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裁判員制度の導入で何が変わるのか

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新国選弁護人制度

第4章 裁判員制度の導入で何がどう変わるのか?


新国選弁護人制度


 ▽被疑者段階の弁護が実現


 被疑段階の国選弁護人は、刑訴法施行から実に57年もかかってようやく法制化された。(2006年10月)。これは、捜査当局に威圧的、強圧的尋問をやめさせ、適切な取り調べを促すために最低限必要な制度である。そして、留置場で孤立無援状態の被疑者に権利を教え、警察のレールロードを抑止する防衛策になる。すでに述べたように国選弁護人が付くのは従来、起訴後(逮捕から13日後、もしくは23日後)だったが、送検後(逮捕から3日後)まで短縮されたのである。


 もちろん、資力のある人は、逮捕後すぐに弁護士を呼び、助けを求めることができるのは従前通りだ。しかし、電話一本で頼める弁護士を知っている人はそれほど多くない。弁護士も紹介がなければ、弁護を引き受けないのが普通である。金銭の負担という問題も大きい。私選で弁護士を依頼すると、普通、着手金として30万円から50万円を払い、判決後に解決金として同額を請求される。この弁護料が払えないために、弁護人を依頼できない人がたくさんいるのである。


 実際、国選弁護人の依頼率は約70%に達しており、逮捕されから比較的早期に無料で弁護士を依頼できる制度ができたことの意義は大きい。これも、裁判員裁判の発足とセットで実現した制度である。


 ▽法テラス


 それに備えて日本司法支援センター(通称、法テラス)が06年4月に設立され、同10月から業務を開始した。これまで財団法人の法律扶助協会と日弁連の当番弁護士制度が担ってきた活動を一括して引き継ぐ本格的な公設弁護事務所である。法律問題を気軽に相談するテラスのような場所を提供し、法の支援で全国をあまねく照らすという意味が込められている。


 組織上は独立法人だが、実態は法務省の関連組織で、約290億円の年間予算(07年度)のほぼすべてが国の補助金。国選弁護人の弁護費用に約100億円、不特定多数の人々に対する法的な助言活動に約120億円を充てる。(その他は人件費)。


 全国の91カ所に法テラス事務所が開設され、専属弁護士89人を配置した。(08年1月現在)。専属の弁護士を設けたことが重要なのである。年収が保証されているから担当する事件の弁護に集中できるし、機動性も高まる。このほかに、日弁連が全面的に協力し、随意契約で国選弁護人になる契約弁護士が全国に約1万人にいて、専属弁護士がカバーできない部分を担当する。


 ▽財産50万円以下という要件


 国選弁護は、貧困な人、資力のない人に限定される。その基準は「預金等50万円以下」である。収入ではなく現金化できる手持ちの資産の上限が50万円ということだ。このため国選弁護人を頼める人は、かなり限定される。
 

 それでも06年10月から07年3月の5カ月の間に被疑者段階で、3436人がこの制度を利用した。月平均680人強である。業務開始から3年間は、強盗致傷など重大事件の被疑者弁護に限定され、数は少ないが、裁判員制度が始まった2009年5月からは窃盗、傷害など懲役・禁固3年以上相当の事件にも拡大された。


 ▽裁判員裁判の弁護人のほとんどは国選 


 これまで行われた裁判員裁判の弁護人のほとんどは国選である。裁判員裁判は、年間約3000件行われるが、その多くは国選弁護人が担当することになる。ただ、被疑者が国選弁護人を依頼したいと思っても、すぐにできるわけではなく、逮捕から72時間待たなければならない。警察は被疑者を逮捕後48時間以内に検察庁に送検、検察は24時間以内に裁判所に勾留請求する。


 裁判所は通常、逮捕から3日目に、検察による10日間の勾留延長を許可するかどうかを決める。延長を決めた場合、その理由を裁判官が被疑者に告知する手続きがある。これが勾留質問といわれるものだ。その際、裁判官が被疑者に対して、国選弁護人を付ける権利を告げ、被疑者が要望すれば、国選弁護人の選任手続きが行なわれる。逮捕から勾留質問まで2日は留置場に留め置かれ、3日目に裁判所に連れて行かれるので、俗に「2泊3日」といわれる。資力のない被疑者は、逮捕から遅くとも3日目に国選弁護人を頼むことができることになったのである。


 ▽逮捕直後から弁護人が助力
 

 逮捕から勾留質問までの期間の弁護は当番弁護士が担当する。逮捕直後に当番弁護士が引き受け、1回だけ法律的なアドバイスを与えるなどの弁護活動をした後、国選弁護人に引き継ぐ。日弁連は、当番弁護士制度と国選弁護人制度を並行運用しており、当番弁護士が、そのまま国選弁護人になることもできる。実際、そう運用されている。この運用が定着すれば、被疑者は、逮捕されたその日から、2日間の警察による身柄拘束、3日目の勾留質問を経て、起訴され、裁判が終わるまで、一貫して弁護士の助けを得ること可能になったのである。


 被疑者が勾留質問の際、裁判官に国選弁護人を依頼する意思を示すと裁判官は管内の法テラスに連絡。法テラスは弁護士の氏名と選任届をファクスで裁判所に送り、裁判所が許可すると手続きが完了する。資力要件という基準はあるが、被疑者段階から国選弁護人を保障する体制ができた。当番弁護士制度を併用すれば、逮捕のその日から弁護人の助けを得られる制度ができたことはきわめて意義深い。


 これによって逮捕直後から送検を経て、起訴まで、弁護士が被疑者に対する警察や検察の尋問の方法や内容をチェックできるようになった。その意味で、これまでの逮捕・送検後の弁護人の「長い不在」を埋める新国選弁護人制度は、画期的である。警察と検察の捜査や取り調べにの行き過ぎを、これまでより深く、詳細にチェックすることができるからである。

 
 ▽長時間尋問の見直し
 
 
 裁判員制度に対応して、警察庁は2008年1月、深夜や長時間にわたる取り調べを原則禁止する「取り調べ適正化方針」を発表、09年4月から全国の警察本部に取り調べ状況を監視・監督する専門部署を設置した。具体的には「午後10時-午前5時」や「1日8時間超」の取り調べを事前許可制とし、被疑者や弁護人の苦情に基づく調査を行うというものだ。

 全国にある約1万の取調室に透視鏡を設置、取り調べの「透明性」を高める。これは警察官による警察官の監視であり、実効性には限界があるが、少なくとも、警察庁自身が適正な取り調べが行われていないことを、深刻な問題として受け止め始めたことの証左である。


 警察庁は、2008年12月、外部の識者7人から成る懇談会を設置し、適切な尋問の指針づくりに乗り出した。外部の意見をきくという姿勢へ転換したことは、内部規制だけでは不十分という警察庁の認識を示している。裁判員裁判で、取り調べの適正さが、大きな争点になることを予想した措置である。従来のような一部にあった人権無視の取り調べが、裁判員裁判で明らかになったら、その事件は、確実に無罪にされてしまう。そんな警察、検察の危機感の表れである。


 

 新国選弁護人制度は、警察・検察の伝統的な取り調べのシステムに打ちこまれたくさびともいえる。警察の取り調べは、従来、聖域化され、改善のメスが全く入らなかった。新国選弁護人制度は、その聖域を白日の下にさらし、警察に適切な取り調べの必要性を絶えず知らせる警告灯になるだろう。

第4章 裁判員制度の導入で何がどう変わるか


 ペーパーレス裁判の試み(2)
 
 ▽自白事件と否認事件


 2009年夏から全国各地行われている裁判員裁判において、裁判員は法廷証言と物証に主眼を置いて事実認定をし、判断を出している。当初の想定とおり、ペーパーレス裁判が行われているのである。ただ、注意しておきたいのは、2009年10月4日現在までに行われたすべての裁判員裁判は「自白事件」であるということだ。


 自白事件とは被告人が起訴事実を認めている事件を指す。たとえば、殺人罪の裁判なら、被告人が、人を殺したこと自体は認めながら、殺意があったかどうかを争い、傷害致死罪に減刑するよう訴えたり、情状を強調して刑を軽くしてもらうことを訴えたりするケースである。これに対し、起訴事実を全面的、あるいは部分的に否認している事件を「否認事件」という。無罪を主張するケースは典型的な否認事件だ。


 ▽自白事件のDVD調書は提出せず

 自白事件は、検察側もDVD調書も取りやすく、自白の任意性もさほど問題なく認定される。自白事件は、物的証拠も揃っていることが多く、DVD調書を証拠として提出する必要もない。実際、これまでの裁判員裁判でDVD調書が証拠として提出された例は、私の知るかぎり、ない。


 多くの場合検察・検察は捜査資料の一環として裁判員裁判の対象となる事件についてはDVD調書を撮っていると思われるが、公表しない。はじめから被告人が起訴事実を大方認めており、検察は、物的証拠と法廷における被告人質問で、有罪を立証できる。だから、DVD調書は、弁護側からの請求がなければ、証拠として提出しないのである。こうしたケースでは弁護側は、有利な証拠にならなけれなDVD調書を証拠として請求しない。弁護人は、ただ単に、被告人の有罪を認めた上で、情状を訴え、寛大な処分をアピールする。


 自白事件の裁判員裁判では、裁判員は量刑を判断するだけである。実刑にするのか、実刑なら懲役、または禁錮何年にするのか、あるいは、実刑にしないで保護観察にするのかどうか、保護観察にする場合は何年にするのか、あるいは、執行猶予をつけるかどうか、付けるとすれば期間をどうするか、といったことが評議の中心になる。


 これまで行われた裁判員裁判は、すべてこうしたしたケースで、裁判員は量刑だけを考えればよかったのである。ほとんどが3日間で終了しているのは、このためである。あとで詳しく説明するが、裁判員裁判の約8割は、自白事件なので、シロウトの裁判員にとっては、比較的楽でストレスの少ない裁判である。
 

 ▽否認事件の難しさ
 

 「否認事件」は根本的に違う。捜査段階で一度自白した被告人が裁判になってから「私はやっていない」、「警察、検察のでっち上げだ」と言って、検察側と全面的に対決するような事件である。この場合、まず、有罪・無罪のどちらかを決めなければならない。決めるのは、裁判官3人と裁判員6人のチームである。(あとで説明するが、これを「合議体」という)。これは、シロウトの裁判員にとって膨大なエネルギーを使うストレスの多い作業である。


 これまで何度も書いたが、従来の裁判官だけの裁判では、こうした場合、裁判官が書面で書かれた自白調書の内容を真実と認定し、有罪になるケースが圧倒的に多かった。しかし、裁判員裁判では、こうした事実認定の手法は事実上、許されなくなった。


 ▽否認事件こそDVD調書が必要


 したがって、検察は、否認事件では書面調書の代わりにDVD調書を使うか、書面調書の証拠提出を断念して、他の物的証拠や、法廷における被告人質問、証人尋問などのよって、被告の犯行を立証しなければならない。


 取り調べの段階で自白していた被告人が裁判で自白を翻した場合、検察が、取り調べの段階で言っていたことが真実であるというなら、その模様を録画したDVD調書を提出しなければならない。それを見れば、尋問が威嚇的、誘導的であったか、被告(被疑者)が本当に自白しているかどうか分かる。


 裁判員は、そのDVDを見て、取り調べが適正であったかどうかを判断する。もし威嚇や誘導があれば、それだけで、このDVD調書の信用性はゼロとなり、有罪の判断はできない。その判断に裁判官も異議を差し挟むことはできないだろう。他に決定的な物的証拠があれば、有罪とすることもできるが、それもなし、自白もあやふや、となれば、合議体は無罪と判断するしかない。


 逆の場合もあり得る。裁判で無罪を主張している被告が、取り調べ段階では、取調官による威嚇、誘導がない中、犯人しか知りえない秘密を語っていたとしたら、それは真実の告白であるとみなすことができる。これがDVDに録画されていたら、有力な証拠になるだろう。


 このDVD調書を見た裁判員は、裁判段階での被告の否認を、単なる言い逃れとみなし、有罪認定に大きく傾く。さらに、検察が、この自白を裏付ける適切な物的証拠、目撃証言などを法廷で明らかにすれば、もはや有罪は動かないという展開になるはずである。

 したがって、DVD調書の真の価値は、否認事件において試されることになるが、その実例はいまだに、ない。


 ▽DVD調書は選択
 

 すでに書いたように今のところDVD調書を撮るかどうかは、警察と検察が選択できるし、その撮り方も全過程ではなく、部分的である。しかし、裁判員裁判の対象となる事件はすべて尋問の録音・録画が義務付けられるようになると、DVD調書は必ず証拠として法廷に提出され、裁判員が有罪・無罪を決める際、最も重要な判断材料になる。


 逮捕当初から完全否認あるいは完全黙秘している被疑者(被告)のDVD調書も検察は法廷に提出するべきである。ペーパーレスの裁判員裁判は、本来そうあるべきなのである。


 死刑が求刑されている事件が、裁判員裁判になった例はいまだにないが、いずれ出てくる。こうした重大事件では、DVD調書を義務付けるべきであろう。自白していようと、否認していようと、有罪・無罪の判断をする際に、裁判員は、逮捕直後の被告の取り調べの様子を見ることが必要である。それが、検察側に不利になってもDVD調書は出させるべきである。検察側の都合のいい時だけ出して良いというのは公正な裁判とは言えない。

 

第4章 裁判員制度の導入で何がどう変わるのか?


ペーパーレス裁判の試み(1)

 ▽核心司法へ転換


 裁判員制度で、劇的に変わるのは証拠の評価である。検察は立証の重点を、プロの裁判官だけではなくシロウトの裁判員の判断にも耐える明確な証拠と、証拠に基づく論理的な証明に絞ることを迫られる。それによって、取り調べに過度に頼らず、客観証拠による立証を重視する捜査が主流になる。


 検察庁は06年3月に発表した「裁判員裁判の遂行試案」で、精密司法から核心司法への転換を宣言した。核心司法とは、事実認定および量刑上、さほど重要でない周辺的、枝葉末節的部分は捨てて、事件の核心に立証の照準をあわせる手法である。検察庁は、そのために「供述よりも端的・鮮明に真実を物語る客観的証拠の収集」を重視し、「科学的捜査の充実・強化」を図るとしている。(脚注1)。


 しかし、取り調べの重要性を看過しているわけではない。検察庁は「被疑者から真の自白を獲得することは引き続き重要であり、精力を注がなくてはならない」と述べ、尋問が捜査と立証の重要な柱になるとの基本姿勢に依然、変わりはないこと明らかにしている。が、興味深いのは、自白調書の扱いだ。試案の改訂版で最高検は「任意性、信用性に問題がある自白調書は、(裁判員に)疑問を抱かれたときのダメージがきわめて大きく、証拠提出しないという選択もあり得る」という大胆な姿勢を打ち出しているのである。


 ▽裁判員制度への戦略的対応


 これは、任意性に問題があるとされた自白調書が裁判員によって排除されることを想定し、自白調書に頼らない立証の必要性を説いたものだが、もっと大きな文脈で見ると、裁判員裁判への戦略的対応を示している。最高検の言葉を借りると、「公判廷における主張・立証活動のみによって、裁判員が適正な心証を得るようにする」という裁判の根本的変容に対する対応である。要するに、これは調書など伝聞証拠に頼った立証を見直すという「決意表明」ある。


 端的な例が、伝聞証拠の例外である2号書面の扱いだ。試案は、「2号書面に安易に頼るのではなく、できる限り公判廷において真実の証言を得るよう努力する」としている。参考人が当初の供述をひるがえした場合は、ウルトラCの2号書面申請を控え、法廷において裁判員の前で、参考人の当初の供述が真実であることを尋問によって証明すると言っているのだ。


 ▽自白調書の証拠請求を撤回

 
 実際、東京地検は08年2月12日、夫を殺害し、遺体を切断して遺棄したとして殺人罪などで起訴された三橋歌織被告の公判で、被告人の自白調書と上申書の証拠請求を撤回するという異例の申し入れをした。


 「被告人質問で犯行を立証できるから調書は必要ない」というのが理由だ。弁護側が調書の任意性を争点にしたことに対し、調書を取り下げ、すべて公判廷の論告、弁論によって被告の犯行を証明するというのである。裁判員制度を前提とした検察の対応の変化は本物である。直接主義、口頭主義は、決して掛け声ではなく、検察は発想の転換をしようと努力している。


 裁判所はどうか。戦略的適応を模索している点では検察と全く同じだが、中身はもっと「過激」である。最高裁は、裁判員裁判の在り方をまとめた研究報告書「裁判員制度における大型否認事件の審理の在り方」の中で、「公判に立ち会うだけで必要な判断資料を得られるように審理を工夫する必要がある」と述べ、直接主義、口頭主義を徹底するという方針を再確認した。(脚注2)


 中でも過激さが目立つのは、自白調書の扱い。最高裁は「取調官を法廷で長時間にわたって尋問する従来の手法は採用できない。やるとしても30分から1時間で終える場合に限る」と提案している。これは、検察にとって驚天動地の提案である。
 

 ▽自白調書は証拠にならない


 これは、裁判員裁判において、公判前整理手続きで弁護側が不同意とした自白調書を証拠として認めてもらうことが、検察にとってきわめて難しくなったことを意味する。被告人が裁判になって当初の自白を翻し、無罪を主張した場合、従来のように被告人を取り調べた警察官や検察官を召喚して法廷で証言させ、有罪を勝ち取るという常套手段が、使えなくなるからだ。「取り調べは適正に行われた」、「脅かしたり、誘導して自白させたのではない」と彼らが証言しても、裁判官は信じても、大方の裁判員は信じないだろう。


 報告書は、取調官の尋問によって自白調書の任意性に問題がないと裁判官が判断したとしても、「裁判員が確信する決め手がない場合、(検察側は)任意性の立証に失敗したと考えるべきだ」と述べている。要するに取調官の証言だけで裁判員を説得するのは不可能だ、と諭しているのである。


 では、検察はどうするべきなのか。これについて報告書は「自白調書の任意性を証明する有効な方法として、録音・録画(DVD調書)」を挙げ、事実上、自白調書はもはや証拠として扱わないことを示唆している。紙はもう要らない、自白の任意性、信用性を立証するためにはDVD調書を使え、ということである。


 ここに表れている裁判所(裁判官)の本心を翻訳すれば、「今までは、警察や検察の取り調べに行き過ぎがあっても、お目こぼしをして、任意性について大甘な認定をしてきたが、裁判員裁判では、もう、そんなことはできない。裁判員裁判において自白調書は、もはや証拠として扱わない」と言っているに等しい。裁判所も、審理について根本的な発想の転換をしている。

 

 ▽本物の当事者主義裁判


 検察と裁判所が想定しているのは、本物の当事者主義裁判である。(元々、日弁連は、これを要求してきたから弁護士の想定も同様である)。テレビや映画で見るアメリカの裁判シーンを思い起こしてほしい。日本の裁判との決定的な違いは、法廷に提出される証拠の中に、供述調書の類が一切ないことだ。


 出されるのは、凶器など各種の物証と指紋、血痕、DNAなどの科学的証拠だけ。最も重視される証拠は、法廷における被告人、参考人、鑑定人らの証言である。陪審員は証人に対する検察官と弁護人による主尋問、反対尋問に耳をすまし、検事と弁護人の冒頭陳述と最終弁論を聴き、物証の証明力も考慮して判断を下す。


 ▽紙のない裁判


 評議の際、裁判における証人の正確な言葉を確認するために公式の速記録を読むことはあるが、それ以外に読む書証はない。法廷において自分の目で見、耳で聞いた情報を基に、自分自身の見解を構築し、他の陪審員と議論して事実を認定するのである。

 
 裁判員裁判も、アメリカの陪審裁判と同じような裁判になる。すなわち、伝聞証拠を完全に排除した紙のない(ペーパーレス)裁判になるのだ。私は複数の模擬裁判を取材して、それを実感した。特に、自ら模擬の裁判員になった経験からペーパーレス裁判の必然性を理解した。事件の概要を知るために起訴状のコピーを読む以外に書証は要らない。あとは法廷で繰り広げられる検察と弁護人の証人質問や被告人質問を聴き、大型スクリーンを使った法医学者らの専門家の話を理解すれば、有罪・無罪の判断はできる。


 その判断に基づく自分の見解を評議で明らかにし、他の裁判員5人と裁判官3人の見解をきいた上で議論を重ねる。その議論の中から、自ずと一定の結論が出る。その作業に、自白調書などの書証類は一切不要である。裁判員裁判は、必然的にペーパーレス裁判になるのである。


 
(脚注1)最高検察庁、「裁判員裁判の下における公判遂行の在り方に関する試案」2006年3月、同改訂版、07年8月)
(脚注2)「裁判員制度における大型否認事件の審理の在り方」、最高裁司法研修所、07年11月

DVD調書の可能性(2)

第4章  裁判員制度の導入で何がどう変わるか

 
DVD調書の可能性(2)

日本初、法廷でDVD上映


 DVD調書は、06年から東京地検が始め、07年7月からは大阪、名古屋など30の地検・地検支部が被疑者の取り調べに導入している。今のところ、自白の任意性を立証する補助手段としてDVD調書がとられるケースが多い。本格運用には至らず、検察が証拠申請する例は少ない。

繰り返すが、DVD調書は、裁判から作文調書をなくし、当事者主義に基づいた裁判に変えていくための最も有効な方法である。裁判員制度の定着に伴い、検察に対し、取り調べの録音・録画を求める圧力は一層増すだろう。検察がDVD調書を使う頻度が高まることは確実だ。


 日本の裁判で初めて取り調べの状況を録画したDVDが上映されたのは2007年5月25日、東京地裁で行われた公判である。フィリピンで保険金を目的に社員を射殺したとして殺人罪に問われた元不動産会社社長吉井誠被告の共犯として起訴された山本俊孝被告のDVD調書が約10分にわたって大スクリーンに映し出された。抜粋を紹介すると…。


検察官 あなたは共犯としてかかわっていたのですか?

被告 間違いありません。

検察官 どうして認めたの?

被告 言うか言うまいか、ずっと悩んでいましたけれど、吉井被告が黙秘していると聞いたので、自分の口から言わないといけないと思いました。


検察官 僕が作成した供述調書についても内容をきちんと確認したんだよね?

被告 確認しております。

検察官 自白して後悔はありませんか?

被告 全然ありません。かえってさっぱりしました。


 このDVDは犯行を否認した主犯の主張を突き崩すために検察が提出したもの。山本被告は警察の取り調べで2人が共謀して殺したことをいったん認めたが、公判段階で否認に転じた。検察は、捜査段階の自白の信用性が高いことを立証するために、自白から約1カ月後に録画した検察官尋問のDVD調書を提出した。


 ▽任意性の立証に有用と評価


 小坂敏幸裁判長は「自らの口で供述している様子が記録され、視聴する者に強烈な印象を与え、影響力が大きい」とDVD調書の利点を説き、「DVD映像自体から供述が任意で行われたことが感じ取れる」と述べ、任意性を立証する証拠として高く評価した。一方、信用性については「録画時間が短いために表情や供述の信用性を読み取るには限界があり、さらに裏付ける証拠が必要」と限定的に評価した。08年3月18日の判決公判では、このDVD調書を証拠の一つとして求刑通り無期懲役刑を言い渡した。


 このDVD調書は山本被告の犯行の立証にも使われたが、同年10月10日、東京地裁で行われた判決公判で、高木順子裁判長は、自白を始めてから約1カ月後に録画されたものであることを挙げ「自白調書の任意性についての有用な証拠として過大視はできない」と述べ、証明力についても「取り調べを担当した警察官証言の信用性を支える資料にとどまる」とかなり限定的な評価をした。
 

 上記の例のように検察がDVD調書を補助的な立証手段として使う限り、その効果は限定的である。DVD調書は、基本的に犯罪行為(本件)についての供述を対象にしなければ意味がない。本件についての詳細な自白を録画しないで、「あれは私がやりました。すみませんでした」などの「反省の言葉」だけを録画しても、任意性・信用性の十分な証明にはならないのは自明である。このケースでは、部分的な自白を録画すれば足りるという検察の主張を裁判長が一蹴したのであって、DVD調書の証明力そのものを否定したものではないと解釈するべきであろう。


 ▽誘導尋問を浮き彫り


 もう一つ例を挙げる。同年11月14日、大阪地裁で行われた殺人未遂事件の裁判で証拠採用されたDVD調書について、西田真基裁判長は「映像から判断すると、検察官が供述を誘導した疑いがぬぐいえない」と述べ、被告の作文調書を証拠採用しない決定を下した。これは、検察側の意図とは正反対に、DVD調書が誘導による自白だったことを証明する証拠になり、それによって作文調書の信用性が否定された珍しい例。しかしDVD調書が任意性を判断する有力な証拠になったことに変わりはない。


 このケースでは「殺そうとは思わんかったけど」と被告が供述しているにもかかわらず、取り調べの検察官が「殺そうと思って刺したことに間違いないね」と何度も念を押した様子が、録画されていた。これを裁判長は、誘導による自白と判断した。検察官が自らの誘導尋問で自供させたことをわざわざ録画して法廷に提出し、自滅した格好だが、これ自体、DVD調書の優れた証明力を示す例である。


 このケースは、公判前整理手続きで弁護側が主張関連証拠としてDVD調書を請求し、検察が開示に応じていた。弁護側は事前にDVDを視聴して、検察官の尋問の不備をチェックし、公判に臨んでいたという。


 検察は犯行の内容を自白したDVD調書をとらないわけではない。しかし、完全に起訴事実を認め、録画されていることを自覚しつつ素直に全面自供する被疑者(被告)の場合に限っている。検察の一般的なDVD調書の取り方は、こうだ。被疑者が取調室で自供を始めると、取り調べ担当検事の合図で検察事務官が「今から録画する」と被疑者に告げ、同意を得た上でスイッチを入れる。途中で、やめたり本筋から外れたりすると、通常、スイッチを切る。再び自供を始めると、スイッチオン、やめるとスイッチオフ。これを繰り返す。
 

 ▽つまみ食いはダメ 


 検察は、その中で任意性を証明するのに都合の良いところを選び、ハイライト部分を抽出する「最小化」を行った後のDVDを証拠提出している。録画時間は、合計で10分程度である。したがって本件の内容を全面否認するDVD調書は出さない。これでは、いかにもご都合主義、及び腰で、出し惜しみのそしりを免れない。


 日弁連は、部分的な録画では不十分であるとして取り調べの全過程を録画するよう求め、「つまみ食いはダメ」と批判する。確かに、反省文を朗読したようなDVD調書は論外だ。これは検事が法廷で被告の自白調書を読み上げるのと変わらない。


 ▽全過程録画の非現実性


 しかし、全部を録画したものを法廷で上映するのは、全く意味がない。たとえば、1日8時間、連続20日間の取り調べを全部録画したら合計160時間。これを裁判員が法廷で全部見るのは不可能である。裁判官だって無理だ。


 捜査資料として取り調べの全過程を録画し、保存することは必要かもしれないが、法廷に提出するためには「最小化」が必須だ。公判前整理手続きで、検察、弁護側の合意によって本件に関する自白のハイライト部分を抜粋、編集し、それを法廷で裁判員に見てもらうのが現実的である。検察が、一方的に都合の良い、不自然な編集をしたDVD調書を法廷に出させないようにすれば良い。強引に出してきたら、裁判員は証拠として認めないという判断をすれば良いのである。


 今後、検察は本件についての供述を収めたDVD調書の提示を求められる。その意味で、DVDの利用法は、まだまだ不十分で課題が多い。07年12月時点で検察庁とったDVD調書は合計170件。うち証拠採用されたのは上記の3件を含む4件にとどまる。裁判員制度が始まるまでに検察庁は、全国60の地検と支部でDVD調書をとれる体制を整える計画だが、どのように事実認定に生かすかについてもっと研究が必要だ。

 
一方警察庁も08年度内にDVD調書を試験的に始める方針を決めたが、警察の取り調べ段階で、DVD調書が適切に撮られる体制できれば、任意性の証明問題は大きく前進するだろう。初期段階の取り調べの任意性、信用性を証明する手段として、DVD調書ほど効果的で説得力があるものはないからだ。


 ▽民主党政権はDVD調書義務付け公約


 DVD調書は、捜査側にとっては、最も有効な立証手段として、被疑者にとっても冤罪抑止の防波堤として、裁判員にとっては、事実認定の最も明確な判断材料として有用である。多くの裁判員裁判では今後、DVD調書の任意性、信用性の判断が、事実認定の中心になる。集中審理で時間が限られることから重大事件では事実上DVD調書が義務付けられるのは確実だ。

 
 民主党は「取り調べの可視化」を法律で義務付けることを公約している。民主党はこれまで何度も、その法案を衆院に提案したが、与党・自民党の反対で葬りさられてきた。2009年9月の総選挙において、300議席以上を獲得した民主党が、この問題に真剣に取り組むなら、重大事件でDVD調書を義務付ける法律が実現する。2010年の参院選でも民主党が勝ち、過半数を超えれば、遅くとも衆院議員の任期が終わる2013年までに法案が衆参両院で可決され、DVD調書は裁判員裁判の必須の証拠になるだろう。

DVD調書の可能性(1)

第4章 裁判員制度の導入で何がどう変わるか



 DVD調書の可能性

 ▽尋問の録音・録画

 検察庁は2007年4月から黙秘、否認事件を除く裁判員対象事件のすべての取り調べを録音・録画している。2008年9月から警視庁と大阪府警が、一部の取り調べに録音・録画を採用し始めた。いずれも、裁判員制度を前提とした対応である。捜査当局側が一致してこれを取り入れたことは、捜査の革命的変革といえる。

 法曹の世界では「取り調べの可視化」という言い方をしているが、何とも大仰で、メディアにはあまり広がらない。従来、密室で行われていた尋問を第3者が見ることができるようにするという意味で「可視化」という言葉を使ったのが始まりだが、要するに「録音・録画」である。

 現在、検察、警察が取り調べを録画するのに使うのはDVDである。従来の書面の調書が、DVDに代わったのだから「DVD調書」と言うのが最も適切である。これは私の造語だが、一番実態に即した表現だと思う。


 ▽独白調と一問一答


 自白の任意性、信用性を裁判員が判断する方法として録音・録画は、最良の手段である。多くの場合、供述調書は一人称の独白スタイルで書かれる。書くのは、取り調べをした警察官や検察官であり、被疑者、被告ではない。たとえば、殺人未遂容疑で逮捕された被疑者の自白調書は、こんな感じである。(これは取り調べの可視化を推進する日弁連が作成した資料からの引用)(脚注1)



 「私は、けんかをしてAさんのことが憎くて仕方なくなり、殺してやろうと思ったのです。そこで、手にしたナイフを胸めがけて、思いきり突き刺しました。Aさんが死んでしまうだろうということは、よく分かっていました」。
      (自白調書1)


 内容が整理され、明快な自供である。一読するとスラスラと読めるし、殺意があったことが浮かび上がる。傷害罪より重い殺人未遂罪を適用できる自供内容といえる。しかし、本当の尋問は、以下のように行われたとしたらどうだろう。


取調官 君はどんなつもりでAを刺したんだ?

被疑者 Aさんとけんかになり、興奮していたので、自分でもよく分かりません。でもAさんを殺そうというつもりはありませんでした。

取調官 分からないことはないだろう。君はAの胸を刺しているんだ。胸を刺しているんだから、当然Aが死ぬと思っただろう?

被疑者 いいえ。そんなことを考える余裕はありませんでした。

取調官 いい加減にしろ!胸を刺せば人はどうなる?

被疑者 ……。

取調官 死ぬだろう?

被疑者 そうかもしれません。

取調官 そのことは分かるな?

被疑者 …はい。
            (自白調書2)

 ▽独白的自白の不自然


 独白調の「自白調書1」は、一問一答形式の「自白調書2」を要約したものである。語り手は同じなのに、両者のニュアンスは随分違う。「自白調書2」を素直に読めば、少なくとも被疑者は殺意を認めていないことが分かる。これ自体、殺意がない傷害事件であった可能性が高いことを示す証拠の一つである。


 一方、一人称の「自白調書1」は、被疑者の答えの微妙な言い回しを端折り、否定表現を無視し、誘導尋問によって殺意を語らせ、一貫性のある告白に仕立てている。被疑者の立場からすれば、受け入れ難い省略であり、間違った要約である。殺意に関する供述部分は「捏造」と言ってもいいだろう。あまりにも筋が通っているので、逆に不自然さを感じる。


 客観性では、一問一答形式の方がはるかに優る。それなのに警察官、検察官が作成する自白調書や参考人調書は、ほとんど一人称の独白調で書かれ、取り調べる側に都合の良いことしか書かれていない。独白調の調書は、一問一答の調書に比べ、裁判官に有罪をより強く確信させることができるので、捜査当局は意図的に、こちらを選ぶのである。

 
 ▽言わなかったことも書かれる調書


  それどころか、被疑者が言っていないことが書かれていることも、まれではない。取調官から「こういうことも考えられるだろう」とか「仮に、こうだったらこうしたんじゃないか」などと誘導尋問され、「そうかもしれない」とか「そういう可能性もある」などと答えると、取調官の仮定の質問が、被疑者の実行行為として書かれ、自発的な供述として記載されることがある。

取調官 いい加減にしろ!胸を刺せば人はどうなる?

被疑者 ……。

取調官 死ぬだろう?

被疑者 そうかもしれません。

取調官 そのことは分かるな?

被疑者 …はい。

 この部分が、「死んでしまうということは、よく分かっていました」。と要約されたのであるが、これを一般的にはでっち上げという。調書の作成過程において、この手のでっち上げは、いくらでもできるし、実際、巧妙に行われている。


 供述調書の冒頭には取調官の言葉として常に次のような文言が記される。「本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、被疑者は任意次の通り供述した」。供述が任意であるかどうか調書を読んだだけでは到底分からない。一問一答形式ならともかく、独白調の供述調書の任意性はきわめて疑わしい。


 書面の調書は所詮、取調官の作文にすぎない。作文調書であっても被疑者が署名、押印すれば、確たる証拠になり、法的効力を持つ。あとで取り消すのは非常に難しい。(なぜ虚偽の自白調書に被疑者が署名、押印するのか、については「人質司法」で詳しく書いた)。


 ▽可視化で水掛け論解消


 取り調べの段階で全面自白した被告人が、裁判の段階で一転して自白を翻し、無罪を主張する事件は少なくない。「自白は、脅され、誘導されたもの」という抗弁も共通している。しかし、いくら説明しても、裁判官は、なかなか認めてくれない。逆に「うその自白調書に、なぜ署名したのか」と迫られ、冷たく扱われる。


 自白調書を書いた警察官や検察官を法廷に呼んで尋問しても、彼らは、脅していない、圧力はかけなかったなどと反論し、調書は任意で作成したと主張するのが常だ。自白の任意性について両者の言い分は平行線、水掛け論に終わる。真実がどこにあるのか、調書を読んだだけではだれにも分らないのである。
 

 裁判員はこうした茶番劇に付き合っていられない。なにぶん、法律のシロウト、刑事司法のアマチュアだから、自白の任意性、信用性の判断については、一目で分かる客観的証拠を示してもらわないと、思考停止に陥ってしまう。時間も限られている。では、どうするか。


 取り調べをDVDに録画し、法廷に提出すれば、多くの問題が解決される。裁判員は、法廷にすえつけられた60インチ液晶大画面に映されるDVD調書を視聴して自白の任意性、信用性を判断するのだ。そうすれば、何百ページにおよぶ自白調書を読む必要はないし、取調官を証人尋問する必要もない。



(脚注1)「取調べの可視化(録音・録画)の実現に向けて−可視化反対論を批判する」(第2版)、日弁連、2006年2月

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