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第6章 あなたに死刑判決が下せるか


死刑と無期懲役は紙一重


 以下は、2009年の一審求刑死刑、判決無期懲役裁判の一覧である。先の一審死刑判決一覧と比較すると、減刑理由がきわめて不可解なものがある。死刑になるか、ならないかは、紙一重だ。担当する裁判官によって、事件の評価が異なり、それによって、死刑になるか、ならないかが決まる。死刑判決が恣意的に下されている現状が、ここにはっきり表れている。



中津川一家殺害事件(長男、実母ら5人殺害)岐阜地裁
被告・原平
減刑理由など 完全責任能力(検察側の精神鑑定採用)。一家心中であり、私利私欲の犯行ではない。遺族は死刑を望んでいない。極刑をもって臨むにはちゅうちょが残る。終生自らが手にかけた家族の冥福を祈り、残された人生を全うすることこそ真の償いになる。(検察控訴・2審名古屋高裁でも無期懲役判決=2010年1月26日)。


江東区女性バラバラ事件(1人殺害)(東京地裁)
被告・星島貴徳
殺害方法は執拗ではなく、冷酷だが残虐極まりないとまではいえず、殺人と死体損壊・遺棄に計画性もない。殺害された被害者が1人の場合、ほかの判断要素で相当強い悪質性が必要。量刑の傾向を踏まえると死刑は重すぎる。前科もなく、逮捕後は犯行の詳細を自供し、悔いている。矯正不可能とまではいえない。終生、被害者の冥福を祈らせ、贖罪に当たらせることが相当。(検察が控訴せず刑確定)。

闇サイト事件(1人殺害)(名古屋地裁)
被告・川岸健治
事件の早期解決、次の犯行を阻止したことを評価。検察控訴。


会社役員強盗殺人事件(2人殺害)(宇都宮地裁栃木支部)
主犯の林大平被告に死刑求刑。被害者の男性は被告人に著しい経済的、精神的苦痛を与え続けた。被害者にも責められるべき要因があった。控訴棄却で刑確定。



杉並区親子殺害強盗事件(2人殺害)東京地裁
被告・志村裕史
完全責任能力。計画的犯行ではなかった。若年(犯行時22歳)で改善更生の可能性がないとはいえない。被告控訴。2010年6月の東京高裁判決は一審支持。被告は控訴するも、2010年7月9日に上告を取り下げ、無期懲役が確定。


女性2人殺害事件(東京地裁)
被告・野崎浩
検察は、最初の殺人を立証できなかった。被告人は死体遺棄罪で3年6月服役、8年後の2度目の殺人を立件検察が死刑求めて控訴 2度にわたり殺人を犯したが、矯正の可能性があり、死刑がやむを得ないとまではいえない。


 ▽心中は殺人ではないのか


 死刑から無期懲役に減刑されたケースで最も不可解なのは、中津川一家殺害事件である。被告は、日頃折り合いの悪い実母(当時85歳)を殺し、殺人者の子供として生きるのは不憫という理由で、長男(同33歳)、長女(当時30歳)、長女の子供2人(同2歳と生後3週間)を殺した。自分は自殺を果たせなかったのに、何の落ち度もない自分の子供と孫を平然と絞殺したのである。その常軌を逸した行為は、責任能力の不能を示唆するが、判決は、完全責任能力を認めた上で、被告の犯行は心中であったから、死刑にする必要はないという一審の減刑理由を追認した。


 肉親、近親者、近しい人を巻き添えにして殺す、いわゆる、心中は同じ殺人罪でも刑が軽くなる。両者が合意の下に、一方が他方を殺し、自分も死ぬつもりで死にきれなかったというなら減刑にも一理ある。しかし、一方が、相手の意思を無視して自分本位で相手を殺し、自分だけ生き残るという心中崩れは、殺人と変わりないし、むしろ、通常の殺人よりたちが悪い。(法律的には犯意、犯情が悪いという)。このケースを、心中というカテゴリーに入れるとしても、明らかに後者なので、到底、減刑の理由にはならない。


 ▽主観的には心中事件?


 私の考えでは、そもそも、中津川一家殺人事件は、心中のカテゴリーに入らない。なぜなら、長女とその子供は、被告と同居していなかったからだ。長女は結婚し、夫と子供とともに別の場所に一家を構えて暮らしていた。被告の家と近かったとはいえ、日常生活は全く別だったのである。したがって実母と長男を殺した後、わざわざ、長女の家まで行って、3人を殺すという行為は、心中ではなく、明確な殺人である。その動機は、自分勝手、私利私欲そのものある。


 しかし判決は「思い詰めての自殺を前提とした犯行で、被告の主観的には一家心中の事案。酌量の余地を認めた一審判決はあながち不当とはいえない」と述べ、心中であることを減刑理由とした。法律家は、被告の主観を超えて客観的に犯行を分析し、事実を認定するべきなのに、これでは、「被告がそう思っているのなら、それが正しい」と言っているのと同じではないか。「主観的には心中だった」という事実認定は、法律家にあるまじきいい加減な認定である。論理的に破たんしているだけではなく、法律家としての倫理も放棄した、拙劣、最低の判決だ。「主観的には○○だった」と言えば、何でも通ってしまう。法律家の判決とは思えない、ひどい論理である。



 ▽処罰感情は死刑理由にはならないのか?


 一審では遺族が、死刑を望んでいないことが、無期懲役への減刑理由の一つとされたが、控訴審では、被告の長女の夫が、死刑を望むという態度に転じた。被告の反省の態度が感じられないというのがその理由だ。しかし判決は「被告の態度次第では緩和の余地があり、現時点での感情をよりどころにして死刑を選択するのは相当ではない」と述べた。


 これも驚くべき没論理である。遺族の処罰感情は、将来弱まる可能性はあるが、可能性を死刑回避の理由にするなら、あらゆる遺族や社会の処罰感情は、封殺されてしまう。「現時点での感情をよりどころにして死刑を選択するのは相当ではない」といいながら、では、何をよりどころにするのか、ということに判決は、何も触れていない。社会的に衝撃を与えた他の大量殺人事件の死刑判決では、死刑を科すひとつの理由に処罰感情を挙げているのに、この判決は、それが死刑判決の理由にはならないと言っているのである。

 

 もし、それを死刑回避の理由として正面に掲げてていれば、この判決は、歴史的判決になっていたかもしれない。単なる応報感情(目には目をという報復感情)は、死刑の理由から排除するべきだという考えを展開した上で、上記の理由を述べるなら、私には、それなりに納得できるものがあるし、画期的であっただろう。しかし、この判決において、それは、普遍な死刑回避の理由としてではなく、この事件に限って一回的な理由として挙げられているにすぎず、その取り上げられかたも唐突で、意味不明である。


 2010年1月11日記 

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