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鑑定医は、歌織被告の行動制御能力がなかったのではないかと述べている。しかし、相手を刺し殺す殺人の場合にも、それが悪いと知りつつ刺してしまうのであり、これも行動が制御できていないともいえる。その場合とどう相違するのかと問われて、鑑定医は「あらゆる重大犯罪は、犯罪時点で何らかの精神の変調がある」「情動という現象に関しては、実際非常に難しい」とも述べていることなどから、鑑定医の供述は、歌織被告が殺害行為時に完全責任能力があったことについて合理的疑いを生ぜしめない。 死体遺棄、死体損壊についても、歌織被告には当時、幻視などの症状があり、一定の意識障害があったと認められる。幻視は犯行動機の形成に全く関係がなく、犯行態様や犯行動機の了解可能性、犯行前後の目的を持った行動からすれば、歌織被告の意思や判断に基づいて行われたものと認められる。当時の歌織被告の精神の障害は、歌織被告の責任能力に問題を生ぜしめる程度のものではなかったと認められる。 歌織被告の脳の器質的障害について、鑑定医は犯行直後のことは不明だが、脳波測定を2度行い、MRI検査などを行った。その結果、現在では脳の器質に異常さを示すものではないとしており、他に同障害を疑わせる証拠はない。 以上から、歌織被告は、各犯行のいずれの時点においても完全責任能力を有していたと認める ▽量刑の理由 殺人に至るまでの経緯で、歌織被告に同情の余地が相当ある。歌織被告は、婚姻直後から夫である夫から暴行などを受け続け、顔の容貌(ようぼう)が変わるほどの鼻骨骨折などの傷害を負い、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。しかし、夫はDVを継続、歌織被告からの離婚の求めに応じず、歌織被告を精神的に追い込み、歌織被告は「夫との生活から逃れられない」と思い込むに至っている。まさに歌織被告自身がいうように、地獄のような夫婦生活を送っていた。このような生活が、離婚の話し合いに応じようとしない夫の態度をみて、絶望的な気持ちにさせ、歌織被告がとっさに殺意を抱いたことに影響していることは否定できない。 歌織被告は犯行時、短期精神病性障害を発症。この精神の障害は責任能力に問題を生じさせる程度のものではないが、犯行の遂行に何らかの影響を与えている。しかし、こうした経緯は、夫を殺害し、その死体を損壊し遺棄したことを正当化しない。歌織被告は、寝ていた無防備な夫の頭部をいきなりワインの瓶で殴打した。夫が起き上がり話しかけてきても、倒れても、なお、その頭部を執拗(しつよう)に殴打し続け、夫の死亡という非常に重大な結果を生じさせている。夫は会社での昇進を間近に控えるなど仕事も順調に進み出した矢先、30歳の若さで突如、生命を奪われたのであり、その無念さは察するに余りある。 さらに、歌織被告は夫の遺体を5つに切断した上、それぞれ遣棄した。夫の遺体、特に頭部の損傷は激しく、あまりにも残酷、無残な犯行である。歌織被告は数々の犯行隠蔽(いんぺい)行為を繰り返した。なかでも、行方不明の夫の安否を必死に心配していた夫の両親に対し、夫になりすまして同人が生きていることを装ったメールを送信した行為は、一人息子の安否を気遣う親の気持ちを踏みにじる、あまりに卑劣かつ自己中心的な行為である。 いかなる経緯があったとはいえ、このような形で成長を楽しみにしていた一人息子を殺され、その死体を遺棄・損壊され、直接に卑劣な隠蔽行為を行われた遺族の受けた衝撃、怒り、悲しみは筆舌に尽くしがたく、歌織被告に厳罰を求めているのも当然である。以上からすると、歌織被告の犯情は悪く、その刑事責任は重大である。 そうすると、歌織被告のために酌むことができる事情を最大限に考慮しても、歌織被告には主文の刑をもってのぞむのが相当と考え、主文のとおり量刑した。 (2008年4月28日 産経新聞Web版から転載)
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