れてうまく行かなくなり、 とうとう自分の星を出ていくことになった。 あとになって、そのバラの存在が今までどれだけ自分を慰めてくれ 幸せだったことに気付くのだが。 いくつもの星を訪ね、最後にたどりついた地球の砂漠で 飛行機で不時着遭難した「ぼく」と出会い、その時のことをこんな風に言った。 「あのころは、なにもわかっていなかったんだ。 言葉ではなく、花のようすから心のうちをくみとってやればよかった。 ぼくは花の香りと、輝くような香りに包まれていた。 ぼくは逃げてはいけなかった。花のあさはかな、ずるいたくらみのかげにある やさしさと甘えを、うけいれてやればよかった。 花って、悲しいくらいに、かわいいやつなんだ。 でもぼくは、余りに幼かったから、好きになるということがどういうことなのか、 わかっていなかったんだ・・・」 こんなことを言えるなんて、王子さま、充分大人です! 作者の妻は、バラのようにわがままな人だったようで、長く別居していたということです。 だからこの本は、恋愛論に例えられることも多いようですね。 恋愛感情でなくとも、 見えや虚勢をはったり、いたずらに攻撃的な人は、 4つのトゲで、身を守れると思い込もうとしているバラと同じだったのか? 私も今まで出会ったいろいろな人の裏 にある 寂しさや、甘えを言われた言葉のせいにして、 気付いてあげなかったなーと思い当たるのです。 王子さまが気付いたように、 心のうちをくみ取ってあげることが、どれだけ大切なことかを考えましたね。 それだから、また一つ一つの言葉には伝える力が試されるのだけれど。。。 大人だからこそ、親友レオンでなくともずっと手元に置いておきたい本です。
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大きな大きな柳の木の下に、小さな小さなやなぎむらがありました。 そこには、バッタのトビハネさん、かたつむりのキララさん、くものセカセカさん アリのセッセ家族が住んでいました。 やなぎの葉っぱが黄色くなった頃、アカトンボが飛んで来て、みんなに知らせます。 「大変よ、きんいろあらしがやってくる!ぴゅーぴゅーふいてうずまきみたいにくるくるまわる! つかまっていないととばされちゃうわよー」 それからみんなは、柳の根っこに張り付いたり、あなを掘って潜ったり。 葉っぱに自分をまきつけたり。 でも、きんいろあらしが来ると、やなぎの枝はびゅんびゅん、ぐらぐら一晩中激しく揺れました。 「キャー助けて〜」 あらしのあと、やなぎ村は黄色の落ち葉でいっぱいになり、 セカセカさんが、どこかへ飛ばされていなくなってしまいました。 必死に探すと、セカセカさんは葉っぱごと、池に浮かんで泣いていました。 行きたくてもみんなは泳げない、どうしよう! おろおろしていると、アリのぼうやが「いけのばんにん」と書いたお家を見つけました。 それは、カメのカメキチおじいさんの背中でした^^ カメキチおじいさんはセカセカさんを助けに行ってくれました。あーよかった! そして、柳の葉っぱを集め、これからやってくる冬の雪に備えて、 みんなで暮らす暖かなお家を作りました。。。。 なんて、簡単なおはなしでしたが、やはりこの本も処分できず、いつも手元に置いてあります。 何色もの色鉛筆で描かれた優しい色合いと、かわいい虫達の絵に癒されます。 これを読んでから、小さいクモを見つけると、ついセカセカさんと呼んでしまいます。 虫けらなんて、上から目線な呼び方ですが、この前の台風のような自然の脅威を前にしたら 人間だって、セカセカさんたちとそう変わらないでしょう。 天災だけでなく紛争や、今の世界不況だって。 人の力の及ばない「きんいろあらし」が来ているようなもの。 そんな時、やっぱり私達も家族や仲間と肩よせあって、あらしの過ぎるのを待つしかないんです。 吹き飛ばされても、吹き飛ばされてもやなぎのお家を作って、しのいでいかなくてはね。。。
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架山には、先妻との間にみはるという娘がいた。 |





