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鑑定医は、歌織被告の行動制御能力がなかったのではないかと述べている。しかし、相手を刺し殺す殺人の場合にも、それが悪いと知りつつ刺してしまうのであり、これも行動が制御できていないともいえる。その場合とどう相違するのかと問われて、鑑定医は「あらゆる重大犯罪は、犯罪時点で何らかの精神の変調がある」「情動という現象に関しては、実際非常に難しい」とも述べていることなどから、鑑定医の供述は、歌織被告が殺害行為時に完全責任能力があったことについて合理的疑いを生ぜしめない。 死体遺棄、死体損壊についても、歌織被告には当時、幻視などの症状があり、一定の意識障害があったと認められる。幻視は犯行動機の形成に全く関係がなく、犯行態様や犯行動機の了解可能性、犯行前後の目的を持った行動からすれば、歌織被告の意思や判断に基づいて行われたものと認められる。当時の歌織被告の精神の障害は、歌織被告の責任能力に問題を生ぜしめる程度のものではなかったと認められる。 歌織被告の脳の器質的障害について、鑑定医は犯行直後のことは不明だが、脳波測定を2度行い、MRI検査などを行った。その結果、現在では脳の器質に異常さを示すものではないとしており、他に同障害を疑わせる証拠はない。 以上から、歌織被告は、各犯行のいずれの時点においても完全責任能力を有していたと認める ▽量刑の理由 殺人に至るまでの経緯で、歌織被告に同情の余地が相当ある。歌織被告は、婚姻直後から夫である夫から暴行などを受け続け、顔の容貌(ようぼう)が変わるほどの鼻骨骨折などの傷害を負い、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。しかし、夫はDVを継続、歌織被告からの離婚の求めに応じず、歌織被告を精神的に追い込み、歌織被告は「夫との生活から逃れられない」と思い込むに至っている。まさに歌織被告自身がいうように、地獄のような夫婦生活を送っていた。このような生活が、離婚の話し合いに応じようとしない夫の態度をみて、絶望的な気持ちにさせ、歌織被告がとっさに殺意を抱いたことに影響していることは否定できない。 歌織被告は犯行時、短期精神病性障害を発症。この精神の障害は責任能力に問題を生じさせる程度のものではないが、犯行の遂行に何らかの影響を与えている。しかし、こうした経緯は、夫を殺害し、その死体を損壊し遺棄したことを正当化しない。歌織被告は、寝ていた無防備な夫の頭部をいきなりワインの瓶で殴打した。夫が起き上がり話しかけてきても、倒れても、なお、その頭部を執拗(しつよう)に殴打し続け、夫の死亡という非常に重大な結果を生じさせている。夫は会社での昇進を間近に控えるなど仕事も順調に進み出した矢先、30歳の若さで突如、生命を奪われたのであり、その無念さは察するに余りある。 さらに、歌織被告は夫の遺体を5つに切断した上、それぞれ遣棄した。夫の遺体、特に頭部の損傷は激しく、あまりにも残酷、無残な犯行である。歌織被告は数々の犯行隠蔽(いんぺい)行為を繰り返した。なかでも、行方不明の夫の安否を必死に心配していた夫の両親に対し、夫になりすまして同人が生きていることを装ったメールを送信した行為は、一人息子の安否を気遣う親の気持ちを踏みにじる、あまりに卑劣かつ自己中心的な行為である。 いかなる経緯があったとはいえ、このような形で成長を楽しみにしていた一人息子を殺され、その死体を遺棄・損壊され、直接に卑劣な隠蔽行為を行われた遺族の受けた衝撃、怒り、悲しみは筆舌に尽くしがたく、歌織被告に厳罰を求めているのも当然である。以上からすると、歌織被告の犯情は悪く、その刑事責任は重大である。 そうすると、歌織被告のために酌むことができる事情を最大限に考慮しても、歌織被告には主文の刑をもってのぞむのが相当と考え、主文のとおり量刑した。 (2008年4月28日 産経新聞Web版から転載)
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判決文と法廷詳報
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三橋歌織被告を懲役15年に処する。未決拘置日数中280日をその刑に算入する。 ▽犯行の背景と犯罪事実 歌織被告は平成15年3月、結婚。直後から、夫の種々の暴行や精神的束縛(ドメスティック・バイオレンス=DV)を受けていた。平成17年6月には鼻骨骨折などの重傷を負う暴行を受け、約1カ月間、シェルターに入所した。 夫が暴力を振るわないなどと約束したことから、歌織被告は再び、夫と暮らすようになった。しかし、その後もDVは続き、夫婦間のいさかいも絶えなかった。歌織被告は夫に対する怒りと憎しみを募らせていった。 歌織被告は夫との生活から逃れられないと思い込みながらも、離婚に向けて仕事や住居を探し始めていた。歌織被告は、夫と交際中の女性との会話を秘密裏に録音することに成功、平成18年12月11日、夫と離婚などについて話し合うことにして夫の帰りを待った。夫は、翌12日午前4時ごろになって帰宅。録音の件をほのめかされたのに、離婚などの話し合いに応じることなく眠りに就いた。 歌織被告は、これまでの夫婦間の葛藤(かっとう)や、自分の人生にまつわる辛い体験に思いをめぐらすうちに、今後も夫との生活が継続することに絶望的な気持ちになった。「夫から逃れたい、この生活を終わらせたい」などと考え、とっさに夫に殺意を抱いた。 同日、渋谷区の自宅マンションで、就寝中の夫に対し、殺意をもって、肩に持ち上げていたワインの瓶を頭部に振り下ろした。起き上がった夫に対し、恐怖を感じつつも、さらに殺意をもってその頭部を瓶で数回殴打し、脳挫傷で死亡させた。 歌織被告は、同14日ごろ、自宅マンションで夫の遺体の首、腹部、左ひじ付近、右手首付近をのこぎりで切断。同日、頭部、左腕および右手を切り離した遺体の上半身を、新宿区内のビルの植え込みまで運搬し、放置した。 同16日ごろには、遺体の下半身を渋谷区内の民家まで運搬して放置。さらに頭部を町田市の公園内の雑木林まで運び、土の中に埋めた。歌織被告はこのようにして、夫の遺体を損壊し、遺棄した。 ▽犯行の背景に関する補足説明 検察官は、歌織被告がシェルターを出所した後は夫によるDVはなくなったと主張する。犯行前の状況に関する証人らの供述や歌織被告の手帳などの記載、夫の携帯電話の通話履歴、その他の関係各証拠からすれば、歌織被告の供述するとおり、夫からの暴行は、両手を挙げて身体からぶつかるといった具合に、手拳や平手による直接的な殴打とはとられないかたちで、出所後も継続していた。また、歌織被告の周囲に、歌織被告のことをことさら悪く言い、自分に落ち度がないように装ういわゆる「囲い込み」が行われるなど、夫によるDVはなくなっていなかったと認められる。 ▽責任能力の判断 弁護人は、歌織被告が「短期精神病性障害」、または何らかの脳の器質的障害に基づく意識障害や幻覚の症状によって、心神喪失の状態に陥っていたため、無罪であると主張する。 責任能力の判断とは、個々の事案ごとに、鑑定の結果だけでなく、関係する証拠から認められる歌織被告の犯行当時の精神状態、態様、動機、前後の行動などの諸事情を総合的に検討し、刑事責任を負わせるべきかという観点から裁判所が行う法的判断である。 一方、精神科医による鑑定結果は、精神に障害があるかないか、障害がある場合、それが犯行時の歌織被告の意思や判断に与えた影響がどうだったかという観点から、障害の程度やその双方についての専門的知見に基づく参考意見である。 裁判所は、精神の障害の有無や程度の認定において、鑑定に合理性がある限り、十分に尊重する。しかし、鑑定結果が事理弁識能力や行動制御能力に言及している場合でも、それは精神医学の専門家としての分析結果にすぎないのであり、責任能力については、総合的に検討した法的判断によって最終的に決定する。責任能力の判断は鑑定結果に拘束されない。 以上の考えを前提として、裁判所は歌織被告の精神鑑定を実施するにあたり、責任能力そのものは鑑定事項でないと明言した上、歌織被告に犯行時、どんな精神障害があったか、それがあるならば、犯行時の意思、判断にどんな影響を及ぼしたかを鑑定事項とし、検察官と弁護人それぞれが推薦する医師双方を鑑定人として採用し、それぞれ独立の立場で鑑定を行うよう命じた。両鑑定人とも鑑定の趣旨を理解して、鑑定を行った。一部鑑定の基礎データを共有したり、歌織被告の面接を2人が同席して行ったこともあるが、鑑定意見は全く別々に考えられている。鑑定手法において何ら不相当なところはない。 ▽責任能力の検討 (1)歌織被告の精神の障害の鑑定結果 犯行直前、歌織被告は、短期精神病性障害を発症した。殺人時、急激に強い不安などの情動反応が起こった上、一定の意識障害をともなう朦朧(もうろう)状態に幻視、幻聴などが伴い、夢幻を見るような状態に陥った。次々と切り替わる幻視の一部として夫を見ていた可能性があった。現実感を喪失させ、強い情動反応などのため、適切に状況を判断して行動を制御することが難しい状態にあった。 死体損壊、死体遣棄をしたとき、歌織被告には、夫と対話するなどの幻視、幻聴などがあり、多幸感があるなどの症状があった上、一定の意識障害があった。さらに重大な犯罪を行ってしまったという衝撃もあり、行動の抑制が困難になっていた可能性がある。 (2)鑑定結果の信用性 検察官は、歌織被告はそれまで誰にも、幻覚があったなどと供述していなかったのに、鑑定医らの問診時に供述するに至ったのは、鑑定医らが誘導的に質問したからで、鑑定結果は信用できないと主張する。しかし、幻覚体験は、統合失調症による型と、それ以外の型とに区別することができる。歌織被告が供述する幻覚体験は、すべて後者に符合し、前者に属するものはない。このように矛盾のない幻覚体験を虚偽に語るためには、高度に専門的な知識が必要である。 歌織被告の幻覚体験の供述を鑑定医が要約したかもしれないが、歌織被告が供述していないことを作ったり、供述したことをあえて取り上げなかった形跡は見当たらない。歌織被告が供述した幻覚の内容は、祖母や夫に関連する具体的なものであり、鑑定医の誘導により供述したものとは考えにくい。 当初、捜査官に対し幻覚体験らしき話をしようとしたが全く取り上げてもらえず、その後は自分がおかしいと思われるのが嫌だったので、弁護人や裁判所に対しても話せなかったからであるとする歌織被告の供述は、歌織被告に対する取り調べ状況からすれば、信用できる。 以上から犯行当時、歌織被告には先に述べた幻覚症状が生じていたと認められ、その他犯行当時の歌織被告の精神の障害に関する鑑定結果の信用性に疑いを差し挟む事情はない。 ▽責任能力の判断に必要な鑑定結果以外の諸事情 (1)殺害行為前の行動、動機 歌織被告は、殺害行為の直前、友人と応対したが、そこに特に異常さは認められない。その後、短期精神病性障害を発症して先述のような精神の障害を有することになる。先に認定した犯行動機の内容は、歌織被告の当時の状況からすれば自然で、理解できる。 (2)殺害行為の態様とこれに関する歌織被告の記憶 夫の受傷状況から、歌織被告の攻撃は頭部に集中していたと認められる。歌織被告は、犯行時、一定の運動能力と意識の清明さを保っていたと認められる。一見粗雑な犯行であるが、異常なものとまでは認められない。歌織被告は、夫を殴打する際の自らの行動、その前後の心情、夫の姿勢や殴打された際の反応などを記憶している。 (3)死体損壊、死体遺棄について のこぎりなど必要な用具を購入して準備を整え、のこぎりを使用して死体損壊行為に及んだ。その後、上半身はごみ袋に入れた状態で道路の脇の植え込みに捨て、下半身は一見空き家にみえる民家の敷地内に捨てた。身元が判明しやすい頭部は自宅から比較的離れた公園の土の中に埋めた。指紋により個人の特定がされる右手および左腕は、管理人がごみを確認して仕分けする自宅マンションのごみ捨て場とは別のごみ捨て場で家庭ごみと一緒に捨てている。自己の犯行の発覚を防ぐための合理的な行動をしている。歌織被告は、死体が怖くて目の前から消したかったから損壊・遺棄したと供述する。そうした心情は否定しないが、犯行隠蔽(いんぺい)の目的もあったと認められる。 (4)犯行後の行動 歌織被告は、夫の捜索願を出し、死体損壊に使用したのこぎりなどを実家に送り、一時夫の死体を入れていたクローゼットを業者に依頼して処分し、床、クロスの張り替え工事を業者に依頼し、さらには夫の安否を気遣う夫の父親に対し、夫になりすまし「迷惑かけてすみません。もう少しだけ時問を下さい。夫」という内容のメールを送って夫が生きていることを装うなどしている。これらは明らかな犯行隠蔽行為であり、歌織被告は、その目的達成のため、複数の者と目的を持って交渉している。 (5)責任能力の判断 殺人行為時、歌織被告は、短期精神病性障害を発症し、急激に一定の意識障害を伴い、夢幻を見るような状態に陥った。幻聴や幻視などが生じ、相当強い情動もあった。しかし、幻聴や幻視などの内容は、歌織被告の祖母や夫の読んでいた雑誌などに関係するものや当時の自己の状態が反映したもので、歌織被告の人格からの乖離(かいり)はない。また、例えば夫殺害を指示・示唆するような犯行を誘引するものではなく、犯行動機の形成に全く関係がない。 歌織被告は犯行の一部や当時の心情についての記憶を有し、犯行動機も当時の歌織被告の状況からすれば了解可能で、動機を踏まえれば犯行態様にも異常さはない。いずれも歌織被告の人格と乖離していないし、犯行後には目的を持って犯行隠蔽行為を行っている。 以上からすれば、殺害行為は、歌織被告が、その意思や判断に基づいて行ったものと認められる。殺人行為当時の歌織被告の精神の障害は、現実感の喪失や強い情動反応により犯行の実現に影響を与えていたものの、責任能力に問題を生じさせる程度のものではなかったと認められる。
(2008年4月28日 サンケイ新聞Web版から転載) |
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【主文】 被告人を無期懲役に処する。未決勾留日数中70日をその刑に算入する。 【罪となるべき事実犯罪事実】 被告人は空き巣をして金目のものを盗む目的で、平成21年5月7日午後3時半ごろ、和歌山市六十谷の隣人の女性宅に鍵の掛かっていない玄関から侵入し、ネックレスなど約29万円相当を盗んだが、帰宅した女性に発見されたため殺害を決意し、午後4時50分ごろ、タオルや電気コードで首を絞めて窒息死させた。 【量刑の理由】 本件は被告人が隣家へ空き巣に入り貴金属を盗んだところ、帰宅した隣人に発見され、口封じのため殺害したという住居侵入、強盗殺人の事案である。 被告人にとって不利な事情は以下のとおりである。 被告人は平成21年4月から仕事がなくなり、そのころから被害者方へ空き巣に入ろうと考えていたところ、本件当日、パチンコで所持金をほぼ使い果たしたことから犯行を決意した。収入がないのにいたずらに浪費し、隣家へ盗みに及んだという本件の経緯に酌むべき点はない。 被告人は盗品を入れるための紙袋を用意するなど、ある程度の計画性をもって本件に及んでいる。貴金属を盗んだところで被害者に発見されたため死んでもらわなければならないと考え、強固な殺意をもってタオルや電気コードで約20分間にわたって首を絞め続けた。犯行態様は非常に執拗、残忍で悪質なものだ。 被告人は凶器のタオルと電気コードを持ち去って証拠隠滅をし、その日のうちに盗んだ貴金属を換金した。また現場には被害者の遺体が残されたままなのに、隣接した自宅で通常と同様の日常生活を送った。 犯行翌日も、貴金属を換金して得た現金で買い物やパチンコをしている。その後も自分が犯人だと露見する危険を感じるまでは、日常生活を続けようとしていた。さらに、そのような危険を感じると逃亡を始めている。被告人は逮捕に至るまで自己の責任と向き合うことがなかったのであって、事後の情状は悪い。 被害者は長年働いた職場を退職した後、穏やかな日々を送っていた。何の落ち度もないにもかかわらず命を奪われ、恐怖や無念の思いは察するに余りある。遺族は被告人の死刑を希望すると述べているが、峻烈な処罰感情を抱くのも当然だ。 他方、被告人にとって有利な事情は以下のとおりである。 被告人は逮捕後、犯行について詳細に供述した。反省の日記や手紙も書き、被告人人質問の冒頭、傍聴席に向かって頭を下げて謝罪するなど被告人なりの反省の情を示している。また前科前歴がなく、これまで犯罪と無縁の生活を送っていた。 さらに当初は空き巣目的で、当初から強盗ないし強盗殺人の目的を持っている事案に比べれば犯情は軽い。被害品を換金した金銭のうち、逮捕時に所持していた約7万円については、遺族に弁償がなされている。 法定刑が死刑または無期懲役の強盗殺人の事案でも、酌量減軽により有期懲役刑を選択することが可能だが、これらの事情を総合し考慮した結果、被告人に対しては無期懲役刑をもって臨むのが相当と判断した。 (2009年9月16日、サンケイWeb報道)
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【罪となるべき事実】 3被告は2007年8月24日午後11時10分ごろ、名古屋市千種区の路上を歩いていたTさん=当時(31)=を車内に拉致し、監禁。現金などを奪い、翌日未明、愛知県愛西市の駐車場で金づちで何度も殴り、ロープで首を絞めて殺害、岐阜県瑞浪市の山林に遺体を遺棄した。A被告(42)はその間、2度にわたり車内でTさんを強姦しようとしたが、目的を遂げなかった。 【犯行に至る経緯】 3被告はそれぞれ、携帯電話サイト「闇の職業安定所」の掲示板を利用。A被告が同年8月上旬ごろ同サイトに「愛知県の人で何か組みませんか」と書き込み、B(38)、C(33)両被告が返信して知り合った。互いに悪さ自慢のようなことをしながら、強盗の計画について話し合った。 【争点に対する判断】 強盗殺人などの共謀の成立時期を検討する。 3被告は同月24日午後に集まり、拉致した女性から現金を奪い最後は殺害することに合意。遅くとも、犯罪計画を話し合った名古屋市の飲食店を出発した同日午後7時ごろには共謀が成立していたことは明らか。 確かに3被告が知り合った当初は、素性の分からない者同士で真意を測りかねていた。しかし殺人を承諾することについて、虚勢を張ったり半信半疑の気持ちがあっても、共謀成立の認定を妨げるものではない。また共謀成立には、殺害の日時、場所、手段などが特定されている必要はない。 【量刑理由】 楽して金もうけをしたいという強い利欲目的の動機に何ら酌量の余地はない。 被害者が「殺さないって言ったじゃない」などと必死の命ごいをしたにもかかわらず、3被告は耳を貸さず殺害を遂げており、その態様は無慈悲、凄惨で、残虐というほかなく、想像するに戦慄を禁じ得ない。 母親思いの被害者が、必死の思いで理不尽な犯行に耐え、何とかして生きて帰ろうとする中で味わった恐怖、苦痛、絶望感はいかばかりかと思われる。被害者の無念を言い表す言葉を見いだすことはできない。 母親にとって被害者は生きがいであり宝だった。3被告全員に極刑を求める峻烈な処罰感情を表明しているのは当然だ。 通りすがりの一般市民の殺害を、インターネット上の掲示板を通じて形成された犯罪者集団が計画、遂行したという点に特色があり、この種の犯罪は凶悪、巧妙化しやすく危険。模倣される恐れも高く悪質な犯行で、社会の安全に重大な脅威だ。厳罰をもって臨む必要性が高い。 結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響、犯行後の情状なども考慮すれば、被害者の人数が1人であること、服役した経験がないこと、そのほかB、C両被告に有利な諸事情を最大限考慮しても、一般予防の見地から極刑をもって臨むことはやむを得ない。 インターネットによって集まった犯罪者集団による本件犯罪は、その性質上、発覚、逮捕が困難。A被告が自首し、B、C被告の逮捕に協力、その後に起こり得た犯罪を阻止し、解決に結果として寄与したという点は量刑上、有利と評価できる。A被告の刑事責任は極めて重大で、本件犯行を十分に反省しているとまでは認めがたいが、自首を考慮し、無期懲役に処し贖罪に当たらせるのが相当だ。 (2009年3月18日 共同通信報道)
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地下鉄サリン事件は、麻原彰晃らがこともあろうに、化学兵器であるサリンを使い、朝の通勤ラッシュの時間帯を狙って、閉鎖された地下空間で、かつ、混雑した地下鉄の電車内において、同時多発的に敢行した無差別テロであり、日本はもとより世界の犯罪史上でも類を見ない非人道的な犯行である。治療に当たった医師の適切な措置がなければ、より大規模な殺戮(さつりく)の事態を招きかねない状況にあったのであり、人間の尊厳をおよそ無視した犯行である。 被告は、医師として、誰にも増して人命の貴さを理解していたはずであるのに、このような卑劣な行為に及んで悲惨な結果を招来させたことについては、厳しく非難されなければならない。 また、被告は、東京・目黒公証役場事務長の仮谷清志逮捕監禁致死事件や松本剛に関する犯人蔵匿・隠避事件では、麻酔薬を投与して「自白」を促したり、頭部に電流を流して記憶を消去する「ニューナルコ」と称するイニシエーションを実施するなど、医師でありながら医療を悪用し、医師の名を汚したのであり、この点も看過できない事情である。 以上のとおり各犯行の罪質、動機、態様、結果、なかんずく地下鉄サリン事件における残虐性、結果の重大性、遺族の処罰感情、社会的影響等からすれば、被告の刑事責任はまことに重大であって、これを償うには極刑をもって臨むのが当然であると思われる。 死刑は、犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響のほか、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責がまことに重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からもやむを得ない場合に科することが許される究極の刑罰であるから、これを科するには慎重の上にも慎重を期さなければならない。このような観点から、被告の情状について更に検討する。 被告は、地下鉄サリン事件について自首し、この自首は、被告の真摯な反省、悔悟の念に基づくものと認められる。 被告は、自首を決意したきっかけについて、自分達の卑劣な行為によって生命を奪われた被害者、その遺族、いまだに心や身体に傷を負っている被害者につらい苦しみを与えたことに思いを致し、中でも、乗客の安全や電車の正常な運行の確保という強い使命感から、文字通り身を挺(てい)して殉じた地下鉄職員の崇高な行動と、本来医師として人の生命や健康を守るべき使命を与えられていたはずの自分が引き起こしたおぞましい無差別殺人行為とを比べ、あまりの落差の大きさに雷に打たれたような強い衝撃を受け、その結果、麻原のまやかしに気付き、自らのとった行動が誤っていたと確信し、この取り返しのつかない大きな過ちは、自分の生命を懸けても償えるものではないと胸が張り裂けるような思いがし、せめて自分にできることは、教団の犯罪行為がすべて明らかになるように、何よりも麻原をはじめ逃走している信徒らが早く逮捕されるように、また、教団による悲惨な事件がこれ以上発生しないように、自分の知る限りを明確に述べることであると考えて、自首することとしたと供述している。 供述状況をみると、その言葉どおり、地下鉄サリン事件について自首したのを皮切りに、その後も、捜査、公判を通じ、一貫して、被告の関与した犯罪のみならず、教団の行った他の犯罪、教団の組織形態、活動内容等に関し、自己の知る限りを詳細に供述し、教団の行った犯罪の解明に多大な貢献をしている。 加えて、被告の供述が突破口となって、麻原をはじめ教団上層部の検挙につながったことがうかがわれ、このことは、教団の組織解体と教団による将来の凶悪犯罪の未然防止に貢献したと評価することができる。殊に、教団の武装化が相当程度進展していた当時の状況に照らせば、その意義は決して小さくない。 供述を更に子細にみると、被告は、捜査段階から公判に至るまで、記憶違い等による若干の変遷を除いては、一貫して、自己の記憶に従い、ありのままを供述していることが認められる。被告は、極刑が予想される中、何ら臆することなく供述を続け、しかも、その内容は被告人にとって決定的に不利な事項にまで及んでいるのであり、包み隠さず、すべてを供述しようとする姿勢は被告の反省、悔悟の念の深さを示している。真実を明らかにすることだけが自分に課せられた最後の使命であり、かつ、人間として当然の責任であるとし、自らの公判や共犯者の法廷において、真実を語り続け、悔悟、改悛の念、麻原を盲信して犯行に及んでしまった悔しさ、情けなさ、さらには、被害者や遺族に対する申し訳なさから、嗚咽しながら供述し、時には号泣する被告人の姿に胸に迫るものを感じた者も少なくないであろう。「私は……やっぱり生きていちゃいけないと……思います」という被告人の言葉には、自己の刑責を軽減してもらおうなどという自己保身の意図は一片も窺われないのであって、まさに極刑を覚悟した上での胸中の吐露であって、被告の反省、悔悟の情は顕著である。 被告らの犯行により死亡した被害者の遺族、重篤な傷害を負った被害者の家族ら多数の者の被害感情は峻烈である。被告が発散させたサリンによって死亡した被害者2名の妻も、当初は、被告らに対し極刑を望んでいたが、公判を傍聴するうち、証拠調べ手続きの終了間際の段階で、1名は、公判廷において、「本当に罪を悔いて、本当に謝罪してくれている気持ちがあるなら、一生刑務所の中で罪を償い、主人に謝罪していってほしいと思います」と証言するに至り、もう1名は、「林郁夫被告の公判の殆どを傍聴して……少くとも法廷に於ける被告の態度は、私の怒りや悲しみを増大させるものではありませんでした。……様々な想いに心を乱され、言葉で気持ちを表現出来ない状態で証言することは、私の意に反します」と書いた上申書を検察側に提出して、証人として出廷することを辞退しているところ、両名が胸の内に去来する複雑な思いのすべてを語っているわけではないものの、少なくとも、現段階で、被告に対して極刑を望んでいると断ずることはできない。そして、このことは、被告の公判廷における供述内容と供述態度が真摯な反省、悔悟に基づくものであることの証左といい得るのである。 被告は、麻原が最終解脱者で、絶対的な存在であると信じ、麻原の説くところを盲信した結果、地下鉄サリン事件の実行役となることを決意したが、その際、教団と反対勢力との間で既に戦争が始まっていて、唯一真理を実践している教団が存亡の危機に瀕しており、教団が潰されれば人類の救済は不可能になると考え、さらに、殺害される者は麻原により「ポア」されて魂は救済されるなどと考え、サリンの撤布がやむを得ない措置であると思い込んだのである。麻原の説く内容は、倫理性も論理性も欠如し、まともな宗教家の説くところとは程遠いものであるのに、これを鵜呑みにしたことは愚かとしかいいようがない。しかし、被告の入信と出家の経緯、教団内での活動状況、犯行前に被告の置かれていた状況等に照らせば、被告がなまじ純粋な気持ちと善意の心を持っていただけに、かえって「真理」や「救済」の美名に惑わされ、視野狭さくに陥って、麻原の欺まん性、虚偽性を見抜けなかったとみることができる。そうすると、被告が村井秀夫を介して麻原からサリン撤布の実行役になるように指示された際に、いわゆる期待可能性がなかったとはいえないものの、被告の心理としてはこれに抗し難かったというべきである。そして、この点は、その限度ではあるにせよ、考慮してよい事情である。 また、被告が地下鉄サリン事件の実行役に選ばれた経緯をみると、村井が実行役として「科学技術省」所属の4名を提案したのに対し、麻原が被告をも実行役に加えるように指示したのである。麻原の意図は必ずしも明らかではないが、当時の教団の組織形態、被告の教団内における活動状況等からして、医療技術を必要とする役割ならばまだしも、サリン撤布の実行役を割り当てられるのは、いささか不自然の感がある上、被告自身にとっても予想外の指示であったことに照らすと、麻原が被告の信仰心に付け入って被告を利用したものと認められ、麻原の指示がなければ、被告が地下鉄サリン事件の実行役にはならなかったということができる。そして、この点についても、その限りにおいて評価すべき事情である。 さらに、被告は、仮谷に対する逮捕監禁致死の事件において、犯行の発案、計画に参画したわけではなく、仮谷を拉致して「第2サテアン」に連行するまでの行為にも関与していなかった上、仮谷を受け取ってからは、違法な監禁を継続する手段として身体を管理していたものの、心肺機能、代謝活動、意識状態等に十分配慮し、別の幹部に引き継いだ時点では、仮谷の身体に異状は認められなかったのであって、被告人の管理状況が死因と直接結び付いているとは考えにくい。 加えて、被告は、医療技術を悪用したことを深く反省し、自ら95年12月7日付で医籍の抹消を申請し、同月22日、右申請が受理されたこと、発散させたサリンによって死亡した地下鉄職員の遺族に対し、謝罪の意をしたためた手紙を送るなどして、慰籍の努力をしていること、既に教団を脱会していること、教団に入信するまでは、心臓外科を専門とする医師として、国立病院等に勤務し、数多くの患者の生命を救い、それなりに社会に貢献していたこと、業務上過失傷害の罰金前科2犯があるだけで、懲役前科はないことなどの事情も認められる。 以上要するに、本件はあまりにも重大であり、被告の行った犯罪自体に着目するならば、極刑以外の結論はあろうはずがないが、他方、被告の真しな反省の態度、地下鉄サリン事件に関する自首、その後の供述態度、供述内容、教団の行った犯罪の解明に対する貢献、教団による将来の犯罪の防止に対する貢献その他叙上の諸事情が存在し、これらの事情に鑑みると、死刑だけが本件における正当な結論とはいい難く、無期懲役刑をもって臨むことも刑事司法の一つのあり方として許されないわけではないと考えられる。
(1998年5月26日毎日新聞報道)
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